第六章
天ノ川龍星vsダークライ
 午前0時半頃、シンオウ警察の協力と風太の権力をえて、ホウエン地方出身のポケモンレンジャー・天ノ川龍星はミオシティの真北にある双小島(ふたごじま)の片割れ・新月島(しんげつじま)に到着していた。地元の人間いわく、
 「満月島(まんげつじま)は地図に記載されてあるが、新月島は幻の島ともいわれていて、あるかどうかも疑わしいものと判断されていたのだ」
 と、半ば弁解めいた言いかたで龍星に説明してくれた。たぶん昔から満月島と隣接するように在ったのだろうが、新月島に()むポケモンの性質により人類の歴史に残ることがなかったのではないか。
 シンオウ地方のポケモン図鑑を編纂したナナカマド博士も、そのポケモンの存在を認識していなかった。一般的に普及された図鑑(もの)だと210匹のポケモンが自動登録されるようになっているのだが、奴=\―ダークライの記録は後世まで語り継がれることがなかったようであった。
 存在を知られていなくて、かつ不死の存在(ポケモン)

 『死なない存在(いきもの)≠前にしても、視線()を逸らさずに判然(はっきり)と、莫迦(ばか)だと言えますか?』

 『貴様は、我が望んでもいない義務(こと)を不死のままやらされる苦悩を想像できるか?』

 妙なものだ。不老不死などの概念は幻想小説(ファンタジー)のなかでの事柄だと思っていたのに、まるで自分たちがその世界の住人であるかのような錯覚に見舞われた。
 不死の存在が(いだ)く気持ちを理解するのは相当に骨が折れるであろうし、間違いなく死しても理解できぬ命題にちがいない。何故なら自分たちはいずれ朽ちる身である。理解に達したときには永遠なる無意識の世界へと旅立っているであろうから、自分たちが生きているうちに月精(クレセリア&ダークライ)に伝わることはない。
 (いや)、もっと大雑把(おおざっぱ)に考えてみようか。いきなり理解しようとするのではなく、()ることからはじめてみるのがよいのかもしれない。何事も漸進的(ぜんしんてき)に手順を踏んでいけば目的地にたどりつけるものである。
 逆に、同じ手間を省くために過程をすっ飛ばして結果を出すような急進的なしかたで喜びをえられた(ためし)というのはほとんどない。合理性に相反する温情が失われるからである。山奥の村のはずれで暮らす偏屈な老人でも、村が消滅したとなれば人里のある地へ移り住むものだ。
 あたえられた役目は異なるが、同じ月の守護者であるクレセリアがいれば他の存在を脅かすことなくやっていけるのではないか。と思うのが、龍星の思考の限界なのかもしれなかった。
 奴≠ヘけっして飽きっぽいのではないのだろう。心的飽和(しんてきほうわ)になった者を見て、「根気が足りない」と(かつ)をいれる者がいるが、精神論でかたがつけられるのなら休息の時を欲する者はいなくなる。機械(コンピュータ)ではあるまいし、精神論を信奉(しんぽう)する者の多くは他者を生者としてあつかってほしいものである。まさか闘いにおいてもっとも必要なのは、補給物資や休憩の時間でなく、勝つ算段だとかいう有害きわまりないことを考えてはなかろう。
 現段階においての奴≠ヘ、残念ながら、そのような考えでここまできてしまったにちがいない。他の存在の力を手にして意気揚々となり、「月」の名をもった同胞(どうほう)に手をかけてますます調子に乗ってしまったのだ。正気の沙汰(さた)ではない。
