第二章
第十六話 正義の味方・後編
 カロス発電所の管制室には、場にそぐわない者たちが揃っていた。赤いスーツに赤いサングラス、統一された衣装に身を包んだ男女が六名、彼らの作業を監督する白スーツの男が一名。
 そして、彼らから離れた場所で退屈そうにホロキャスターをいじっている女が一人、彼女だけは他の者たちと違う服を着用している。赤い服、という点では類似しているが、目元を隠すのはサングラスではなくバイザーだ。

「あとどのくらい必要なんだ」

 白スーツがうんざりといったふうにこぼした。それもしかたがないだろう。カロス発電所を乗っ取って三日が経つ。必要量の電力を奪い取る、それが彼らの任務だ。しかしその必要量とやらを知っているのはドクター・クセロシキ直属の部下である、科学者のアケビだけだった。だというのに当のアケビはシステムを変更して以来特になにもせず、ましてや作業がいつ終わるとも告げずに機械をいじってばかりいる。
 確かに、白スーツたちは発電所のシステムに関しては素人だ。彼らだけではカロス発電所を制圧こそすれ、そこから電力を奪って他所に供給することなど不可能だった。
 だがいくら適材適所とはいっても、ほぼ不眠不休で作業に取り掛かっている自分たちと、気ままに振舞っているアケビとでは労力に偏りがあるように思えてならない。

「いっそのこと、発電所の職員に作業をさせたほうが効率がいいんじゃないか?」

 白スーツがアケビに向かってそう打診するも、彼女はホロキャスターから目を離さずに笑った。

「アハハ! そんなことしたらどこに供給してるかログを取られちゃうでしょ。そんなことになったらボスがお怒りになっちゃうけど、いいのかしら?」

「だ、だが、常に監視していれば問題ないはずだ」

「昨日みたいに部外者が乱入してこないとも限らないし、そうなったら便乗した職員が勝手にコンソールを操作するかもね。どれほど低い確率でも排除しないといけない、それがわたしの任務なの」

 ぐうの音もでない。アケビの言う通りだった。
 まだ完璧に統制がとれていなかったとはいえ、ふたりもトレーナーの侵入を許してしまった。どちらも手強いトレーナーだったが、多勢に無勢だ。七人がかりでなんとか捕らえ、いまは他の職員とともに会議室とおぼしき部屋に閉じ込めてある。とりあげたポケモンと、同じくとりあげた連絡手段はアケビの手の内にある。反抗は不可能だろうが、他の部外者が来ないとは言い切れなかった。
 それにアケビには他の団員と違い、予測材料が揃っていた。説明が面倒で低い確率と言ったが、誰かが侵入してくる可能性はきわめて高い。まず彼らが自主的に偶然カロス発電所に忍び込んだ、などとはいくらなんでも思えない。誰かが発電所の異常に気づき、確認のために派遣したのは明らかだ。では誰に指示されたのか。アケビはそれに対してもおおよその目星をつけている。捕らえた少年少女が持っていたホロキャスターに、幾度となくプラターヌ博士からの着信があった。おそらく彼が彼らを確認に向かわせたのだろう。だとすれば、連絡がつかなくなった子供たちを心配して、更なるトレーナーを送り込むのは当然の流れである。
 だが、そろそろ規定量の送電が完了するはずだ。
 アケビがようやく顔をあげ、管制モニターを見上げた時、侵入者を知らせるサイレンが鳴り響いた。

「なにごとだ!」

「はっ! 第三通用口のロックが解除されたようです!」

「ほーんと、いいタイミング!」

 侵入者に視線が集まるなか、アケビの軽口を咎める者はいない。
 監視カメラには小柄な人影と、その傍らに寄り添うヒトツキの姿が映しだされている。
 昨日の侵入者と同じく、長いスカーフと仮面を身に着けているようだ。そのことに気づいた下っ端団員のひとりが、慌ててカメラを寄せる。大写しになった少女は迷いのない足取りで通路を走っていく。次々と監視カメラが追いかけるが、アケビはすでにモニターから興味を失っていた。





