何があったって、きっと、大丈夫。
「ねえソーヤ、リッカ。この図鑑の説明おかしくない?」
『うん、ぼくもそう思う』
わたしは今、この時代の人たちの超人ぶりに驚愕している。
子供がイシツブテを投げあって遊ぶってどういう事よ。
『……もしかして、あたしたちポケモンより人間の方が強いんじゃない?』
その可能性はあるかも。
ポケモンがいなくなった後も、人間は存在している。案外ポケモンより人間の方が、体が丈夫なのかもしれない。
そんな事を話していたら、不意に影が過ぎった。
何事かと上を見ると、側の崖から人が落ちてきた。
落ちてきた!?
「ふ、決まった!」
短いポニーテールを揺らして、その人は華麗に着地した。柔らかい素材のカットソーがふわりと広がる。
「あー! 逃げられたー!」
「あの高さから飛び降りて平気なんだ……」
『個人的にはルナも超人の部類だと思うわ』
うーん、わたしの場合はまた違う方向だと思うんだけど。
なんて考えていたら、降りてきた女の子と目があってしまった。
……この流れってアレだよね。
「うふふ、あたしはヤマブキシティのリコ、君は?」
「わたしはルナ、マサラタウンのルナ」
「よし、ルナ! 勝負だ!」
ああ、やっぱり。
『ルナー! 負けちゃったー!』
「ソーヤ、ありがとう。次は勝てるように頑張ろうね」
『うん!』
わたしも頑張らないとなあ。もふもふを堪能しつつこれからのことを考える。
今回のバトルは完全に相手のペースだった。もともと乗り気じゃなかったのもマズかったんだろう。
結果的に、わたしの気分で振り回したことになってしまった。
帰る方法を探す旅だとしても、今は付いて来てくれている彼らのためにトレーナーとして成長しないと。
『ルナ、ルナー! 苦しい!』
「あ、ごめん!」
いつの間にか力を入れ過ぎていたようだ。解放するとソーヤは息切れを起こしていた。ほんとごめん。
ふと気になって相手トレーナーの方を見ると、ニコニコというか、ニヤニヤしてた。
わたしなんかしたっけ。
「いいバトルだったね、リコちゃん。ポケモンたちもすっごい楽しそうに戦ってた」
「ありがとっ! それからあたしのことリコって呼んで? ちゃん付けとかむず痒くってさー」
「え、いいの?」
「モチロン! さあ、リピートアフターミー!」
「おもいっきり日本語英語だよ……」
今まで同じ人間を呼び捨てしたことがないせいか、少し緊張する。
決して、目の前の子から妙なプレッシャーを感じているせいではない。
「さあ! さあさあさあさあ!!」
「えっと、リコ……?」
「そうそう、それでいいの!」
『ウチは? ウチの名前はー?』
声をあげたのは、コロンとした身体が可愛らしい猫のようなポケモン。
「エネコ、だっけ? ホウエンのポケモンだよね? カントーじゃ珍しいねー」
「キャリロンっていうの。小さい頃から一緒なんだ」
『さあ呼べ! ウチの名前を呼べ!』
「よろしくね、キャリロン」
『おう、よろしくな!』
ポケモンとそのトレーナーは似るというけれど、この二人はその典型みたいだ。
『ぼく、ソーヤ! さっきボールの中逃げていったのはリッカだよ!』
『ウチが猫だから逃げたんか?』
『リッカはネズミだもん。仕方ないよー』
『それもそうか!』
ポケモンでもネズミを猫が捕まえることってあるのかなあ。
「リコ、そういえばさっき何か探している見たいだったけど……どうしたの?」
「実はとっても気に入っちゃったポケモンがいてさー、ずっと追いかけてたの!」
『なあなあ、そろそろ付き合わされるウチの身にもなってくれない?』
キャリロンは疲れているようだ。
パートナーに呆れられるって、リコってばどれくらいの間探しているんだろう。
「そのポケモンって?」
「プリン! ねえルナ、プリン捕まえるの手伝って!」
プリンかあ。
うーん、そもそもプリンってこの辺に住んでないはずなんだけどな。
『いないねー?』
「そうだねー」
『ルナー、しりとりしよー?』
「もうちょっと探してみようよ」
捜索を開始して三時間くらいになるだろうか。目標の姿はまだ見当たらない。
ソーヤは飽きてきたのか、頻りにわたしに話しかけてきていた。
「やっぱりいないんじゃないかなあ?」
「いや、あのシルエットはプリンだし。絶対ここにいるって!」
