プロローグ とある少女の旅立ち
「ちょ、アンタ、どこ行くの?」
玄関で、パンパンに何かを詰め込んだリュックを背負い、スニーカーをはく娘を見て母は尋ねる。相変わらずだらしなく羽織っているパーカーからは、本来隠れて見えないはずの肩が覗いていて、両手は袖の中に隠れていて。それでも、今までになく楽しげに笑う彼女を前に、いつものように注意する気は起きなかった。
「……せめてシャツはスカートに入れなさいって」
「いーじゃんか、それより母さん!!」
お気に入りのニット帽を被り、彼女は母の目を見る。キョトンとしている母の目には、自分でも気持ち悪いと思ってしまうくらいに笑っている自分が映っていた。
「アタシ、旅に出る!!」
「……はぁ?2年前に許可状来たときには、絶対行かないって言ってたじゃない!」
「いやぁ、あのね、前に博士についてって、図書館まで行ったんだけどさ、そのロッカって町にアタシと同い年の子供がいて、今年旅に出るって聞いたんだ。だから、そいつとあたし、どっちが先に強くなるか勝負しようって思ってさ!!」
あるすとろめ…なんとかって言ったかな、と首をかしげながらドアノブに手をかける娘の様子に、母は、はぁ、とため息を吐き出してから、諦めたように笑った。
「まぁ、その気になったって言うなら止めないけど。気をつけなさいね?」
「もちろんだよ!じゃあ、母さん、」
彼女がドアを開くと、春のさわやかな風が吹き、母と少女の髪を揺らす。娘の向こうに広がる真っ青な空が目に飛び込んできた。
あぁ、
あの日も、
そんな空だった。
「いってきます」
母の返事も待たずに、少女はパッと外へ駆けだした。あっという間に少女の姿が木々の向こうに消え、いったい誰に似たんだか、と母は苦笑する。それからふと、娘の言葉を思い出した。
「………ロッカ、って…?」