chapter10 [007号室]
ナナ・ティアーシャといえばヨスガ支部以外の者にまで
名が知れ渡っている女性戦闘員だ
優れた視力と射撃のセンスを駆使して 遠距離から敵を撃ち抜くスナイパー
通常フォースは 本人から距離が離れるほど威力が落ちてしまうが
彼女はスナイパーライフルの弾丸に使えるほどに有効範囲が広いフォースを
使用できた
仕事の徹底振りと その容姿も相まって男女問わず 彼女に憧れる者は多い
…が そんな超人扱いされているナナにも弱いものがあった
「んぅ……」
散らかった部屋に 朝陽がカーテンの隙間から差し込んでいる
彼女は寝ぼけ眼で けたたましく鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばした
今日は休みか…よかった…休みだ よし、片づけは起きてからやろう…
軽く伸びをしたあとで ナナは再び布団にもぐって体を丸めた
『いや寝るなよ 起きろよ』
そしていつものようにルカリオに布団を引きはがされた
「…休みの日くらいいいじゃないか 特に用事もないんだし」
パジャマ姿のまま不服そうな顔をしている彼女に 小さなルカリオは呆れた顔で言った
『毎朝自分で起きない奴の言う台詞じゃねーぞ それから用事が無いって
この散らかった部屋をそのままにしておくつもりだったのかよ』
…脱ぎ捨てたままの服と靴下 散乱したプリント類に 出し忘れたゴミ袋…
パジャマのボタンを外しながら 少女は眠たそうに呟いた
「ルカリオ…昨日の夕飯 温めといてくれ」
『お前はヴァレットを何だと思って っ…ていうかさっさと着替えてくれ』
子どものルカリオは顔を真っ赤にして目を背けた
「戦いの道具だ お前も 私も… キマイラから人を守るため
裏で動いている奴らから グランドレイクを守るため」
命令に従い 任務をこなしてきたら いつしかヨスガの猟犬と呼ばれるようになっていた
誰が言い始めたかは知らないが 皮肉の効いた二つ名だ
残しておいたスープを火にかけながら ナナは
絶対にヴァレットを道具とは言わない青年のことを考えていた
ベトベトンのキマイラを一刀両断したことばかりが評価されているが
あの状況からサーナイトを救えたことのほうを賞賛すべきだろう
「…そうだな 私ではお前を守ってやれない ルカリオの安全よりも作戦遂行を優先してしまうから」
もう戦い方も 生き方も変えることができなくなっている
そんな彼女を見て ルカリオは明るく言った
『自分の命くらい自分で守るさ オレの仕事はナナと共に敵を倒すことだ
武器を拾うために敵の懐に飛び込むような真似はしなくていい』
その目に迷いはなかった
彼はナナのポケモンである以前に自分はグランドレイクのヴァレットであると知っていた
「そうか…では敵に捕まったのが私のほうで 私が助けるなと命じたら お前はどうする?」
ほんの少しの間 首をかしげてからルカリオは答えた
『ヴァレットは自己判断で動いていいような役職じゃないからな
そう言われた以上 ナナの命令に従うさ オレはお前の道具でいい
そういう仕事だお互いに』
「そうだな それでいい…」
戦闘員とヴァレットが信頼し合った上で 任務を遂行するために共闘する
私たちはそうやって戦って 生き延びてきた
モンスターボールに戻る直前に ルカリオは言った
『まあでも 仕事とか関係なしにオレはナナのことを結構気に入ってるけどな
寝ぼすけなのと 仕事以外がだらしないのは どうにかしてほしいけど』
散らかった部屋には 不意を突かれて赤面した少女が取り残された