2:届く受験票と来る敵。
とりあえず、学校から帰ってきた蒼とエンジェルは、明日の試験に備えて特訓を始めることにした。
『で、何するの?』
そうだな、と蒼は黙り込む。
レベル35――その時点でイーブイが最低限使える技は、尻尾を振る、体当たり、手助け、砂かけ、鳴き声、電光石火、噛み付くである。
しかし、これだけではどうも勝ち目がないと前から練習をしたおかげで、さらに影分身、穴を掘るを覚えた。
そして、2ヶ月前から練習している技がある。
「……やっぱり、アイアンテールのマスターからだろ。」
『じゃ、やっぱりあの岩を砕けってこと?』
エンジェルが前足で指したのは、イーブイの大きさの二倍はあろうという岩だった。
「……ああ。明日が試験だからな。少しでも完成度を高めないと。」
『そうだね〜♪』
エンジェルがその岩に近づくと、目の前で立ち止まった。
そして、尻尾を立てて精神を集中し始めた。尻尾がだんだん銀色に輝き……。
『いっくよ〜!アイアンテール!』
勢いよく、エンジェルは銀色に光る尻尾を岩にぶつけて砕こうとした。
……が、岩にぶつける瞬間に光が消えてしまい、結果、尻尾を思い切り岩に叩きつけることとなった。
『……でも、痛くないから大丈夫!』
「……尻尾がふさふさで良かったな。」
尻尾の周りの体毛がクッションとなり、尻尾自体にダメージは無い。
『よし!もう一回!』
それから二、三時間練習したが、その日、アイアンテールが完成することはなかった。
その日の夕方。
アイアンテールが未完成に終わってしまったことを不満に思っているのか、むすーっとした顔で床で丸まっているエンジェルと、食事の仕度をしている蒼が台所にいた。
あろうことか、床にアイアンテールを打ち込もうとするが、床に当たる前に光が消えてしまう。
『……うう……。』
「……あ〜、あんまり落ち込むな。その覚えてる技で勝てばいいんだから。」
『それもそうだけどさ……。』
と、エンジェルは自分の白い体毛を前足で梳かす仕草をしている。
「……あんまり落ち込むと、明日の試験に影響するしな。」
『うん、そうだね。食べて忘れるよ!』
「……お前、それを続けると太るぞ?」
『う、うるさいなあ!』
と、エンジェルが顔を真っ赤にして抗議したその時。
『郵便でーす!』
郵便屋が来た。
その届主は、九割方予想はついていた。
『ソウ、あれだね!』
「……ああ。間違いなくな。」
蒼は、そう言いながら食事の支度を中断し、玄関へと行く。
そして、覗き穴から誰が来たのかを見た。
それは、クリーム色の身体に、頭に1本の小さな角、2本の触覚じみたものをつけ、小さな翼を背中につけたドラゴンのようなポケモンだった。ただ違うのは、郵便物を入れたかばんを背負っているところだけだった。
「……ああ、いつもお疲れさん。」
『いや、こんなのは朝飯前です。』
「……もう夕方だけどな。」
あはは、と笑いながら、そのポケモン、カイリューは1つの封筒を渡した。
ポケモンでの配達。ポケモンと人間の会話が成り立つからこそ出来ることでもある。
『それでは、まだ配達がありますので。』
「……ああ、ありがとな。」
蒼がそう言った瞬間、カイリューは空へとあっという間に飛んでいってしまった。
まさに、速達便である。
リビングに戻り、椅子に座ってからもらった封筒を見てみる。
そこには、『灰原 蒼 様 ポケモン第一中学校』と、自分の家とその中学の住所だけ書いてあった。
因みに、ポケモン第一中学校とは、当然ながら蒼の通っている学校名である。
『あー、やっぱりね。』
「……明日の試験について、だな。」
と言ってみる。
果たして、手紙の内容はまさしくそれだった。
手紙には、
『灰原(はいばら) 蒼(そう) 出席番号 22 クラス 3−2
旅人試験を受ける資格を貴殿に授けます。
日時と場所はこの手紙の届いた翌日、つまり3月12日午前9時半より執り行いますので、午前9時には本校校庭に集合してください。
この手紙と一緒に、ルール説明書と受験票を同封します。特に、受験票は必ず持ってきてください。
それでは、健闘を祈ります。
ポケモン第一中学校』
そう書いてあり、封筒の中を見ると、薄めのルール説明書と、一枚の受験票が確かに入っていた。
『おお〜、凄いね〜♪なんかかなり現実味を帯びてきた、って感じ?』
「……ああ。試験まで、後ちょいだな。」
とここまで言って、何かが焼け焦げた臭いがしていることに気づく蒼とエンジェル。
『げほっ!何か臭いよ?』
「……あ、忘れてた。」
『忘れてたって、何がさ!?』
「……焼き魚。」
と、蒼が慌てて台所に行くも、時既に遅し。
魚は、見事に片面だけよく焼けすぎていた。いや、焼けたを通り越して焦げた、というか炭化寸前である。
蒼が火を止め、魚の尾っぽを掴み、身をつついて状態を確認する。
この世界では、人間はポケモンを食さない。
理由は簡単。ポケモンの言葉が通じる今、調理なんてしたら断末魔が――それも人間の言葉で響き渡るからだ。
常人では、まず料理の際に精神が持つまい。
そこで、ポケモンとは別に、普通の魚を育て、それを食用としている。ポケモンも、それを食べる訳だ。
蒼は、魚の状態を見て、こう言った。
「……仕方ない、これでいいや。」
『ええーーー!?』
「……じゃ、作り直すか?もう碌(ろく)な材料ないから、そこら辺の雑草でも炒めてやるけど。」
