05 雪原の老木
雪原に佇む老いたユキノオーは いつしか深い眠りについていた
長くゆるやかな夢の中で 老人は少女と話をしていた
「あの時 あなたは言ったよね いったい何のために戦っているのかわからない って」
正当な理由などあるはずもない それでも何かが必要で探し回った
結局私は 理由を見つけられないまま戦うほかなかった
すぐに限界が来ると知りながら
「国のため 家族のため 生きるため…あの場にいた者たちは
無理やりにでも理由を決めて 戦っていたよ
敵を殺していい理由、それを見つけられない者は精神をすり減らしていった
私のように」
ポケモンも人間もあの地獄を経験すると次第に目から光がなくなって
不格好な蝋人形みたいな顔になっていく
しかしこの少女は違った 何人敵兵を撃とうが 若々しい瞳のままだった
「私はなんて答えたっけ」
「理由なんて自分には必要ない お前は平気な顔でそう言ったよ」
「…そっか」
その答えはユキノオーには理解できないものだった
彼女にはそもそも 『人を殺してはいけない』という倫理が無かった
勿論理屈の上では社会がそれを禁止しているのを理解していたし
だからこそ戦争という特殊な状況になったとき それを実行できた
「戦場に出て 自分が異質だと思い知らされたよ 私よりもずっと銃の扱いが上手い人が
一発も発砲せずに立ち尽くしてバタバタ倒れていくんだもの
たしかに過酷な場所だったけど 他の人みたいに罪の意識に押しつぶされることはなかった」
戦力をポケモンに頼っていたのもそういう理由だったな
まともな精神状態で滅多に人は人を撃てない だから性能のいい銃を揃えるよりも
ポケモンに敵を掃除させたほうが効率的だったらしい
「…結局 探していた理由は見つかったの」
少女は凍り付いた老木を見上げるようにして私に尋ね
私は静かに首を横に振った
「見つからなかったよ 戦った理由も 殺した理由も
ここまで生きてきた理由さえも」
「…何年生きたの?」
「百から先は数えていないな」
私は長く生きてきた
何十年経とうと 吹雪で殺してきた敵の表情が記憶から消えることはなかった
「お前はその銃で何人撃ったんだ」
「百から先は数えてないの」
まったく、ここまで割り切って殺しができる人間はお前だけだろうよ
白の魔女と呼ばれ 敵と味方から恐れられた少女は 後に戦死した
「根は大地に固定され 伸びすぎた幹は枯れてゆく
私がここまで長く長く生きてきたのは
あの地獄で見てきた記憶を背負ってきたからなのかもしれんな」
「…ありがとうユキノオー」
栗色の髪の少女は立ち上がり あの時と変わらない眼で私の方を振り向いた
「私のことを覚えてくれてるのは この世であなたが最後だったから」
「…私は今でも お前が嫌いだがな」
似ても似つかない老人と少女は 最後に親しげに笑いあった
「さよなら」
ああ、さよならだ
私は 長く 生きすぎた
雪の大地に佇む老人が目を覚ますことはなかった
END.