しかし、手元の図鑑の生息地には含まれていない。そのことをリコに伝えてもずっとこの調子だ。
はあ、どう言ったら納得してくれるかな。
わたしが探すのを諦めリコの説得に考えをシフトしていた。
『ルナ、あの子だあれ?』
草むらから出てきたのは、ピンク色の、ふんわりとした丸いポケモン。
「「見つけたー!」」
本当にいた。
どこからどう見ても、そのポケモンはプリンだった。
……ソーヤ、姿を知らずに探していたんだね。
『あら? 貴女……』
「え? わたし?」
『まあ、今はそのままでいいですわ。それでは、ごきげんよう』
うん、さようなら。
プリンは優雅に手を振って去っていった。
こちらも思わず手を振り返し、そのまま彼女を見送った。お嬢様みたいな子だったなあ。
って違うよ!
「ルナ、追うよ!」
「わかった! プリン、待ってー!」
『待ってー!』
『待て待てー!!』
しかし、逃げた先はトレーナーが多いエリアらしい。
わたしもリコも、片っ端から勝負を仕掛けられた。
「いざ、尋常に勝負!」
「邪魔! キャリロン、猫騙しからの往復ビンタ!」
「お嬢さん、バトルの後にお茶でもどうです?」
「ごめんなさい! ソーヤ、電光石火!」
これで最後かな? 流石に疲れたよ。
プリンを見た人はいないみたいだし。うーん、別の場所に逃げた?
「でも、この辺にいると思うんだけどなあ。……ん?」
『ルナ、どうしたの?』
ふと視線を感じて岩陰に目を向ける。
あそこにいるのって……プリン? あ、目が合ったら隠れちゃった。
こっち見てたのはなぜだろう。
ちょっと不思議に思っていると、リコは既に駆け出していた。
「プリン、ゲットよー!」
彼女は叫びながら柔らかそうな体に飛び込んだが、相手はふわふわと浮き上がりその腕から逃れる。
『いいなあ! ルナ、ぼくも飛びたい!』
「ソーヤは無理じゃないかな? いや、風船付ければ飛べるか。手に入ったら試してみよっか」
『やったあ!』
嬉しそうなソーヤを見ているとこっちも笑顔になる。
この時代に来ても暗い気持ちにならなかったのはソーヤのおかげかな。
「飛ぶなんてズルい! 聞いてない!」
「何言ってるの? 風船ポケモンだもん、飛べるでしょ」
常識だと思うんだけど。
そう思ってツッコミをいれてみると、リコは笑って誤魔化した。
なんていうか、リコって頭よりも体が先に動くタイプなんだね。
『早くいらっしゃいな、それともお辞めになりますの?』
「なんて言ってんのか全くわかんないけど、めっちゃくちゃバカにされた気がする! みんな、行くよ! 絶対捕まえてやるんだから!!」
逃げるプリン、追うリコ、その後を走るわたしたち。
地獄の追いかけっこの始まりだった。
「全然捕まんない」
「もう、疲れたよ……」
あり得ないルートを走り回って、全身切り傷や擦り傷でいっぱい。
そんなわたしたちは麓のポケモンセンターで治療しつつ、休憩をしていた。
おかしいなー。近くまで行くことは出来るんだけど、後少しで逃げられちゃう。
『一応言っとく。リコ、諦めよう』
『リコってぼくたちの言葉わかるの?』
『いや、わからんよー。大体わかる人間なんていないでしょ』
キャリロンの言葉で、少しだけ傷ついた。
ポケモンでもそう思うんだ。それなら人間はもっと信じてくれないよね。せっかく仲良くなったけど、リコには隠すべきかもしれない。
ソーヤが心配そうな顔をしていたけど、頭を撫でるだけでわたしは何も言わなかった。
その時、近くにいたトレーナーの会話が聞こえてきた。
「実はさっきプリン見たぜ」
「マジか、何処でだよ?」
「お月見山ん中」
「それピッピと見間違えただけじゃないか?」
「いや、あれはプリンだったな」
彼らが話しているのはたぶんあの子のことだろう。
「リコ?」
「ルナ、行こうか」
「う、うん」
「うふふふふふ、あたしのことバカにして。絶対に捕まえてやる」
彼女は妙な気合いを放ちつつ外へと向かう。だいぶ頭にきているみたい。
今にも駆け出しそうなリコを追い、わたしはお月見山へと入って行った。
『どこにもいないねー』
「そうだねー。って何このデジャヴ」
こんにちは、リポーターのルナです。
あの後お月見山に突撃したのはいいのですが、リコとはぐれてしまいました! ぶっちゃけ置いていかれました!!!
