ワカバの森
「おはよう、母さん」
「おはようリク。おはよう、リオ。」
「ふぁぁぁ…おはよー」
まだ寝たりなさそうなリオが、たたんだ掛布団に潜り込もうとするのを引っ張り出して、二人で一階へ降りてきた。階段を下りるとすぐにキッチンとリビング。朝の陽ざしでキラキラ光るシンクの前にエプロンをして立っているのは、僕の母親、アズミ。
「また夜更かししてたんでしょ?リオ。」
「うん、まぁね〜」
「遅くまで小説読んでたんだよ。僕が寝ようっていっても聞く耳持たず。えっと、昨日は何読んでたんだっけ…」
「『トモダチの城』まだ半分くらいしか読んでないんだよね。」
「え、うそだろ!あれ半分でも300ページくらいあるだろ!昨日相当遅くまで起きてたな。」
「まぁ、新聞配達の音が聞こえてきたからね、結構遅かったかな〜。」
「はいはい、早く食べないと覚めるよ!」
「はーい」
あたたかいパンを口いっぱいにほおばる。焼きたての香りが口いっぱいに広がっていく。口で息をするのは惜しいのでゆっくりと鼻呼吸をしてそのにおいを楽しむ。息子の僕が言うのも変だけれども、母は料理が上手だ。毎朝毎晩よくこんなおいしいものを作ってくれるもんだ、などと口を滑らせるとすぐに調子に乗るのであまり言わないけれども。まぁ、その分洋服などのセンスはからっきしだ。家具や壁は白を基調としているシンプルなつくりにも関わらず、背中に大きな字で「金」と書かれている真っ赤なTシャツを家の中で着ているのだから、母の上半身が浮いて浮いて仕方ない。
こんな母も昔はポケモントレーナーとしてこの地方を旅して、リーグ優勝経験もあるというのだから驚きだ。普段のほんわかとした顔からうってかわって真剣な表情の母が、テレビの上の写真立てに収められている。見るたびに背中がむずがゆくなるのであまり見ない様にしているけれども、たまに怒った時に感じる覇気は、当時の勢いがまだ残っている証拠なのかもしれない。
テレビに目をやると、いつも通りの天気予報、そして各地のニュースが流れている。オーキド博士のポケモン講座、ロケット団出没情報、遠くの地方のコンテスト情報やロケットの映像。特に見たい番組があるわけではないけれども、画面にでる人や文字を追いながらパンをほおばる。
ちなみに、もうお気づきかと思うけど父親はいない。僕がまだ小さいころに旅に出たまま帰ってきていないらしい。物心ついた時から何度か母さんに聞いてみたりもしたけれども、「あの人はそういう人なのー!忘れたころにひょっこり帰ってくるわ」と言う。まぁ父の写真も母のものと一緒に飾ってあるから顔を忘れることはないと思うけど、たまーに、本当にたまに、もう一回あってみたいなどと考えるときもある。家族を置いて旅に出る理由をぜひ聞いてみたい。
あと姉が一人いるんだけれど、こっちは絶賛ポケモンリーグ目指して旅の途中。たまに各地の街から絵葉書を書いて送ってくるけれども、よくわからないけれども古い井戸とか、ピンクの髪の女の人と肩を組んでいるのとか、最近では木造の大きな塔の写真が送られてきたかな。小さいころは、嫌がる僕を無理やり連れて、裏手の山へ冒険に行ったりもしたからちょっと苦手なんだけど、送ってくる写真はとてもきれい。いいところを旅しているなと感じてちょっと羨ましくなる。
「今日は二人ともどうするの?」
「休みの日だから久しぶりに森にいくつもり。リオも一緒ね。」
「ん、りょうーかい」
「またお寺にいくの?」
「まぁ、お寺にってわけじゃないけど、ぶらぶらしたいなと思って」
「あんまり遅くならないようにね。あと明日は予定入ってないでしょうね?」
「明日?なにかあったっけ?」
「あれ?明日ってリクの…」
「うん、誕生日でしょ?なに、あんた自分の誕生日も忘れちゃったの?」
すごい、完全に忘れてた。
研究所とバイト、あと森に行くっていう日課ばっかりの毎日だったからかもしれない。いや、それにしちゃ誕生日っていう大事なことを忘れるのは相当なことだな。ヤバい。
「あ、うん、そうそう!明日は何もないから家にいるつもり。」
(…いま完全に忘れてたね)
(…わよね、ちょっともうボケ始まっ…)
「そこ、こそこそしないで」
「はいはい、とりあえず食べたら洗い物済ませちゃうから食器は持って行ってね。」
「はーい」
(…忘れてたよね)
「こらリオ。」
僕らは残りの朝食を手早く済ませ、二階へ上がって準備をした。
準備を済ませた僕とリクは、早速町の裏の森へ向かったんだ。
あ、申し遅れました。僕の名前はリオ。リクヒトに拾われてから彼の家にずっと住んでます。僕の話をするとなると、今向かってる裏の森から始めたら分かりやすいのかな?この森、というか、とある岩場が僕らがいつも遊びに来る場所。そして、僕が倒れてた場所でもあって、僕とリクヒトが出会った場所でもある。倒れてた以前の記憶はほぼないのが不思議なんだよね。唯一思い出せる記憶も、出会った時のリクの顔くらい。
リクと出会ったとき、僕はまだちいさな子どもだったんだけれども、話によると今にも死にそうなほど危険な状態だったらしい。リクとお母さんの介抱がなかったらどうなっていたかわからなかったんだよね。しばらく休ませてもらってたんだけれども、そこから行く当てもないから二人の家に厄介になっているってわけなんだ。まぁ、ただ居候しているだけでも申し訳ないから、二人の手伝いをして暮らしてる。
さてと、僕の話はここまでにして、今から向かっている場所の話をしようかな。
とある岩場、ってさっき言ったけれども、僕がこの家にお世話になる前からリクはこの場所でよく過ごしていたらしいんだ。本を読んだり、修行をしたりとね。うん、修行。えっ?なんで修行なんかしているかって?
