01 Gardevoir's grave
レイヤー1
その日はとても湿った風が吹いていて なぜかあいつがこの森まで来ているような気がした
墓地まで足を運んでみるとやっぱりあいつはそこにいて
淡い緑色の髪が寂しげに揺れていた
「…あらエルレイド すぐ帰るつもりだったんだけど見つかっちゃったわね」
こんな時 俺は自分の洞察力がひどく野暮なものに思える
姉の肩がわずかに震えていることも 涙を拭いた跡が残っていることも否応なしに捉えてしまう
「しばらく見ないうちに姉さんは随分と変わったな」
離れ離れになる前はとにかく血の気が多くて気が短くて凛々しくてもっとポケモンらしかったのだが
今はまるで仕草も雰囲気も人間の女の人のようだ
「進化する前のキルリアのほうが好みだったかしら」
「いやそうじゃなくて 昔は人間なんて信用できない、人に飼われているポケモンの気がしれないって
言ってたのに 今は自分の主人のお墓の前に立って悲しそうな顔をしてる」
「…エルレイドも随分変わったじゃない いつの間にか進化してて あれから更に強くなってるみたいだし」
たしかにラルトスだった頃と比べれば格段に強くなっているだろう
姉さんは弟の成長を喜んでくれているようだが 別に急激なペースでの成長というわけでもない
野生での生活を続けて 目覚め石の洞窟で縄張りを守っていたらこうなっただけだ
だが姉さんのほうは…
サイコパワーを司る胸の赤い器官はまるで発達していないし
引き締まっているように見える細い身体も 俊敏な動作に必要な筋肉がついていない
「トレーナーはみんなポケモンを鍛え上げるって聞いたんだけど
…あの男のところで姉さんは 戦ったりしなかったんだな」
「トレーナーじゃないわ マスターは最後まで大工だった
あの人にとっての私はポケモンじゃなかった
…あの人ね、捕獲の後とうとう一度も私をモンスターボールに入れなかったのよ」
まるで主人にずっと大切にしてもらっていたような口ぶりじゃないか
何度か様子を見に街に行ったことがあるが
もう来ないでと言われたあの日 姉さんはとても疲れているように見えた
男の印象は最悪の一言だった 背が高く筋肉質な体型で
彫りの深い気難しそうな顔に灰色まじりのトゲトゲした髪と髭を生やしていた
右足を怪我していたようで大きな松葉杖をついていた
ある時 俺の姿を見て不機嫌になったようで姉さんを呼びつけて
その後 室内から怒鳴り声が聞こえてきた
それ以降 迷惑になるからと思って訪れるのを遠慮していたのだが
男が亡くなったことを知ったのは葬式もなにもかも終わったあとだった
「あまりいい奴には見えなかったけどな」
「…そうね すごく駄目な人だったわ 乱暴で頑固で不器用で
お酒がはいると女癖まで悪くなるし」
そんな台詞を言いながらも姉さんは愛おしそうに墓石を見つめていて
俺はなぜだかそれが無性に腹立たしく思えた
「姉さん…もう街での生活を続けなくてもいいんだよな
ポケモン一人で暮らすのは大変だろう あの家にだっていつまでもいられるわけじゃない
野生のポケモンに戻って 一緒に暮らさないか」
あの街は治安がいいとは言い難い
強力なポケモン、珍しいポケモンはすぐに面倒な連中に目を付けられる
姉さんみたいに人間に近く綺麗すぎるポケモンも例外ではない
姉さんはしばらく沈黙を続けたあと 曇り空を見上げて言った
「雨が降りそうね…」
ポツリポツリと水滴が灰色の空から落ちてきた
姉さんは墓に近づいてしゃがみ込み 一輪の赤い花を供えた
「エルレイド 私はね 街での生活に慣れすぎてしまった
今の私は念力や自己再生をまともに使えない……それにまだ
これからどうすればいいのかわからないの」
「…ごめんね 気持ちの整理がついたらまた来るから」
小雨が降る中 姉さんは街のほうへ歩いて行く
俺は掛ける言葉が見つからず その華奢な背中が見えなくなるまで見送った