04 電気羊は終わらない夢を見るか
〜羊が四匹〜
場の空気が凍り付いたように冷たくなった
「なあデンリュウ お前疲れてるんじゃねぇのか 俺が…ノイズデータだなんて…」
デンリュウの取り出した端末の画面には バシャーモの形をしたノイズデータの処分依頼が映っていた
「信じられないのは私のほうッスよ
精度SS級のノイズ…今まで見つからなかったのも無理はないか
特性が加速のめざ氷個体…美人なうえに個体値まで優秀だなんて羨ましい限りッス」
いつものように軽い口調でしゃべって 銃を相手に向けて終わりにする…はずだった
銃を持った彼女の手は震えていた
「デンリュウ…」
「私ってあまり友達とかいらないって思っちゃうタイプなんスよね
目の前のこの人は頭の中で本当は何を考えてるんだろうとか、他人を信用できない性格で
だけどバシャーモはそんな私と話をしてくれた 仕事が終わったらヨノワールさんの店で酒を飲んで…
そんな毎日を送れることが…嬉しかったんスよ 私
でも…全部偽物だったんスね」
私が好きだったバシャーモは もう私の心の中にしかいない
目の前のこいつはノイズ…ただの動く人形なんだから 始末…しなきゃ…
「なんだよそれ…これまで普通に生きてきた俺がノイズデータだったなんて
たちの悪い冗談としか思えねぇ けど考えてみれば 俺の家族とかに関する記憶にはおかしな点があるぜ
お前は他人の家庭とかについて不躾に聞いてくるような奴じゃないから 話す機会がなかったけどな」
「なあデンリュウ 俺はまだキリキザンにお礼を言ってないし ヨノワールさんの新作料理を食べてないし
お前と一緒に飲むのは楽しかった… どうして即座に俺を撃たなかったんだ」
デンリュウには目の前にいるのがいったい誰なのか よくわからなくなっていた
「…ノイズだろうがなんだろうが 私の中でのバシャーモは大切な友人なんスよ
そんなことできるわけないじゃないッスか ただ…あなたがノイズデータだってことは今頃
他の奴らにも伝わっているはず それなら私が今ここでやらなきゃ…
あなたの言葉も 体温も 全部が全部偽物だったっていうんなら 終わりにしちゃいましょう」
デンリュウの体毛が逆立ち火花が飛び散った
その目にはもう 先ほどまでの迷いはなくなっていた
「お前 ノイズである俺のことを殺すって言ったんだぜ 始末するとかじゃなくてさ
俺は今までの自分がまがい物だったなんて認めない
お前への言葉も感情も 全部本心だったって言い張りながら最後の最後まで生きてやるよ」
深夜の暗い路地裏は 眩い雷撃と 激しい炎に照らされた
腹部を焼かれ 強烈な蹴りに足の骨を砕かれながらもデンリュウは叫ぶように戦い続けた
空から放たれた雷がバシャーモの身体を貫き 次の瞬間、銃声が辺りに響いた
彼女は満身創痍で立ち尽くしながら ドロドロに崩れていくバシャーモを見つめていた
「さよなら バシャーモ」
共鳴弾を撃ったとき もしかしたらバシャーモはノイズなんかじゃなくて
左胸に穴を開けたまま 冷たくなっていくんじゃないだろうか そんな考えが脳裏をよぎった
だが残ったものはもはや見慣れた 溶けて焼け焦げていく黒い塊だった
回収班に連絡をして 彼女はふらつきながらその場を去った
「痛っ… 太腿のあたり 折れてるみたいッスね 明日病院に行かなきゃ
それにしても気分が…悪…い」
帰り道の途中で何度も何度も吐いた
ようやく自宅の寝室までたどり着き デンリュウは倒れ込むようにしてそのまま眠ってしまった
いつも通りの日常は 私が今日この手で終わらせちゃったんスね
今までバシャーモと笑い合っていた時間は いつかこうなることが決まっていた儚い時間…
終わらない夢が存在しないというのなら 幸せな悪夢なんてなくなってしまえばいいのに