#1 始まりの白い翼
家を出た俺は近くの草むらでケンホロウに頼んで目的地まで連れて行ってもらった。
「ありがとよ。じゃあな。」
俺がそう言うとケンホロウは一声鳴いてゆっくりと去っていった。俺はどうやらポケモンに好かれる体質らしい。俺は人を信用したくないから都合が良かった。
「着いたぞ。レントラー。お前の墓だ。」
俺は1人呟く。ここはタワーオブヘブン。人間とポケモンの魂が眠る場所。ここでレントラーを眠らせるために1階の真ん中に埋めた。
そのまま最上階へ行き、鐘を鳴らす。澄んだ綺麗な音が響く。普通なら心が洗われる、などと言うのだろうが別に何とも思わない。
とりあえずポケモンに協力してもらおう。そう思い緩やかな螺旋階段を降りようとした次の瞬間。
ズズー…ン
暴風と振動で危うく落ちそうになる。
驚いて振り返るとそこには純白の体毛を持つ伝説のドラゴンポケモン、レシラムがいて蒼い眼で俺を見つめている。
「レシ…ラム…!?」
(ほう。私の名前を知っているのか。珍しいな。)
「は…喋った?」
伝説のポケモン、レシラムが目の前にいる。それだけでも驚きなのだが、テレパシーで会話も出来るとは…。レシラムは大昔、世界を炎で焼き尽くしたと言われるポケモンだ。ぜひ俺の力になってもらいたい。
「レシラム。俺に力を貸してくれ。俺には滅ぼさなきゃいけねえ奴らがいるんだ。」
(ふむ。詳しく聞こう。)
少し興味を持ってくれたレシラムにレントラーの事を話した。何だか少し楽になった気がした。
(なるほど。災難だったな…。)
目を伏せながら言うレシラム。瞼が少し震えている。
(それでは聞こう。君は何を望む?そして君の求める真実とは何だ?)
レシラムが問い掛けてくる。簡単な質問だ。
「俺にレントラーを殺した奴、そして見て見ぬふりをしていた奴らを滅ぼすために力を貸してくれ。俺の求める真実?そんなもの決まってる。レントラーのように、おかしな奴らに殺されるポケモンがいない世界を作る事だ!」
レントラーの事を思い出すと感情が制御出来ない。
(肝の据わった目だな。いいだろう。私は君の力になろう…!)
そう言うとレシラムは激しい炎を纏い吠える。塔全体が震えている。普通なら近くにいる俺は消し炭になっているだろうが、熱くない。力強さを感じる温かい炎だ。だが、レシラムの眼に少し怒りが宿っている。ポケモン同士で何か想うものがあるのだろう。
熱いものが込み上げてくる。不思議な気持ちだ。
「レシラム。俺はまずジムリーダーを倒してチャンピオンになる。ヒオウギシティへ行こう。だが、その前にレントラーの墓にお供え物を置いてくるから下で待っていてくれ。」
(了解した。)
レシラムは飛び降りていった。
「ほら。レントラー。この間のフレンチトースト、滅茶苦茶美味そうに食ってくれたろ?だから…たっぷり作ったよ。暇な時に食ってくれ。それじゃ…全部終わったらまた来るよ。」
俺は激しい復讐心を持ってタワーオブヘブンを出る。
私はあのような激しい負の感情を持つ人間を見たことが無かった。正直なところ、私は恐怖していた。元は優しい人間だったのだろうが、あそこまで歪んでしまうとは。
私はあの人間を救いたい。傲慢だがそう思ってしまった。だが、私は真実の世界を築かんとする人間と行動を共にする者。だから私はあの人間に自身が考える真実の世界とは何かを聞いた。
あの人間は、誰かに殺される者がいない世界だと断言した。やはりいい人間だ。
大切な存在を殺され、歪んでしまった人間。
私はこの人間と共に行動する。そして、ポケモンを殺した人間に死ぬよりつらい絶望を与える…!
