はじめまして
岩村父子の協力のおかげで龍星は鮫吉に背負われ、ルナの姿をした秘輝は明美に抱きかかえられた。肝腎の眠り姫は隣室で横になっているというので、そちらに移動した。龍星が目覚める前はこちらで待機していたようで、各人の荷物が壁際に置かれてある。
『さあ龍星くん、煌良にみかづきのはね≠…………!!』
「はい」
背もたれのある椅子に腰かけ、龍星は胸のあたりから黄金色に輝く1枚の羽根を取り出した。体内の波導を膜にして防護していたらしい。
「それが…………!?」
「みかづきのはね=c………!?」
「ええ、そうです」
三日月ポケモン・クレセリアの、3つの薄いピンクの翼に生える羽根のうちの1枚。それは文字どおりのかたちをなしていた。とても美しく、不思議と
精神が癒されたような感覚が生まれた。
それを取り戻すために、暴走状態にあった新月の守護者と戦ったのか。なんという見上げた根性と勇気であったか。龍星の
人生観にふれてめざましい変化をとげたいまの岩村枹大青年でも、頭の下がる思いであった。
龍星は煌良の心臓あたりにみかづきのはね≠おいた。すると、それは彼女の体内に溶け込んでいき、まばゆい光を発した。窓の外はすっかり陰って夜になっており、そのせいか光の度合が強く感じられた。
「ま、まぶしい…………!!」
「くっ…………!?」
明美をかばうように鮫吉が前に躍り出た。岩村冬瓜氏はマントで視界を覆い、枹大青年は赤いヘルメットの
鍔をくいと下げる。
『煌良…………!!』
秘輝は何かで防ごうとしない。というより、煌良の精神を浄化する光をめいっぱい浴びていたいのかもしれない。最愛の娘が洗われていく瞬間はいまここでしか見られないのだから。
龍星はなんとか右腕を挙げて視界の
錯乱を防ぐことができた。個室全体にひろがっていた光の波紋はなくなっている。しばらく瞳が慣れるのに時間がかかりそうだ。
「…………う…………ううっ」
「煌良さん!」
龍星は身体を前に傾け、煌良の両手を強く握った。つづいて、鮫吉、明美、岩村冬瓜氏、枹大青年ときた。
「「「煌良ちゃん!」」」
「煌良!」
十数秒後、煌良が片瞳の
瞼をゆっくり開けた。じきにもういっぽうの瞳も開けて、視界に5人の男女と1匹のポケモンがいるのを認めた。
「天ノ川……さん……?」
はじめに聞こえた声の人に視線を向け、その名を呼ぶ。
「煌良さん、ただいまもどりました」
煌良の瞳が見開いた。両親の姿がない。実の弟のように育てたルナは全身を発光させている。15年ぶりに見た初恋の人の隣には彼の恋人らしい
女性がいて、いちおう幼なじみだった男の子が
精悍な顔つきで立っていて、彼のお父さんが片手で涙を拭っていて。
いっぺんにいろいろな
現実が脳を刺激してきて、煌良は少し頭が痛くなった。
「大丈夫か、煌良ちゃん!」
「鮫吉……くん……」
「ああ、そうだ。こうやって顔を合わせたのは本当に久しぶりだね」
やつれた瞳をし、頬がこけて、美しくまとまっていた空色の髪も乱れ放題で、あの頃の少女を思わせるものがいくらか欠けているのが残念に思える。
煌良は、龍星とちがって、
基礎体力が低いであろうから半月から1ヶ月ほどのリハビリが必要になるはずだ。そのときに元気な姿を見せてくれれば充分だと、鮫吉は思った。
「また会えて、うれしい……です……!」
「俺もさ」
なんだかいい雰囲気になっていっていると思い、ふたりの間に割るように明美が挨拶をした。
「はじめまして、煌良ちゃん」
「……えっと、あなたは……?」
初対面にして名前で呼ばれ、煌良としてはとまどわざるをえなかった。だが、きっと気を失っている間に
鮫吉に教わったのだろう。親密に接しようとしてくれる彼女の心遣いを好意的に受け取ることにした。
「私は天ノ川明美。うちの龍星がお世話になりました」
あえて「鮫吉の恋人」と公言しなかったところが
配慮した点なのだろう。たびたび弟あつかいを受けている龍星の側からすれば、そのおこないが
露骨な
嫉妬のあらわれなのではないかと思えてしかたがなかった。そして、自分の考えていることなど、姉はとっくに知っているのだろうなとも思っていた。
「天ノ川さんのお姉さまなのですか……?」
「そうよ。この子ったらあなたのために無茶をしたみたいで、本当にごめんなさい。見ていてハラハラしなかった?」
出会った当初からいうなれば、とくにハラハラはしなかったが、ドキドキが治まらないでいたのはたしかであった。
「い、いえ……!」
「あら、そうなの?」
勘のするどい明美がしかける言葉攻めを受けて、煌良が恥ずかしそうにするのが可愛いと思う反面、何故か龍星自身も胸がむずがゆくなってきていた。かきむしったところで痛みが増すだけであるし、身体の前半分に引っかき傷を増やしてもうれしくはなかった。
「明美、もうやめておけ」
「……はーい!」
あまりよくない
性癖を晒してくれたような気がして、龍星は二重で恥ずかしい思いを味わった。おおげさに
頭を振りながらため息をついてみせると、煌良がくすくすと笑っていた。