第五章
on my way !! A-T
 ふふふふふ…………!!
 そうだ、そうこなくては!! 我を(たお)す気でいるのなら、その者どもに勝たねば意味がないのだからな!!

 だが、かの者はテンガン山で朽ち果てるであろう。最高の舞台で最高の客演(ゲスト)観客(ギャラリー)を用意してやるからだ。ただ襲われるだけで終わらせはせぬ。追われることで徐々に体力・精神力を弱らせ、我のもとに到達したときにはふれただけで息絶えさせられるようにしてやるのだ。

 ふふふふふ…………、ふははははは――――――――!!





 「……それで? 奴≠ヘ、あんたの力を強奪(ごうだつ)して何をする気なんだ?」
 テンガン山は超巨大な自然の迷宮であった。何フロアめに突入したか覚えていないほど進み、龍星はいったん休むことにした。適当に腰をおろせそうな岩を見つけ、語る光球ことクレセリアに話のつづきを聞くことにした。
 「だいたい、あんた、オレが216番道路でマニューラと戦っている間、いなくなったよな」
 『では、あなたは戦いながら私の話が聴けたのですか』
 「…………すまない」
 じつのところ、戦いに集中していてそれどころではなかった龍星は、顔のない月のポケモンの冷然とした言いかたに畏怖(いふ)の念を感じ、すなおに謝った。
 『私だってあなたと同じなのです。何もできずにいて焦りを覚えているのです。しかし人間の世界には、さいわい、急いては事をし損じる≠ニいう言葉があるそうですね。まずは私たちが冷静であらねば、月城家(かのじょたち)を救出することは…………』
 「できない。まったくだ。オレが心を乱す必要なんてないのにな」
 龍星は片手にもったペットボトルを口にもっていった。洞窟内に流れていた天然の水をいれて満杯(まんぱい)にしたのだ。きんきんに冷えており、長くはもちたくなかったが、走って熱くなった体の温度を下げるにはちょうどいい。2口3口飲んでふたを閉め、C3にしまった。
 「でもさ、本当に奴≠ヘ何をたくらんでいるのか知れやしない」
 『かの者は…………』
 「かの者は?」
 『…………斃されることを願っているのです』
 龍星は眉間(みけん)にしわを寄せた。斃されることを願う? 力を集めて征服(せいふく)するとかではなくて?
 『かの者は自由をえられぬまま死に絶えることを怖れました。私もそうですが、月を司る使命をまっとうせずに生きるということは、自分のしたいように生きるわけですから、自分の周りの在りかたを見て憧れるのは当然なのです』
 「だが憧れたからといって、自分の自由をえるために人を殺していいわけがねえだろう」
 『それはかの者もわかっていると思います』
 「自覚しているのにやめないのか!? ばかげている!!」
 『落ちついてください。かの者は、殺したくて殺しているのではないのです』
 それがわからないといっているのだ。龍星はつい声を荒げてしまったが、沈着になるよう努めるのがばかばかしくなるほどの情動(じょうどう)に駆られていたかった。
 ちがいのない世界なんてありえない。たしかにそういう思いはある。が、ちがいすぎてもよくなかった。
 「和を乱す者は敵だ」と認識する平和主義者は、その者を排除しようと躍起(やっき)になる自分たちこそが万物の敵であるという認識がない。平和でありたいというのなら、怒り以外のコミュニケーションツールで応対するべきであろうに、いともたやすく禁忌(きんき)にふれてしまうのである。そのとき、彼らは、「人間は感情の生物だ」という。平和主義の旗をかかげておいて、みずから竿(さお)を折ってしまうような愚行を平然とやらかすような者に敵よばわりされる筋合はない。
 奴≠ヘ平地に乱を起こした側であるから、平和主義者と自称するのは困難をきわめる。だが仲間を殺した罪は(つぐな)ってもらわなければならない。龍星は深呼吸をし、クレセリアに対した。
 「殺したくて殺しているのではないのなら、奴≠フ目的は自由をえるためだけではないだろう。ちがうか」
 『……あなたたちは』
 複数形で尋ねられ、龍星は固唾(かたず)を飲み込んだ。その音が完全に消えてなくなると同時に、クレセリアが告げた。

