第二章
予感
 その後、龍星は月城家のたいそうなもてなしを受けた。ポケモンレンジャーとしての活動場所を一生涯ホウエン地方に固定していたら、おそらく食べられなかったであろう冬季限定の食事は、龍星の味覚・嗅覚・視覚・触覚を充分に楽しませた。作りかたは父親の秘輝が仕事仲間からならい、味つけは煌良独自のものだという。どうりで美味しいはずだ、と龍星は感嘆(かんたん)の思いを禁じえなかった。
 のちに月城父娘(おやこ)からの怒涛の質問攻め(比率は、父:娘=1:9)をできる範囲で受けとめ、ひとつずつ答えていった。
 秘輝は鮫吉の父・鮫蔵の死を知らされていなかったらしく、せがれ――鮫吉が父親の遺志をついで店を繁盛させていることに感動していた。
 いっぽう、(きらら)は、龍星があるていど予想していたことを矢継(やつ)(ばや)に尋ねてきた。どうしても知りたくてたまらなかったらしく、ときおり秘輝が注いでくれるビールで舌の根を湿らせながら答える龍星の反応を見て、喜んだり不安そうな表情を作ったりした。やはりというべきか、旧い友人の動向は遠く離れていても気になるようで、何をやってもほとんどの女性が称賛の声を挙げる完璧(かんぺき)(おとこ)のことを、煌良(かのじょ)までもが憧れていたとは。
 「お前の行動しだいで本当にそうなるかもしれないんだしさ」
 「お前たちはとてもよい関係になりそうだな!!」
 彼らの言に賛同するわけではないが、だんだん兄貴のように慕っていた鮫吉を恨めしく思うようになってきた。
 完璧な存在なんていない。そう錯覚しているだけで、どこかしらにかならず欠陥の1つや2つある。人もポケモンも。
 とくに人は身勝手な生き物だ。欠点を探そうと思えばいくらでも探せるもので、財宝でも掘り当てたかのように喜んでは、復讐という名の目的をはたすためにすべてを捨てられる。サスペンスドラマの終盤で未亡人がよく口にする、「あの人の無念を晴らせた」という台詞はまさに典型的である。
 たいがい加害者より被害者のほうが憎しみに満ちていて、憎悪の色が濃いと己の行動を正当化して犯罪者以上の罪を作る。いわば同害報復(どうがいほうふく)といわれるもので、ハンムラビ法典で有名な目には目を、歯には歯を≠実践するわけであるが、これは誤りである。本来は、目には目で、歯には歯で≠ニいい、倍返しのような過剰な報復を禁止して、同等の懲罰にとどめて報復合戦(ほうふくかっせん)の拡大をふせぐのが真の目的である。やられたらやり返すのが常道のいまでは、それがあたりまえになってしまっているが、怒りに身をまかせて事を急がせ、「なんてことをしてしまったんだ……」という絶望感に(とら)われた人が後を絶たないのは、その流れを止めようとしない人類の無責任によるものといえはしないであろうか。
 それはともかく、煌良の質問攻撃(マシンガン・トーク)によって、龍星はすっかりくたくたになった。船旅での疲れもあって、歓迎なべパーティーはお開きとなったのであった。





