第14話 ジムリーダー アーティ〜策略と本気〜
朝、起きた俺は大きく伸びをして体をほぐす。夜中に衝撃的な進化を見てしまったのでそこまで眠れなかった。
目が覚めたルナとフィルがラックを見て、信じられないといった表情で固まっていた。その様子を微笑ましく思いながらバッグからカメラを取り出し写真を撮る。
それから、これまでガイドーさんに貰った美味しい水2つを半分ずつ分けて4等分して3つをみんなに配る。やっぱり人間もポケモンも朝は水分を取らないとな。
水の冷たさで少し残っている眠気を飛ばす。
「さて!今日はヒウンジムに挑む!少し厳しくなるけど頑張ろう!」
「「「おお!」」」
士気は十分だ。俺は俺のやれることをやるだけだ。
ホテルから歩いて数分、ヒウンジムに着く。ジムリーダーのアーティさんは画家でもある多才な人だ。
特に虫ポケモンを好んでいてジムも最近改造したらしい。
「え…。」
ジムの中に入った俺達は絶句した。だってアーティさんが地面にうずくまって真剣な表情で絵を描いていたから。
俺達は顔を見合わせる。何でアーティさん降りてきているんだ?そもそも何で絵を描いているんだ?疑問が尽きないがとりあえず、そっとしておこうということでジムの外へ出る。
「あ、君!ちょっと待って。君たち挑戦者だよね?」
俺達に気付いたアーティさんが走って来た。
「そうですが…終わってからでいいですよ?」
少し引き気味に言う。
「いやいいよ。ちょうど今描き終わったから。じゃあ上で待ってるよ、って言おうと思ったけど君、噂のレイ君だね。ホミカから強さを聞いてるよ。」
アーティが薄く笑いながら言う。俺、噂になっちゃってるのか…。まあ、みんなが強過ぎるからね。みんなを見ると、ルナは嬉しそうに尻尾をブンブン。
フィルはY字の尻尾をゆらゆらさせながらまぁねぇと言っている。
ラックは俺は関係ないと言ってはいるものの、体は正直なようで尻尾を控えめに振って金の環が嬉しそうに点滅する。ちなみに、ブラッキーの体にある金の環は感情によって点滅のしかたが変わる。。嬉しい時はゆっくりと、怒っている時や緊張している時は激しく点滅する。
そんなみんなの様子に思わず頬が緩む。バッグからカメラを取り出し1枚。最近俺は写真撮影にハマっていた。片目が見えないので少し撮りにくいが、友情の代償と考えれば安いものだろう。
「うーん。素晴らしい仲間だね。それじゃあ付いてきて。」
そう言ってアーティは数ある繭の1つへと吸い込まれていく。
「オッス!チャレンジャー。美味しい水のプレゼントだ!」
歩いているとお馴染みのガイドーさんがお馴染みの水を投げ渡してくる。
軽く礼をすると、大きく手を振っている。いつも通りだ。
俺は一旦フィルとラックをボールに戻しルナと一緒に繭へと入る。するともの凄い風が俺達を吸い込んでいき、あっという間に頂上へと着いた。ちょっと怖かったな…。
「どう?僕の自慢の仕掛けは。」
2人をボールから出しているとアーティが語りかけてくる。
「随分個性的ですね。」
「虫の繭を体感してみたくてね。」
「それで…勝負お願い出来ますか?」
アーティさんの意味不明な自慢をスルーして言う。
「ああ。もちろ…ん?君のブラッキー…。アイデアが湧いてくる。ごめんね。もう少し待ってて!」
アーティはラックを見るとペンキだらけの机を持ってきて絵を描き始めた。
おいおいマジか!?この人一応ここのジムリーダーなのに挑戦者より絵を優先するのか!なんというか…凄い人だな…。
モデルにされてるラックを見るとまんざらでもないのかビシッとポーズを決めている。
「はぁ…。ラック。お前何やってんだよ…。」
「い、いや!これは!その…決してノリノリでやっている訳ではないぞ!」
ため息をつきながらジト目で言うとあからさまに動揺して答える。ラックは写真に写る時もポーズを決めてるからな。
「待たせたね。この絵は君にあげるよ。おかげで創作意欲がさらに湧いてきたよ。さて、バトルしようか。」
1時間程待っているとようやく描き終わったアーティが絵を渡してきた。満月の夜の崖に佇むブラッキーが描かれていて芸術がよく分からない俺でも凄い作品だと分かる。
