第五章
on my way !! @
 障害物の少ない217番道路を過ぎ、シンオウ地方全土を縦断するようにそびえるテンガン山脈の入口にさしかかろうとしたとき、キッサキシティのポケモンセンターで聞いたとおりのことが起こった。トレーナーのグレイシアを襲った2匹のマニューラに、龍星が遭遇したのである。たしかに目つきがおかしかった。好戦的という見方をするのにいささか無理のある眼光を、龍星の肢体に浴びせてくる。うち1匹にかんしては舌なめずりをし、舌先から唾液を垂らす始末だった。
 「こいつら…………!」
 戦闘用アイテムにするどい爪≠ェある。元は象牙のような白さと硬さをした彼らの爪であるのだが、野生として過ごした時間が長いせいか、爪の先が弧を描くように巻いていた。あのようなもので引っかかれたら傷だけではすまないであろう。いちどたりとも彼らからダメージを受けずに突破せねばならない。龍星は両足に波導をまとわせた。
 「ナアァッ!!」
 一匹(以降、Aと表記する)が突撃してきた。目にもとまらぬ速さとはこのような場面を指すのであろう、間合いが1メートルも満たなくなった。龍星は緊急回避した。空中へ飛びあがると、もう1匹(以降、Bと表記する)が右腕を振りかぶって襲いかかってきた。
 「く……、だましうち=I?」
 進化前のニューラもすばやいが、するどい爪≠もたせて育てるとマニューラに進化する。ただ黒猫の態のせいか、夜の時間帯にしか進化できない。
 悪と氷の2つの属性(タイプ)を備え、先ほどから自慢げに見せつけてくる(ぶき)は攻撃力がとても高い。エリートトレーナーが好んで連れるポケモンとしても有名で、おもに先制アタッカーとして活躍していた。そんなポケモンが文字どおり牙をむけてくるとは!
 だましうち≠しかけてこられて、龍星はそれ以上の回避は不可能だと認めざるをえなかった。が、寛容に受けとめてやる義理はなかったので、マニューラBの右腕を左足で蹴り飛ばした。「ばかニャ!?」と叫んだのだろうか、悲鳴をあげながら地上に落下していく。相手が1匹であったら、そのまま逃走するところだが、不意打ちをくらっていない最初の1匹が反撃に出た。石のように硬いこおりのつぶて≠放ったのだ。
 「空中が隙だらけだというのを利用したな」
 龍星は顔面を覆うように腕を交差しダメージを減らす。地上――積もりに積もった雪の野に降り立ち、つづけて放たれるこおりのつぶて≠ふせぎながら立ち向かう。
 「繊月蹴(せんげつしゅう)=v
 マニューラAの背後にすばやく回り込んで足をはらい、遠心力でいきおいをつけた足技で追撃した。攻撃力とすばやさは群を抜いているが、守りの薄さが致命的で、こちらが攻撃を1発でも当てられたら充分な戦果につながる。ポケモントレーナーとして活躍していた頃の勘を思い出しながら、龍星は次の態勢にとりかかった。
 「ニャアァッ!!」
 「れいとうパンチ≠ゥ!?」
 攻撃力の高さが目立つせいか、鉤爪でできた拳に青いオーラがまとっていた。何も付加していない状態でまともに受けたら凍るかもしれない。
 「はあっ!」
 威力も追加効果も強力そうなマニューラBのれいとうパンチ≠ノたいして、龍星は波導をまつわらせた右の拳を突き出した。水蒸気が四方八方に拡散する。力と力が拮抗したのである。
 「ナアァッ!?」
 上方に吹き飛ばされたはずのマニューラAもたたきこもうとしたのであろうが、失敗に終わった。突如舞い起こった波動に圧倒され、マニューラBと龍星との戦場(リング)から追放されてしまった。
 猛吹雪(ホワイト・アウト)のなか、龍星はこの道路を一直線に進めないでいた。殴りつけるように降る雪をかぶった案内板はすでに確認している。あと500メートルもないところにテンガン山の入口があるという。だが、彼の目の前に立ちはだかるマニューラBは、依然として行く手を遮ろうとする。あれは野生ポケモンの動きではない。それぐらいのことは察知していたし、何者かが裏で糸を引いているのも読んでいる。その正体も。
 「でも、ポケモンはポケモンだ」
