サトル 03
コインを弾く動作は洗練されていく。三枚のコインを投入口に注いで、リズミカルにボタンを叩く。すると、チープなBGMが流れて数枚のコインを吐き出す。画面上ではドーブルが楽しそうにピカチュウの絵を描いていた。
ふう、とサトルは一息いれると缶コーヒーをぐいっと飲む。だんだんスロットにも慣れてきた。この程度の目押しはできて当然だろう。だが、もらえるコインはせいぜい10枚だ。大きな役のモンスターボールやセブンは単純な目押しではできない。店側の調整で微妙にタイミングをずらされているだろう。それでも、この台ならば粘ればフィーバータイムに突入する。そのときに焦らずワニノコやチコリータ、ヒノアラシの絵柄を揃えればいい。そして、キリのよいところで抜ける。こうすればそうそう負けはないはずだ。最も、今日はスロットで勝つことが目的ではない。他の台で悪態をつきながらスロットをしている男が目当てである。
その男がロケット団の一員であることは、警察に取材して知った。名前はハシモトで、年齢は十八歳。前科や逮捕歴こそないが、何度か警察に補導されている。最近は深夜に公園で仲間と一緒に酒を飲んで大騒ぎしていたところをしょっぴかれている。
何度も補導しているが、一向に反省する様子はない。警察も諦めてせいぜい一日拘留するくらいだ。別にポケモンを使って凶悪事件を起こすわけでもないので、いちいち構っていられないというのが本音であろう。
まあ、確かにハシモトには大それた犯罪ができるようには見えない。パチ屋にいるくせして目が死んでいる。ただ、スロットに硬貨を入れるだけの装置だ。くそ、と毒づく声も本当に戦おうとする意志なんてない。彼はスロットで勝つためにここにいるのではない。ただ、怒りたいからスロットをやっているのだ。鉄火場で生きたことがないのだろう。酒と煙草のせいか、ニキビだらけで老けているのに、表情は妙に子供っぽい。そして、その特徴はハシモトだけでなく、彼とつるんでいるロケット団の団員もまたそうだ。
──ま、俺も人のことは言えないな。
サトルは自嘲しながらコインを注ぎ込む。こんなパチ屋でシケた時間を過ごしていると、だんだん自分も染まっていくような気がする。服に染み付くタバコの匂いに顔をしかめ、無駄だと知りながら消臭剤をふりかけた。
こんな場所にいることが苦痛であり、屈辱であった。こうしている間にも、自分がポケモンバトルの最先端からは置いていかれることになる。それどころか、長い間ここにいたら自分の体に負け癖が染み付きそうである。そのうえ、ロケット団を取材したところで何も出てこない。
確かに警察から言われている通りだ。ロケット団に確固たる思想などなく、せいぜいポケモンを使った嫌がらせや、ひどくて空き巣事件のようなものだろう。態度は悪いが、不良の域を出ないだろう。あそこを締め上げたところで、出てくるのはせいぜい親の悪口に社会への恨み言だ。要は、性根が甘えているだけだ。スカル団はまだ“島巡り”という過酷な制度に脱落したから少しばかり同情する。だが、比較的格差が小さいカントーで堕落するなど、それこそ甘え以外の何物でもない。
こんなものか、とサトルはじゃらじゃら跳ねるコインをケースに放り込んで立ち上がる。景品になっているわざマシンでも貰おうか。そう思って、立ち上がりかけたその時だ。
「ランス様!」
先ほどまで沈んだ表情でパチンコを打っていたハシモトが甲高い声をあげる。いや、ハシモトだけではない。他の台で打っていたロケット団の団員も、“ランス様”と呼ばれた男の近くにわらわらと集まっていく。
サトルはさりげなくランスと呼ばれた男の容貌を伺おうと後ろを覗き見る。だが、ランスがちょうど振り返ってしまったせいで、その顔を覗くことができない。サトルはもう一度椅子に座り直し、こっそりとスマホロトムのカメラを起動する。
「話はまた別の場所で」
ランスと呼ばれた男は低い声で返した。そして、ロケット団員を連れ立って外へと歩いていく。そのとき、サトルは自然な動作でランスと呼ばれた男の顔をちらと見た。
目にしたのはわずかに一瞬。されど、ランスの顔はサトルに強烈な印象を残した。目鼻が整った顔立ちに、美しい緑色の長髪。なにより、刃物のように鋭い目つき──。
肌がぶつぶつと泡立つのを感じていた。他にいる凡百の取り巻きはともかく、ランスという男だけはモノが違う。思わずむせてしまいそうな、犯罪の匂いがした。
あれがロケット団のリーダーであるとすれば、話が変わってくる。あのカリスマ性に惹かれてチンピラが一つになり、凶行を繰り返すことも。
いや、待てとサトルは息を吐く。自分は冷静ではないのだ。どう考えても話が飛躍しすぎている。まだロケット団が大規模な犯罪組織と決まったわけではない。今のところ、自分の考えは直感に過ぎないのだ。ランスと呼ばれた男も、掃き溜めにいるハクリューのような存在なのかもしれない。今のところ、ロケット団に注目している記者はほとんどいない。記者の口が軽くなる喫煙所ですら、そんな話を聞いたこともなかった。
社会部に所属している記者は自分よりもずっと優秀だ。すでに独自にロケット団に接触しては、価値なしと見放している可能性も大いにあり得る。それが正しければ、自分は賭けに負けることになる。
しかし、もし自分の考えが正しくて、ロケット団が何かを企んでいるとすれば、話は変わる。そう、例えば集団で強盗する予定があるのだとすれば、自分の手にあるカードは大役へと変貌する。それは、ポケモンリーグ班への切符になるかもしれない。
早く、ポケモンリーグ班に行かなければならない。そのためにも、この特ダネを口にする気はなかった。