 ひっそりと沈みかえった所内に、エクセラの足音だけが高く響いている。
 ひとけの絶えた廊下を走り抜けながら、エクセラは自分を追尾する監視カメラの存在に気づいていた。いまさら身を隠す意味はないと判断し、堂々とカメラの前を通過する。
 やはり、カロス発電所は何者かの手で占領されてしまっている。職員がいるのなら不法侵入を咎めるでもなく、エクセラを映すだけなんてことは普通しないはずだ。
 監視カメラを動かせるということは、敵の大本は管制室にいると見て間違いない。職員たちが解放された形跡はないので、どこか大きな、ある程度の人員を閉じ込められる部屋に集められているのだろう。そう考え、エクセラは地図に従って南東の会議室を目指していた。
 見張りを警戒してヒトツキだけでなく、リザードも外に出しておく。深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出してから、エクセラは会議室に駆け寄った。誰も立っていないのは不用心だと思っていたが、そうでもないらしい。会議室は自動ドアになっており、センサーが切られているのかびくともしない。

「アーサー、かわらわり」

 リザードが腕に闘気をまとわせ、ドアに向かって振り下ろした。打撃音からすると手ごたえがあったのだが、白いドアには傷ひとつ付いていない。炎で焼き切る方法も考えたが、いくらなんでもリスクが高すぎる。「かわらわり」が通用しないほど頑丈な扉では、安全性を保ったまま外部から破るのは難しかった。
 せめて室内の様子がわかればいいのに。そう思っていると、内部からくぐもった声が聞こえてきた。

「誰かいるのか?」

 その声音に食いついたのはリザードだった。扉に取り付き、鳴き声をあげる。

「その声は、デクシオさん?」

「……まさか、エクセラかい! それにアーサーもいるのか。ああでもまさか、きみが助けに来てくれるなんて不幸中の幸いだな」

「みなさん、ご無事でしょうか」

「ええ、あたくしも含めて全員無事ですわ。ただ、食事がまずいのは難点ね……」

 デクシオのはしゃぐ声とジーナの冷静な様子に、エクセラはほっと胸をなでおろした。ひどい扱いを受けているのは明らかだが、健康に問題はなさそうだ。
 部屋のなかでは救援を喜ぶ人々のざわめきが満ち、ジーナが職員たちに説明をしている声がかすかに聞こえた。

「いったい発電所で何が起きているんですか?」

「それが、赤いスーツの集団が突然管制室を乗っ取ったそうなんだ。僕たちは連絡が取れなくなってた発電所を見に来た……のは知ってるよね。来たのはいいけど発電所は占拠されてて入れないし、しょうがないから侵入してみたんだけど、このとおり捕まっちゃってね」

「相手が弱いからと油断してましたわ。バトルで勝てないとわかったとたん、トレーナーが直接襲いかかってきたのです。ホロキャスターとポケモンは取り上げられ、あたくしたちは職員の方々と同じくこの部屋に閉じ込められてしまったのですわ。――ところでエクセラ、あなたひとりで賊の相手をするつもりですの?」

「はい、そのつもりです」

 エクセラの返答に、ジーナは沈黙した。
 エクセラだって、できればジーナたちに手伝ってもらいたい。でも、会議室を開ける方法を探している時間はない。もたもたしている間に助けにきた側まで捕まってしまうのがおちだろう。いまは、エクセラがひとりで立ち向かうしかないのだ。
 ややあって、ジーナの声がふたたび続けた。

「なら、あたくしたちの情報をよくお聞きなさいな。確認できた範囲で賊は少なくとも八人いますわ。うち六名は弱いけれど、白いスーツの男は少しばかり心得があるようでしてよ。幹部なのかしら。そしてもう一人は……あたくしの勘ですけれど、一番手強い相手になりますわね。でも、エクセラのほうがずっと強いとあたくしは確信していますわ」

「僕もジーナと同じ意見だ。八対一じゃあさすがに分が悪いけど、エクセラなら勝てる。なんて言うと無責任だけど、でも、エクセラが強いのは僕たちが一番よく知ってるからね!」

