01
乾いた大地に川が流れている 冬は終わり この地にも春が訪れた
「………………………。」
黒髪の青年は何も言わずに歩き続ける
彼の名はリオン 長年の相棒であるヘルガーと共に故郷を目指しているが
目的の地まではかなりの距離があった
干し肉もパンもなんとか足りるだろう あとは川沿いに進むだけだから飲み水にも困らない
「……ヘルガー…なんで俺は今さらあの村目指して歩いてるんだろうな…」
ヘルガーは少し立ち止まり、リオンを気に掛けるような鳴き声をあげて また歩きはじめた
やがて夜になった 空が曇っていて星明りもないため真っ暗だ
リオンはひどく疲れていた この数週間、ろくに食事もとらずに旅をしているのだから
そうなるのが普通なのだが 今の彼はその疲労さえも
あの日の呪いが自分を苦しめているのだとしか思えなくなっていた
ヘルガーの炎で灯した焚火は一晩中燃え続ける…
使い古した毛布にくるまって リオンは深い眠りについた
…またいつもの夢だ…
九歳くらいの黒髪の少年と栗色の髪の少女が桜の木の下にいる夢
泣き出しそうなのを堪えて精一杯笑ってみせるそいつに
少年は別れの言葉を言えなかった
あの時はただ、目の前の繊細できれいなものを必死に守りたかった
『オレ、戦いが終わったら絶対ここに帰ってくるから 約束だよ』
適当な気持ちで言ったんじゃない、必ず帰ると心に誓った
だが当時はわかっていなかったんだ 呪いは俺の一言から始まった
『…ずっと待ってるから この桜の木の下で』
春の陽射しの中であいつが見せてくれた表情が忘れられない
俺は夢の中であの日の姿のままのあいつの名を呼び…手を伸ばす
呼んでも気付いてもらえないし 近づくこともできない
次の日の朝、黒髪の青年は目を覚ますとヘルガーが心配そうな目で自分を見ているのに気付いた
「……ヘルガー…すまない 少しうなされていたようだ」
もう十年も前の話だ そんな子供の頃の約束をあいつが覚えている筈はずないのに
戦争が終わってから故郷に帰るまでこんなに時間がかかるとは
ふと空を見上げるとワタッコの綿毛が風に乗って舞っていた
…あいつのポポッコは元気にしてるだろうか
青年は今日も歩き続ける