第1話 旅立つ日
僕がリビングへ行くと、すでに朝ごはんができていた。
今日は、僕の大好きなサンドイッチ。これからしばらくお母さんの手料理を食べることはできなくなるんだよね、と考えるとしんみりしてしまう。
でも、こんな日に僕の大好物を作ってくれたことに感謝しないとだね。
おっといけない。自己紹介がまだだった。
僕はエイト。今は12歳だ。
えっ10歳じゃないの?と疑問に思った人もいるだろう。人は、10歳になるとトレーナーとして旅に出ることが許されるのだから。
実際僕は、トレーナーズスクールを10歳の時に卒業するはずだったんだけど、お母さんからは、
「あと2年間はミッチリ勉強したほうがいいんじゃない? 」
と言われ、それに従わざるをえなかった。だから、卒業したのはついこの間である。
特別頭が悪いとか、ポケモンバトルが下手だとかいう訳ではなかったんだけどな。
でも、その二年間のおかげで、ある程度ポケモンに関する知識はそなわったと思う。
では、僕のことはこれくらいにしておこう。
僕はサンドイッチを口に頬張りながら、ちらりとテレビのあるほうを見た。
お、確かこの時間は有名なポケモントレーナーにせまる『ジョウト・トレーナーズ 』という番組をやっているんだった。
えっと、今日のゲストは、ホウエンリーグベスト4になったポケモントレーナーユウヤだ。
この人は、ジョウト地方出身だから僕の周りではすっごく人気があるし、僕もこんな凄いトレーナーにやっぱり憧れる。旅をしている中で会えたらいいなぁ、ともついつい思ってしまう。
「エイトー、テレビばかり見てないではやく朝ごはん食べなさーい 」
お母さんからの注意の声。おっといけない。テレビ画面に夢中になって、食事の手が止まっていた。
「はーい 」
返事をしたあと、残りのサンドイッチを口に入れる。
やっぱりお母さんのサンドイッチはおいしいな。
「エイト、ついに旅立つのね 」
かろうじて僕に聞こえるくらいの小さな声で、お母さんは呟いた。
二年前は、旅に行かせてくれっと言っても行かせてくれなかったけど、今は違う。
ちゃんと僕の頑張りを認めてくれているのだから。
「頑張りなさいよ。ポケモンリーグ楽しみにしてるんだから! 」
「ちょっと!お母さん、気が早いよ。もちろんポケモンリーグ出場は目標なんだけどさ…… 」
ポケモンリーグは、ポケモントレーナーの祭典で、そこで優勝することを誰もが夢見ている。僕ももちろんその一人だ。
「エイト、あなたなら大丈夫よ。必ず夢を達成することができるわ 」
「うん、そうなるように頑張らないとだね。お母さん、ありがとう。そしてごちそうさま 」
僕は、静かに言葉を発した。その後椅子から立ち上がり、忘れ物がないか確認するために、あらかじめリビングに持ってきていたリュックを開けて、中身を見る。
よし、大丈夫みたいだ。
「さ、ごはん食べたことだし、研究所に行ってきなさい。あなたの最初のポケモンが待っているわ。さみしくなったらいつでもポケギアで連絡していいんだからね。それじゃあ、いってらっしゃい! 」
お母さんの力強い声が、僕の心の中まで響いた。
励ましの言葉が本当にうれしかった証拠なのかな。いいや、きっとそうなんだよね!
「いってきます! 」
僕はそう言い残し、もうお母さんのいるほうを見ずに家を出た。
ウツギ博士の研究所は、僕の家のすぐ近くだ。速く行こう!
楽しみに弾む気持ちで、僕は小走りに研究所への道のりを進んだ。
「エイトは大丈夫なのかしら。ねえ―― 」
お母さんは、僕が行ったあとそう呟いていたのだが、すでに家を出た後だった僕の耳には聞こえることはなかったのであった。