on my way !! A-U
第2の戦闘はゴローンのころがる″U撃によって火ぶたを切られた。しかも六方からやってきた。どうやらこちらの逃げ場をなくす作戦のようだ。マニューラのときとちがい、空中に逃げるにしても頭をぶつけてしまう。
「…………こうなったら!」
龍星は瞬間的に大きく息を吸い込んだ。鼻孔の直径に比例するように鼻全体がふくらむ。2つの肺に大量の酸素が詰まった感を意識するや
否や、あらんかぎりの
甲高い声をあげた。
ひび割れるような声音が、操られたポケモンたちの
鼓膜を刺激し身動きを封じる。イシツブテとゴローンの集団はさいわい両腕があったため、耳があるらしいところをふさいで
遮音する努力に集中できたが、
四肢のないハガネールは止める術がなかった。足もとに亀裂が走る。直に地割れが起きた。微動だにできないゴローンたちはそれに巻き込まれ、宙へと投げ出された。
「グオオオーーーーッ!?」
叫ぶなりして音と音をぶつけ中和させないと聴覚がもたない。発想はよかったが、龍星をも超える声量でないと打ち勝てそうになかった。
「グオオ……オオオッ??」
ハガネールは頭をふらふらさせている。混乱したのだ。
「はあ……っ! この技は、のどを
過酷に使うからな……!」
空気が抜けてしぼんだ風船をふくらませるように、龍星はめいっぱい酸素を取り込んだ。
喉頭がざらついて痛い。精神的なダメージをあたえるという点で優れてはいるが、連続して使えないし、何より使用者ののどを潰しかねない技――
裂震吼破≠ナある。
歩いて呼吸を安定させる。キャプチャ・ディスクものろのろと一定の距離を保ちながら進む。ロングブレスに慣れていない新参の合唱団員のようなありさまであるが、龍星のおたけびは1分以上つづいており、並たいていの筋力および体力で出すことはできない。のどが痛くなるのはやりかたに問題があるからで、姿勢を正したりすればだめにすることはないのだ。
だが、いまの龍星がおこなうべきは歌唱のレッスンではなく、
奴≠フこの策略にはまらぬよう離脱することだけを念頭においた。試練を受けるにあたって障害となるものの出現は避けられない。が、わざわざそれに付き合ってやる道理はなかった。
「オ、オオー…………ッ!!」
ころがる″U撃は1ターンめで不発に終わり、岩石ポケモンたちの出番はなくなったように思えた。
「グオオオーーーーッ!!」
……のは間違いで、ハガネールのかけ声によりふたたび動き出した。立ち位置を変え飛び跳ねる。腕を縮めて空中回転したあと、いきおいよくたいあたり≠してきた。
「くそっ! 逃げるしかねえ!」
やっと息が落ちついてきたというところでの襲撃に、龍星は舌打ちした。一難去ってまた一難。物事はテンポよくいかないものらしかった。
駆けて、跳んで、着地と同時に転がり、立ちあがってまた駆けて。太い丸太や角材でできたアスレチックの
要塞を突破する体育会系の男たちのごとく、龍星の動きは軽やかで、かつ力強い。
ホウエン地方の北部に行くと、
黒装束を着た男の子が火山灰の降る町の近辺で忍者ごっこをして遊んでいたりする。火山灰の中にひそんでポケモントレーナーが通るのを待つ
隠蓑術のできはよく、しょっちゅうポケモンバトルをしかけているものであった。ただし、彼らは見かけだけが身軽なのであって、
家屋の屋根から屋根へと跳び移ったり建物の壁に貼りついたりできるような超人的な種族の
末裔とかではない。むろん龍星もそのたぐいの人間ではなかった。
隆起した地面を越えたり、ゴローニャの体格の倍以上ある大岩から飛び降りたり、あらゆる障害物を切り抜けるいっぽう、
奴≠フ
傀儡になったハガネールと、強制服従を言い渡された岩石ポケモンの
群れが後ろから波濤のごとく押しよせてくる。壁に激突する者、
