第二章
第十二話 初バトル
「そのまま、ひのこ!」

「かわして背中の泡を投げつけろ!」

 夕日のさしかかる中庭の、小規模なバトルフィールドに熱のこもった声が響く。野生のヤヤコマが枝にとまって観戦している。中庭でくつろいでいた研究所のポケモンたちも遠巻きにだが、フォッコとケロマツの手合わせを関心を持って眺めていた。
 カルムの指示を受けたケロマツがバネの利いた足で宙高く飛び上がる。そのまますばやく、首からわき出た粘着性の泡をひとつかみフォッコへと素早く投射した。フォッコが放ったひのこは泡ーーケロムースと呼ばれるものによってあえなく相殺されてしまった。しかしそれを見越していたらしく、セレナはすぐさまフォッコにひっかくを命じた。ひのこは目くらましにすぎなかったのである。とび散ったケロムースを体から発した炎で払いのけ、フォッコは着地したばかりのケロマツをするどい爪でひっかき、反動をつけて後ろ足で蹴りとばした。ケロマツは受け身をとれぬまま地面を転がる。

「立つんだ、ゲッコウ!」

「反撃されるまえにたたみこむわよ、フォッコ!」

 ゲッコウと呼ばれたケロマツは渾身の力をふりしぼって起きあがる。セレナは再び「ひっかく」を指示した。迫ってくるフォッコを前に、しかしケロマツの目には闘志の炎がたぎっている。トレーナーであるカルムもまだあきらめてはいない。にぎりしめた拳をふとももに押しつけ、指示をとばす。

「あわ攻撃!」

 ケロマツが頬をふくらませてシャボン玉に似たあわをフォッコに吹きかけた。突進してきていたフォッコはもろにあわを顔面にくらい、たたらを踏む。そこですかさずカルムが反撃の突破口を開いた。

「残ったあわをはたくで叩きつぶせ!」

 フォッコに当たらなかったあわをケロマツが叩いて割っていく。すると、フィールド全体が通り雨にでもあったかのように湿り気を帯びた。疑似的にみずあそび状態にしたのだとわかり、セレナは悔しげにくちびるを噛みしめた。元々、水タイプのケロマツに対して炎タイプの技はたいして効果がない。それをさらに軽減されてしまうということは、経験の浅いフォッコにしてみれば遠距離攻撃を封じられたに等しかった。物理的な戦いになれば勝敗は五分五分だ。いや、むしろタイプ相性からみればセレナの方が追いつめられた形になる。
 だけど負けたくはない。特にカルムには。
 ちいさな頃から何かにつけて競いあっていたふたりは、トレーナーズスクールに入学してもなお競いあっていた。両者の実力は常に拮抗しており、どちらかが先へ進めば片方も同じように後を追って併走する。勉強もポケモンバトルの実力もお互いにさほど差は開いていない。だからこそ、負けるのは嫌だった。心が勝ちたいと叫んでいる。
 セレナもカルムも、力を込めた最後の一撃をパートナーに託した。フォッコは「ひっかく」を。ケロマツは「はたく」を。ともに相手へ打ち込こもうと、強く地面を蹴った。

「いっけぇー!!」

 ありったけの想いを込めてふたりが叫ぶ。
 振りおろされた手のひらをまともに顔で受け止めながらも、フォッコは爪を的確にケロマツに二度三度と滑らせた。抱き合う形で二匹はくずおれ、プラターヌがバトル終了を慌てて宣言した。
 驚くほどの才能を持っているとはいえ、彼らは今日初めてポケモンを所持したばかりの初心者である。熟達したトレーナーならば手持ちのポケモンが戦いを続行できるか判断がつくだろうが、不慣れな新人や熱くなりすぎたトレーナーには第三者の審判が必要だ。そうしなければポケモンに負担がかかりすぎてしまう。

「両者戦闘不能! よって引き分けだね」

 その言葉で、場に張られていた緊張の糸がふつりと途切れたのが肌で感じられた。ヤヤコマが飛び立ち、他のポケモンたちも何事もなかったかのように各々の生活に戻っていく。
 セレナとカルムはパートナーを労りながらボールへ戻し、礼を交わして握手をした。ふたりとも悔しそうな顔をしている。そんな彼らの間に、ハリマロンを抱いたサナが駆け寄っていく。

