chapter9 [スタルカ]
シンオウ地方に月が昇り 北東の小さな島国にも静かな夜が訪れる
居住区には質素な集合住宅が整然と並び 町全体がどこかストイックで無機質な気品に満ちていた
そして街の中央、スタルカの姫が暮らすこの城も
荘厳な雰囲気でありながら 華やかさが一切感じられない 独特な美しさを持っていた
「カゴの実を煮込んだビーフシチュー…姫様は気に入ってくれるでしょうか」
白い着物姿の少女は不安げに呟いた
彼女の名はユキ スタルカでも数少ないユキメノコのキマイラであり
物心ついた頃からずっと姫のもとに仕えてきた従者である
「姫様 お茶をお持ちしま …っ?」
ユキの目の前には とても美味しそうに夕食を食べながら
足をぱたぱたさせている 少女の姿があった
「ここまで美味い料理を作れるとは 良い従者を持った私は幸せ者だな」
姫は無邪気に笑っている
その様子を見た少女の目から 一筋の涙がこぼれた
ただ 嬉しかったから
スタルカの姫は美しかった
一挙一動が他者を感涙させ 国を揺るがすほどに
「私も…姫様の従者でいられることがとても幸せです」
食事を終えたスタルカの姫は立ち上がり
ユキの透き通るような水色の目を 静かに見つめた
「…姫様…?」
「ここまで来るのに半世紀かかった ようやく戦の準備が整ったよ」
小さな従者は 改めて姫の瞳を綺麗だと思った
底知れない野心を秘めて微笑む 淡い桜色の瞳は とても美しかった
「何も知らない彼らが 不安そうに遠くから眺めている間に
スタルカは一直線に発展を遂げた
私はこれから彼らを殺すよ
半世紀前の所業を忘れ 我が物顔でシンオウの大地に住み着く彼らを
ユキ…お前にはこの国のために人を殺める覚悟はあるか?」
やはり姫様は姫様だ、私が仕えるお方は この人しかいない
私は笑顔で一礼し 白い袖を振った
冷気が小さな部屋を包み込み 無数の氷の刃が宙を舞い始めた
「姫様は私の生きる理由のすべてです 姫様が望むなら
力の限りを尽くして敵の命を奪いましょう
姫様が側にいてくださるなら私は
殺すこと 殺されることに 迷いもためらいも後悔もありません」
「本当に…最高の従者だよ お前は」
スタルカの姫は穏やかに笑った