 『死なない存在(いきもの)≠前にしても、視線()を逸らさずに判然(はっきり)と、莫迦(ばか)だと言えますか?』

 その場の空気が凍った。(いや)、龍星が呼吸するのを忘れただけだ。頭の中が真っ白になりかけて、何度も頭を強く振った。
 『さあ、どうなのです。あなたは私たちを莫迦だと(そし)ることができますか』
 「…………莫迦だよ」
 『正気でおっしゃっているのですか』
 「何度でも(うそぶ)いてやる。莫迦だよ、あんたたちは」
 瞬間、光球が右方(うほう)へと離れた。龍星も左方(さほう)に避ける。中間で轟音(ごうおん)砂塵(さじん)がいっせいに吹き荒れたからであった。
 そこからメタリックカラーの大蛇らしき生物が顔と胴体をあらわした。鉄蛇ポケモン・ハガネール。体長が9メートル以上もある大型のポケモンだ。
 「話の途中だってのに!」
 『まだ何かが出てきます!』
 ハガネールの出現した大穴から野生のイシツブテとゴローンがわんさかと登場してきた。このごつごつとした軍勢が奴≠フ用意した第2の刺客(しかく)であるらしい。
 『貴様、人間のくせに頭が高いと思わないのか』
 「……お前がダークライなのか?」
 『何を言うか。我が名は」
 「月城家(あのかぞく)に危害を加えるな。これ以上やったらただじゃおかんぞ」
 尊大な態度で名乗り出す前に脅迫に似た言いまわしで被せた。すると奴≠ヘ悔しそうな音を発した。歯軋(はぎし)りでもしたのだろうか。まあ、誰だって話の途中に割り込まれたら不快に思うものだが。
 「お前が別の何者かを演じたいのならそうすればいい。だが、そのような台詞を使うのはたいていは悪役だ。自然の摂理(せつり)からはみ出た奴にはお似合いの、な」
 外見はハガネール。中身は奴≠アとダークライ。姿だけを拝借(はいしゃく)しているのだろう。本物なら厳めしさの中に雄大さのある顔つきだが、背伸びして大親分の風格をまとおうとする下っ端の盗賊みたいな表情ができあがっており、どうしても正統派の主人公にはなりきれそうになかった。
 『人間よ、そこにいるクレセリアから話を聞いたのなら、当然我のこともそのように呼ぶのを(いと)わないわけだな?』
 対する龍星の返答は変わらなかった。まっすぐに見つめ、毅然(きぜん)とした態度で告げる。
 「莫迦だよ。最上級の」
 あえて倒置法を使い、相手(ダークライ)の神経を逆なでにする。怒らせては会話(はなし)にならないのではないかと思いがちであるが、感情を剥き出しにするので何を考えているのかが明確にわかるものなのだ。それに、大物の場合は余裕をもって接してくるので効果があまり期待できないが、(ダークライ)≠トいどの者なら充分に通用する。
 現に龍星の挑発に奴≠ヘ乗り、いいように誘導されていた。
 『天ノ川龍星…………、あなたはいったい…………!?』
 自分たちは人間や他のポケモンたちに伝説の存在として崇められてきた。敬われて当然だとは思っていないが、少なからず感謝と尊敬の念をこめて自分たちの在りかたを許容してくれていた。
 だが、彼はそれらをも超えた関係を築こうとしている。雲上の存在とか底辺の者とか関係なく、ひとつの生命(いきもの)と捉えてつながりをもとうとしている。普通はなかなかできないことなのに。
 自分以外の他者をどのような立場(がわ)に置くか。おおかたは、味方か、敵か。かならず2つの勢力に分かれる。人間は情深き生き物であるせいか、とんだ誤解を招いて勝手に傷つくことがある。それは味方を仲間と混同させることだ。
 寝返りを打つ。この言いまわしは寝たまま身体の向きを変える意のほかに、裏切りの別の言いかたが施されている。裏切る。この行為に動揺しない者はほとんどいないであろう。
 「どうしてなんだ! お前はおれたちの味方(なかま)だったじゃないか!」
 「あなたが私のことをどう思うと知れたことではないわ。あなたが勝手に私のことを味方だと思っただけ。私はあなたの敵。あなたの敵は私。おわかり?」
 冒険小説やロールプレイングゲームにありがちなこの展開は、起承転結でいう転≠ノあたるところだ。物語も現実も転≠ネしで時計の針が進められれば(マイナス)の感情を抱くことなく死を迎えられるであろう。
 だが、人は飽きる生物だ。楽しいひとときが永遠につづいてほしいと願うのは愚かではない。若くしていたい。おたがいの鼓動を感じながら呼吸していたい。けっして愚かなどではないのだが、己の意思とは無関係にすべての生物は(かえ)る。どの存在も産声(うぶごえ)とともに生を覚え、いずれ訪れる最大の恐怖に慟哭(どうこく)しながら死を迎える。よくも悪くも等しい生涯(スケジュール)なのだ。
