第一話 旅立ち前夜
許可状。それは、フラエワが決めた年齢に達した少年少女に送られる、旅に出ることを許す、ということが書かれた手紙のこと。
お母さんが子供の時はそういう制度がなかったらしいし、その上私たちが住んでいるこの町では、子供が私とアルしかいないから、私たちは一度も許可状を見たことがない。
灯台の展望台から、横に建つライトが海へ放つ光を眺め、ぼんやり考える。今日は私たち双子の、14歳の誕生日だった。朝からずっと待っていたその手紙は、夜になっても届かなかった。仕方なくいつもどおり、灯台をのぼって海を眺める。もうすぐ片割れのアルが、お菓子を持ってきてくれるはずだ。
と、後ろの階段の方から、ドタドタと慌てたような足音が聞こえてきた。
「……と、ロメリ!ダンボールどけとけって言っただろ!!」
「知らないよそんなの。それくらいアルがやったっていいじゃん!」
後ろから聞こえた声に、私は振り返りながら文句を言う。私の双子、アルストが、ダンボールを蹴りながら、息を切らして立っている。お菓子の袋はどこにもない。
「アル、お菓子は?」
「その前に、さ、」
息が上がったまま、アルはにやりと笑う。
「母さんが、許可状届いたってさ」
「………えっ!?」
ふらふら立つアルを押しのけて、慌てて階段を駆け下りる。すぐにアルも追いかけてきて、私たちは急いで家へ戻った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
『許可状 ロッカタウン アルスト
14歳になったことを確認。旅に出ることを許可する。』
赤い封筒から出てきた赤い紙には、そうとだけ書かれていた。
ロメリが持つ手紙にも、同じことが書かれている。僕らは確かに、今日誕生日を迎え、14歳になったのだ。
どきどきと高鳴る胸を抑え、ロメリの顔を見れば、同じように胸に手を当てて、泣き笑いのような表情を浮かべる彼女と目が合った。
「お母さんお母さん、私たち、明日から旅に出られるんだよね?」
「えぇ……もちろん」
今にも泣きそうな顔をした母さんがうなづく。とたんにロメリが僕に飛びついた。勢いが良すぎて思わずよろけるけど、何とか踏ん張る。それを見た母さんは、ふふ、と笑みをこぼした。
「母さん、笑ってないで助けてよ…」
「まあまあ…、ほら、明日には博士が、パートナーになるポケモンを連れてきてくださるんだから、今日はもう寝ましょう。灯台にもいっちゃだめよ?ちゃんと自分の部屋で寝なさいね」
「わかってるよお母さん、ほらアル、上行こう! おやすみ!!」
「……おやすみ、母さん」
ぐいぐいと腕をひくロメリに引っ張られながら、2階にある自分達の部屋にあがる。
部屋に戻り、明日の準備をし、寝る支度を済ませても、ロメリの興奮はいっこうに収まらないらしい。今もピカチュウのぬいぐるみをきつく抱きしめて、旅だ旅だとぴょんぴょん跳ねている。
「ロメリ、ピカチュウが窒息死するからやめてやれよ」
「ぬいぐるみだからいいの!!それよりアル、旅の準備って何した?」
「あー…、6年前のアレ引っ張り出したから、それでいいかなって」
「あぁ」
ロメリの視線がクローゼットに向けられる。その戸の中、一番下の引き出しの奥には、ウエストポーチが入っているはずだ。
僕らは6年前に1度、ロッカの外に出ようとしたことがある。まだ8歳だったくせに、昔父さんに教わっていたせいか、妙に荷物だけは本格的なものだったのだ。まぁ、2番道路の草むら手前で、恐怖に負けて引き返したのだが。
「そうだね、私もあれにしようかな」
「準備だけなら本格的だったからな」
「ふふ、まあね。じゃああとは、服?」
「そんなのいつも通りでいいだろ…ほら、電気消すから!!」
「へーいへーい」
ロメリが布団の中に潜ったのを確認して、電気を消す。真っ暗な部屋に、時折灯台の明かりが入ってきたりするけれど、物心ついたときからずっとだったからそんなの慣れっこだ。
でも、明日への期待や不安で、今夜は眠れそうにない。それはきっと、寝返りを頻繁に打っているロメリも、そうなんだと思う。