第17話 突然の異変〜変化の訪れ〜
「う〜ん…。おはようみんな。」
いつも通りの爽やかな朝。
だがいつも通りは脆く、一瞬にして崩れ去る。
「ソル…?」
「ん?ルナどうした?」
ルナの様子がおかしい。
「…ブイ?イブイ…?」
ライの様子もおかしい。嫌な予感がする。
「おい…。フィル…?何かの冗談だよな。」
「エフィ…?」
やはりフィルも《鳴く》。
「嘘…だろ…!まさか…!!」
力が無くなった…?
何で。
何で…?
何で?
何で!
何で!!
思考が止まる。
涙が溢れてくる。
真っ白になる。
全てが真っ白になる。
(レイ、ドウシタ。マサカ、話ス、ナイ、ノカ?)
急にカタコトで機械的な声のようなものが聞こえてきた。
(レイ、ワタシ、フィル。ナゼ、話ス、ナイ?何カ、オカシナ、コト、起キタ?)
声の主を探すとフィルが額の宝石を輝かせて俺を見つめている。これはエーフィがサイコパワーを使用する時に起こる現象だ。
つまり、この声はフィルのシンクロで送られてきた念だ。
フィルは今までシンクロを意識して使うことがなかったからこんな感じなんだろう。
涙が止まらない。訳が分からない気持ちも相まってフィルを思い切り抱きしめる。
(レイ、少シ、苦シイ。モウ、少シ、優シイ、シテ。)
「頼む…。もう少しだけこのままでいさせてくれ…。」
フィルは理解してくれたのか顔に流れた涙を舐めてくれた。そこにルナも来て彼女もまた俺の顔を舐める。ラックも来て俺の隣にぴったりとくっつき、俺の手に頭を押し付けてくる。ライはベッドから降りて、大丈夫か?という表情で俺を見る。
(モウ、泣ク、止メテ?ワタシ、力、貸ス。)
フィルが顔を舐めながら伝えてくる。
そうだ。
別にみんながいなくなるわけじゃない。
話せなくても気持ちは通じるはずだ。
自分の力に慢心していた俺に神様とやらの天罰が下ったのだろう。
異常から普通になるだけだ。
もう泣くのは止めよう。
みんなにみっともない姿はもう…見せたくない。
とりあえず、ポケモンセンターに行こう。アスコさんとカオリに報告しておきたい。
ホテルを出ていく時みんなに身振り手振りでなんとか伝えることが出来た。
やっぱり…話せないのは…少し嫌だ。
(レイ、ヤッパリ、話ス、ナイ、カナシイ?)
フィルが唐突に伝えてくる。
「うん…。やっぱり何か欠けた感じで寂しい…。」
さっき決めたはずなのに自然と涙が流れてきてしまう。
(話ス、ナイ、デモ、ワタシ、ミンナ、ズット、イル。ミンナ、オナジ、キモチ。)
さらに伝えてくるフィル。
あぁ…。何やってんだ俺は。こんな時だからこそ俺がしっかりしなければ。不安なのはみんなも同じなんだ。
「ごめんみんな。俺、またネガティブになってた。」
みんなを1人ずつ抱きしめる。すると気持ちが伝わったのかみんなが頬を擦り寄せてくる。俺はもう大丈夫だ。みんながいるから大丈夫だ!
ポケモンセンターに着いた俺達はアスコさんに事情を説明した。アスコさんは大丈夫か聞いてきたが、俺はもう落ち込んでいない。アスコさんも表情で分かったのか、なるほどねと何かを含んだ笑顔で答えた。
それより…フィルがそろそろ限界だ。サイコパワーの使い過ぎで今にも倒れそうだ。このまま限界を超えてしまうと何らかの後遺症が残ってしまうだろう。
「フィル。そろそろシンクロ止めとけよ。」
(デモ、ワタシ、レイ、話ス、ナイ、ナル。ゼッタイ、ヤダ。)
なるほど。でも、これ以上は絶対にダメだ。俺がみんなと話せなくなるより、フィルが傷付く方が100倍嫌だ。分かってくれ。
(…分カッタ。シバラク…休ム…。)
分かってくれて良かった。たとえサイコパワーが強いエーフィと言えども無理をしたら何が起こるか分からない。
疲れ果てたフィルが倒れてしまう。慌てて駆け寄るが、フィルはスースーと規則正しい寝息を立てている。良かった。寝ているだけだった。相当疲れてしまっていたようだ。
(…イ。フ……をわ……に…せて…だ…い。)
さっきと似たような、しかし鮮明で途切れ途切れな声が伝わってくる。この声はルナ…?
まさかとは思いフィルを見てみるが、彼女は寝ている。じゃあ誰が?そう考えた瞬間、頭に激痛が走る。
「うっ…!何だ…これ…!」
頭をハンマーで殴られたような激痛が走る。何だ!?俺、どうなっちまうんだ?それより思わずうずくまってしまった時、フィルを落としてしまった。大丈夫だろうか。
「レイ君!?どうしたの!?」
異変に気付いたアスコさんが駆け寄ってくる。
みんなも駆け寄ってきて心配そうに顔を舐める。
「だ、大丈夫。大丈夫だから…。」
全然大丈夫ではないがみんなを心配させまいと言ってみる。
「な…でむ…をする……すか!すこ…はじぶ…を…たわっ…くださ…!」
またルナの声が聞こえる。それより重要なことが。ルナに意識を集中すると頭痛も軽くなり、しっかりと聞こえるようになってくる。
もしかして…力が戻った…?
何で消えたはずの力が戻ったのだろう。だが頭痛も治まり、意識を集中すればかろうじて会話ができる。
力が戻ってきた!
「やった!ルナ!力が戻った!」
急いでルナと話す。思わず子供みたいな口調になってしまった。
「レ、レイ!?話せるんですね!良かったです!」
「ああ!でも今までみたいにみんなと一気に話すのは出来なくなった。」
ルナは走って俺のところへ来て飛び乗ってきた。本当に良かった。
そのあと目覚めたフィルにも事情を説明すると、勢いでサイコキネシスを発動してしまうほど喜んでくれた。
しかし問題はまだ残っている。今まで通りにみんなの声を同時に聞けるようになるのか。これに関してはひたすら力を使って強くしていくしかなさそうだ。今までの能力が上限だったとすると、何故かは分からないが今は下限になってしまったらしい。
ちなみに、頭痛の原因は分からなかった。
俺は今から修行をする。ひたすら力を使い続けて元通りにするという単純作業だ。
ジム戦は遅れてしまうが、みんなも協力してくれるので本当に助かる。
1か月後、元通りの生活に戻れた俺達はようやくライモンジムへ挑む。
今回の一件で俺と仲間達の絆は更に深まった。特にライはみんなとも馴染んで自分を信じられるようになった。
明日はライを活躍させてあげようと思いながらルナと一緒に寝る。
当たり前は一瞬で当り前じゃなくなる。だから1日1日を大切にしよう。そう心に決めながら夢の世界へと落ちてゆく。