リクのおじいさんは、この山のてっぺんにあるお寺の住職さんなんだ。名前はウシマ。この人がお寺の住職さんだからか、はたまたリクの好奇心が強かったからかは分からないけれども、昔からリクはウシマじいちゃんと一緒にお寺で座禅を組んでいる。これもまたなんで座禅なのかは僕にもまだわからないんだけれども。
慣れた足取りでしばらく山道を登ってゆくと、少し開けた広い場所へと出た。周りはうっそうとした木に囲まれていているけれども、ここには苔で覆われている岩が二つあって、その周りに背丈の低い草がまばらに生えているだけの場所。いつものように僕たちは岩の上に座禅を組んで目をつむる。
子どもの頃からずっとしてる、リクのこの修行じみた事、普通は変だと思われちゃうのかもしれないけれども、森に棲んでる“彼ら”、つまり、僕と同じポケモンたちに囲まれてずっとやっているうちに、妙な力が身についたみたい。彼、ポケモンたちと話ができるみたいなんだ。まぁ人の言葉をしゃべる僕が言うのもなんだけれど、しゃべる、というよりみんなの言葉が分かるらしい。
リクと出会ってからは行動を共にすることが多かったから、僕も彼の隣に並んで座禅を組むことが多かった。最初はなんで座ってるんだろうか、じっとしててもつまらないじゃないかだとか思ってたけれども、回数を重ねてゆくにしたがってなんだか僕の方までにも効果が表れてしまっていた。もともと僕たち“リオル”の種類は、波動の力を体の内に秘めていて、戦いやコミュニケーションの際にそれらを発揮するらしい。実感はないのだけれど、おそらくその波動であろう力が日に日に強くなって、最近ではリクの2倍ほどの大岩をちょちょいのちょいでで壊せる程度にまではなっている。もともとそういう力があったのか、この岩場のせいなのか、はたまた座禅を組んだら誰でもできるんじゃないかなどとも考えていたけれど、いやいやそんな簡単には身につかないだろうと思う。根拠はないけど、直感でね。
最近じゃあ森にいる“彼ら”も一緒に目をつむっていることがしばしばあるから、暇さえあれば話をしたりもしている。反対側のふもとの岩場が崩れただとか、蓄えがなくなってきたから少し遠い山にも足を運んでみようかとか、たまにいなくなってしまったという仲間を川のほとりで見つけたことがあるだとか。連れ去られそうになってしまったところを運よく助けられたらしいとか。
とまぁ、今日もそんな感じで座っているってわけ。
飽きるかって?いやいや、話し相手がいるから退屈しないし、何よりリクがいるし、ウシマじいちゃんも、そしてたまにお寺にやってくるあの人達もいるから。
二人の食べ終わりの食器を片づけながら、アズミはテレビの上においてある写真に目をやった。彼とアズミ、リクが写っている昔の写真。その写真に目をやったまま、片手でテレビのスイッチを押す。流れてくるニュースをぼんやり眺めながら、彼女は二人のことを思う。
「血筋なのかしら。ねぇ」
彼も明日で19歳になる。
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ここで速報です。
先ほど入った情報によりますと、29番道路の付近において非常に凶暴なオニドリルが出没しているという情報が寄せられました!
現場からの情報はまだ届いておらず、詳細は不明ですが、オニドリルは十数匹のオニスズメを引き連れて北東へ移動したという目撃証言が寄せられています。
近隣の皆さん。一人での外出の際はくれぐれも気を付けてください。特にポケモンをお持ちでいない方は決して草むらの中に入らないよう注意をしてください。
では、次のニュースです…。
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