そしてようやくバトルをしてくれるようだ。自由な人だ…。
「待ってくれたお礼に全力で戦わせてもらうよ。じゃあやろうか。まずは最初の虫ポケモン、ペンドラー!」
「今日も頼むよ!ラック!」
「了解した!」
両者最初のポケモンを繰り出す。アーティさんはペンドラー、俺は昨日に引き続きラックを繰り出す。
「最初から攻めるよ!ペンドラー、ハードローラー。」
「ラック、呪いだ!」
最初に動いたのはラックだ。進化前より濃い漆黒のような影を纏い始める。ペンドラーはそんなラックを全身で踏み潰す。ラックは相当なダメージを受けたようだが、まだまだ元気だ。
「なかなかタフだね…。今の一撃でまだ立てているとはね。」
「ラック。呪いを続けるんだ!」
「ペンドラー交代だよ。さあ、行こうか!ハハコモリ!」
ラックが呪いを続けているとアーティさんはペンドラーを引っ込め恐らくエースだと思われるハハコモリを繰り出す。
「まだまだ!呪いだ!」
「ふふ。これでどうだい。ハハコモリ、メロメロだ!」
さらに呪いを続けるラックにハハコモリが近寄り誘惑する。最初は警戒していたラックだが卓越した話術でハハコモリにメロメロになってしまう。マズイ…何とかしないと。
「ラック!気をしっかり持て!惑わされるな!」
呼びかけるもラックはボーっとして動かない。
「ふふ。掛かったね。ハハコモリ、シザークロス!」
メロメロ状態のラックは避けることが出来ず、攻撃はクリーンヒットする。
「……っ!!俺は何を!?」
その衝撃でラックは正気を取り戻した。だがこのままではこの繰り返しですぐに力尽きてしまうだろう。
「もう解けてしまうか…。ハハコモリもう一度メロメロ!」
「ラック。ここは分が悪い。フィルと交代だ。」
「了解だ。すまない。役に立てなかったな…。」
「気に病むなよ?相性が悪かっただけだからな。ペンドラーが出てきたらまた頼むから体力を回復しておけよ!」
交代を告げられ落ち込むラックを労う。
そしてフィルは俺の後ろから元気よく飛び出す。
アーティさんは再びメロメロにしようとするがメスのフィルには効かない。むしろフィルを怒らせてしまった。
「フィル、とりあえず守るだ!」
「ハハコモリ、シザークロス。」
フィルは不可視の防壁を目の前に展開してシザークロスを防ぐ。しかしこの技はサイコパワーを大量に消費するので何度も発動することはできない。
「サイコキネシスだ!」
「特殊攻撃は厄介だからね。虫の抵抗!」
フィルの放ったサイコキネシスでハハコモリは壁に叩き付けられる。しかし、ハハコモリもただではやられまいと背中の羽を振動させて耳障りな音を出す。フィルの耳には爆音として聞こえたのか、うう…と少し苦しげな声を漏らす。
「フィル!電光石火で止めだ!」
「ハハコモリ!力を振り絞って虫の抵抗!」
ハハコモリがもう一度羽を振動させようとするが一足早くフィルの電光石火の攻撃が直撃。戦闘不能となる。
「ぬうん…よく鍛えられているね。ならば…もう一度行け!ペンドラー!」
ペンドラーが再び出てくる。ならこっちも…。
「フィル、ラックと交代だ。ラック!ペンドラーを倒してくれよ?」
「当たり前だ。」
フィルは俺を飛び越えて後ろに戻る。そして代わりにゆっくりとラックが歩み出る。
「ラック、呪いを発動だ!」
「ペンドラー、ハードローラー!」
先ほど同様、ラックが呪いを発動しているとペンドラーが押しつぶしてくる。しかし、ラックは耐える。
「さらに呪いだ!」
「ここは鉄壁でいこうか。」
ラックが呪いを続ける中ペンドラーは皮膚を鉄の様に硬化させる。呪いによるダメージ増加の対策だろう。
「まだ呪いだ!」
「こちらはもう一度ハードローラー!」
ラックの素早さが落ちてきてそろそろ呪いの力を最大限出せるようになった時、もう一度ハードローラーがラックを襲う。しかしもう遅い。ラックは呪いを発動し終わり、ハードローラーを食らったが少ししか効いていない。
「もう並の技じゃダメージを与えられそうもないね…。毒突きで攻めるよ!」
ペンドラーは角を紫色に染め、一突き。幸い毒は受けなかったようだ。
さて、今までの仕返しをしよう!
