第二章:不思議な力
ジム戦かー、うん、どうしよう。
「すみません、ポケモンの回復お願いしまーす」
「ではポケモンをボールに戻して頂いてもよろしいですか?」
「わかりました。ソーヤもリッカも一旦入ってくれる?」

 不思議現象の起こったトキワの森を抜けて、わたしたちはニビシティに着いた。
 なんかもう、疲れたよ。
 森で仲間になったピカチュウにはリッカと名付けた。
 うーん、いい名前だと思うけど、もっと可愛い名前だって候補にあったのになー。
 本人が気に入ってるから、まあいいか。

『わかったわ。はあ、早いところボールに慣れないといけないわね』
『じゃあルナ、また後でね!』
「うん、また後で。ジョーイさん、よろしくお願いします」
「はい。確かにお預かりしました」

 ジョーイさんにボールを渡して、ついでに宿泊の手続きをしてから待合室に向かった。
 いつもならセレビィの情報が無いか雑誌やネットサーフィン、聞き込みをするところだけど、今日は違う。

「わかっていることは、両方とも物に触れた時に見えたこと。目の変化とは繋がりはある? うーん、どうだろう。いや、でも、今、物に触っても何も起きないし、あるって考えた方が自然か?」

 それはトキワの森で、わたし自身に起こったこと。
 白昼夢と、瞳の変化。
 愛用のメモ帳に図を書きながら、あのときのことを整理する。

「今までああいうの見たことなかったし、この時代に来たのも一つの原因かなあ」

 図式の横に新しく時渡りに関係している? と書いておく。
 はあ、あのフシギバナなら知ってるんだろな。でも、話してくれないのはわかっているし。
 話しぶりからすると、誰かが技とか能力使って見せたというより、わたし自身の能力で見た、そんな感じだったなあ。

「動物と話せるだけで世の中から浮いているっていうのに、こんな力要らないよ……」

 たまたま、偶然、天文学的な確率で起こったことだよきっと。そうであって欲しい。

「ルナさん、マサラタウンのルナさん。ポケモンの回復が終わりました」

 あ、カウンターに行かないと。

「お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ」
「ありがとうございます」

 わたしはそう言うと、カウンターを離れて公衆電話に駆け寄った。
 何でテレビ電話が主流なんだと思いながら番号を押す。

「もしもし、こちらオーキドポケモン研究所……何じゃルナか。今どの辺じゃ?」
「博士、こんばんは。今はニビシティです。ここに来るまでにロケット団を見つけたりもしましたけど、新しい仲間も増えました!」
『ルナ、誰このジジイ」
「ほう、ピカチュウか。ところで先程聞き捨てならない単語が聞こえたんじゃが?」

 リッカにわたしがお世話になっているポケモン博士だよ、と話しながら内心ビビっていた。
 博士、それってリッカのジジイ発言ではないよね?

「ロケット団、何処で見かけた?」

 ああ良かった。いや、良くない。

「トキワの森です。それも、かなり奥の方で。何かを探しているみたいでした」
「……この後起こることで奴らが関わっていることはあるか?」
「ロケット団絡みはなかったと思います。未来にまで伝わってないだけだったり、わたしが覚えていないだけかもしれませんが」

 今大きく動いているのはイッシュ地方のはず。
 黒のプラズマ団がちょこちょこ行動を開始したみたいだし。

「そうか。よし、奴らの動向は儂の方でも調べてみる。わかったことはまた連絡しよう。まあ、それよりもお前さんは、ジム戦の心配した方がいいじゃろうな」
「確か、岩タイプの使い手でしたっけ?」
「その通りじゃ。対策を練るなりなんなりするんじゃぞ?」

 ジム戦かー、うん、どうしよう。
 アッシュから専門のタイプは聞いていたけど、対策とか考えてなかった。

『リッカ、岩タイプだってー。どんなポケモンなのかな?』
『岩タイプっていうのはね。えっと……ど、どんなタイプでもあたしの電撃でイチコロよ!』
『リッカすごーい!』
「初めての公式戦になるのう。頑張るんじゃよ」

 ソーヤの技は全部ノーマルだから効果は今ひとつ。岩タイプは地面複合が多いからリッカの電気も効かない。
 そのまま考え込んでしまったわたしは、通信が切れたことにも気付かなかった。

「さあ、お月見山を抜けてハナダを目指そうか!」
『『ジム戦はどうしたの!』』

 翌日、わたしは観光もそこそこに街の出口に向かっていた。
 よくよく考えたらさ、タイプ相性悪いところをわざわざ一番最初にしなくてもいいじゃん。
 もうちょっと強くなってから挑戦しようと思ってさ。

「お前……! ポケモントレーナーだろ?」

 だがしかし、天はそれを許してはくれないらしい。

「タケシが相手を探してる。……こっちに来い!」

 連行された先には、随分立派な建物。ニビポケモンジム、看板にはそう書かれていた。
 ああ、神様。わたしが何かしましたか?

