#0 幸せの終わり、旅の始まり
いつもと変わらぬ朝が来た。
「おはよう。レントラー」
ベッドで寝ていた青年、ハルはその隣に寝ているレントラーにいつものように声を掛ける。するとまだ寝ぼけ眼だったようでびっくりして飛び跳ねた。そしてジト目でこちらを見る。
「ごめんごめん。でも今日は俺特製のスペシャルな朝食だぞ?寝ててもいいけどな。」
「ガル!?」
それを聞いたレントラーは、起きないと朝食を作ってもらえないと思ったのか文字通り飛び起きた。そして俺に突進してきて押し倒しながら頬を擦り寄せてゴロゴロと喉を鳴らす。
「レントラー。今みたいに突進すると危ないぞ?今度からは止めるんだぞ?」
「グルゥ…」
流石に今のは危なかったので少し厳しめに叱ると金色の瞳をうるうるさせて地面に伏せた。これはレントラーなりの謝罪なのだ。
ちょっと言い過ぎたかな…。
こう思ってしまうのが俺のダメな所だ。だけどこの顔は卑怯だ。許してしまう。
「レントラー。リビング行くぞ。今日はフレンチトーストを作るからな。」
そう言うとレントラーは目を輝かせまた頬を擦り寄せてくる。俺がそれに弱いこと分かってやってるからずるい。
普段は元ポケモンブリーダーの母親が朝食を作るのだが、週1回は俺が作る。俺の作るご飯は母親には不評だがレントラーには大好評なのだ。
男(オス)同士で何か通じるものがあるのだろう。
それにしてもレントラーは食いっぷりがいい。食パン3枚分のフレンチトーストをとんでもない早さで食った。しかし周りを汚さずに食っている。レントラーは行儀がいい。
「美味かったか?」
「ガルッ!」
レントラーは笑顔で答える。俺とレントラーは10年も一緒にいるが、この笑顔が一番好きだ。この笑顔を見ると心があったかくなる。
「あの時、トレーナーやめて良かったな…。」
レントラーの口に付いている食べカスを取ってやりながら呟く。
今から3年前、俺とルクシオだったレントラーと旅に出た。2番道路で初めてのポケモンバトルを挑まれた。
バトルは酷いものだった。
傷つき、傷つけ合い、お互いのポケモンがボロボロになっていく。
それなのにトレーナーは次々と命令する。
まるでポケモンを何でもやってくれる物のように。
俺はバトルをとめた。もう止めてくれ。ポケモンが傷つくのは見たくない。
すると相手のトレーナーは、もう終わり?つまらないな。と言ってどこかへ行った。
ふざけるな!ポケモンは戦いの道具じゃない!俺達人間と同じ感情を持っている生き物なんだ!
それ以来俺はバトルをしなくなった。ルクシオも戦いは嫌だったのか俺がトレーナーを辞めたいと話すとゆっくりと頷いてくれた。
気が付くとレントラーはぼーっとしていた俺を心配してか俺を見つめていた。
「大丈夫。あの時のことを思い出してただけだよ。」
心配してくれたレントラーの背中を撫でる。するとレントラーはあぐらを組んでいた俺の足に座り、もっと撫でてと言うように背中を見せる。
ズルい。こんなことされたら撫でるしかない。
いつもと変わらぬ朝が来た。
「おはよう。レントラー。」
今日はレントラーの方が先に起きていて、俺の顔を舐める。レントラーも今日が特別な日ということを理解している。
今日は俺の19歳の誕生日だ。
「おはよう。ハル、レン。そしてハル、誕生日おめでとう!」
リビングに行くと母親がにっこり笑顔で言う。
「行ってきます。」
急いで支度をしてレントラーと家を出る。今日はここ、カラクサタウンにプラズマ団という組織の幹部が来て演説をするらしい。
何でも(ポケモンの解放)についての演説らしい。
広場でしばらく待っていると黒い制服に身を包んだ集団が現れた。何か滅茶苦茶ダサい。広場の少し高くなっている所の両端に団旗を立てて、賢者のような服を着た人が前に出て演説が始まった。