 隣の満月島より碇泊地が古くなっており、何十年も修復工事がされていないようであった。海上保安部のボートから降りた龍星は、奴≠フ気配を奥の森林地帯で感じとった。
 「龍星くん、気をつけて」
 風太がボートから声をかける。
 「行ってきます」
 桜色の頭髪と首から下のけばけばしい防寒服に包まれた全身が見えなくなるまで、風太は緊張を帯びた表情で見送った。
 「父さん、僕はあの人みたいになれるかな…………」
 「どうした」
 「僕は煌良に嫌われるくらいなら自分の趣味に没頭したほうがましだと思って、ずっと避けてきた。だけど、それはただ、僕自身が傷つくのを恐れていただけで、煌良のことなんてこれっぽっちも考えていなかったんだ」
 「…………」
 別のボートの上で語り合う親子がいた。姓名は言うまでもない。
 「あの人は、天ノ川さんは、煌良(かのじょ)のために奔走している。本来の仕事を終わらせたらすぐにミオシティへと戻って…………、五十嵐警部の話ではキッサキシティからテンガン山を通ったんだって」
 「テ、テンガン山だと!?」
 「海路を断たれたから陸路で進むしかないと思ったみたいだし、鳥ポケモンをキャプチャしないで自力で向かったらしいよ」
 「…………なんて奴なんだ」
 どうもオトナという生物は限界を早く感じたがってしまう傾向にあるようだ。仕事が長続きせぬ若者を叱責(しっせき)するわりには教育する側の姿勢もだらしなく終わる。何も言わなくても通じ合えるなどと、都合のよいことを考える低能の落とし穴にはまる者が続出する世の中だ。
 生き残る戦いにおいては相手を必要とするが、生き延びる闘いには自分自身としか戦えない。仕事をやめる者も、部下を育てようとしない者も、根本的なところで屈折しているから物事の原因を外部に求めるのである。自分で決めたことを忘却の彼方(かなた)へ抛り、他者がしたことに見せかける。つまり記憶を捏造(ねつぞう)するのだ。
 社会は厳しいところであると、オトナはいう。が、厳しくしているのはオトナであり、そこから逃げ出したがっているのもオトナである。勘のするどい子どもはオトナのはりぼての欺瞞(ウソ)などたやすく見破ってしまう。
 さしずめ、自分たち親子はできの悪いオトナに映ったのであろう。彼の手きびしい意見には痛痒(つうよう)を禁じえない。偏見と達眼(たつがん)の圧倒的な差を思い知ったのだった。
 「もはや、ポケモンレンジャーだからという理由づけで動いてはいないな……!」
 「うん……!」
 息子に何と声をかけてやればいいのだろう。自分がしっかりした父親であったなら、
 「お前ならなれるよ。わしの子なんだから」
 といった力強い応援ができたかもしれない。だが、できの悪いオトナ同士で傷の舐め合いをしても虚無感(きょむかん)に襲われるだけだった。
 「できることからするべき、だろうな…………」
 いまの自分を支えてくれる者は、ここにいない。息子に諭す言葉が見つからず、息子の育てかたを途中で誤ったのかもわからない。仲間のポケモンをモンスターボールから解放させるにしても、せまいし船体がもちそうにないので、慰めてもらうこともかなわなかった。目頭が熱くなる。だがこんなところで惨たらしく泣くわけにもいかない。せめて、龍星(かれ)が戦場からもどるまでとっておこう。
 岩村冬瓜氏はマントの片側を息子にかけ、どっしりとした風体(ふうてい)で隣に立った。金属くささが抜けておらず、息子の枹大はわずかに顔を引きつらせたが、父親の温度を感じることはできて微笑を浮かべた。





