起床
「リクー!そろそろ起きなさーい!」
一階から母の声が聞こえてくる。やっぱり、どうも朝の寝覚めは良くない。窓からさしてくる暖かい日差しが薄目を開けた顔に浴びせられ、僕は仕方なく布団を二つ折りにたたむ。半分の大きさになった布団を足元にぽんと置くと、無数の埃が朝日であらわになる。その拍子で、横にいた彼も起こしてしまったようだ。
「ん…、もう朝?」
「うん、おはよう、リオ」
「うーん、おはよう、リク…zzz」
すやすやと寝息を立てながら、彼は再び眠りに落ちていった。
仕方ない、もう少し寝かせてあげよう。
あれから五年。ここは僕の家、僕の寝室。
そう、彼があの時の‘リオル’である。
五年前に裏の森で、衰弱した彼を急いで研究所へと運んで行ったが、命に別状はなく、今では家族の一員として元気に過ごしている。名前はリオ。図鑑で母が調べてくれたその日に、母自身が名付けた名前だ。昨日の夜は遅くまで小説を読んでいたせいか、彼はまた布団を手繰り寄せている。
ポケットモンスター、略して、ポケモン。この世界にはそんな生き物が住んでいる。周りの人間は彼らをモンスターボールで捕まえて、時には仕事の手伝いを、時には決闘を、ときには空を飛び、海を渡る手段としてともに暮らしている。そうやって彼らと過ごすのが普通なのだろうが、僕にはなぜかその境界線が今になってもしっくりこない。その理由はこのリオという“ポケモン”のせいなのかもしれない。
さて、察しが良い方はすでに気が付いていると思うけれども、なぜ“ポケモン”である彼が、夜遅くまで小説を読んでいるのか。言ってしまうと、彼はニンゲンの言葉を喋る。普通に喋る。本や小説で、テレパシーでニンゲンと会話するポケモンもいると聞いたことがあるが、リオの場合はそんなレベルじゃない。口から正真正銘の人語を話してしまう。博士の研究室で手当てをして、一週間ほどたって目が覚めた後の(こ、ここはどこ?)には、居合わせた全員が腰を抜かしてしまった。
子どもの頃母から、昔旅をしているときに出会ったニャースが人語を喋っていた!という話を聞いていて、当初は全く信じなかった。でもいまでは十分に信じられる。なにせ、自分の記憶はなくしているくせに、ニンゲンの言葉だけはすらすらとしゃべるリオルと一緒に暮らしているのだから。
「リオ、そろそろ起きるよ」
「う…んzzz」
「…オッケー」
バサッッ!
今度はいつも通り、躊躇なく彼の布団を引っぺがした。