第9話 タチワキシティ〜プラズマ団の罠〜
俺達は第2の街、タチワキシティに到着した。
タチワキシティは大きなコンビナートがある工場の街だ。そのせいで少し工場特有の嫌な臭いがする。
「うっ…。この臭いはキツいな…。」
工業用油の鼻を刺す臭いに思わず呟く。
「うっ…!この臭いは…!」
「うぅわぁ…。これはちょっと…無理…かも。街を出るまでボールに入ってるから…。」
2人もこの臭いは厳しいようでうめく。特にフィルは、イーブイの進化の中でも最も感覚が鋭いエーフィである。その為この臭いは流石に限界だったのだろう。俺の腰に下げているボールに戻ってしまった。今回のジム戦はルナに頑張ってもらうしかなさそうだ。
とりあえず野生のポケモンとの戦闘で疲労の色が見えるルナ達をポケモンセンターへ連れて行く。
今更だが、ポケモンセンターのカウンターの奥にいつもいるあのおねえさん、あの人はなんと全員姉妹なのだ。ヒオウギにいたのが長女のアスナさん、そしてタチワキにいるのが四女のアスノさん。はっきり言って怖い。同じ顔が全国に沢山…。
ブルブルそんなことは置いといて、治療を終えたルナがアスノさんと共に帰ってきた。
ついでにアスノさんにこの臭いの原因について聞いてみる。
アスノさんによるとこの臭いは最近発生したのだという。噂によると臭いが発生した時期と同じ頃タチワキコンビナートに黒タイツの集団、プラズマ団が何かをしていたらしい。
「はぁ…。プラズマ団復活したのか…。」
溜息が漏れる。その瞬間バッグの中の何かが熱を放ったような気がしたが気のせいだろう。
プラズマ団とは3年ほど前に世間を賑わせた悪党だ。ポケモンは人間よりも優れた存在だとして
「ポケモンの解放」を目標にチャンピオンだったアデクさんを倒し、一時ポケモンリーグを占領したがあるトレーナーによって組織は消滅した。
しかし、その一件で多くのトレーナーが解放という名の略奪でポケモンと引き離されたらしい。人間と一緒にいたいポケモンだっていたはずなのに…。
よし。決めた。
「アスノさん。ちょっと俺そのプラズマ団潰してきますね。」
「は……?え!?無茶よレイ君!君一人で何とかなる問題じゃないわ!」
その言葉を聞いて一瞬呆けたような表情をしたアスノさんが必死の形相で止めに入る。
「一人じゃありませんよ。俺には頼もしい相棒がいますから。それじゃ。」
しかし、頭に血が上っている俺に制止は届かない。
タチワキコンビナートに着いた俺達はまず辺りを見渡す。臭いは更に強くなる。
いた…!あいつらか!ダストダスのヘドロを使って何かをしている。
俺はいかにも怪しい事をしているプラズマ団へと歩み寄る。
「ルナ、頼むぜ。」
「勿論です!」
ルナも先ほどの会話を聞いていたので言葉に怒りを含ませ頷く。
「おい。お前ら。何やってんだ?」
「あぁ!?何だ小僧?俺様達が誰だか分かって言ってんのか!?」
どこのヤクザだよ…。と心の中で呆れながら横のルナを見る。するとやはりルナは呆れ顔、半目で睨んでいる。あ!ルナが溜息ついた!今まで1度も溜息をついたことがないルナが!