「ラック!しっぺ返しだ!」
これはラックが進化した時に覚えた技で相手より後に攻撃すると攻撃力が増す技で呪いを主体とするラックにもってこいの技だ。
ラックが溜めていた力を解き放ち超スピードの一撃。勢いに負けたペンドラーは吹っ飛ばされ戦闘不能になった。
「ふふふ…。ははは!こんなに楽しい勝負、本当に久しぶりだよ!君は素晴らしいトレーナーだ!そんな君に敬意を表して僕の最高の虫で勝たせてもらうよ!行け!ウルガモス!」
人が変わったようににっこりと笑顔を浮かべるアーティさんが繰り出したのは太陽の化身と言われているポケモン。全身に纏っている炎の熱がこちらにも伝わってくる。
ちょっと本気出し過ぎでは?浮かんでくる疑問を振り払ってバトルへ戻る。
「ラック、まだ行けるか?」
「当たり前だ!俺はまだまだ戦える!」
この調子ならまだ大丈夫だな。
「一気に行くよ。虫のさざめき!」
ウルガモスが羽をこすり合わせ振動させるとキュィィィンという爆音が響く。
離れていた俺も意識を手放しそうになった。ラックを見ると気絶してしまっている。
「嘘だろ…。あの技…とんでもねぇ…。」
ラックをボールに入れながら思わず漏れる声。気をしっかり持たないと。トレーナーの俺がしっかりしなければ。
「ルナ!頼む!」
「はい!」
あの柔らかそうな体だ。物理的な攻撃だったら効くだろう。
「ルナ、辻斬りだ!」
「ウルガモス、シグナルビーム!」
ウルガモスが光線を発射してルナに掠るがルナは気にせず走る。そしてウルガモスとすれ違う瞬間、角で切り裂く。ウルガモスは苦しそうにはしているもののまだ決定打にはなっていないようだ。
しぶとい…。そう思ったのは俺だけではないようでルナとフィルも苦い顔をしている。
「危ないね…。でもこれで終わりだ!虫のさざめき!」
「もう一度辻斬り!」
ルナはもう一度走り出す。が、ウルガモスが羽を振動させ発生させた爆音を受けて俺とルナは倒れてしまう。
俺はふらふらと起き上がりルナを背負いフィールドの外へと移動させる。
いよいよフィルしか戦えなくなってしまった。それにフィルはさっきの戦いで少し傷を負ってしまっている。恐らく虫のさざめきを食らったら終わりだ。
「フィル…行くぜ…。」
「うん。」
「フィル!サイコキネシス!」
「ウルガモス!虫のさざめきだ!」
どちらも当たったら終わりの最後の攻撃。
先に動いたのはフィルだった。ウルガモスが羽を震わせようとするがサイコキネシスにより吹き飛ばされ戦闘不能に。
「ふぅ…。負けてしまったか…。でも、とても楽しい勝負だったよ。君はまるで3年前のあのトレーナーのようだ。さて、これが僕に勝った証のビートルバッジだよ。」
俺はビートルバッジを受け取って急いでポケモンセンターへと駆け込んだ。
しばらく待つと元気になったルナとラックとフィルが出てくる。頑張ってくれた3人をたっぷりと撫でてやり、ホテルへと向かうためポケモンセンターを出ようと歩き始めた。すると壁に貼ってあるポスターに目が留まる。
「ヒウンスポーツフェスティバル…?」
なんだそれ…?ポケモンと一緒に参加するらしいけど…。
「どーしたの?」
「何ですかこれ?」
「どうしたんだ?」
気が付くとみんながポスターを見ている。
フィルはサイコキネシスでふわふわと浮かんでいて、ルナは『お座り』の状態でポスターを凝視。そしてラックはルナの頭の上に座ってこれまたポスターを凝視。勿論人間の言葉はポケモンには理解できないのだが。
俺はポスターの内容を説明する。すると満場一致で、参加したい!ということなので参加受付を済ませる。
開催日時は明後日の午後2時、カオリと勝負したあの公園だ。競技内容は当日発表。
楽しむのが一番だが、やるからには勝たないとな!
みんなを見るとにっこりと頷く。心を読まれるのも悪くないかもな…。
そう思いながら歩き出す俺と笑い声をあげながら付いてくる仲間達。
本当に頼もしい仲間達だ。