溝にはまる者、水路や底の深い水たまりに落ちる者、ひきつづき地中から襲いかかろうとする者、いろいろだが、まだ脱落者はいない。
「あれは…………!?」
龍星は数百メートル先の天井にたくさんのズバットが待ちかまえているのを発見した。進化形のゴルバットも中にはいて、龍星の行く手を邪魔するにはちょうどいい数と戦力ではある。
今度は龍星の左腕からアラームの音が鳴った。「この先のT字路を右折してください」というアナウンスも流れた。クロガネシティまでの距離はわからないがもうすぐのようだ。
キャプチャ・ディスクは無言を貫くが、このような殺風景でおもしろみのないところからやっと出られるのだと、あんがい歓喜しているかもしれない。何時間も走って移動しているにもかかわらず、
依然として視界にはいるものがほとんど変わっていないというのは、たしかに当事者の精神を
荒廃させる。むろんテンガン山に悪気はない。ないのだが、確実にストレスのたまる迷宮であることは
明々白々だった。
「うわっ! こ、これは!?」
野生のズバットたちがいっせいにいやなおと≠発した。龍星はあわてて両耳をふさぐ。
「う、うあああ…………!!」
においと音だけはどうしても遮断できない。全身をぞくぞくと震わせると同時に、免疫力が落ちているような錯覚にとらわれた。龍星は足をとめ、その場でうずくまってしまった。
「キシャアアアアアッ!!」
そこへクロバットが3体、龍星に襲いかかってきた。
滑空して接近し翼をひろげる。真ん中のゴルバットだけは羽から
毒液をしたたらせていた。クロスポイズン≠セろうか。
「ぐはあっ!!」
龍星はもろに毒液つきの翼で右肩をやられた。ジュウ…、と焼ける音がした。
「く、くそが…………っ!!」
龍星は傷口にふれようとした左手をとめた。そんなことをしたら感染が拡大するだけだ。
早死を促進させてどうするのだ。
ヘドロのような色の液体が龍星の右肩を
侵蝕していく。龍星はC2から傷薬などを出そうとはしなかった。
解毒薬をもっていないことを知っていたからである。だからといって、このままおめおめと斃されるわけにもいかない。
これ以上の攻撃を受けないために、龍星は全身に波導をまとった。対し、合計して80体はいそうなズバットとゴルバットの軍勢が翼をひろげて突進する。つばさでうつ″U撃だ。高くも低くもない威力だが、あれだけの数でしかけられたらただではすまないだろう。さながら飛びまわるイシツブテ≠ニいうべきか。
「
龍影身=v
しかし、龍星は彼らの連続的な攻撃をくぐり抜けるように突破した。
最後尾のズバットがエアカッター≠飛ばしてみたが、あたったかのように見えた攻撃ははずれた。
「グオオオーーーーッ!!」
ハガネールの啼き声が聞こえた。どうやら追いつかれたようだった。後ろを振り返れども見つからなかったあたり、地中のどこかに襲う機会をうかがっているのであろう。
スタイラーのアナウンスの指示に従って交差点を右に曲がる。外の光がぼんやりと見えた。一瞬、龍星は
安堵の表情を浮かべた。
「グオオオーーーーッ!!」
地響きが鳴る。およそ20メートル先の地面が盛り上がり、そこからハガネールが出現した。
奴≠フ演出なのか、やたらとにやついていた。
「オオーン!!」
背後にはゴローンのたいあたり=B
否、もろはのずつき≠ノなっていた。回転速度が
最高潮に達したゆえなのであろう。ぶつかれば、文字どおり
木端微塵となってしまうはずだ。
「どうすれば…………、ぐっ!?」
その場で龍星はがくっとうなだれた。予想以上に毒のダメージが効いているらしい。皮膚の溶ける音はしなくなったが、心身を毒素が
侵していく感覚は悟りえた。
「ぐ、ううっ……!! ちくしょう、こんなはずじゃ…………!!」
ついに片ひざをついた。両脚の筋肉も悲鳴をあげている。
光が、光がすぐそこにあるというのに、オレは、オレは……………………!!
