森の子供たち - 第四章:知らないこと
必ず答えてもらいます。
 集中する。
 頭、腕、手のひら、指先の順で意識を移動する。
 そして指先のさらに向こう、触れたコーヒーカップに心を移す。
 ……見えた。

「答えは?」

 ナツメさんがわたしに聞く。
 これは、ここ数日行われている会話だった。

「白い鳥のマークが描いてある缶のコーヒー豆です」

 あのフワンテ事件以来、わたしはナツメさんの下で自分の能力の訓練を行っていた。
 力を使っても倒れないように、素早く使えるように、そして自分が知りたいことのみ引き出せるように。

「正解よ。かなりコントロールがうまくなってきたわね」
「そうですか?」
『やったねルナ!』
「ありがとう、ソーヤ」

 でも、わたしに見えるのは過去だけだ。
 ある程度どの時間の記憶を見るのか自分の意思でできるようになったとはいえ、未来を見ることができるナツメさんには敵わない気がする。

「……未来が見たいの?」
『え? そうなの?』
「そういうわけではないんですけど……」

 なんと言えばいいんだろう。わからなくてコーヒーを見つめる。映り込んだわたしの瞳は、緑のままだった。
 黙ってしまったわたしを見かねてか、ナツメさんは語り出す。

「未来を見ることと過去を見ること。昔は時空の叫びと呼ばれる同じ能力だったらしいわ」
「時空の叫びって、探検隊の話に出てくるあれですか?」
「そうよ」
『ぼくあの話好きー! 探検隊、すっごくかっこいいの!』

 本当に存在していたんだ。アッシュくんに話を聞いてから調べてみたけど、あれは未来も見えたはず。

「時代が進むにつれて、その力は二つに別れた。つまり、未来を見る力と、過去を見る力ね。そうすることで、自在に操ろうとした」

 なるほど。確かに、時空の叫びは見たいものが確実に見える保証がなかった。
 能力の進化と言えばいいのだろうか。そうやって変わっていって、物語に名前を残すだけになってしまったのか。

「なんだか悲しいですね……」
「そうかしら。私は何もかも消えてしまうより、こうやって残るほうがいいと思うわ。生きとし生けるもの全てが、生まれたまま変わらずにあることなんてあり得ないのよ」
「……そうですね」

 本当に、その通りだ。
 わたしもこうやって変わってきている。想いも、考えも、力も。生きている限り変わらないものなんて、ない。

「さあ、今日はここまでにしましょう。訪問者もあることだし」
「ジム戦ですか?」
「いいえ、私にじゃなくて貴方によ」

 わたしに?
 ここにいるって知っているのはアッシュくんくらいだと思うんだけど。彼は今日は来れないって言っていたはず。

「こんにちはー! ナツメさん、遊びに来ちゃいましたー! ってあれ? ルナじゃない! 久し振り!」
「リコちゃん!」
『キャリロンもいるー!』

 ああ、ヤマブキに家があるって言っていたね。連絡しなきゃとは思っていたんだ。
 訪問者って彼女のこと?

「だから、ちゃんは要らないってば。ほら、呼んでみなさい?」
「リ、リコ……」
「うん! そのとおり!」
『ソーヤ、久しぶりだなあ! 元気しとったか?』
『うん、元気ー!』

 まだ呼び捨てに慣れないよ。今まで、何度修正されたことか。
 ところで、リコの用事ってなんだろう?わざわざジムまで来たんだし、何かあるんじゃないのかな?

「リコ、残念だけどお茶は切らしているわよ?」
「えー? ナツメさんのお茶あたし好きなのにー! 残念。ところでなんでルナがいるの? ジム戦?」
『違うよ!』
『じゃあ何?うちらには秘密なんかー?』

 話してもいいのかな。嫌われないかな。不安。

「彼女、最近一種の超能力に目覚めてね。相談を受けていたのよ」

 そうこうしているうちにナツメさんが話してしまった。
 リコの反応はどうだろう。怖がったりしない? 嫌ったりしない?