 たとえ悪意に染まった存在(ポケモン)でも、彼ら自身が抱いているのではないし、闇黒の絵の具を塗りたぐった真の存在に抗議すべきである。いまにも自分の肉体を引き裂きたそうに爪と爪をこすり合わせる2匹のマニューラ。さて、どうしようか。
 「ニャアァッ!!」
 「ナアァッ!!」
 2匹が同時に動いた。龍星の前後からあの鉤爪が襲いかかる。ふたたび空中に逃げようものなら、今度は2匹に追撃されるかもしれない。いっぽうは攻撃をふせげても、もういっぽうの猛攻に耐えられるか。
 「すまない…………!」
 龍星は大股にひらき、左右の掌に波導の光球を作った。1秒で掌いっぱいの大きさにし、発射した。
 マニューラAが龍星の右肩を、マニューラBが龍星の左肩を捉えたとき、2匹の腹部を波導の凝塊がドリルのようにえぐった。実際に大量の血液が噴き出ることはなかったが、悪しき力が抜けていくような感覚はあった。マニューラたちは雪崩を起こしそうなほどの強烈な悲鳴をあげつづけ、龍星の両腕による操作(コントロール)で方角をひとつ曲げられた。
 「波導弾=v
 龍星は力を静かに解き、マニューラたちの自由も放った。ひとしきり雄叫びに似た声を出した彼らは気絶した。雪原の上で、やすらかに。
 「……雌雄だったのか」
 「(ナアァッ)!!」と叫んだほうがオス、だましうち≠しかけたのがメス。こんなときにこのような組み合わせで己の力量をはかるのか。よほど性根の腐った輩と見える。ダークライという名の悪党(くろまく)は。
 A級以上のポケモンレンジャーが行使できる特権を、龍星はなるべく使いたくはなかった。まずは自分の身を護らないと、人やポケモン、その他の物事を解決することなどできはしない。理屈(あたま)ではわかっている。だが、感情(こころ)が同意してくれそうにない。
 波導(このちから)に惹かれて自分に近づく者はごまんといる。恩師であるオダマキ博士もその1人だ。だが、彼は自分の仕事における功績を高く評価したうえで近づいたのであって、憧憬や嫉妬による動機で接近した者とはわけがちがった。ただ多少は博士の甘言にやられた部分(ところ)もあって、やましい理由のあった者全員を否むことはできなかった。
 「テンガン山の麓にはたしか鉱山の町があったな」
 龍星のいう町とはクロガネシティのことだ。多くの鉱石や化石が出土する炭鉱が名所の町で、ポケモンリーグを目指すうえで最初のジムバッジが手にはいる場所でもある。
 「クロガネシティのポケモンジムのリーダーは、たしか…………」
 龍星は夢の中でその者の名前を秘輝に教わっていた。岩村枹大。雷次に言わせれば、残念なイケメン≠ニなる。いちおう煌良(かのじょ)の幼なじみであるから、もし町で会ったとき、いまの月城家のようすがわかるかもしれない。左腕のキャプチャ・スタイラーでニュースナビをひらいても、まだ遺体(かれ)は見つかっていないようだった。
 「急ごう」
 第1の刺客との戦闘は終わった。おそらくあと何回か召喚(しょうかん)してくるはずだ。できたら第1≠ナ終わりにしてもらいたい。波導は無限にあるものではないのだ。
 煌良(かのじょ)の作った弁当がまだあればよかったが、あまりにもおいしすぎて全部なくしてしまった。残すのは失礼だし、そのときは残す理由がなかった。
 ここからが本番といっても過言ではなかろう。地元・ホウエン地方の119番道路での情況と似た感覚に陥りはじめていたからだ。今回はキャプチャ・ディスクのおかげで迷うことなく進むことができるが、シンオウ地方のポケモントレーナーがテンガン山で流れる絶望のコーラスを聞き、挫折感に酔いしれるというのだ。まだ見ぬ悪党(くろまく)がいっさい手を出さずとも、こちらのほうから心を折る可能性があるわけである。
 「負けるものか!」
 とにかくいまは走るしかない。山脈を抜けて、クロガネシティを通過して、目的地であるミオシティへと!
 バシャーモの美脚を模したロングパンツの裾がとけた雪でぐしょぬれになっていて、やや走りにくい印象を受けたが、そんなことにかまうことなく龍星は駆けていった。

野村煌星 ( 2015/03/11(水) 13:22 )