on my way !! B-U
岩村枹大から譲り受けたマウンテンバイクの乗り心地は快適だった。足で走ったときの倍以上のスピードで、クロガネゲート、203番道路と抜けていく。
草むらに身をひそめていたズバットやコロボーシが、「何だ何だ」とそのようすを眺める。人間にしては奇妙な恰好をしている、と、野生ポケモンたちなりに思いはしたが、人語を操ることができぬ身であるし、何より人間の美的感覚にさして興味があるわけでもなかった。ただ、異性の目には「奇妙」を超えた評価が下されるにちがいないとも思った。
さいわいにも下り坂がつづき、しかも人どおりが少なくてポケモンも
寝みはじめる頃であったから、30分ちょっとでシンオウ地方の大都市の
一・コトブキシティに到着できた。
テレビ局があるらしく、超特大の看板広告があったり超一流の料理店が建ちならんでいたりと、ザ・都会≠フイメージが強い。龍星の生まれ育ったホウエン地方の都市の一にキンセツシティがあるが、いわゆるアーケード街であり、こことちがって閉鎖的であった。
時間があれば立ち寄ってみたかったが、名残惜しさを
塵ひとつも表せずにコトブキシティの町を通過した。いまの時間帯が夜である以上、充分な腹ごしらえをしてから来たるべき戦いに
臨みたいものであった。
「
月城家が心苦しい思いをしているというのに、オレひとりだけが満腹気分でいるわけにはいかない」
えらくまじめなことを胸中でいっているが、日中、キッサキシティを発つ前に腹の虫が鳴った身であるから、あまり気負いせずにいてもらいたかった。
ハンドルは回さず、ペダルを立ち漕ぎして、龍星は218番道路に突入した。釣り人の穴場であるようだ。ところどころにパラソルが差してあり、低い
座椅子も置きっぱなしだった。
300メートルほど走って、龍星はブレーキレバーをつかんだ。陸地の端に
桟橋があって、その先が
川面になっていたからである。クロガネシティのジムリーダーが説明で、「218番道路まで」と言っていたのはこのことであったようだ。
「このブーツで
水面を歩くことは…………」
忍者ごっこの好きな男児が
水蜘蛛≠ネる道具をもちいて川や池を渡ろうとして失敗に終わる笑い話を、龍星は
唐突に思い出した。
薄氷を踏んでも危機的状況に見舞われなかったバシャーモの足で通れないか。発熱した際、どのぐらいまで温度が上昇するかも興味があった。試しに足をつけてみて、沈むようだったら向こう岸まで泳ぐだけだ。
いまいち頭のいい人間の考えかたではなかったが、
此岸から
彼岸まで行く最善の方法をあれこれと考慮する時間はもはやない。静かに片足をおろし、川面に
波紋を描いたそのとき、
「ギャオオオーーーーッ!!」
野生のギャラドスがあらわれた。ずぶぬれになることは回避できたが、最後まで
奴′エ作の笑えない
茶番劇に付き合わされるのかと思うと、「この川を渡った先がミオシティなのだからもういいだろう」という、うんざりした
感想しか漏らせなかった。
「どうしようか……」
護身術を使わずに相手を改心させる方法…………。
「あ、そうだ」
龍星はときどき自分が何者であるかを忘れる節があった。自分はこの
職に誇りをもっているのではなかったのか。そう自分で
叱責するわりにぼさぼさの桜色の
頭髪をかくのみで、キャプチャ・スタイラーを起動させ、あのギャラドスを何とかして
鎮める準備をはじめた。
C2から2つめの黄色いキャプチャ・ディスクを取り出す。それは電気タイプで、キャプチャ・ラインで輪を囲う際に1条の
雷を落とせるものだ。
同期作業を終え、ディスクを水面に走らせる。
「ギャオオオーーーーッ!!」
「素行の悪いポケモンはこれで更生しやがれ」
相手の行動より
己の口の悪さを直しなさい、と、この場に姉がいたらそう注意されていたであろう。この口調はむろん彼女の幼なじみによるものである。
左腕に巻きつけてあるスタイラーでディスクを動かしつつ、中心で右往左往しているギャラドスに小型の雷を落としていく。
「オオオーーーーッ!?」
野生のギャラドスは大きく口を開け、赤い光の
粒子を集めはじめた。6メートル以上もの体長をのけぞらせもした。
「まさか……、はかいこうせん≠ゥ!?」
龍星の予想は見事に当たった。ただやられるだけでは終わらないところが、ギャラドス元来の
性分である。
灼熱の光線が218番道路の東側――つまり
此岸側の草むらやらコンクリートで
舗装された道を焼きつくしていく。
幾度となくバックステップとサイドステップを繰り返して緊急回避し、さざ波だった川でバランスを崩したディスクを遠ざけようとしたが、ギャラドスに見つかりアクアテール≠ナ爆散してしまった。
「くそっ! ディスクって意外と高いんだぞ!」
悔しがるにしても経済事情がばれるようなひとりごとを漏らすあたり、龍星にはまだ余裕があった。次から次へと新しいディスクを出せるようなゆとりはさすがにないが。
「光線には光線で!」
周囲ははかいこうせん≠フおかげで燃えあがり、この時間にしては異例の明るさになっていたが、龍星はさらなる光を焚いた。
垂直に飛び上がり、右手をギャラドスに向けて差し出すと、直線的な波導による光線を射撃したのである。相手は全身に直射日光を浴びるように受け、最後にどんと爆発した。
「ギャオオオーーーーッ!?」
「どうだ、
穿光断≠フ威力を思い知ったか!!」
爆発に巻き込まれて怯んだギャラドスをよそに、龍星はC2から3つめのディスクを急いで出した。これで終わりにしたいという思いで準備をおこない、もういちどラインを描いてみた。スタイラーの液晶画面にある気持ちゲージが
加速度的に増えていく。が、
「オオオーーーーッ!!」
タイミングが悪い!