「え、マジで?」

 時間が止まる。生きた心地がしない。
 どっち? リコ、貴方はどっちの人間?
 気が付けば、手が震えていた。

「……すっごいじゃん! なんで黙っていたのよー!」

 数秒の間の後、彼女は笑顔で抱きついてきた。
 受け入れてくれるの? 本当に?
 ああ、ああ。

「わたし、怖くて言えなかったんだ。気持ち悪がられるんじゃないかって、嫌われるんじゃないかって。それで、それで……」

 ぽろぽろと涙が零れる。
 怖くて仕方なかったんだ。この先どうなるのかわからなくて、得体のしれない力を持ってしまって。
 そんなときに友達を失うなんて、我慢できなかった。

「バッカじゃないの? あたしがそんなことで嫌うわけがないでしょ? あーほら、泣かないの。可愛い顔が台無しよー?」
『ルナ、泣かないで! ルナ!』

 リコはわたしを抱きしめて頭を撫でる。
 わたしは彼女の胸で泣き続けた。

「ナツメさーん。悪いんだけど、この子借りていってもいーい?」
「いいわよ? 今日の訓練は終わったし」
「よし! ルナ、遊びに行くわよ!」
「えっと、どこへ?」
「もちろん、タマムシシティに決まってるじゃない!」


――――


 流行の発信地、タマムシ。それは過去でも未来でも変わらない。ファッション、スイーツ、ポケモン用品。全てがここから広がっている。
 で、そんな街でわたしはというと。

「ねえ、リコ……なんでこんなことになってるの?」
「んー? あたしが楽しいから? あ、これ可愛いー! ルナ、今度これ着てよ!」
「ええー?」

 着せ替え人形になっていた。なんだろう、デジャヴが……。
 うん、気のせいだということにしておこう。
 渡された服はふんわりとしたシフォン素材のワンピース。襟と袖にはレース、優しい花柄が可愛らしい。

「ねえ、こんな可愛いのわたしには似合わないよ」
「そんなことないわよ! 絶対似合う! ほら、着る着る!」
「うう……」

 押し切られて渋々フィッティングルームに入る。
 着替えながら、少し思う。そういえば、今までこうやって友達と遊ぶことってなかったな。
 田舎だったからこういう場所がなかったというのもあるけど、こういう遊びより森でゆっくりするのが好きだったからだったからかな?
 ニーナちゃんもそれがわかっていたからか、ほとんど誘って来なかったし。

「ルナー? 終わったー?」
「うん、今出るー!」

 リコって、そういう意味じゃ全く新しいタイプの友達なんだ。
 この繋がりは、無くしたくない。

「うん、やっぱり似合ってる! ソーヤもそう思うよね?」
『うん! ルナ可愛い!』
「は、恥ずかしいよやっぱり……!」

 そんなわたしをほっておいて、二人は可愛い可愛いと言い続ける。
 うう、これは新種のいじめだ。

「この服が一番かなー? 自分でもそう思うんじゃない? これ買っちゃお! あ、着替えなくていいわよ、今日はその格好でいてね!」
「え!?」

 嘘ぉ!? 流石にそれは……。
 この服ひらひらしてるし、さっき買ったばかりのサンダルもまだ歩き慣れていないって言うのに!

「さ、お会計よー!」
「え、あ、ちょっと待ってよ!」

 背中を押されてそのままレジカウンターへ向かう。なんだろう、不思議と笑顔がこぼれた。
 そっか、今わたしすっごい楽しいんだ。

「リコは服買わないの?」
「あたし? うーん、どうしようかなー?」
「じゃあ外でいいものあるか見てみようよ」
「そうね! お揃いのアクセなんかもいいかも!」

 そう二人で盛り上がりながらデパートを出る。
 目の前の広場では露天商とか、大道芸をやっている人とか、喧嘩している人とか、いろんな人がいた。
 あれ? 喧嘩?

「だから! ポケモンは仲間だろ!」
「そんなのだからお前は甘いって言うんだ。ポケモンは強くなければ意味がない」
「あのなあ!」

 あそこで言い争っているのってアッシュくん?
 相手は制服のようなものを着ている。ちょっと懐かしい。

「あ、カズ!」
「リコか。なんのようだ」

 あの人はリコの知り合いなのかな? どういう関係なんだろう?
 うーん、ちょっと怖い人だなあ。つり目だし、口がへの字に曲がっているし、何より放つ気配が鋭いというか、何というか。

「アッシュくん、何かあったの? 言い争っていたみたいだけど」
「ああ、大丈夫。カズヒロのやつとはいつものことだから」
「そうなの?」

 カズヒロって言うのだあの人。あれってブレザーみたいだよね。学生なのかなあ?
 今はリコと何か話している。どんな関係なんだろう?