「ジーナさん、デクシオさん……」

 知らずエクセラの目はうるみ、視界が歪んだ。ジーナとデクシオは落ちこぼれてしまったエクセラを見捨てず、あまつやこうして励ましてくれる。ふたりの優しさと、惜しみなく与えられる信頼に胸がつまりそうだった。必ず、助け出さなくては。
 しばしの別れを告げ、エクセラは踵を返した。

 侵入者が、一目散に管制室へやってくるのは見えている。
 赤スーツたちはそれぞれモンスターボールを握っているが、幹部である白スーツとアケビは最終調整にかかっている。しょせん相手はひとり。それもみょうちくりんな仮面を付けている子供だ。昨日あれほど手ひどく負けこんでいるというのに、彼らは相手を侮っていた。
 エクセラは先頭にリザードを、リザードのやや後方にヒトツキを配置し、管制室へ踏み込んだ。
 迎え入れた赤スーツたちを見て、エクセラは純粋に驚いた。デクシオが赤いスーツと言っていた時に、もしやと思っていたが、フレア団が発電所を乗っ取っていたのだ。

「はっはー! よくきたな、侵入者!」

「おれたちの邪魔をするとどうなるか教えてやります!」

「いくぜー!」

「ウエルカムハプニング!」

「ボスのために!」

「スマートに勝つ!」

 待ってましたと言わんばかりにめいめいが口上をあげ、ポケモンを繰り出す。
 ズルッグ、ゴルバット、グラエナ、レパルダス、マルノーム、グレッグル。その六体を前に、エクセラは仮面の下で顔を青くさせた。覚悟していても、恐怖心がかすかに頬をひきつらせる。

(でも、負けられない)

 ぐっと拳をつくり、もうひとつの手のひらにたたきつけた。

「わたしは仮面の騎士ゼット! あなたたちの好きにはさせません!」

 リザードが飛びかかってくるグラエナとズルッグを同時に叩き伏せる。後ろから迫っていたレパルダスには尻尾で応戦する。間合いをはかってくるグレッグルとゴルバット、毒を噴射するマルノームにはヒトツキが時に斬りつけ、時に布で防御をしながら迫った。ひどい混戦状態で、フレア団側は指示を出さずに野次を飛ばしている。
 もしフレア団側に統率がとれていたなら、エクセラは押し負けていただろう。
 延焼して火災にならないよう、リザードには接触型の技を極力使ってもらうようにする。トレーナーの指示不足のせいで相手ポケモンの動きが鈍く、基本的にはダブルバトルと相違ないほどにエクセラは動けていた。それに、変化技が感知されないのは有利だ。エクセラはハンドサインでヒトツキに「つるぎのまい」を踊るように合図をしている。熟練したトレーナーには見きられてしまうことのある技だが、フレア団はまったく気がついていない。
 そうして数分後には、六匹全員が先頭不能に陥った。
 こうなればトレーナーを、と構えた赤スーツたちにリザードとヒトツキが油断なく立ちふさがる。主人に指一本でも触れればその指を落とす、とでも言いだしそうな気迫に、思わず彼らは後ずさった。

「電力はもう充分よ。あなたたちは引き上げる準備をして」

 こう着状態を打破したのは、意外なことにアケビだった。
 アケビはコンソールを指先でひと叩きし、振り向きざまにエクセラへモンスターボールを突き付ける。

「その間、せっかくだからわたしが相手してあげましょうか」

 この言葉に全員が驚いた。彼らが大捕り物を繰り広げていた間、アケビは我関せずといったふうに傍観を決めこんでいたのだ。それが、いまになって自らが打って出ると言いだすとは思いもよらなかったのである。
 そもそもアケビは実戦ができるのか。手持ちが何体いるのかも、彼らにはわからない。
 団員が呆気にとられているなか、幹部はすぐさま気を取り直して撤収を命じた。慌てて部下たちはポケモンを戻し、自分たちの痕跡を消しにかかった。