「勝てる自信があるならタケシと戦ってみなよ!」

 自信がないから飛ばそうとしてたのに。そんなこと言うなら無理矢理連れてこないでよ。

『ルナ、ルナ! がんばろうね!』
『覚悟決めなさいよ! 大丈夫よ、なんたってあたしが付いているんだし!』
「あなたたち、わかってる? 自分たちにタイプ相性的に不利だって……」

 わかってないんだろうなあ。
 思わず苦笑しながら考えを改める。
 うん、逆に考えよう。
 相性で見ると不利なジムをクリアできれば、この後が楽になる。

「よし、行くよ!」
『『おーっ!』』

 わたしは腹を括り、ゆっくりとその扉を開いた。
 ジムの中はしんと静まりかえり、広いバトルフィールドには岩が至る所に置いてある。
 聞いていたとおり、ジム側にとって有利なフィールドになっていた。
 そうだ、まずは受付に行かないと。

「おっす! ポケモンチャンピオンを目指してみないか?」

 何この人。
 あ、この人に受付の場所聞けばいいかな。

「あの、すみませんけど」
「俺はトレーナーじゃない、しかし勝つためにばっちりアドバイスできるぜ!」
『ルナ、この人トレーナーじゃないならだあれ?』

 さあ? それはわたしが知りたいかな。

「な……! 一緒にポケモンチャンピオン目指そうぜ」
『自分で目指しなさいよ』
「リッカ、それは言ったらダメだって」

 わたしたちはこそこそ話しながら、息巻く男から少しずつ離れようとする。
 それをなにか勘違いした男はずずっと寄って話を続けた。

「遠慮はいらんぜ! じゃ、早速……!」
「いや、あの!」

 何でこの人こんなに押しが強いの!?

「そこまでにしておけよ。困っているじゃないか」

 ああ、助かった。
 思わずホッとした。お礼を言おうと声がした方を見ると、細目の男性が立っていた。細目というか、糸目?

「はじめまして、チャレンジャー! 俺がジムリーダーのタケシだ」
「マサラタウンのルナです。助けていただいてありがとうございました」
『ありがとう、糸目のリーダー!』

 やっぱりソーヤもそう思うよね。目玉は何処なんですか。

「あの、わたしまだ受付してないんですけど、何処ですればいいんですか?」
「え、そうなのか。はあ、すまない。ガイドーさん、ちゃんと仕事して下さい。何度目ですかこういうこと」

 あの人ガイドーさんって言うんだ。名前の響き的に、ジョーイさんやジュンサーさんに近いものを感じる。

「いやー、すみません。でも、もしかしたら大物新人きたかもしれないって思ったら声をかけずにはいられなくって」

 もしかして、ジムに来た人全員に言っているの?

「はいはい、それじゃあちょっとトレーナーカード貸してね。……よし、登録完了! お、ジム戦は初めてか」

 ガイドーさんが持ってた機械にカードを通すと、モニターにわたしの顔写真が映った。
 この人が受付の人だったんだ。仕事しろ。
 ところで、写真の隣にわたしの個人情報が書かれてるんだけど、ランク1って一体なに?

「それはトレーナーランクだよ。ランク1からランク8まであって、それでジムのポケモンの強さを決めるんだ」

 へえー、そんなことしているんだ。
 いきなり強い人と戦って叩き潰されるより断然こっちの方がいいな。

「さあ、そろそろ始めようか!」
「ついでに審判もやっちゃうよ! 人が居ないから仕方ないね! ……ごめんなさいちゃんとやります」

 その場にいた全員から冷たい視線をもらって、彼は姿勢を正す。

「ルールはシングル、道具の使用は禁止。使用ポケモンは一人二体、チャレンジャー側のみ交換を認めます! では、ニビジムリーダー、タケシ対チャレンジャー、マサラタウンのルナ、試合開始!」

 初めての公式戦。
 よし、やるぞ!

