2 おねえさんのおはなし
「おねえさーん!今日もおはなししてー!」
日が沈み始める夕暮れの時間帯は、学校が終わる時間帯である。
無邪気な子供たちが私のもとに駆け寄ってくる。都会から少し離れた河川敷でくつろいでいた私とひょんなことで知り合ったこの子供たちはいつの間にか私の話を聞いてくるようになった。
「ねえお姉さん。今日はどんな話をしてくれるの?」
「そおねえ。みんなは悪い人ってどんな人?」
「かだんを勝手に荒らすひとー」
「ひとのものをとったらどろぼう!」
まだ読み書きを習い終わってこれからいろいろ学び始めるあたりの子供たちにも、一般常識はある。
「ひとごろしー!」
子供は物騒な方がちょうどいい。
「そうね。今の質問に対する答えはみんな正解よ。だって、悪いことをしているものね。でも、今日お姉さんが話すのは正義と悪って話」
「せいぎとあく?」
「みんなは喧嘩したことある?」
「昨日ニョロちゃんしてたよねー。隣のあいつと」
「あれはあいつが悪い。オレが使おうと机においてたハサミをかってにとったんだ」
「貸してあげればよかったのにー」
「ハサミわすれたのに、勝手にとったのがきにくわないんだ!」
「どっちが悪いかなんてことは今は置いておきましょうか。それで話を戻すわよ。『正義』の反対は『悪』ではない。私はそう考えるわ」
「はーい先生!正義の反対は『もう一つの別の正義』だと聞いたことがあります!」
私は先生じゃないんだけどな…
「あら。私と同じ考えね。でも、お姉さんはもう一つあって、『正義』の反対は『寛容』でもあると考えてる」
「かんよう?」
「受け入れること。正義に対するものは正義を受け入れることだと思うわ。
例えば、あなたたちのクラスで何か物事を決めるときに2つの意見が真っ二つに分かれるとするわよ」
「このまえクラスの出し物話し合ったけど、全然決まらなかったね」
「ゼッタイ女子のだしたかんがえの方がよかった気がするけどなー」
「男子が大きいこえで何回も反対するからよ。しかも結局男子の意見にきまっちゃったし」
どうもこの子たちのクラスは物騒なようだ。
「それが、正義の反対の『別の正義』ね。その『別の正義』を『寛容』できないと、『争い』が生まれる。世の中はそういうふうにできているの。
今も、男子が大きい声で言ったから男子の声に決まったというのも、男子の方が権利が強くあるべきだとか、男女平等であるべきとかそういうことで揉めてる国もあったりするのよ」
「なんで?男でも女でもけんりっていうのは平等じゃないの?」
「このセレルウォンテではそれが常識よね。でも、東のある国は昔戦いをしょっちゅうやっていた。戦うのは男だった。そのうち、戦う勇ある者こそ政治をするに相応しいと、女性の権利を認めず男子だけで国を治めようとした愚かな国あるの」
「別の正義を寛容しなかった!」
「そう。女性の男女平等を求める声も聞かず、その国はようやく男女は平等ですという法律は作ったけど、結局昔のしきたりを捨てきれない老人が、公の場で女性にセクハラ発言。でも、男だからと発言を撤回だの減給だの、謝りもしない国になってしまった。
法律は正しいと思う?私はそう思わない。
確かに、正義と別の正義の衝突の仲裁に入るのが法律。道を踏み外した正義を取り締まるのが法律。
でも、結局法律で取り締まれることがあるけど法律で縛られてしまうこともそれと同じくらい多い。変化を恐れる世の中は縛られている人を見ても罪と思わず見て見ぬふり」
「それじゃあ、ほんまつてんとうってやつじゃん!」
「そうね。前の話を覚えてたのね」
以前から難しい話をしてきているためか、年の割に難しい言葉も、うっかりべらべら喋る悪い癖も全部聞いてくれる。
「けっきょく私たちはどうすればいいの?」
「そのときそのとき、正しいことをすればいい。必要になる力がある」
「正しい判断力!」
「え?違うんじゃない?って隣の子が言ったらなんて答えるかしら?」
「え?え、えーと…」
「間違ってないわよ。判断力は本当に大事よ。でも、自分のが正しいの一点張りだと、異論を認められなくなる。結局『寛容』なのよ。これができない人たちが国を動かしたらどうなる?」
「戦争します!それか、戦争したわけでもないのに勝手にほろびます!」
「そうよ。私はあなたたちにそんな大人になってほしくない。私が言ってることもあなたたちにとって正しいかは私にはわからないわ。
暗くなってきたわね。夜でも街は明るいけど、川は危ないわ」
「きょうはおひらき!」
「それいつもの私のセリフだけど…」
「あはは!先生じゃーねー!」
「ばいばーい!また面白い話聞かせてねー!」
保護者っぽくけがしないでね。なんて、私は言えなかった。
(面白い話…か)
(この先やってくる時代をこの子たちには生き抜いてほしいものね)
淡水は嫌いではない。