「逃がすわけには――」

「だから、あなたの相手はわたし。シャドークロー!」

 ヒトツキが主人へと振り下ろされた凶悪な悪意をはじき返した。
 エクセラたちの前に、大型のポケモンがぬっと姿を現す。鮮やかな補色の皮膚、大きく鋭利な爪、なんでもかみ砕いてしまいそうな強靭なあご。ほらあなポケモンに分類されるだけはあり、ゴツゴツとした体表は洞穴の岩のように固い。このポケモンの名前は。

「クリムガン……!」

「せいか〜い。バトルしましょ、仮面のトレーナーさん。それとも正義の味方かしら」

 間違いなく、今までのフレア団とは比にならないほど強い。
 強張るエクセラと対照的に、アケビは笑みを浮かべて頬に手をそえた。

「わたしはアケビ。とある研究をしている科学者なの。それであなたには悪いけど、しばらく相手をしてもらうわ。――クリムガン、かみくだく」

「アーサー、かえんほうしゃ!」

 リザードが火焔を吐こうとのけぞった瞬間、クリムガンの進行方向が逸れ、ヒトツキへと顎が開かれる。そのままヒトツキを振り回し、自分に向けられた「かえんほうしゃ」をヒトツキに浴びせかける。だが、刀身は挟まれていても布は自由だったのが幸いした。ヒトツキは「まもる」でダメージを防ぎ、クリムガンから逃れようと無茶苦茶に体を動かす。
 さすがに抜身の剣が口で動くのは堪えたのか、クリムガンはヒトツキを乱暴に解放した。飛ばされたヒトツキは回転しながらも、空中で体勢を立て直す。エクセラが右足でリズムを刻む。ヒトツキはクリムガンの射程範囲からすばやく身を退いた。

「りゅうのいかり!」

「ドラゴンクローで打ち消しなさい!」

 リザードが尾を勢いよく振ってドラゴンタイプの衝撃波を打ち出す。それをクリムガンは真正面から受け止めると、力を集中させた爪で掻き破った。クリムガンが続けざまに「ドラゴンクロー」を連発しようとするが、ヒトツキの布が伸び、リザードを掴んで後退させる。
 リザードは、連戦で呼吸があがっている。エクセラが仮面の下でヒトツキに目配せをする。舞を重ねたヒトツキならば、ドラゴンの硬質な皮膚であっても剣先が届くはずだ。連携をとれば勝機はある。

「アーサーはデュランの援護をお願い!」

 ばててはいるが、エクセラの指示を理解してリザードはヒトツキを足場にして跳躍した。上空から落ちざまに「りゅうのいかり」の衝撃波をクリムガンに叩きつける。大味の技をアケビが避けるように指示するが、その間にヒトツキは懐へ入り込んでいる。リザードは陽動だ。そして至近距離で放つ必中の――

「つばめがえし!」

 鋭く磨き上げられた刀身から放たれる一閃を受け、さしもの巨体もぐらついた。

「なにしてるの、すぐに反撃しなさい!」

「アーサー!」

 主人の呼びかけにリザードが咆哮する。大きく開けた口から、灼熱の炎が吹きかけられた。ヒトツキの斬撃で剥がれた鱗を、炎が赤い舌でなめ尽くす。クリムガンの悲鳴がほとばしり、アケビは慌ててクリムガンをボールに戻した。

「アハハ! 面白い戦いかたするのね。でも残念。こっちの計画は片付いたわ」

 アケビがそう言った瞬間、目の前が真っ暗になった。
 停電、いや、意図的に照明が落とされたのだ。闇のなか、フレア団たちが逃げる足音がする。そちらへ向かってエクセラは声を張り上げる。

「あなたたちの計画とはなんですか! いったいどうしてこんなことを!」

「――また会いましょ、正義の味方、ゼットさん」

 追いすがろうとしたが、照明がついた時にはもう、誰も管制室にはいなかった。
 あるのは取り上げられていたモンスターボールとホロキャスターだけだった。


BACK | INDEX | NEXT

さねたか ( 2017/12/14(木) 01:38 )