01 電気羊は終わらない夢を見るか
〜羊が一匹〜
一匹のデンリュウはラム酒が少なくなったジョッキを片手に ため息をついた
店には彼女の他にも客が十数名ほどいたが 人数の割には随分と静かだ
「…あちゃーこれは黒ッスね 明日の獲物はマニューラかあ」
端末のちいさな画面には派手なピンク色のマニューラの写真と身体や歩行パターンのデータが並んでいる
科学技術が発達しポケモンたちが宇宙へ飛び立ったそんな時代、彼らは正体不明の「なにか」に怯えていた
自分たちと同じ姿をし言葉を話す空っぽの化け物は ノイズデータと呼ばれている
「第八惑星はなんでこうも…治安が悪いんスかね これじゃノイズデータのたまり場ッスよ」
フライを頬張りながら不満を言っていると いつものようにバシャーモが店にやってきた
「ノイズ退治もいいがよ 俺としては飯のほうをどうにかしてほしいぜ
デンリュウ…お前よくそれを平気で食えるよな」
荒っぽい口調だが声は澄んでいて
引き締まった身体のシルエットが女性らしさを強調していた
「ん、バシャーモも味見してみます? サクラムシのフライ
見た目はあれだけど風味がよくてけっこう旨いッスよ」
フライが山盛りの皿をデンリュウが差し出すと 彼女は即座に首を横に振った
「やめとくよ 俺は昆虫食だけは無理なんでね マスター、いつものビールとサンドイッチで」
マスターと呼ばれたヨノワールはこくりと頷いて カウンターの奥へ向かった
いつからだろう 特に待ち合わせをしているわけでもないのに
デンリュウとバシャーモは仕事の終わりに一緒に食事をするのが日課になっていた
バシャーモは地下の工事現場で働いている なんでも新しく居住区ができるらしい
会話は基本 バシャーモの職場の愚痴から始まる
「な、そこで俺が文句言うのは間違ってねえだろ そしたらあの陰湿なルージュラ
仕返しのつもりか知らねえが休憩時間中ずっと念力を使ってくるんだぜ」
「うわあ 最悪じゃないッスか 他の人に相談…とかバシャーモはしないか」
「一応上司だからさ 必死に声を出さないように我慢してる俺に気付いても誰も動いちゃくれねぇよ
畜生…いつかあのにやけた面を蹴り飛ばしてやる」
バシャーモって以前も彼をたぶらかした泥棒軍鶏とか言われてミミロップに恨まれてたような…
美人なのに無自覚なところと このキャラの組み合わせが不味いんスよ 多分
「バシャーモ…事情を話して別の班に移動とかさせてもらったほうがいいッスよ
そんなセクハラが日常茶飯事な職場じゃ身が持たないッス」
勘定を済ませて店を出るとき バシャーモはデンリュウに言った
「まあ駄目元で言ってみるけどさ
お前こそいつまでその仕事続けるつもりだよ もう十分稼いだんだろ
デンリュウならもっと安全で普通な仕事でやっていけるんじゃねえのか
それこそ身が持たねえぞ」
「いつまで? …そんなの、
この第八惑星から抜け出すだけの資金を稼ぐまでに決まってるじゃないッスか
隣の第七惑星は水も空気もきれいで みんな礼儀正しくて こことは大違い
私はこんなごみ溜めみたいな星からさっさといなくなりたいんスよ」
彼女は静かに そして吐き捨てるように呟いた
街灯に照らされてうごめく灰色の霧と 道端に散乱しているカビの塊を睨みながら
「そっか…そうだったな 勝手にくたばるなよ 仕事の愚痴を言う相手がいなくなると俺が困る」