私もポケモンと呼ばれる存在だ。同志を殺されたようなものだからな。気持ちはよく分かる…。
「ごめんレシラム。待たせたな。」
(問題ない。では、私の背に乗るといい。)
微笑んだレシラムがしゃがむ。だが乗れない。
「高過ぎて乗れないんだが。」
(すまない。では…)
彼は申し訳なさそうな顔をして手を地面につきスロープのようにする。登れ、ということだろうか。毛が抜けそうな気がしてならないんだが…。
(どうした?私の体毛に体重をかけても大丈夫か気にしているのなら心配ない。私は以前も人間を乗せた事があるがこの方法で乗せていたのでな。)
そう…なのか?まあ、本人が大丈夫と言っているから大丈夫なのだろう。
「分かった。ありがとう。レシラム。」
(ふふ。礼はいらない。私もそのアクロマという人間には呆れているのだ。)
レシラムはまた微笑む。レントラーとよく似ている優しい笑顔だ。思わず彼の首を抱きしめてしまった。
(だ、大丈夫か…?)
レシラムが慌てて聞いてくる。
「…ああ。ごめん。苦しいよな。」
(問題ない。むしろ落ちないように掴んでいてくれ。)
俺がしっかりと首を掴んだのを見ると、彼は途轍もない加速で飛んだ。
「おお…。凄く高いな…。鳥ポケモン達とはまるで違う…!」
(私が低空飛行すると衝撃波が発生して周りに迷惑を掛けてしまうからな。)
確かにこのスピードで低空飛行はまずいか。それにしても…何か新鮮だな。
(ところで君の名前を聞いていなかったな。教えてくれないか?)
そうだ。忘れていた。
「そうだった。忘れてたな。俺はハルだ。よろしく。」
(ああ。よろしく頼むよ。ハル。)
レシラムはにこりと笑う。やっぱりレントラーに似ている。
タワーオブヘブンからヒオウギシティまで普通なら50分ほど掛かるのだが、レシラムのおかげで15分ちょっとで着いた。凄いとしか言えない。
街の見晴台に降り立った俺達は当たり前だが凄く目立った。連れ歩かされているハーデリアやレパルダスなどに手を振ってみる。すると、立ち止まって尻尾をゆらゆらと振ってくれた。やっぱり俺はポケモン達がいれば、いい。
(そういえば、私をモンスターボールとやらに入れなくていいのか?)
町の人々を見てレシラムが言う。
「ボールなんて必要ないよ。そもそもポケモンと人間は対等の関係が1番だと思うしな。」
だから束縛する道具なんて、要らない。
「本当はバトルなんか大嫌いだけどバッジを持ってなきゃチャンピオンにもなれないし…。協力してくれるか?レシラム。」
(その為に私はハルに力を貸しているんだ。勿論協力する。)
今更ながらレシラムが協力してくれて本当に有難い。
「ありがとう。レシラム。」
口から自然とお礼が出てしまう。
(だから礼などいらないといっただろう?全く…。ハルは今まで会った人間の中で1番優しいな。)
俺を爪でつんつんと突きながら言う彼。ちょっと痛いんだが…。
「じゃあ、ジムリーダー呼んで来るから少し待っててくれ。」
(了解した。)
彼の大きさじゃ建物に入ることが出来ないからジムリーダーとは外でバトルする必要がある。
「ここのリーダーはチェレンっていう奴か。」
トレーナーズスクールの奥にある扉を開けて、近くにあった銅像を調べたら書いてあった。
「やあ。君は挑戦者だね。じゃあまずはそこにいる2人とバトルして…」
「お前がチェレンだな?要件は2つだけだ。外に来い。そして、俺とバトルしろ。じゃあ待ってるからな。」
にこやかに近付いてきたチェレンに要件を伝えてさっさとジムを出る。やっぱり人間は信用できなさそうだ。そう言ってる俺も人間だけどな。
「お前達!怪我したくないなら今すぐ離れろ!」
外に出るとレシラムの周りに人だかりができていたので大声で追い払う。大半はどこかへ行ったが2人の大人が残っていた。俺は忠告したからな?