「ねえ、ルナってそっちの彼と付き合っているの?」
「!? 何言って……!」
「なーんだ違うんだ。ルナ、こっちはカズ。あたしの幼馴染で、あのポケモンゼミナールに通っているの」
「へえ……あそこって頭良くないと入れないんだよね? カズくんすごいんだね」
「別に。他のやつらが馬鹿なだけだろ?」

 うわあ。これはキツい性格してるなあ。
 こういう人が幼馴染だなんて、リコも大変なんじゃないかな?
 うーん、でもなんでアッシュくんと言い争っていたんだろ?

「カズとは馬が合わないんだよ。強いだけがポケモンじゃないと僕は思うんだけど、あいつは反対だから」
「なるほどね」

 ポケモンは強くなければ意味がない……やっぱり、そういう人もいるんだ。
 でも、この人は切り捨てたりする人ではない気がする。何となく。スタンスは違うけれど、ポケモンを大切にしている人なんだと、思う。

「逃げろっ!!!!!」

 不意に声が上がった。
 悲鳴がする。
 何かと何かがぶつかる音。
 しばらく聞いていないエンジンの音。
 突如としてそこは非日常の音で溢れる。
 見れば、こちらの世界に来てから滅多に見なくなった車が飛び出して来た。止まる様子を見せず勢いそのまま、人の集まるこちらに走ってくる。
 それは逃げ惑う人々の中に突っ込んでいって、噴水にぶつかり煙をあげて止まった。

「……っ!」

 見てしまった。
 ガラスの破片、折れたパラソル、破壊されたベンチ。
 そこに、倒れている女の子がいる。
 そばに、その子と瓜二つの子と、小さなポケモンの姿が立っているのが見えた。

「あ……」

悲しそうな顔で、消えた。消えてしまった。

「……駄目だ、この子は、もう……」
「そんな……!」

 遠くで、そんな声が聞こえる。
 喧騒の中、一人立ち尽くして呆然とする。
 事故。あの子たちは、巻き込まれて、それで。
 そう認識したときには、恐怖がわたしを縛っていた。

『ルナ! ルナ!! しっかりして!!!』
「ソーヤ……?」
『ルナ、真っ青だよ! 大丈夫!? 大丈夫なの!?」

 小さく、暖かな体を抱きしめる。どうしても、あの日を思い出してしまって駄目だ。震えてしまう。
 突然いなくなってしまった、大好きな人。おばあちゃん、おばあちゃんと叫んでいたあの日が頭で繰り返し繰り返し蘇る。

「大丈夫……大丈夫……!」

 呪文のように囁いていれば、とりあえずは持ちこたえられる気がした。
 わたしを見つめるソーヤの瞳は涙で潤んでいる。この子には心配をかけてばかりだ。もっとしっかりしないと。
 アッシュくんたちは、巻き込まれた人々を救うために行動を開始していた。
 大きく深呼吸して息を整えて、頬を叩いて気合いを入れる。
 わたしは、大丈夫。

「ソーヤ、わたしたちもできることをしよう」
『わかったよ! ぼくも頑張るね!』

 救助活動に参加しようと動き出そうとしたとき、現場から逃げるように移動する影が目に入った。
 あの姿って。

「ニーナちゃん……?」
『ルナ、どうしたの?』
「知り合いに似た人がいたんだけど……他人の空似だよ」

 こんなところに、彼女がいるわけがない。


――――


「やーっと、終わったー」

 警察や消防が駆けつけて、ある程度事故が収拾したところで、わたしたちはもう一度集まった。
 事情聴取とかもあって、みんなクタクタである。

「病院に送られた人達は皆無事だって。警察の人達が言ってたよ」
「よかった。でも、車を運転していたグループって逃げちゃったよね?」
「ああ、奴らなら捕まったぞ。一部のトレーナーが追いかけていたらしい」
「へー。っていうか何処からそんな情報集めてきたのよ?」
「ゼミの繋がりは広いんだよ」

 救助にしても、逮捕にしても、ポケモンの活躍は大きかった。ポケモンと言う生き物がいるだけで、対応がこんなに変わるのか。
 あのときも、あの時代もポケモンと人が共存する世界なら、おばあちゃんは助かったのだろうか。
 いや、それはないか。
 ポケモンたちも万能じゃない。現に、今回の事故であの子は亡くなっているのだから。

