03 Gardevoir's grave
レイヤー3
「何故!何故そんなことをされて姉さんは黙っていたんだ!
殴られて 怒鳴られて…煙草の火を押し付けるような奴と一緒に生活できたんだ!」
怒りに任せて叫んでしまった俺に対して姉さんはあの男のことを少しだけ話してくれた
あの人の側にいてあげられたのは自分だけだったのだと彼女は言った
「じゃあ姉さんのほうはあいつの支えになろうとはしたけど…」
「そうね、愛してはいなかった あの頃は 両想いであるふりをしていないと
やっていけなかったんだと思う」
何故かその一言は姉さんが自分に言い聞かせているもののように聞こえた
そういえば…
「だけど最後に様子を見に……いや、なんでもない」
見に行ったときにはそんな風には見えなかったとか、また余計なことを言ってしまうところだった
古びたアパートの影になっていて昼間も光が差し込まないその家で
一匹のサーナイトは恋人にするように主人の背中を後ろから抱きしめて…
ああそうか、言葉に出さなくてもある程度は心が読めるのか 波長が似通っている姉弟なら尚のこと
みるみるうちに耳まで赤くなっていく姉を見ながら俺はそんなことを思った
「……あの日ね…どこから見てたのよ いや言わなくていいけど…窓も開いてたからね
人が来るなんて思ってなくて っていうか恥ずかしい……」
「ごめん そんなつもりはなかったんだけど」
姉はどこか遠くに目をやって 小さな声で言った
「あの人が不機嫌になるのを理由にエルレイドを遠ざけたけど
本当の理由は 乱れた生活をあなたに見られたくなかったから
昼間から酒に溺れてマスターと共に落ちていった…」
「…本当はさ 姉さんもあいつを必要としていて…好きだったんじゃないのか」
姉はそうかもしれないと言いかけて首を振って訂正した
「多分…その逆よ」
「…え?」
「…ごっこ遊び 恋人ごっこ
私たちはずっと自分を偽って 互いが互いのことを好きなんだという設定を演じ続けた
一人の乱暴な男は自分の側にいてくれる妻の役を私に求め
一匹の無力なサーナイトは一緒にいられる駄目なマスターを求めた
それはマスターからの一方的な愛でなく 私からの依存でも ましてや両想いでもなく
互いを想う気持ちなんて はじめから無かった…」
…降り始めた小雨にうたれながら 俺は姉さんの言葉を聞いていた
その感情はおそらく 実際に暮らしていた二人にしかわからないのだろう
「私が必要としていたのはあの人そのものじゃなくて 恋人ごっこを続けるための役者だったのかもね
…もう終わったことだけど」
結局 姉さんはあんな奴といて幸せだったのだろうか
雨に濡れていく墓石に触れて 哀しそうに微笑んでいる姉さんを見ながら
俺はそんなことを思った