02 電気羊は終わらない夢を見るか
〜羊が二匹〜
二番目の月が昇り始めた真夜中、デンリュウと桃色のマニューラは路地裏で戦っていた
頭上からの氷柱落としを躱しながら 路地裏に逃げ込んでいく獲物を目で追いかける
追撃の竜の波動が廃工場の薄い壁を貫いてマニューラの腰に直撃した
その場に倒れ込んだマニューラのところにデンリュウは冷ややかな表情で近づいて行く
「麻痺した足でよくそこまで動けるッスね いい加減観念してくださいよ
そろそろアタシも追いかけるのメンドくなってきたんで」
「待ってくれ どうやら君は何か誤解をしている 私はただ普通に暮らしているだけのマニューラだ」
状況がまったく理解できないといった様子のマニューラの表情を見て 彼女の機嫌は更に悪化した
「あー?いやいやアンタらみたいなのが普通に社会に溶け込んで暮らしてるって時点でいろいろアウトなんスよ
ノイズデータって名前くらい聞いたことあるでしょ それを抹消するのが私の仕事ってわけッス」
「ノイズデータ…まさかこの私がそうだと言うつもりかね ふざけるのも大概にしろ
私はこの通り生きているではないか なぜ私を殺そうとする…君は狂っている」
やれやれ、まるで生き物のような口ぶりッスね…
極まれにこういう無自覚なノイズがいるから気色が悪い
「ほんとに…ほんっとに面倒な奴らッスね
ノイズには感情が無くて 紡ぎ出す言葉も選択する行動もただの反射…
それが半世紀前に第三惑星の研究機関が出した結論なんスよ」
デンリュウは複雑な形状の銃を取り出した
「共鳴弾でノイズデータを仕留めると細胞がゴム状に変性するって知ってました?
もうあなたがポケモンを演じる時間は終わったんスよ 苦しいってんなら恐怖の真似ごとをやめることをお勧めします」
デンリュウは動けないマニューラの額に銃の照準を定めた
ちょうど雲が途切れ 月明かりがデンリュウとマニューラを静かに照らした
「…待ってくれ 何度言えばわかるんだ 私はノイズなどではない 共鳴弾なんかで撃たれたら本当に死んでしまう
私はただの…」
「あなたの出身地からすると氷柱落としが使えるのはおかしいし
心拍数や歩行パターンにもノイズデータの特徴が現れてます
家族や親戚の情報も調べてみたら全部デタラメっと…別に納得してくれなんて言わないッスよ
けど…」
夜空に銃声が木霊した
その後に続いたのは男の悲痛な叫び声と 雑音混じりの最期の言葉だった
『人殺し…め…私は断じてノイズデータなどでは……』
マニューラだった「それ」は見る見るうちに形を失い あとにはドロドロのゴムの塊のようなものが残った
「けど…アンタらに感情が無いっていうんなら、そんな目で私を見るの勘弁してもらえないッスかね…」
この肉の焼け焦げた匂いが嫌になる さっさと連絡を済ませて後のことは彼らに任せましょう
「あ、ノクタスさん 私ッスよー 例のノイズ片づけたんで回収お願いしまーす」
仕事を終えた彼女はいつものように 重たい足取りでその場を去っていった