「ふたりとも相変わらずすっごいねー!」

「あ……! ごめんね、サナ。フォッコもケロマツもバトルできなくなっちゃった」

 セレナが申し訳なさそうに言うと、サナは首を左右に振って笑顔を浮かべた。

「あたしもハリPも見てるだけでお腹いっぱいって感じー。ね、ハリP」

 のぞき込んでくるサナを見上げてハリマロンがぷすぷすと鼻をならした。毒気を抜かれた友人ふたりは顔を見合わせ、しだいに表情を明るくさせていく。

「だめだめ! サナのトレーナーとしての初バトルは大切なものなんだから」

「プラターヌ博士に頼んでおれのゲッコウを回復してもらえばいいんじゃないか」

「それより私のフォッコを回復してもらたほうがーー」

 楽しげに言い合う三人組を満足げに見やるプラターヌの横で、フラダリもまた充足した面もちで賞賛を口にする。

「さすがは博士に選ばれた子供たちだ。すばらしい可能性を秘めていますね」

「フラダリさんにそう言っていただけたと知ったら、彼らも喜びますよ」

 おそらくバトルに集中しすぎて、三人ともフラダリがこの場にいることすら認識していないだろう。パスカルは記憶喪失なのもありフラダリに対して別段騒がなかったが、カロスにおいてホロキャスター、ひいてはフラダリを知らない者はいない。きっと驚くだろうな、とプラターヌは心のなかでほほえんだ。
 傷薬を持ったエクセラとゲンガーが三人に駆け寄っていく。エクセラがどことなく楽しげなのは、あの三人の新人たちがまとっている雰囲気に感化されたからなのだろうか。それともパスカルの影響か。なんにせよ、良い事に違いない。

「パスカル君、きみならあの戦いをどう切り抜けた?」

 ただずんでいたパスカルを振り返り、出し抜けにフラダリが問いかけた。さきほどの事もあってかパスカルは面食らったが、あごに手を当てて考え込む。ことポケモンに関して、この少年は関心を強くゆすぶられるらしい。

「フォッコのトレーナーの立場なら、しっぽをふってあわを回避して、近づいてきたケロマツに追いつかれないようにひのこでじわじわ攻撃していく……かなあ。しっぽをふるで戦意を削れば、はたく攻撃をされてもそれほど痛手は負わないでしょうし」

「ずいぶんと時間のかかりそうな作戦だ」

「でも勝てます」

「そうかもしれない。だが、トレーナーに見切られて早い段階で押し切られてしまえば負けは確実ではないかね。私ならばフォッコに間断なくひっかく攻撃を命じつつ、周囲にひのこを撒いてケロマツの体力を奪ってとどめをさす。むろん、きみの戦法はあの状況下で有効とも言えるだろうが確実な勝利には繋がらない。きみの戦い方は優しすぎるな。ベストとは言い難いものだ」

 フラダリの手厳しい指摘にプラターヌが口を挟む。

「まあまあ、フラダリさん。優しいのもパスカルのいいところですから」

 プラターヌのフォローはややずれていたが、その心遣いはちゃんとパスカルに伝わった。しかし、フラダリの言いぐさはあんまりだ。表面上は的確な指摘をしているふうに聞こえるが、その実はパスカルがとんでもない間違いをおかしたと非難しているのである。
 パスカルは自分よりも上にあるフラダリの顔を力強く見上げた。

「ぼくはベストよりベターを選びたいんです!」

 堂々と言い放ったパスカルに、プラターヌは情けない表情を向けた。おいおい騒ぎを起こさないでくれよと目が語っている。
 だが、プラターヌの心配をよそにフラダリは表情をやわらげた。彼はふところからホロキャスターを取り出し、一度それに視線を落としてからパスカルを見据えた。

「では、きみの言うベターがどんな結果を招くのか、これから見守らせてもらうとしよう」

 赤と黒を基調としたその機械を、彼はパスカルの前に突き出す。

「ホロキャスターだ、持っているといい。きっと役に立つ」

「……貰ってもいいんですか?」

「もちろん。その代わりといってはなんだが、きみの旅の様子を報告してもらいたい。カロスの現状をいちトレーナーの視点で観察できれば我が社のさらなる発展につながるのでね。そういうわけですのでプラターヌ博士、あなたの助手の力をお借りしてもよろしいでしょうか」

