03 電気羊は終わらない夢を見るか
〜羊が三匹〜
その日の夜 デンリュウの気分は最悪だった
どんなに望んだとしても 夜空に輝く第七惑星での生活を夢見ながら
おくっていたいつも通りの日々は戻ってこない
「あーあ…どうしてこうなるんスかね 何かの間違いだったらよかったのに」
二杯めのラム酒を飲みながら彼女はかすれた声でつぶやいた
ひどくやつれた様子のデンリュウを見て バシャーモは心配そうに言った
「ん、どうしたんだ デンリュウ? 仕事で何かあったのか」
「いや別に ただの独り言ッスよ で、そのキリキザンさんはその後どうしたんです?」
彼女は乾いた笑顔で誤魔化して 話題をバシャーモの仕事のほうに無理やり戻した
「ああ、速すぎて見えなかったぜ キリキザンの不意打ちは
その時の俺は頭に血がのぼってたからさ あの人がルージュラを吹っ飛ばしてくれてなかったら
蹴り飛ばしちまうところだった…おかげで仕事をやめずに済みそうだよ
それでさ、まだちゃんとキリキザンにお礼を言えてないからどうすればいいか迷ってて…」
なんかいつの間にか愚痴から恋愛相談っぽくなってるんスけど まあいいか…
ヨノワールの店を出て しばらく歩いたところで バシャーモは言った
「…それで、なんでお前さんは そんなに悲しそうな顔してんだよ
無理に言わなくてもいいけどさ」
悲しそうな顔…心配そうな声…共鳴弾で打ち抜く前の絶望が刻まれた表情
デンリュウは今まで始末してきたノイズデータの顔を思い出した
「別に大したことじゃ…ただ…最近疑問に思うんスよ
ポケモンとノイズデータって 何が違うのかなって
私のやってることは…理不尽で残虐な殺しなんじゃないのかって…」
「今までノイズと割り切って何十体も撃ってきた…けど
ノイズだってことを自覚してない彼らにとって 私は一方的な殺戮者
おかしな話ッスよね…彼らの心が空っぽで 表情が全て偽物でも
私の目に焼き付いて離れないんスよ 彼らの死に際の恐怖と憎しみが…
…って ちょ…っ!?」
その時、不意にバシャーモに抱きしめられた
…温かい…。
真紅の羽毛は柔らかくて とても心地よかった
バシャーモは落ち着いた声でデンリュウに言った
「なあデンリュウ、殺すってのは生き物の命を終わらせることだぜ 奴らは生物じゃない
たしかに見た目は気持ち悪いくらいポケモンと似てるし言葉も話すけどな
あれは感情のない動く人形だ お前がノイズの表情に戸惑っててどうすんだよ
放っておくと暴走して無茶苦茶な犯罪を起こす個体も多いんだぜ
そんな化け物から住民を守るのが お前の仕事だろ」
「変わらないッスね バシャーモは」
デンリュウの黒い瞳から 涙が溢れだした
「おいおい泣くなよ ほんとにどうしたんだ 今日のお前 なんか変だぞ」
止まらない涙を無理やり拭いながら デンリュウは曇った夜空を見上げた
ああ、本当に今日は最悪の一日ッスね
バシャーモはいつも優しくて 不器用で…
畜生、いつかサクラムシのフライを食べさせて 美味いって言わせてやろうと思ってたのになあ…
「昨夜また仕事が入ったんスよ どうやら…
私はあなたを殺さなきゃいけないみたいッス」