『現実逃避してるんじゃないわよ! はあ、ルナとソーヤだけに任せるんじゃなかったわ……』
「うう、リッカひどい」
『ひどーい!』
『ひどいって言うならこの現状どうにかしなさいよ』
只今絶賛迷子中。
洞窟って、自分がどこにいるか全くわからなくて苦手かも。
『クスクス、今回の巫女は方向音痴なのですか? ああでも、迷子なのはいつものことですわね』
突然、鈴を転がすような美しい声がした。声に続くように、目の前にポケモンが降り立つ。
探していたプリンだ。
「よかったー、助かったー。あの、すみません。悪いんですけどリコ知りません? 貴方のことずっと追いかけていた子なんですけど」
『はあ。こんな状況でものほほんとしていらっしゃるし、本当にこの方で大丈夫なのかしら』
「ねえ、その巫女ってわたしのこと?」
なんかひどい言われようなんだけど。
『……はじめましてルナ様、私のことはリンとお呼び下さいませ』
『うわー、めちゃくちゃ怪しいやつね』
あのねリッカ。
初対面なんだから怪しいとか口にしちゃダメ。同意はするけど。
『なんでルナの名前知ってるのー?』
「しかもなんで様付け?」
わたしの中でこのプリンのことが不思議ちゃんから変なやつに変わりつつある。
脳内の要注意人物にリストアップしておこう。
『その辺りはまたの機会に致しましょう。ところでルナ様、こんな話は知っていますか?』
人の話を聞いてよ。
そんなわたしの思いを無視して、リンと名乗った彼女はゆっくりと話し始めた。
ーー昔々、あるところ寂しがり屋の神様が住んでいました。
神様はひとりぼっちで、毎日がつまらなくてたまりませんでした。
ある日、近くの村の子供が、神様のいる森に迷い込んで来ました。
興味を持った神様は、その子供に話しかけてみました。
しかし残念なことに、子供は神様の言葉がわかりません。
そこで神様は自分の力を少しだけ分け与えることにしました。
するとどうでしょう。その子供は神様の言葉だけではなく、動物の言葉までわかるようになりました。
友達になったふたりはいつまでも仲良く暮らしました。
ひとりぼっちの神様は、もう寂しくありませんでしたとさーー
「動物と話す力か。わざわざわたしに聞かせるなんて、リンさんはわたしの力について何か知っているんだね?」
『さあ? どうでしょうね。それと私のことはリンとお呼び下さいと申しましたよ。さんもちゃんも入りませんわ』
彼女はちょっと起こったように注意する。何故呼び捨てにこだわるんだ。
「わかったよ。リン」
『ならいいですわ』
リンが話した話と、故郷の昔話は似ている。
わたし個人の考えだけど、わたしの時渡りにあの昔話は関係があるだろうから、この話もそうだと考えた方がいいだろうな。
それにしても、このプリンといい、トキワの森のフシギバナといい。何かを知っているポケモンは皆、ちゃんとした答えをくれない。
もう、教えてくれないなら自力で考えるしかないじゃん。整理用のノートを新調しなきゃ。
『ねぇねぇ、その神様と子供はどうなったの? 今も一緒にいるの?』
『大昔の話ですから、子供はもう亡くなっているでしょう』
『じゃあ神様はひとりぼっち?』
『そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません』