 話題を振られたプラターヌは了承するしかない。
 パスカルは差し出されたホロキャスターを受け取り、なぜだか淡い既視感を抱いた。エクセラが使っていたのを見ていたからだろうとも思ったが、この端末を受け取った瞬間「これは自分の物だ」と強く感じたのである。とっさにフラダリを見やると、彼はそんなパスカルの様子に不安を感じているのだと受け取ったらしく、使い方はわかるかと尋ねた。逆光になって表情はうかがえない。玄関ホールで受けた息苦しさがぶり返してきそうになって、パスカルはちいさくうめいた。

「ありがとうございます。あの、ぼく、エクセラに教えてもらいます」

 そう言ってカバンへ端末を押し込め、パスカルは少年たちのつどうバトルフィールドへと逃げるようにして駆けだした。
 走ってくるパスカルに気づいたセレナは、それまでカルムと言い合っていた口をシェルダーのように閉じ、フォッコを抱きしめた。続いて他の子供たちもパスカルに気づき、それぞれ視線を向ける。

「みんな、バトルおつかれさま」

 ケロマツの応急処置が終わり、エクセラが立ち上がると同時に、労いの言葉を投げかけるパスカルをカルムは眼光鋭くにらみつけた。

「パスカルさん、おれとバトルしてくれませんか」

「ちょ、カルP、さすがに連戦はまだ早いって!」

「だいじょうぶだ。まだ戦える」

 止めるサナを制して、カルムはぎゅっと拳を握る。

「でもでも、まだトレーナーになったばっかりだし」

「サナ、そんなの関係ないよ。……それでどうなんですか、パスカルさん。まさかバトルしたくないなんて言いませんよね」

「そんなことはないけど、もう今日はやめておかない?」

「いま、バトルしたいんです」

 闘志を燃やす幼なじみを、普段ならサナはあまり止めない。常にその役割を担っているセレナが急に黙り込んでしまったため、しかたなく買ってでているにすぎないのである。サナではカルムを止めることはできないのだ。
 助けを求めてサナがエクセラを見やると、彼女は冷たい目で少年ふたりを見た。サナはこの年上の少女がすこし苦手だ。言葉すくなで妙に落ち着いていて、話しかけにくい雰囲気がある。それにサナたちからするとよく接する年上といえばスクールの先輩や学校の先生、親兄弟くらいである。エクセラのようなタイプの少女とどう接していいのかわからなかった。
 が、エクセラはサナの救難信号を正確に受けとってくれたようである。彼女はゲンガーと、全快とはいいがたいケロマツを交互に見て口を開いた。

「ゲンガーは連戦で疲れていますし、パスカルさんはこう見えて全治一週間のけが人です。それにケロマツだってはじめてのバトルで見かけ以上に消耗しています。サナさんの言うとおり、これ以上のバトルはやめておくべきでしょう」

 エクセラの言葉にカルムは目を覚まされたかのようにはっとし、おとなしくうなずいて引き下がった。それでもまだパスカルをにらみ続けている。なぜそこまで食い下がってくるのか理解できないパスカルは、困惑したまま速やかにゲンガーをボールに戻した。このままゲンガーを連れていると再びバトルの申し込みをされかねない、そんな気迫を感じたのだった。
 しかし、悔しげな少年の姿を見るといたたまれなくなる。今日いますぐに、という申し出は断らざるを得ないが後日ならば話は別だ。パスカル自身ポケモンバトルは好きだ。それにゲンガーもやる気満々である。

「今日は無理だけど、ぼくの探し物が見つかってからならいつでも受けてたつよ」

「探し物ですか」

「うん。当分かかりそうだけどね。――さてと、そろそろ博士のとこに戻ろうか」

 パスカルはエクセラの抱えていた救急箱をひょいと取り上げ、中庭を戻りだした。エクセラはサナたちからみると不機嫌そうな顔をして、足早にあとを追いかけていく。サナが肝を冷やしていると、後ろの方で親友の浮かれたつぶやきが聞こえてさらに冷や汗がでてきた。

「かっこいい……」

 先にカルムが歩きだしていなければ、きっと一波乱あっただろうとサナは思った。



さねたか ( 2016/10/06(木) 01:38 )