#8 一時の休息と初めての帰省
「あぁ…。」
少し肌寒い朝の風が汗でびっしょりと濡れた服をより一層冷やしていく。
夢を見ていた。あの日の夢だ。
「さむっ…。」
とにかく着替えよう。あ…。着替え持ってなかった。着替えの事なんて考えていなかった。
「仕方ない…。取りに行くか…。」
母親と父親には絶対バレないようにしなければ…。
(なら急ごう。君が風邪を引いてしまう前に。)
「ハク!?じゃあ頼めるか…?」
ハクが起きていたことに全く気付かなかった。
(勿論だ。では早く乗るんだ。)
俺の汗で湿ってしまっただろうから、あとでハクの背中拭いてあげないとな…。
しゃがんでくれたハクに乗って首に抱きつく。こうしないと吹っ飛ばされてしまう。
(では本気で急ごう…!)
「え?ちょっ待って!うわわわ!」
本気で急ぐ、その言葉通りハクはとてつもないスピードで飛んだ。2分程飛び続けただろうか。故郷、カラクサタウンに着いた。
「ああ…死ぬかと思った。じゃあちょっと空で待っててね。」
(ああ、分かった。終わったら呼ぶといい。)
2階の窓から自室に入り、着替え3着と最新版のタウンマップをバッグに入れて手を振る。
(早かったな。母親に知られたくないのだろう?では戻ろうか。)
「そうだね…。」
ハクは急降下してきて、俺が乗りやすい位置でホバリングする。もう1度部屋を見る。
ダメだ。レントラーのことを思い出してしまう…。
「あ…。ごめんハク。もう少し待ってて。手紙書いておきたいから。」
(ああ…母親にか?分かった。終わったらまた呼んでほしい。)
ハクの質問に頷いて、紙とペンを手に取る。
[母さんへ
まずは、急にいなくなってごめんなさい。
それと、レントラーが死んだ時励ましてくれてありがとう。
励ましてくれていなければどうなっていたか分からない。
俺は今、1匹のポケモンと旅をしてる。頼もしくて優しい、レントラーみたいな奴なんだ。
俺の目標はチャンピオンになってポケモン達が理不尽な死に方をしない世界を作ること。
どうか見守っていてほしい。
最後に…俺はもう人間を信じられなくなったけど、母さんのことは信じているよ。
ハルより]
よし。書けた。これでもう、ここに未練はない。
大きく手を振る。今度はゆっくりと降りてくる。
「ハル…?ハルなの!?」
よりによって1番見つかりたくない人と会ってしまった。
「ハクっ!」
急がなきゃ。
(どうした?まさか、その人間が君の母親か?)
急がなきゃ。
「ハク全速力で帰るぞ!」
急がなきゃ。
(いいのか…?これで。)
「いいから早くしてくれ!ハク!」
ハクは怒鳴った俺を見て疑問を残しつつも飛んでくれた。母さんが寂しそうな笑顔を浮かべていたのが頭から離れない。
それよりも言わなければいけないのは。
「怒鳴ってごめんハク。」
(いや、大丈夫だ。それより…あれで良かったのか?)
ハクは相変わらず優しい。ニコリと微笑みながら聞いてくる。
「いいんだ。あれで。わざわざ俺達の目的に巻き込みたくない。」
(そうか…。)
彼はそれ以上何も聞いてこなかった。
5分後、隠れ家に戻ってきた。同居人達によるいつもの激しい『おかえり』を受ける。
家に帰って来たみたいな感じで何だか安心する。本当の家にはもう帰らないだろうけど…。
あ…忘れるところだった。
「ハク、背中拭きたいんだけどいいかな?俺の汗で濡れて気持ち悪いだろうし。」
(ああ。大丈夫だ。ありがとうハル。)
ハクに許可をもらったからバッグからタオルを取り出して、壁に何故か付いている蛇口を捻ってバケツに水を貯める。流石に冷たいな…。
「ハク。少しでいいから水をあっためてくれないかな。」
(分かった。では、ほんの少しずつ温めるからいいところで声をかけてほしい。)
そういうとハクはちょろちょろと炎を出す。少し熱めのぬるま湯になったので声をかける。
タオルを濡らして…よし、やるか。日頃の感謝を込めて拭いて拭いて拭きまくるぞ!
全身をくまなく拭きまくり1時間、さらに濡れた体を乾いたタオルで拭いて1時間。計2時間掛けてハクを綺麗にした。やっぱり俺が乗ったり寝たりしている背中は特に汚れていた。定期的に拭いてあげないといけないな…。
(わざわざ済まないな。すっきりしたよ。ありがとう。)
「いつも助けてもらってばかりだからこれくらい当然だよ。」
ハクには本当に助けてもらってばかりいる。俺も少しはハクの力になりたい。
草むらに寝転がる。草の匂いが心地よい風に乗って入ってくる。
こんなのんびりした日もいい…。たまにはのんびりする日もありだな…。
「空…綺麗だなぁ…。」
(そうだな…。風も心地良いし、最高の日だ…。)
こういう日は寝転がってダラダラするに限る。このところずっと移動したり戦ったりしているからちょうどいい。
「ハクも寝転がっちゃいなよ。気持ちいいよ。」
(そうか。なら私も寝転がってしまおうかな。)
そう言うと俺の隣に寝転がるハク。そのまま2人で空を見上げる。空気が澄んでいていい気分だ。
「明日は次の街に行こうと思うんだけどいいかな。」
(勿論いいさ。確か…ライモンシティだったな。)
ライモンシティはイッシュ地方の真ん中に位置している街だ。確かジムリーダーは電気タイプの使い手だったはず。まあ別に関係ないか。
「それよりハク。明日からもここで…。うお…っ!」
俺達がここを去ってしまうと思ったのか、同居人達が俺とハクの腹の上に飛び乗ってきた。そして最後に乗ったイーブイの足が、みぞおちにクリティカルヒット。俺はしばらくの間呻きながらゴロゴロと転がっていた。
「ふう、びっくりした…。まさかみぞおちにくるとは…。」
何とか大事にならず、痛みも治まった。
(ハル大丈夫か…?)
「ありがとう。もう大丈夫だよ。」
心配してくれるハクに礼を言って立ち上がる。本当に危なかった…。
とりあえず今日はもう寝よう。マップを確認した後、相変わらずハクの背中で眠りにつく。
まさかあんな厄介事に巻き込まれると、この時は全く思っていなかった。