02 Gardevoir's grave
レイヤー2
その日はとても湿った風が吹いていて なぜかあいつがこの森まで来ているような気がした
墓地まで足を運んでみるとやっぱりあいつはそこにいて
淡い緑色の髪が寂しげに揺れていた
「…あらエルレイド すぐ帰るつもりだったんだけど見つかっちゃったわね」
こんな時 俺は自分の洞察力がひどく野暮なものに思える
姉の肩がわずかに震えていることも 涙を拭いた跡が残っていることも否応なしに捕えてしまう
姉さんと一緒にいた男が生前は横暴な奴だと知っていたので
姉さんが愛おしそうに墓石を見つめているのが意外だった
「…そうね すごく駄目な人だったわ 乱暴で頑固で不器用で
お酒がはいると女癖まで悪くなるし」
どこか儚げな声でそんな台詞を言いながら
姉さんは墓に近づいてしゃがみ込み 一輪の赤い花を供えた
その一連の動作を見た直後に 俺はつい気になったことを言葉にしてしまった
「…姉さん その足はどうしたんだ?」
白いローブをまくってしゃがんだ時の動作が不自然なほどふらついていたのだ
姉さんの表情を見てすぐに どうして言ってしまったんだと後悔した
「……やっぱり誤魔化せないよね」
ため息の後 姉さんはローブから足を出した
女の人らしい白い脚が露になって俺は恥ずかしくなって思わず顔を背けた
次の瞬間それに気付いて俺はその場に凍り付いてしまった
……次に込み上げてきたのは怒りだった
姉の白い腿には外からは見えない場所にたくさんの火傷の跡が生々しく残っていた
「…どうして…」
俺は姉に掴みかかるような勢いで怒った
「何故!何故そんなことをされて姉さんは黙っていたんだ!
殴られて 怒鳴られて…煙草の火を押し付けるような奴と一緒に生活できたんだ!
…あの時、あの男を殴り倒してでも姉さんを連れ帰るべきだった…」
「人間ってね…すごく駄目な生き物なの」
姉さんは今までは避けてきた街での生活のことを少しずつ話してくれた
「マスターはまだキルリアだった私をすごく大事にしてくれて
私はそれが嬉しくて幸せで…それに懸命に応えようとして
料理を覚えて 掃除も洗濯もできるようになったの
仕事仲間からはポケモンを嫁にした変人だって冗談まじりに言われてたんだって
…だけどそんな生活も長くは続かなかった」
大工…?そういえばあの松葉杖は…
「建築現場で新人がミスをして…落下してくる鉄骨から同僚を庇おうとした
その結果があれよ 右脚の骨は砕け 左肩も壊してしまった
それからよ マスターの心が転げ落ちるように荒んでいったのは
サーナイトに進化したばかりの私は頑張って支えになろうとしたけど
だけど…ダメだった」
姉の透き通るように赤い眼がわずかに潤んでいるように見えた
多分気のせいではないだろう
「仕事を失ったあの人には何も残っていなかったの
側にいてあげられたのは私だけ それなのに私は彼と一緒に堕落していった
マスターは最期までそんな私を好きでいてくれた 私の手を握って離さなかった
たまに…というか毎日ひどい乱暴をされたけど
酔いが醒めると子どもみたいに泣いて私にしがみついてきて
悪かった、もうあんなことは二度としないからどこにも行かないでくれって言うの」
「あの人の側には私がいないといけなかったの …それだけよ」
男は姉に寄りかからずにはいられなかった 姉はそれを受け止め続けた…
責任感の強い姉さんならそれを選ぶだろう
早いうちにあんな男から姉さんを引き離すべきだったとかいう後悔は
墓の前にしゃがみこむ姉の表情を見て静かに消えていった