「リッカ、お願い!」
『OK! 任せなさい!』

 先鋒はリッカにしてもらう。
 一緒にいる時間はソーヤの方が長いけど、バトル慣れしてるのはリッカのほうだし。

「頼むぞ、イシツブテ!」
『任された!』

 うわあ、やっぱり地面タイプ持ちだ。やだー。
 予想が的中したのは嬉しいけど、展開的にはよろしくない。

「本当にピカチュウでいいのか?」
「いいんです! いくよリッカ、電光石火!」
『ええ、先手必勝!』

 まずはスピードで勝負!

「イシツブテ、ピカチュウを受け止めるんだ!」
「回り込んで!」
『OK、まずは一撃!』

 やった、入った!
 あー、でも、効いてないね。

「今度はこっちからいくぞ!イシツブテ、岩落としだ!」
『どっせーい!』
『ルナ、あの岩どうやって出したの?』

 ごめんソーヤ、わたしもわからない。
 ただでさえ無機物系のポケモンはどうして生きているのかわからないのに、さらによくわからない技を出すんじゃない。

『ちっ、痛いわね! 危ないでしょ!』
「リッカ!?」
『大丈夫よ! そんな情けない声出さないの!』
「う、うん! 一旦下がって!」
『そうね、話したいことあるし』

 リッカは岩を避けつつトレーナーボックスの近くまで戻ってくる。
 良かった、攻撃はかすった程度みたい。

『リッカ、大丈夫? 痛くない?』
『ええ。まだいけるわ。ところでルナ、ちょっと試したい技があるんだけど』
「試したい技?」

 電気技は通らないのは彼女もわかってるはず。
 ノーマル技と電気技しか覚えてないって言ってたはずだけどなあ。

『バトルで使ったことないんだけど、それなら絶対勝てるわ!』
「どんな技なの?」
『それは見てからのお楽しみ! 来るよ!』

 相手を見ると、次の技を放とうとしているところだった。
 ああもう。そんなに自信あるなら見せてもらおうじゃん!

「リッカ、やっちゃって!」
『いくわよ、長老様直伝! 草結び!』

 すると突然、リッカの足下から草が生えてきてイシツブテをギリギリと縛り上げた。
 イシツブテは抜け出そうとじたばた暴れるが、そうするたびに草が食い込んでいる。

『本来は引っ掛けて転ばせる技なんだけどねー、こういうことも出来るのよ!』

 ……イタズラに使えそう。
 もしかしなくても、そのために覚えたんじゃないかこの子。
 あ、イシツブテが動かなくなった。締め落としのか。

「イシツブテ戦闘不能! ピカチュウの勝ち!」
「まさか草タイプの技を覚えているとはな。でも今度はそうはいかないぞ! いけ、イワーク!」

 おおう、でかい。すっごい威圧感。
 こんなに大きな生き物が向かってくるって怖すぎでしょ。

「リッカ、ソーヤ、こういうことって出来る?」

 気持ちで負けないように巨大な岩蛇を睨みつけてから、ふたりに昨日から考えておいた作戦を伝えた。
 出来なくはないと思うんだけど。

『なるほどね、面白そうじゃない。ソーヤ、ちゃんと見てなさいよ!』
『うん! がんばってね!』

 上手くいくといいな。

「イワーク、体当たりだ!」
『行くぞ小娘!』
「草結びで動きを止めて!」
『その隙間、狙わせてもらうわよ!』

 いくつか外れてしまったが、草が岩と岩の間に入り込み、イワークを固定した。

「技の使い方が上手いな、イワーク、岩落としだ!」
『喰らえ喰らえ喰らえー!』

 だからどうやってその岩召喚した!?

「ジャンプで避けて!」
『ジャンプよりもこっちの方がいいんじゃない?』

 リッカは落ちてくる岩を伝い、どんどん上へと登って行く。
 ああ、そういうことか。

「よーし、リッカ! そのまま尻尾で叩きつけちゃえ!」

 程よくしなったリッカの尻尾が、イワークのまぶたの辺りに当たり、その巨体は地面に叩きつけられた。

「やったあ!」
『うふふ、いい感じ!』
『なかなかいい攻撃、だか!』
「イワーク、締め付ける攻撃!」

 喜んだのも束の間、すぐさま体制を立て直したイワークが襲いかかってきた。
 草結びを振り払い、リッカを締め付ける。

『は、な、せー!』
「リッカ! 」

 どうする、どうすればいいの?

