ミツキ 04
タマムシシティの一角。そこのオフィス街にあるポケモン離陸場にミツキはすとんと着地する。お疲れさん、と示すようにミツキはピジョンの首を撫でた。ピジョンは気持ちよさそうに目を細める。本当はご褒美のポフィンの一つでもあげたいくらいなのだが、会社から支給されているポケモンに勝手に食料をあげることは禁じられている。鳥ポケモンには繊細な航空技術が必要なので、変な間食を食べて体重が狂うと困るらしい。だから、ミツキはもう一度ピジョンの首をわしゃわしゃと撫でると、モンスターボールにピジョンを戻した。
ミツキは真っ先に喫煙所を検索する。仕方のないことではあるが、人と会う仕事なのでなかなか喫煙はできない。特に、最近は喫煙者がどんどん減ってきているのでタバコミュニケーションも死語になってきている。上司が昔と比べて喫煙所で口が緩む奴が減ってきていて困るとぼやいていた。確かにそれはその通りだろう、とミツキはタバコに火をつけて吸い込みながら同意する。
当時の『ポケモン預かりシステム』に携わっていた人に話を聞こうと片っ端からアポを取っていたが、成果は芳しくなかった。だいたいが知らないわからないの一点張りで時間を空費している。現場社員に聞いた方がいいと至極まっとうなアドバイスをされたこともある。
それは当然のアドバイスだ。そもそも、退職した社員にシステムについて聞いて回るのがおかしい。変に勘ぐられそうなので、あまり踏み込んだ質問はできない。やめたとはいえ、会社との繋がりはまだあるかもしれないのだ。変にシルフカンパニーに自分のことを伝えられても困る。くそ、とミツキは毒づく。もう少しで何か分かりそうなのだが、しかし握ろうとするたびにするりと手から逃げていく。ただでさえシルフカンパニーから退職した人間を見つけることも難しいのだ。まず、個人情報を理由にOBOGのリストが公開されていない。情報化社会言えども、個人情報はそんなに甘くないわけだ。ミツキも会社に保存されている紙の名刺をわざわざ一つずつ調べ、そこから退職した人物を選りすぐって連絡していたのだ。面倒なことこの上ない。
探偵を雇うという考えもあったが、それは最終兵器だ。なにせ、相手はカントーで一番大きい会社であるシルフカンパニーだ。
手が空いている記者に声をかけるべきか──ミツキは迷って首を振る。ただでさえ、社会部に来て日が浅いのに、これだけの情報を追うために遊撃隊の結成は難しいだろう。それに、社会部は基本的にスタンドプレーが目立つ。
そもそも、こんな事件に熱を入れて調査をしている自分の方がおかしいのだ。ミツキは目元を揉みながらそう思う。自分がシルフカンパニーを怪しいと探っている理由は、せいぜいタグチが口を滑らせたこととシルフカンパニーに行った時に何となく怪しいと思ったくらいだ。ほとんど陰謀論と言っても過言ではないだろう。
──会社ってのは身も心も預けたら駄目なんだよ。
ふと、ミツキは亡き父の言葉を思い出す。陽気な父親であった。社会的に大成功をした人物でこそなかったが、誰よりも熱心に働くし、フシギダネをもらってきた自分とポケモンバトルするために、野生のコラッタをわざわざ捕まえてきては初心者用のトレーナーブックを必死に読み込んでいたのだ。それでも、自分にすら負ける辺り、父親には才能がなかったのだろう。どこにでもいる、優しくて真面目で情けない父親だった。思春期にはそんな父親を馬鹿にしていたこともある。自分はああはなるまいと思っていた。
だからこそ、その父親が夜に滅多に飲まないウイスキーをちびちび舐めながら会社の愚痴を言っていたときには驚いた。仕事を家庭には持ち込まない。そんな古臭いタイプの父親だったからだ。だが、ミツキは母親のように耳を傾けずに部屋に戻った。そのことを、ミツキは今でも後悔している。
──親父、無念だったよな。
ミツキは二本目のタバコを取り出して咥えた。だが、火はつけずに腕を組んだ。
珍しく深酒していた父親は、その二日後に森で首をくくって死んでいるのが見つかった。自宅で死んでは残された妻と自分に迷惑がかかるとでも思ったのだろう。最後まで家族のことを思っていてくれた。
父親は会社ぐるみの汚職を押し付けられたのだ。輸入業をやっていた父の会社は、アローラからこっそりとポケモンを連れてきて、それを闇商人に流していたのだ。そのことがバレるや否や全て責任を父に押し付けた。父はそれを誰かに相談することもできず、家族に迷惑をかけないよう首をくくった。遺書に会社の不祥事を残して。
だが、当初は会社側が責任を認めずに汚職もひた隠しにしていた。警察の捜査担当者に金を流してグルになっていたことも後からわかって呆れたものだ。それから何年もかかって、ようやく会社は罪を認めた。だが、責任者は謝罪はせずに、ただ慰謝料だけを振り込んできた。母親は激怒し、謝罪するまでは金を受け取らないと突っぱねた。だが、一家の大黒柱を失い収入源も絶たれていた母は、泣きながらそれを受け取ったのだ。自分を育てるために、汚い金とわかりながらどうしてもそれは必要だった。だから、ミツキは記者になったのだ。記者としてこの世の中に隠された汚職や悪事を暴くために。
ミツキはようやくタバコに火をつけた。ニコチンを含んだ汚い煙が肺に吸い込まれ、逆に思考はクリアになっていく。ミツキはスマホロトムを取り出すと、メモ帳のアプリを開いた。話を聞いた元社員や関連者の名前にどんどん斜線を引いていく。一応、彼らの情報は残しておく。だが、それを使う時は来ないだろうとミツキは考えていた。せめてサトルのようにラルトス・メソッドを使えればいいのだが。そうすれば、何か情報を引き出せていたかもしれない。
ちくと胸が痛むのを感じ、ミツキは頭を振った。ないものを頼っても仕方がない。それよりも、今はあるものを効果的に使うしかないのだ。ミツキはタバコを灰皿にぎゅっと押し当てて火を消した。
当てがあるとしたら、この男なのだが。ミツキはスマホロトムの画面に浮かんでいる人物の写真を睨む。ソネザキ・マサキ、彼が『ポケモン預かりシステム』を開発した第一人者と言われている。だが、彼はそれだけの実績を上げたのにも関わらず、シルフカンパニーで働いていない。普通ならば、あの大企業で幹部クラスに抜擢されてもおかしくないはずなのだ。しかし、マサキはプロジェクト設立当時こそ関わっていたが、そのあとはどの資料からも忽然と名前を消している。いや、資料からではない。社会の表舞台からも消え、どこかでひっそりと新たな技術を開発していると言われている。当然、連絡はつかない。会社のデータも根こそぎ調べ上げたが、マサキがいるであろう場所に検討はつかなかった。
ならば、気は進まないが知り合いを頼るしかない。ミツキはメモ帳アプリを落とすと、電話アプリを起動する。そして、ためらいながらも「タグチ」と書かれた連絡先をタップした。