急に左右の
瞼が重たくなった。こんなところで朽ち果てるわけにはいかぬ、と、
精神が叱咤しても、
肉体が言うことをきこうとしない。
「だ、だれか……、だれか…………っ!!」
龍星の意識が途切れかけたとき、ハガネールの背後で、ずどんという物騒な物音が聞こえた。当のハガネールがよろめく。龍星はかろうじて無意識の世界に旅立たずにすんだ。この時点で気絶してしまったら
月城家を救うどころではなくなっていた。
それにしても、いったいだれがこの窮地に手を貸してくれたのだろう。そもそも手を貸したのだろうか。変わったといえばハガネールの長い身体がくねっただけで、その奥に何者かがいるわけでは…………
「ラムパルド、そのままハガネールを押し倒すんだ!!」
「グガオオオッ!!」
ラムパルド。たしかシンオウ地方で見つかった化石ポケモンの1匹で、ズガイドスの進化形。残り少ない精神力でポケモン図鑑の
真似事をしでかすところは龍星らしい。ポケモンへの情熱と好奇心は当人の意思とは別にはたらいてしまうようである。
「グオオオッ!?」
微妙に啼き声の異なるハガネールが激しい音を立てて倒れ込んできた。あと5メートル奥に倒れていたら龍星は下敷きに遭っていたであろう。わずかに後ずさりすると、2体のゴローンが25メートルを切って近づいてきていた。とはいえ、龍星にはもう反撃できる余力は残っていなかった。
「オオーン!!」
ゴローンのうなり声が、もはや呪いの歌に聞こえてならなかった。死の世界への招待券をちらつかせているみたいで、龍星としては
断固拒否したかったが、利き手が手をのばそうと必死になっている。神経が狂ったか。それとも
麻痺したか。どちらにしても危機的状況であることに変わりはない。
「トリデプス、あの人をまもれ=I!」
「ギャアアアーーーーッス!!」
ドドドドッ、という足音がよく合いそうな駆け足で龍星のそばを通り、指示を受けたトリデプスがゴローンの進撃を食い止めた。1、2歩後退したが、それだけですみ、ゴローンたちは圧倒的守備力を前に立ち往生した。
「よくやった、トリデプス!!」
「ギャアアアッス!!」
かつてないヒーローの登場により、龍星は安心した。そしてそのまま深い眠りに落ちていった。そのあとのことはよくわからない。ただ、自分の傷ついた身体が宙に浮いて、どこかに運ばれてゆくような夢心地な感じはあった。
ふはははははっ!! かの者が戦闘不能になった!!
これでいいのだ!! これで我の邪魔をする者はいなくなった!!
……何だ、その目は? そんなに我の悦ぶさまが気にいらぬのか?
貴様は我の予言を聞いていたであろう!!
「かの者はテンガン山で朽ち果てるであろう」と!!
かの者は現に斃れたではないか!! 貴様の目は、どうやら正気を失って正確な像が見えぬようだな!!
だがそれでよい!! 貴様が狂えば狂うほど、我の思い描く
現実が具現化していくのだからな!!
ふはははははっ!! いいぞ!! いいぞ!!
これでいいのだ!! これで我の邪魔をする者はいなくなった!!
あとはクレセリアの愚か者をどのように
処断するか、だ!! 奴さえいなくなれば、
月精術≠フすべてを我が手中に収めえるというのに!! 奴さえいなければ、月精術≠フすべてははじめから我のものであったというのに!!
奴が憎い!! 奴め、我よりも取り分が多いではないか!! 同じ月の守護者にして不平等なのは何故か!! 世界が我を拒絶するのであるなら、我はいまの在りかたを否定する!!
我が、我の力で、世界の
理を変えてやる!! このような世界、なくなってしまえばいい!! 我の在りかたに宿命の
呪を施した世界など、滅んでしまえ!!