「リッカ、何とか抜け出して!」
『んなことさっきからやってるわよ……!』
「叩きつけろ!」
『これで終いだ!』
「リッカ!!」

 抵抗もできず、投げられた小さな体はバウンドしてわたしの近くまで飛ばされてきた。

『うー、もうムリー。ソーヤ、あと任せた』
「ピカチュウ戦闘不能! イワークの勝ち!」
「リッカ、ごめんね。お疲れ様」
『ご褒美に甘いもの食べたーい。ルナ、作ってー』

 傷付いた体を抱き上げたとき、少し黒い笑顔が見えた気がしたけどきっと気のせい。

『リッカずるい! ぼくもぼくも!』
「このバトルに勝ったらね」
『やったー! がんばるぞー!』

 ソーヤは元気一杯に飛び出して行くのを見ながら、わたしは頭を捻る。
 少しはダメージを与えているとはいえ、相手は固いし、このサイズ差だし。

「いくよソーヤ、電光石火!」

 相手が固いなら、攻撃の回数を増やすしかないでしょ!
 ソーヤは相手の体当たりや岩落としを上手にかわしていき、わたしはタイミングを見て細かく技の指示を出す。

『ワハハハハ、そんなものかチビ助!』
「そんなめちゃくちゃに攻撃しても俺の岩ポケモンには効かないぞ! イワーク、岩石封じだ!」
「うるさいですよ! ソーヤ、次はもう少し左狙ってくれる?」
『わかった!』

 そして、何回目かの攻撃かわからなくなったとき、イワークが大きくよろめいた。

「ソーヤ、場所はわかったね?」
『うん。ルナが言った通りだね!』
『よし、作戦通りいくよ!」

 とは言ってもやること自体は変わらない。ヒットアンドアウェイで削っていくだけ。
 こちらも全ての攻撃を避けられはしないし、動く量も多いからだいぶ消耗してしまったけど、先ほどよりも確実にダメージを与えられるようになった。
 だんだんと、タケシさんの眉間にシワが寄っていく。

「どういうことだ? こんなに急所に入るなんて……」

 流石にばれたかな?

「いや、今は自分の仕事をするだけだ! イワーク、鈍いからの体当たり!」

 鈍い? それはマズイ。
 これ以上防御力を上げないでよ!

「ソーヤ、電光石火で近づいて!」

 先手を打とうとしたが、イワークは鈍いを積み終わりそのままソーヤを迎え撃とうとする。
 しかし、相手の動きはそこで止まった。

『ぐ、体が痺れて……』
「麻痺? そうか静電気!」

 リッカの特性がここで効いてくるとはね。
 このチャンス、活かさなきゃ!

「ソーヤ、決めちゃって! じたばた!」

 小さなソーヤが大きなポケモンをぶっ飛ばす光景は、かなり爽快だった。

「イワーク、戦闘不能! よってこの勝負、チャレンジャーの勝ち!」
「ソーヤ、リッカ! やった、わたしたちやったよ!」
『勝った! ルナ、勝っちゃった! やった、やったあ!』
『だから言ったじゃない! わたしがいれば大丈夫だって!』

 嬉しくて嬉しくて、思わずふたりを抱きしめる。
 少し苦しそうにしていたけれど、みんな喜色満面だった。
 ひとしきり騒いだところにタケシさんが声をかけてきた。

「いいバトルだった。しかし途中から妙に急所に当たったみたいなんだが?」
「そりゃあ狙いましたからね」

 蛇の弱点は頭。岩蛇ポケモンのイワークだってそれは同じはずだ。
 だから、急所を探し出してそこだけに攻撃を当て続ける。
 今回はちょうどリッカの攻撃で脆くなっていた場所があったから、そこを重点的にやらせてもらった。
 一点集中攻撃。
 それがわたしの立てた作戦の正体だ。

「そんなことが出来るのか……」
「賭けだったんですけどね。でも、これくらいしないと勝てる気がしなかったので」

 今のわたしに思いつくのは、後は攻撃回数を増やすことくらい。
 相手がイワークだったから急所の位置を最初から絞れたんだけど、他のポケモンならもっと時間かかっただろうなあ。

「いいだろう! これが俺に勝った証、グレーバッジだ」
「ありがとうございます!」

 受け取ったそれを眺めているだけで、また喜びが湧いてくる。
 頑張ってくれたふたりには、心を込めてお菓子を作ろう。
 空に掲げたバッジは、キラリと輝いていた。

月居璃那 ( 2014/08/13(水) 21:15 )