「とりあえずバトルだ小悪党。俺達が勝ったらここから消えろ。そして2度とタチワキに来るな。」
相手を煽りバトルをするように誘導する。
「いい度胸だなぁ…クソガキ…!受けて立ってやるよ。ただし俺様が勝った時はお前のポケモンどもを解放する!」
案の定あっさりと乗っかった。
「行けぇ!ダストダス!」
「ルナ、ちゃちゃっと終わらせようか…。」
「そうですね」
ルナはまた溜息をつく。
「ルナ、剣の舞!」
「ダストダス!ダストシュート!」
両者同時に指示を飛ばす。だがダストダスは下っ端と心が通じていないようで反応が遅れる。結果ダストシュートを発動したのは俺の指示より早く動き、ルナが激しい舞を踊り終わった後だった。勿論そんな状態でダメージを受けてしまうルナではないので難なく回避する。
「とろくせぇな!さっさと本気出せよ!」
反応が遅れたダストダスを蹴る下っ端。
「お前…!いい加減にしろよ!ルナ!サイコカッターをあのクズのスレスレにうってくれ!」
ルナは仕方ないといった表情で角にサイコパワーを溜め、放つ。その刃は下っ端の足の皮膚を僅かに切り裂き、ダストダスを一撃で昏倒させる。
「ふぅ…。」
少し落ち着こう。とりあえずこのクズはポケモンセンターに運ぼう。
「いってえ!何考えてんだクソガキ!」
「あんたは黙ってろ。フィル、少しだけ力を貸してくれ。」
下っ端は喚くが取り合うつもりはない。下っ端の手にあるボールをダストダスに投げてボールに戻らせる。
次に自分の腰のボールを手に取り軽く投げる。するとボールはちょうど半分のところでパカッと開き青い光が出てくる。青い光は実体を持ち始め、やがてフィルが現れる。
「仕方ないなぁ〜。でもこいつ許せないから手伝うよ!」
そう言うとサイコキネシスを発動させ、下っ端を空中へ浮かす。
「さて、戻るか2人とも。」
「うん。」
ん?いつもなら「はい!」と元気よく返事をするルナが返事をしない。体調が悪いのかと思いルナのいた方を見る。
「えっ…!ルナ!?おい!大丈夫か!?」
そこには横たわって苦しそうに息をするルナがいた。何だ…これ…。頭が真っ白になる。
「ハハハ…!ざまぁねえなぁ!そいつにはダストダスの毒を注入しておいてやったんだよ。っていてててて!」
その時、俺は人生で初めて殺意を抱いた。フィルも同じらしく額の宝石をさらに煌めかせてサイコパワーを上げる。
しかし、まずはルナを治療しなければ。バッグから水を取り出し傷口をよく洗い毒消しをスプレーする。そして万能軟膏を塗る。
ルナを背に担ぎ自分でも驚くほどの速さで、走る。走る。とにかく走る。
ポケモンセンターについた俺はアスノさんに事情を説明する。すると助手のタブンネがストレッチャーを持ってきてくれたのでゆっくりとルナを乗せる。その間にあのクソ野郎は縄でガッチガチに縛られ連れていかれる。何がポケモンを解放する、だ。
決めた。俺はプラズマ団を滅ぼす。あのトレーナーのように。そうすればポケモンと人間が仲良く過ごせる。
あれからどのくらい経っただろうか。ふと嫌な予感が頭をよぎる。いやいやいや!ルナはそんな弱くない。絶対に大丈夫だ。信じろ、自分の相棒を。
「ふぅ…。レイ君お待たせ!毒は全て抜けたわ。もう大丈夫よ。」
疲労困憊といった様子のアスノさんがカウンターの奥の扉から出てきてにっこりと笑う。
「…良かった。本当に良かった!」
もしも、なんて想像してしまった俺が情けない。
安心したら急に意識が遠のく。あぁ…良かった…。
翌日ポケモンセンターの待合室で寝てしまっていた俺は奇妙な感覚に目を覚ます。
ツンツン。ツンツン。うん?誰かに突かれている?
ツンツン。分かった…起きるから。
ツンツン。分かったって。
ツンツン。あーもう…誰だよ。
「私ですよ。」
その一言で目が覚めた。一応、目をこすってみる。うん。幻じゃない。
「ルナ!もう大丈夫なのか!」
「はい。もう大丈夫です。」
ルナを抱きしめてみる。
いつも通りあったかい。生きてる。うん。生きてる。
「心配かけましたね。ごめんなさい。」
いつも通り謝るルナ。だが今回は油断した俺が完全に悪い。
「いいや、今回は油断した俺が悪かった。ごめん。今度はもう…絶対に油断しない。」
自分もに言い聞かせながら言う。
「はい。」
黙って頷くルナ。
さ、重たい話はこれで終わりだ。
「今日はタチワキジムに行こうか!」
「そうですね!」
いい笑顔で答えるルナ。
「ちょっと〜。私の事忘れてないでね?」
「「あ…」」
俺とルナは同時に声を上げ、そして笑う。
一方忘れられていたフィルはそっぽを向き頬を膨らませた。
今回は守れなかった。だけど…今度こそは…。