 この島には野生のポケモンが生息していないらしい。もしくは、奥に潜む存在のせいで気配をなくされてしまっているのかもしれない。ルナから波導を分けてもらったおかげですこぶるコンディションがよくなった龍星は、林道を突き抜けていくと、最果てにて闇黒のポケモンが不敵そうに待ちかまえているのを見た。あちらも龍星の姿を視界にとらえたらしく、不気味な笑いをふりまいてきた。
 『ふふふふふ、よくきたな』
 いかにも悪役らしい切り出しかただ。独創性のかけらもない。龍星の辛辣な評価など気にすることなく、ダークライはつづけた。
 『クレセリアは瀕死、竜頭蛇尾(りゅうとうだび)の人間の男も力尽き、わが力の(かて)となりし人間の女はあと少しで残量がなくなる。だが、数時間前に手にはいった若くてみずみずしい力の持ち主からも奪えば、我が野望の開幕のベルが鳴るのだ』
 「野望とは?」
 『ふふふ、知りたいか?』
 「さっさと言え」
 自己の身上を語る者に理解してもらいたい気持ちというものは、あまりない。ただ聞いて、ただ頷いて、ただそばにいてほしい。大勢の人がいう、都合のいい存在≠欲しているだけにすぎないのである。
 しかし、いまの龍星が世話焼きになるなどありえなかった。
 『まずは夜の支配者となる。次に、我がホームグラウンドにて死の世界を復活させ、そこにいるであろう王者を斃す。最後に…………!』
 「オレたちの世界をも統合させて、すべてを牛耳る神的存在となる。そうだろう?」
 『ふふふふふ、そう、そのとおりだ。我が世界を意のままに操れば、理不尽で不愉快な思いをせずにすむわけだ』
 「……………………」
 『どうした? 我のすばらしい美談に聞き惚れてくれたのかな?』
 そのとき、龍星の姿が煙のように消えた。彼がいたところで砂埃(すなぼこり)が舞っているが、いずれにしても、どこにいるかがさだかでない。
 『ど、どこにいる!?』
 「熱破掌(ねっぱしょう)=v
 殺気を押し殺したかのような龍星の低い声を聞いたとき、ダークライの腹部に高熱を感じた。ただ過度の熱さで体系感覚が拒絶(きょぜつ)反応を起こし、全身で感情を表現するに至った。
 『ギャアアアアアーーーーッ!?』
 さらに、ダークライの腹部と龍星の掌底(しょうてい)との間にオレンジ色の光が球状になって、輝きに満ちあふれていく。それはしだいに大きくなり、両者との間に大きな距離間が生まれた。気圧による影響で爆発したのであった。
 ダークライは背後の岩壁にまで吹き飛ばされた。型どおりにはさまった身体を揺り起して脱出し、黒い2つの(あし)をたたんで超高速で龍星に突撃する。
 『でんこうせっか=x
 ヒットしたかに思えたが、手ごたえが感じられなかった。
 「こっちだ」
 声のするほうに振り返った瞬間、ダークライは龍星の左手による(パンチ)を受けていた。ダークライは勢いの死んだ状態で錐揉(きりも)みし、地面に落下した。
 「夜の支配者になろうと妄想していっている奴が、無様だな」
 『ぐっ…………!』
 「大言壮語をいう奴にかぎって舌の動きがするどくなる。本当に自信があるのなら、オレみてえな聞き手の反応など窺わずに、行動に即しているものだろう」
 『貴様を斃しさえすれば、我が野望は…………!』
 「もしも話に意味などない。非公開の予言と同じく、価値もありはしない。それに、お前の美談(おしゃべり)に付き合ってやる義理もない」
 『…………』
 な、何なんだ!? この人間の男は!? 我が壮大な理想を前にして臆することがないというのか!? 本気で我を斃す気でいるのか!?
 ダークライは予想を超える者の出現に困惑した。216番道路でのマニューラとの戦い、テンガン山内部でのハガネールを筆頭とした岩石ポケモン群との戦い、218番道路でのギャラドスとの戦い。3つの戦場(ステージ)を用意したというのに、いずれも悪戦苦闘をしていたはずの龍星(ヤツ)とは思えぬ気迫がそこにあって、己の意志に叛逆(はんぎゃく)する心意気まで魅せられた。
 身体の傷はクレセリアの力で完全回復したのだろう。着用している防寒服はいたるところがぼろぼろだが、半袖でハーフパンツ、両手首に巻かれたオレンジのリストバンド、くるぶしまで包み込んだブーツの4点でも充分に身軽で動きやすい印象をもたせられた。白いマフラーと帽子がいっしょくたになったものはその場で投げ捨てた。激しく動くには邪魔以外の何物でもないようだし、実際そうであった。
 「オレはお前を斃しはしないが、楽にはしてやる…………!」
 『ふふふふふ…………、ふははははは…………!!』
 ダークライがおかしそうに笑い声をたてた。対して、龍星は無表情で返す。
 『貴様は自分で何をいっているのかわかっているのか。斃しはせぬが楽にはする、だと? 矛盾きわまりない宣戦布告ではないか』
 「いっている意味がわからないのなら、お前の理解力は幼児並みだということだな」
 『な、何っ…………!?』
 いちいち反応してくれるあたりが、冷静さを欠いた子供っぽさを表しているということに当人が気づかねば、周りがいくら客観的事実を述べたところで聞く耳をもとうとしない。そのていたらくが余裕と威厳をかねそなえた支配者のあるべき姿なのかと思うと笑いがこみあがってくる。
 「そのうちにわかることだ。時間が惜しいから早急に決着(ケリ(をつけさせてもらう」
 そういって、龍星はダウンから立ち直ったばかりのダークライに、残像が残るほどのすばやい連続拳(れんぞくパンチ)をはなった。
 『ぐはあ…………っ!?』
 「影清拳(えいせいけん)≠チと……!」

野村煌星 ( 2015/03/26(木) 13:26 )