『……うう、分かったよぉ……。』
と、渋々エンジェルは了承し、片面だけ黒焦げになった魚とご飯、野菜が添えられた。
これが本日の夕食。
「……いただきます。」
『いただきます。』
と、声をそろえて言い、食べ始めた。
『そういえばさ、対戦相手って誰だろうね?』
エンジェルが黒焦げの部分を上手く避けながら魚を食べながら言った。
「……ああ、確かに。相手が格闘タイプでないことを祈ろう。」
『……だったら、ボク、一発でやられちゃうかも……。』
その時はその時だ、と蒼が何とも適当な台詞を言った。
『そんなんでいいの?』
「……いいじゃねえか。でも、出来るなら明日の試験は受かりたいよな。」
『そうだね♪ボクも早く旅に出たいし!』
と、誤って黒焦げの部分を食べてしまったのか、言った後に苦い顔をするエンジェル。
「……因みに、その焦げ。発癌性あるからな。」
『げほっ!?こ、怖い事言わないでよう!』
涙目になりながらぺっぺっと焦げを吐き出すエンジェル。
「……そうかそうか。」
『……な、なにが、「そうかそうか」なのさ……。』
「……ん、せっかくこの話題を打ち切ろうと思ったのに。そうかこの話題が怖いか。なら、もっと恐ろしい事言ってやろうか?」
『う、うわああああん!!』
悪い悪い、ともう既に泣いてしまったエンジェルをなだめる蒼。
『そもそもっ!魚を焦げさせたのが悪いんだよ!?』
「……焦げはさっきみたいに避けて食えばいいだけだろ?誤って食ったお前が悪い。」
『な、なんていう責任転嫁……。』
「……まあ、俺が悪いのかもな。」
『一体どっちなのさ!?』
と、返す言葉が色々な意味で最早無くなってしまったエンジェルは、黙り込んでしまった。
「……ほら、早く食っちまえって。明日は少し早く起きるからな。」
『……?いつもよりも集合時間が遅いのに?』
「……早くに目覚めて、少し特訓して慣らすからだ。じゃないと、起きてからすぐにバトル、ってなったら身体がついていけないだろ?」
『確かに、それはそうかも。』
そして、夕食を食べ終え、その後風呂に入って寝た。
翌日。
『……ねえ。』
「……何だよ?」
『早すぎない?起きるの……、ふわあ〜……。』
現在時刻は、朝六時。
『まだ三時間もあるんだよ?』
「……まあ、そりゃそうだけど。八時間以上も寝られれば上等だろ?」
まあね、とエンジェルが言い返す。
『で、何をするの?』
「……やっぱり、アイアンテールの練習だろ。」
『よし!』
という訳で、やる気十分なので岩砕きに挑戦。
『行くよ〜!』
と、尻尾を昨日同様に立てて、精神集中のおかげで銀色に光る。
そして、
『せいやぁ!』
と、尻尾をそのまま回す。
しかし、またしても光は消え、尻尾をそのまま岩にぶつける羽目に。
『う〜ん、何で上手くいかないんだろ?』
エンジェルが首を傾げてるところに、蒼が言った。
「……あのさ、気の緩みがあるんじゃないか?」
『気の……緩み?』
「……そう、だって、アイアンテールを当てる寸前じゃねえか、いつも失敗するの。」
『うん。』
エンジェルは蒼の言うことに頷く。
「……だったら、もう確実に当たる、って言う気の緩みが原因じゃねえのか、って。」
『……。』
確かに、とエンジェルは心の中で呟く。
「……だから、当たるまで気を緩めずにやってみろよ。」
『うん!』
と、さっきと同じ行動をとり、アイアンテールの準備をする。
そして、
『アイアンテール!』
と、岩にぶつけた。
ガッ!っと鈍い音がした。
岩を見てみると、何かで抉れた痕があった。
『え……?』
「……成功、だな。」
『やったあ!』
エンジェルは喜んだ。
アイアンテールがついに完成したのだ。
「……あとは、それを実践でつかえるかどうかだな。」
と、そこに。
『おい、嬢ちゃん。』
『誰か』が来た。
それは、岩に腕が二本だけ生えたようなポケモンだった。どうやら、野生のようらしいが。
らしい、というのは。
目が。
そのポケモンの目が、明らかに怪しいからであった。
赤い目。
虚ろな、赤い目をしていた。
「……イシツブテ、か。」
『ああ、そうだよ。まあとりあえず……、死んでおきな!』
と、間髪入れずにイシツブテは襲い掛かってきた。
繰り出したのは、単純な体当たり。
ならば、対策は簡単だった。
「……穴を掘る。」
『はいはい〜。』
と、エンジェルは地中へと逃げ、
『くそっ!一体どこに……。』
『こっちこっち〜!』
そして下から攻撃を加える。
まあ、割と単純な対策だった。
『グアッ!』
「……さて、どうする?試してみるか?」
『もっちろん!』
エンジェルは、尻尾を立てて、エネルギーを集中させた。
そして、
『アイアンテール!』
瞬間、イシツブテは後方へと飛ばされた。
後方に家はないので、巻き添えを喰らう心配はないだろう。
「……勝負、あったな。」
イシツブテが目を回しているところを見ると、どうやら勝ったようだ。
しかし、
『何の目的で襲ったんだろうね?』
「……さあな。でも、幸先いいじゃねえか。」
『そうだね〜。』
そして、そんなこんなでもう七時近くなった。
「……やべ。朝ご飯。」
『あれ?まだ食べてなかったっけ?』
「……よし、お前は朝ご飯いらないのな。分かった。」
『何で!?忘れちゃったから聞いたのに!』
「……冗談だよ。」
ひどいーーー!と、朝から大声を出しながらエンジェルは、蒼と共に家に帰った。