30分後、演説が終わった。内容を要約すると「ポケモンは俺達人間と同じ高い知能を持っていて感情もある。だから人間の都合でモンスターボールに閉じ込めるのは間違っている。ポケモンを解放しよう!」ということだった。全くもってその通りだと思う。ポケモンは道具じゃない。だから人間と対等に扱うべきだ。やっぱりポケモンバトルなんていうのは間違ってる。有意義な話が聞けた。
「帰ろうか。」
「ガル。」
レントラーも同意したので家へと帰る。その姿をあいつに見られていたとはこの時の俺達は微塵も思っていなかった。
「ただいま。って父さん!?」
家に帰ると旅に出ていた父親とその相棒のムクホークがいた。
「お帰りハル。俺も今さっき帰ってきたところだ。だが、またすぐに行かなければならなくなった。ごめんな。」
父親は全国をまわって写真を撮っている。今回はアローラ地方に行ってきたらしい。
首がとんでもなく長いナッシー。白いロコン。金髪のカツラを着けたようなダグトリオ。どれも見たことないポケモンばかりだ。
「それじゃあ、もう行くよ。ハル、誕生日おめでとう。行ってきます。」
写真を一通り見せてくれた父親はムクホークにまたがり、飛び立っていった。
「それじゃ、いつも通り庭で焼肉ね!食材持ってくから庭で待っててね!」
我が家では誕生日の昼食が豪華だ。去年と同じ焼肉を希望したらあっさりとOKが出た。レントラーも大喜びだ。母親に言われた通り庭で待っているとしよう。
「グルルル…!」
「ど、どうした?レントラー。」
庭に入った途端レントラーが牙を剥き出しにして何かを威嚇する。
「ふむ。やはりポケモンの嗅覚は鋭いですね。」
どこからか現れた研究員風のプラズマ団が言う。
「あ…。さっき演説してた人達じゃないですか。何でこんなところに?」
「あなたのレントラーと遊びたいと思いましてね。何故モンスターボールなしでも人間と一緒にいるのか、知りたいので私とバトルしましょう。」
おかしな事をことを言い出すプラズマ団。俺は、バトルはもうしないと決めている。
「あなたの都合は関係ありません。行きますよ。ロトム!……!」
「ガル…!」
ロトムを繰り出し何かを命令した男。それを見たレントラーは俺を庇うように覆いかぶさる。
直後。
轟音が聞こえた。
「ふむ。ポケモンが人間を庇う事もある、と。良い経験になりました。感謝します。私はアクロマ。では、またどこかで…。」
アクロマと名乗る男が帰ったようだ。よかった。何なんだあいつは。
「レントラー。ん?レントラー?」
返事がない。またいつもの悪ふざけか?
「おいおい。あんましふざけるのはよせよ?………えっ?」
レントラーを押しのけようと触れた手に付いた、赤。
「…嘘だろおい!あいつ…ふざけやがって!待ってろよ。すぐポケモンセンターに着くからな!」
手に付いた赤がレントラーから流れ出ているものであると気付いた時には既に彼を抱えて走っていた。普段なら重い彼がいつもより軽く感じる。それが俺の焦りを頂点へと連れて行く。ポケモンセンターが見えてきた。ゆっくりと開く自動ドアを突き破って受付へ急ぐ。
俺はそこからの記憶がない。
レントラーは死んだ。アクロマのロトムが放った技、リーフストームでできた全身の切り傷が原因だ。
俺は自動ドアの破片で切り傷を負って倒れたらしい。だが、そんなのは関係ない。俺が傷付いても彼は帰っては来ない。
俺はその日から笑わなくなった。心にあるのはレントラーとの思い出と復讐心のみ。
翌日の早朝。いつもとは違う朝が来た。
「レントラー…。」
いつもの、寝ぼけ眼のジト目で俺を見る彼はもういない。
いつもの、笑顔を見せる彼はもういない。
俺の『いつも』は、もうない。
許さない。
許さない!
アクロマも、他のプラズマ団も!
何が解放だ。お前たちがやっているのは殺人と同じだ。
それを止めない警察もだ。黙って見ている奴らも同罪だ。
怖いから無理だった?馬鹿言うな!そんなのは死んだ彼が一番怖かったはずだ。
全部…全部許さない。
滅ぼしてやる。
クズはみんな…滅ぼしてやる。
俺は彼が入ったボールを手に、恐らくもう二度と帰って来ない家を出た。