ギャラドスが意識をとりもどしたのだ。身体をくねらせ回転する。龍星の見たところ、たいして風圧をかけたようには見えなかったのだが、青緑色の渦が突如発生したのは間違いなかった。たつまき≠セ。
「あいつ……、まさか…………!?」
たつまき≠ェ近づいてくるにしたがって、後ろの炎がものすごいいきおいで燃えあがり出した。あのギャラドスはそんなところまで計算していたというのか。
向かい風で前へ進めず、後退すると燃えさかる火炎のカーテンがあって逃げ場がない。もとより引き返す気などなかったが、風の刃でばらばらに切り裂かれるか、超高温の炎に焼かれるか、どちらのコースも選びたくなかった。
「なんとか……、なんとかしなきゃ……!!」
直感を
閃かせるのも脱出を
熟慮するのも困難をきわめるなか、龍星は一瞬、死を覚悟した。2匹で
雌雄だったマニューラ、ハガネールと岩石ポケモン群、
凶悪ポケモン・ギャラドス。わずかだがレベルが高くなってはいて、そのたびに苦戦を強いられて。2回戦では極度の疲労と毒のダメージで気絶、いま現在の戦いにおいては臨死体験の直前まできているわけか。
平静でいられるほうが難しいと、龍星は思った。
それにしても、死ぬ間際になるとこれまでの生きざまが
走馬燈のように流れゆくのだと、テレビか雑誌かで知りえたというのに、いっこうに脳内で再生されない。まだくたばるのは早いのか。シンオウ地方を縦断させて、さらに生き恥をさらせというのか。と、ひと昔前の世代の人々が愛用していそうな台詞がぽっと出てきた。生き恥をさらせるほど生きた覚えはないが、自分が楽になるためならなんでもよかった。
「ジバコイル、10まんボルト!!」
龍星が安らかな表情をイメージして作りかけたところへ、レアコイルの進化形・ジバコイルが乱入してきた。
未確認飛行物体みたいな
形状をしており、実際に本物を見てみると、コイルの抱き合わせではなくなっていたので
見栄えがすっきりしてよかった。
「ギャオオオーーーーッ!!」
ギャラドスへのダメージは計り知れず、バリバリッとプラズマの音が鳴りやまぬうちに川の底へと沈んでいった。ギャラドスは退治できたが、水にふれたら感電してしまう。どのみち渡れなくて困り果てていたら、
彼岸で
御仁が声を張り上げていた。何をいっているのかまではわからないが、ギャラドスを代わりに
撃沈してくれたジバコイルが龍星に近づいてきた。
「ウィーン」
無機質な
声音で迎えられる。「自分に捕まれ」とでもいっているのだろうか。そうなのかと尋ねると、中央のひとつ目がにっこりと微笑んだ。
「頼む」
あやうく死をまぬがれ、龍星はため息を遠慮なく吐き出した。ウィーン、とジバコイルが地上に着陸する。龍星が乗っかったのを確認すると、またウィーンと啼いて浮上した。そらをとぶ≠ニいうよりでんじふゆう≠ナ浮いていると表したほうがいいのであろう。ロープウェーに搭乗している感があった。
218番道路の西側の桟橋に降り立つと、赤紫色の髪と
顎髭を
蓄えた御仁が、白のノースリーブに黒のマントを羽織って待っていた。
筋骨隆々の肉体が
漢を感じさせた。
「待っていたよ。天ノ川龍星くん?」