 客間に戻ると、ふたたびノートパソコンを開いた。インターネットを活用して、過去にシンオウ地方で起きた事件を調べたかったのだ。
 何件か検索で出たものを見ていって、龍星はそれっぽい記事を発見した。見出しにカーソルを合わせ、クリックする。
 「奇々怪々! 連続変死事件の謎を追う!」
 龍星も購入している全国発売のニュースペーパーの、7年前のものが表示された。タイトルが週刊誌っぽいできあいである。龍星は本文を用心深く読んでいった。
 「……現場は何の変哲(へんてつ)もない普通の民家。そこに住んでいた月宮光貴(つきみやみつき)氏(34)が9月10日土曜日の午前10時頃、遺体となって発見された。今回で10回めだ。
 シンオウ警察はこれまで、ほかの地方と連携して捜査を進めてきているが、いまだにたいした収穫はえられない。ただし被害者の共通点において、姓名に「月」の字がはいっていることだけは判明しており、各市町村の役場には毎日、護衛(ボディ・ガード)の要請を依頼する電話のコール音が絶えないという……」
 とりあえず1件は見つけられた。ほかにもないか、小1時間ほど入念に調べてみたが、出たのは最初のものをふくめて3件のみで、1件めの記事の内容と合致しない。
 「変だな。これだけの大事件があって、どうして記事がたくさん見つからないんだ」
 龍星は(あご)に手をおいて考えはじめた。
 ……「月」の字がはいっている人が狙われる。この家の人間はターゲットにされなかったのだろうか。(いや)、少なすぎる情報で断定するのは危険だ。だが、人間だけがやられるのか。ポケモンは対象外なのか。煌良(かのじょ)たちはルナをどのようにあつかっているのか。それは聞いてみないとわからないことだが、自分はポケモンレンジャーであって、警察の特権を行使できるわけではない。聞き込み調査がかなうのは、風太さんのような……
 「風太さん……、まさか…………?」
 おしゃべりな人は、膨大な量の話のなかに隠し事をこっそり潜ませる。話下手といわれる人は、先に結論――言いたいことををもっていかずに、説明を主軸にもっていこうとする。弁舌達者(べんぜつたっしゃ)(?)な風太は、船上で語り合った諸々の話のなかに、事件に関する何かを紛れ込ませていたであろうか。あの外郎売(ういろううり)のような、舌を噛みそうな内容量をすべて思い出せるほどの記憶力を、残念ながら龍星は有していなかったが、断片的ならなんとかなりそうだった。
 「殺す=c………生命(いのち)は尊いもの=c………何が起こるかを予測できるなんて本来なら不可能=c………行動があからさまに不自然=c………確乎たる信念=c………挫折=c………とかくこの世はままならぬ=c………」
 本当に断片的な記憶(もの)ばかり出てきた。とても整合性があるとは思えない。だが己の記憶力があてにならない以上、クレームをつけたところで門前払いされるだけである。まずはおなじみの手帳にペンを走らせることにした。

 ・殺す
 ・生命は尊いもの
 ・何が起こるかを予測できるなんて本来なら不可能
 ・行動があからさまに不自然
 ・確乎たる信念
 ・挫折
 ・とかくこの世はままならぬ

 とくに印象づいたものが、これら7つのキーワードというわけだ。
 さて、ここからどのように推理していくか。自分は探偵などというだいそれたものではないが、真実を見極める能力(ちから)を鍛えておくと、先々で起こる怪奇的な事件を速やかに解決できるようになる。ただ今回はきわめつけだ。
 「……でもなあ」
 今夜はこれぐらいにしておこう。急にそう思い立ったのは、疲れがピークに達しようとしていたからである。シャワーを借りて、歯をみがいて、明日の任務を即座に対処できる準備をして、寝る。そういうことはすぐに考えつく。推理は時間をかけないといけないし、こんなミルク(がゆ)みたいな頭で論理のブロックを組み立てられるとは、とうてい思えなかった。
 「明日は明日の風が吹く……」
 途端に龍星の上体(じょうたい)がぐらついた。いぐさでできた床の上に両手を広げて支えようとしたが、ずるりとすべって掛け蒲団の上に落ちた。
 寝転がると睡魔にやられてしまう。せめてシャワーだけは浴びたい。におった身体で煌良(かのじょ)のそばを通ったら忌避(きひ)されるのは間違いない。地上に降り立った純白の天使を悪臭なんかで汚すわけにはいかない。
 「意識しているもんだな……」
 ややうつろな目でつぶやき、2拍ほど間をおいて瞬間的に起きあがった。今度は眩暈(めまい)がした。
 「意識している…………? オレが…………?」
 いや、まったくしていなかったといえば嘘になる。要所要所で恥ずかしくなったことが何度あったか。顔を真っ赤にしたことも…………!
 「まさか……、……冗談じゃない、よな…………?」
 この場に五十嵐雷次がいたら、「行動しだい行動しだい」とからかうように諭されていたかもしれない。そうだ。まだ好意があるとわかったわけではない。
 「……でもなあ」
 「鮫肌」でのテレビ電話を終えたときにも気になっていた疑問が、このときに再浮上した。いったい自分の何が気にいったのだろうか。それさえ知りえれば、ざわついた(こころ)を落ちつかせられるのに。
 「ま、いずれわかることか」
 龍星にしては早々に区切りをつけることができた。ただ、肯定的にあきらめることを覚えたからではない。睡魔に屈する前にシャワーを浴びたかったし、それさえできたらこの――煌良がかいがいしく敷いてくれた蒲団で眠りに落ちたい。さしあたり、いまの彼は、それだけに集中力を注ぐのがせいいっぱいだったのである。

野村煌星 ( 2015/03/02(月) 11:47 )