『どっちなのかハッキリしなさいよ!』
『うふふ、ハッキリ言わないとわからないのですか? ……あら?』
騒いでいるリッカを横目にリンは耳を澄ました。
わたしも気になって真似してみると、遠くから音が響いてくるのがわかった。だんだんと、こちらに近づいてきている。
「プーリーンー! 見ーつーけーたー!!!」
ああ、この声知ってる。わたしたちが話している間、ずっと探していたんだろうなあ。
うん、ごめんリコ。
「ふふふ、何でルナの所にプリンがいるのかな?」
「えっと……わかんない。偶然?」
「そっかあ。あたしさ、気がついたら君がいなくてさ、すっごい心配したんだよね」
「ご、ごめんなさい……」
ヤバい、めちゃくちゃ怖い。
でもはぐれたのはどちらかというとリコが勝手に進んで行ったせいだと思うの。
「文句言わないでその子捕まえる!」
「は、はいっ!」
『あらあら、それは困りますわね』
リンは困ったような顔をしてこちらを見上げて来た。
何でここまで一つ一つの仕草が上品なんだろう。人と暮らしているならともかく、野生でもそういったものは身に付くのだろうか。
わたしの顔を見て彼女はくすりと微笑むと、目を閉じて歌い始めた。
心地よい歌声が流れる。
『リッカ、気持ちいいねえ』
『そうね、すっごい眠い……』
え? ちょっと待てよ?
「耳ふさいで! それ歌うっていう技!」
リコ、ちょっと遅かったよ。
『ルナ様。今は、今だけはゆっくりとおやすみなさいませ』
周りの音が遠くなっていく中、リンの声だけハッキリと聞こえた。
「や……! まだ、聞かなきゃ……いけな……!』
『これからいろんなことが貴女の周りで起こりますわ。その中でどんな選択をするのか、楽しみにさせて頂きますわ』
夢を見た。
木漏れ日が降り注ぐ森の中で、ソーヤとリッカが遊んでいる。
わたしの隣では、センが優しい目で彼らを眺めていた。遠くのほうにニーナちゃんもいる。
不意にわたしの名前を呼ぶ声がした。四人くらいの集団がこちらに来るのが見える。
何処かで会った気がするけれど、誰なのかわからない。
でも、夢の中のわたしは、嬉しそうに彼らの方へと駆け寄ったーー
「ルナ? 良かった、やっと起きた」
「ん……? あ、リコ……?』
「君のポケモン達はボール入れておいたから安心して、ルナ! 離して! あたしは抱き枕じゃない!」
うーん、もうちょっとだけ……
「いい加減に起きる!」
「うう、ごめんなさい……」
「全く、洞窟の中で寝ちゃうなんて。プリンの歌声に催眠効果があるのは常識じゃん!」
知っていたけど、こんなに気持ちがいいものだったとは。
「ま、いいや。プリンも見失ったし、下山しよっか! さっき案内看板見つけたんだー」
「結局足引っ張っちゃったね、ごめん」
「いいのいいの、気にしないで! 振り回したのはこっちだし。それよりも早くしないと今日中に降りられないよ!」
ここは不思議であふれている。リンが言っていたことは具体的なことなんてなかったけれど、今までと違う何かが起こる予感がした。
「リコ、待ってよ! また置いてく気ー!?」
何が待っているかなんてわからない。今は、わたしがしたいことをしてみよう。
まずはリコを追いかけなくちゃ。
わたしは待ってくれている新しい友達の元へ駆けて行った。
何があったって、きっと、大丈夫。