「そんな暗い顔でどうしたんだ、嬢ちゃん!」

 そのとき、変な人に話しかけられた。いや、何処かで見覚えがあるような。
 ふと、男の耳元に目がいった。緑の石のピアス。
 手元には商売道具であろう、同じ色の石で作られたアクセサリーがいくつも入った袋を持っていた。

「あ! あのときの露天商のおじさん!」
「おじさんは酷いな、せめてイケメンのお兄さんって言ってくれないかい?」

 男は、わたしがトレーナー試験を受けた日に出会った露天商だった。
 お兄さんって……何言ってるんだろうこの人。

「いや、お兄さんはムリがあるだろ」
「イケメンでもないし」

 カズくんもリコも同じことを思ったらしくズバズバと言葉をぶつける。

「イマドキの子はきっついねー、おじさんのハートはボロボロよ?」
「この人自分でおじさんって言っちゃったな。やっぱり自覚あったんだ」

 アッシュくんの言葉がトドメとなって、露天商のおじさんは撃沈した。
 あのときはそう思わなかったけど、変な人だなあ。

「大丈夫ですか? それと、耳飾りありがとうございます。ソーヤも気に入ってて」
「そりゃあよかった」

 なんだか可哀想になったのと、おまけのお礼を前々からしたかったので、声をかける。
 相手しなくてもいいのにと、リコの声が聞こえた。

「おー、まだそいつを持っていたか。その石は特別の中の特別だからなあ。こりゃあ決まりかな?」

 手と膝を地面につけていた男が顔を上げ、わたしのペンダントを見てそんなことを言った。
 特別? 決まり? 何のこと?

「あの人何なの? アブナイんじゃない?」
「サツ呼ぶか?」
「そうか……森の民もその役目を果たすときがきたってことか。忙しくなるな」

 森の民!?
 旅の中で聞いた重要ワードが飛び出してきて、わたしは男に詰め寄った。

「森の民について何か知っているんですね!? 教えてください、森の民って一体なんなんですか!? わたしは一体何なの!?」
「ちょっと落ち着けよ。教えてもいいけど……んー、ただで教えるって言うのもなあ?」

 条件付きか。
 今まで出会ったポケモンたちは今は言えないばかりで教えてくれそうになかったけど、この人はそれさえ飲めば教えてくれそうだ。

「大人の癖にそんなこと言うわけ? 何のことだか知らないけど教えてあげたらいいじゃん!」
「そうだな、ヤマブキで暴れているフワンテ。あいつをどうにか出来たら教えてあげよう」

 リコが無視するなと暴れているけれど、わたしはそのことよりもこの人の言い方が気になった。
 フワンテに起こっているあの異常。それについても何か知っているのだろうか。それとも、教えたくないから無理難題を押し付けただけなのか。

「こいつはテストだ。今の嬢ちゃんに知る権利があるかどうかのな」

 わたしの疑問を察したのか、露天商はわたしを試すような目を向けてそれに答える。
 やっぱり、知っているんだ。
 仕方ない、今まで出会ったポケモンたちとは違って、合格すれば教えると言っているのだから、この際贅沢は言わないでおこう。

「わたしがそのテストに合格したら、必ず答えてもらいます」
「勿論だとも。おじさんそんなに信用出来ない? 場所はそうだな、マサラにするか。あそこは空気が美味い」

 マサラタウンか。ちょうど良いかもしれない。
 一度戻ろうとは思っていたし。でも、話をするだけならここやヤマブキでもいいんじゃないのかな?
 わたしは了承するか悩んでいたが、おじさんはその答えも聞かずに話をどんどん進める。

「俺の弟子があの町に最近移住したから、そいつから俺に連絡してくれよ。じゃーなー」
「え、ちょっと待って!」
「あはははは、おじさんはドロンする! また会おうね、ルナちゃん?」

 おじさんは何かを地面に叩きつけると、煙に紛れてそのまま姿をくらませてしまった。
 全く、あの人一体なんなの?

『ルナ、やっと色々わかりそうだね!』
「そうだね。でもその前に、あのフワンテを見つけないとね」
『だいじょーぶ! みんなで探せばすぐ見つかるよ! 次はあの子、助けようね!』
「うん、頑張ろうね」

 旅の中で生まれた謎。わたし自身の謎。
 それが解き明かされる日は、確実に近づいている。

月居璃那 ( 2015/02/09(月) 23:18 )