(感謝する。流石に人間が多くて参ってたところだ。)
「礼などいらない、だよ。」
俺はレシラムの困ったような、怒ったような顔を見て、笑えた。凄く驚いた。やはり彼がレントラーに似ているからだろうか…。
(私の真似をしているつもりだろうが全く似ていないぞ…。)
ふう、とため息をつきながら言う。
「あまりスクールの前で騒がないでもらえるかな?」
やっとチェレンが出てきた。遅い。
「やっと出てきたか。俺が勝ったらバッヂを渡して、もう二度とモンスターボールを使わないと約束して持っているボールを壊せ。俺が負けたら煮るなり焼くなり好きにしろ。」
ボールがあるからアクロマみたいなクズも生まれる。
だったらボールはいらない。
「君、プラズマ団みたいな事言うね。それより気になるのは…何で君が伝説のポケモンと一緒にいるんだい?」
「そんな事は関係ない。バトルだ。レシラム今から命令してしまうけど良いか?」
本当は命令なんてしたくない。だが、バトルとなると命令しなくてはいけなくなる。
(構わない。それがバトルだからな。)
「ありがとう。」
レントラーと似て本当に優しい奴だ…。
(だから礼など…。はぁ…。言っても無駄か…。)
レシラムは苦笑しながらため息交じりに言う。
「悪いけど道場破りには本気で行かせてもらうよ。ムーランド!」
「レシラム…頼む。」
(了解した。)
相手はムーランドか…。まあ関係ないが。
「ムーランド。ギガインパクト!」
「レシラム。かわして周りに被害が出ないようにクロスフレイムを頼むよ。」
ムーランドはその巨体で突進してきたが、レシラムは軽々とかわす。そしてムーランドに小さめの火球をぶつける。すると爆発が起きてムーランドは戦闘不能となる。
凄い。ただ単に凄い。
(こんな感じか?)
「ばっちりだ。ありがとう。」
確認してくるレシラムに伝える。
「それとお前ら!さっさとどっかへ行け!今のみたいに燃やされたいのか!」
再度脅してみると実物を見たからだろうか。周りに集まっていた人はいなくなった。これで邪魔者はいなくなったし本気を出してもらえる。
「く…!やっぱり伝説のポケモンは強いな…。頼むよ、ミミロップ!」
険しい顔になったチェレンが次に繰り出したのはミミロップだ。
「ミミロップ、電光石火!」
「レシラム、今度は手加減なしのクロスフレイムを頼むよ。」
チェレンはミミロップの目にも止まらぬ超スピードでレシラムを攪乱しようと思っているのだろうが無駄だ。
レシラムは冷静に、さっきとは比べ物にならない大きさの火球を自身の下の地面に叩きつける。その瞬間爆風と熱風が吹き荒れる。
少し収まったのでバトルの様子を…ってまあ終わってるよな。俺の予想通りミミロップが戦闘不能になっていた。
「…やっぱり伝説のポケモン相手じゃ無理か…。ほら、約束通りベーシックバッジだよ。」
「あのさ…さっきから聞いてるけど、伝説だから伝説だからって…ポケモンだって普通の生き物だろ!それは差別じゃねえのか?」
我慢できなくなりついに怒鳴ってしまう。自分が負けた言い訳を保身のために『伝説だから』で済ませる。反吐が出る…。
バッジを受け取り見晴台へ戻る。
「ありがとうレシラム。これで1つ目のバッジは手に入れた。あと7つか…。」
(道のりは険しいだろうが、私がついている事を忘れるんじゃないぞ。)
レシラムが優しく励ましてくれる。やっぱり信じられるのは…ポケモン達だけだ…。
(人間は誰しも私や私の片割れを伝説のポケモンと言って遠ざけるものなのかと思っていたが、ハルは違うのだな。)
俺がレシラムの背中に乗ろうとしていると唐突に呟いた。
「ん?俺はそんな差別はしないよ。ポケモンだって同じ生き物だ。人間が勝手に捕まえたりしていい訳がない。」
人間は今までずっと私を避け続けてきた。私も半ば諦めていた。
だがこの人間、ハルは違う。根本的な何かが違う。
何が違うのか、私には分からないが。
(本当に面白い人間だ。ハル。)
「何か言ったか?レシラム。」
どうやら心の声が漏れ出ていたらしい。
(いや。何でもない。タチワキシティに向かえば良いのだな?)
「ああそうだな。…本当にありがとう。レシラム。」
(しっかり掴まるんだぞ。)
「分かった。」
面白い人間だ…。
しばらく飛んでいるとすやすやと寝息が聞こえてきた。
(寝たのか…。)
思わず笑ってしまう。
私は飛ぶのを止めて歩くことにした。ハルが落ちてしまうと大変だからな。
それにしても…ハル。
君は本当に面白い人間だな…。