 この世は諸行無常(しょぎょうむじょう)。生死の瞬間は平等に不変をもたらすが、生きている間ははてしない変化を遂げつづける。人は飽きる生物だ。起承転結から転≠なくしてしまえば、人間はおろかポケモンや他の生物の時や空間はどうなってしまうのか。
 クレセリアだけは心当たりがひとつあったが、いまは語るべきときではなかった。転≠フある世界で、人やポケモンが味方だの敵だのと言いあらそいをつづけるかぎり、誰にも知られぬ生命(いきもの)として在りつづけるのだから。
 『ふん、貴様などこのハガネールたちで充分だ。せいぜい苦しむがいい』
 奴≠フ気配が消えた。後衛(デスク・ワーク)に励むつもりか。前衛部隊(フィールド・ワーカー)と協力できてはじめて仕事を達せられるからこそ、仲間としての意識と絆が芽生えるわけで、第2の戦闘での前衛(ハガネール)の意思を無視して後衛(ダークライ)の手で動かすようでは人形師(パペッター)と変わらぬではないか。やはり奴≠ヘ臆病者だ。玩具(ちから)を手にいれたものの、あつかいかたを誤り、自身の在りかたも誤った子ども同然だ。
 もはや第1の戦闘でのマニューラのように意識を失わせつつ邪気を祓うしかない。ハガネールには悪いが、適当なところまでおびき寄せたら眠っていてもらおう。
 『どうするのです』
 「戦略的撤退だ。走るぞ」
 といっても、クレセリアはもとから浮いているだけなので、実際に走行するのは龍星だけである。「いつまで待たせる気だ」と不満の声を出してきそうだったキャプチャ・ディスクが停滞している。龍星が右足を踏み出した瞬間、ディスクは「待ってました」と言わんばかりに案内をはじめた。
 「グオオオッ!!」
 『追いかけてきます!』
 「オオーン……!!」
 「ゴローンたちもか。あいつらは言いなりになっているだけだ。逆らえばどうなるかわかっているだろうからな」
 自分たちは地面の上を駆けているが、ハガネールたちは地に潜って追いつめてくるはずだ。何せ姿をあらわしたときも地下からのお出ましだったのだ。彼らにとってはプールみたいなものなのだろう。
 そう思っていたら、さっそくあなをほる″U撃に転じた。後ろを振り返らず、ディスクのナビに従うことにした。
 あれからどれぐらい走ったのだろう。スタイラーで現在の時刻と所要距離を見る。午後6時40分。145キロ。ぎりぎり半分を超していなかった。というより、こんなに走れば、足だけでなく下半身が動かなくなること請け合いにちがいないはずなのだが、何が原動力となってこの身体は動いているのだろう。
 『ごめんなさい…………』
 突然、クレセリアが小声で謝った。
 「どうした」
 『莫迦だと言わせたことを、です』
 「…………真実だったから言っただけさ。あんたたちを愚弄したんじゃない」
 『え……、それはどういう…………?』
 「……無駄な体力は使いたくない。しばらくは話しかけないでくれ」
 それきりクレセリアは沈黙を余儀なくされたのであった。
 新品同様だったバシャーモスタイルの防寒服は端から順に原型をとどめなくなってきている。ブーツはまだ大丈夫だが、ロングパンツとアウターウェアの生地のほつれや破れがひどくなりつつあった。ただ、このときの龍星はリストバンドさえ無事であればどうでもいい心境であった。体面(たいめん)を気にしたところではじまらないし、そんなことより、月城家(かのじょたち(のほうが気がかりだった。
 「煌良さん……」
 『?』
 今度は龍星が、月城家(かれら)のひとり娘の名をつぶやいた。クレセリアが不思議そうに――そのように(またた)く。
 「煌良……!」
 『!』
 クレセリアは龍星(かれ)の心情の変化を知りえた。かの者に捕らえられた最後の人間の名を気遣うように、いとおしげに呼ぶさまは、まるで…………
 龍星の横顔を左側から見る。口唇(くちびる)をきゅっと結び、勇ましくてりりしい目つきで未来を見つめていた。煌良(かのじょ)が一瞬で(とりこ)になってしまった気持ちが如実にわかった。どうりで惚れぼれとした安らかな表情で眠っていたわけだ。
 その幸せそうな煌良(かのじょ)をも苦しめようとするかの者は、己が何をしているのか気づいているのかしら。月を司る者として、夜の平穏を保つ者として、人やポケモンの夢をおだやかにする者として、かの者はどれほどの(カルマ)を背負って生きているのか。いつか気づくときがくるのかしら。
 「煌良、もう少しだ。待っていてくれ。オレは、きみを――――――」
 そのとき、前方の地面が盛り上がった。追いつかれるどころか、追い抜かれてしまったようだった。クレセリアはふたたび姿を消した。そして、龍星は戦闘態勢をとった。
 第2の戦闘が開始された。

野村煌星 ( 2015/03/12(木) 13:21 )