1:ある少年の一日、午前。
2036年。
少しばかり技術が進み、人とポケモンとの生活が営まれているとある星。
そこには70億人という多くの人間と、それよりもかなり多い数のポケモンが住んでいた。
これは、とある少年と、とあるポケモンのお話――。
アスナタウン、という町で、1人の少年が家で寝ていた。
現在、午前8時。
そこに、1匹のポケモン、体毛が白色のイーブイがてくてくやってきて、その少年の身体の上に乗った。
因みにその少年の容姿は、青色の髪――今は寝癖でボサボサだが――を持ち、黒い瞳を持つ、中肉中背のただの少年。
そして、そんな少年に、イーブイは。
『おーーきーーろーー!朝だよーー!あさあさあさーーー!』
大きな声を出し、ポケモンの言葉でこう喋った。
当然、人間にポケモンの言葉など理解できるはずが無いのが一般的だ。
だが。
この世界は、違う。
「……ふわあ〜〜……。」
『おー、やっと起きた。早くしないとボクが飢え死にしちゃうよ?』
「……大丈夫だ。1回食事を摂らない程度で飢えて死ぬことは無い。」
この世界では、研究者側は詳しく発表していないのだが、人とポケモンが話せる技術なるものがあるらしく、こうして会話が出来る。
『ねえねえ、早く早くー!』
「……分かったから、少し落ち着け、エンジェル。」
『了解です、ソウ軍曹。』
「……誰が軍曹だ?」
少年、
灰原蒼と、イーブイ、エンジェルはこうして一日の始まりを迎えた。
『う〜ん、やっぱおいしいね、ソウのご飯♪』
それはどうも、と返す
蒼は、手でぼさぼさの髪を整えた。
その後、自分のご飯を食べようとしたのだが、
「……エンジェル。」
『なあに?』
「……俺の飯を食ったろ?」
『またまたあー。ボクがそんなことするわけ無いでしょ〜?』
ふむ、と素直に頷く
蒼。
しかし、確かに、先刻まであったはずの朝食は、綺麗さっぱり消えている。
まあ、コイツしかいないよな、と思いつつ
蒼は続ける。
「……で、おいしかったか?今日の朝食。」
『さっき言ったじゃん、おいしかったって。』
「……俺の飯もか?」
『うん!…………………………あ。』
そうかそうかと言ったきり、そっぽを向いてしまった
蒼。
エンジェルは、顔を真っ青にして
蒼に言う。
『待って待って、本当にごめんなさい!』
「……その台詞は聞き飽きた。」
『……。』
「……で、どうするの?俺の飯。」
『……ぅぅ。』
エンジェルは下を向いてしまった。
しかし、
「……ま、いいや。昼ごはん抜きにするなら許してやるよ。」
『無理!それは絶対に無理!』
どうやら、エンジェルにとって、食事を摂れるかどうかは死活問題らしい。
「……その前に、お前はその食欲を何とかできないのか?」
『いいじゃん、たくさん食べると大きくなるって聞いた事あるし!』
「……それとこれとは別問題。それ以前にお前メスだろ?そんな食べてたら第一太るぞ?」
『毎日かなり動いてるから問題なし!ていうか、それは男女差別なんだよ!?』
はいはい、と
蒼はいまにも飛び掛ってきそうなエンジェルをなだめてやる。
今更ながら、エンジェルは名前からも察せるとおり、メスである。いわゆる、ボクっ娘だ。
「……で、どうするの、俺の飯?腹減ったんだけど。」
『……。』
「……どうするの?」
『……ごめんなさい……。』
エンジェルは涙目になって、下を向きながら謝った。
「……ま、いいや。サンドウィッチあるし。」
『そ、そうなんだ…………って、ええ!?』
「……こんな簡単にお前を騙せると思わなかったよ。」
『い、いじわるーーーーーっ!!』
……という訳で、朝食をようやく食べ始めた
蒼だった。
それから三十分後。
「……そんじゃ、学校に行きますかね。」
『行こうー♪』
性格が真逆な1人と1匹は、身支度を揃え(エンジェルには身支度も何もないが。)、学校へと歩いて行った。
蒼は、まだ十五歳。中学三年生なのだ。しかし、もうあと1日で卒業である。
そして、
蒼とエンジェルは学校の前に着いた。
始業まで、まだ三十分もある。
「……少し早かったか?」
『いいじゃん。早く来た方が。』
と、話しながら自分たちの教室のドアを開けた。
人とポケモンの1人と1匹のペアが三十組いるので、合計60はいる。
そのため、教室は少し広めである。
そんな教室で、
蒼に声をかける少年がいた。
ツンとした金髪(本人曰く、染めたのではなく生来のものらしい)に、人当たりのよさそうな顔。赤縁のメガネをかけている(これも本人曰く、伊達メガネらしい)。
まあ、一言でいえば、チャラい感じの少年が、
蒼に声をかけた。
「ういーっす、
蒼。」
「……ああ。てか、相変わらずその口調なのか。いい加減直せよ。」
「癖になってて直らねーよん。」
こんな口調で話すのが、クラスメイトの
中川時雨である。パートナーは――。
『おはよー!アロマ♪』
『お、おはよう、ございます……。』
いかにも自信がないと言わんばかりのポケモンは、チコリータだった。名はアロマというらしい。
『元気ないねー?どしたの?』
『え、大丈夫、ですよ……。』
『大丈夫そうに見えないから聞いてるのにーー。』
「……エンジェルにしては珍しく正論だな。」
『うるさいーーーーっ!』
むきーっ、とエンジェルは
蒼に牙を向ける。
そんな光景はいつものことなのか、あまり動じずに
時雨は
蒼に問う。
「そんで、どうしちゃうのさ?」
「……旅に出るか、高校生に大人しくなるか、か?」
「そういうことや。」
「……エセ関西弁を使うな。」
この世界では、中学を卒業した後、三つの選択肢がある。
1つ目は、高校に行く。
2つ目は、高校に行かず、それぞれしたい仕事をする。
ここまでは普通だが、この世界には3つ目の選択肢がある。
それが、『旅に出る』というものである。
この世界では、旅に出てよい年齢がある。それが、中学校を卒業した15歳以上。無論、危険はいっぱいだが、それなりに物資は揃えてくれる(地図とか)。
「……俺は旅に出てみたい。そして、いろんなものを見てみたい。」
『ボクも旅に出た〜い!』
蒼とエンジェルはこんな感じなのだが、
「俺達は出て行けないからなー。つまんねーのー。」
『……私も、旅に出てみたいです。』
この会話から分かるとおり、旅に出たい人は大勢いるのだ。
しかし、そんなことを続けてはいつの間にか『国』(この世界では、町も村も城壁で囲まれている為、国と表現する)は衰退してしまう。
そこで考案されたのが、年に3回行う、『旅人試験』と呼ばれるものである。
レベル30以上のポケモンで試験官と一対一のバトルをし、勝てば旅に出られるのだ。
当然、この勝負に勝って旅人になった人は少ない。理由は単純で、試験官のポケモンが強いからだ。レベルは合わせるのでそういう問題ではなく、技術面で圧倒的に試験官が優位なだけである。
「でも、厳しいやろ?その試験。」
「……でも、こいつならやってくれるさ。な?」
『まっかせなさい♪』
と、エンジェルは言った。
因みに、エンジェルのレベルは35である。
旅人試験まで、あと、およそ一日。