BCローテーションバトル奮闘記





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大会編
第八十二話:頂点への挑戦


 もうすっかり日も暮れてきた時間帯。師匠の厚意で提供してもらったバトルフィールド、ホワイトジムにて。優勝を祝い合う時間もそこそこに移動した俺達は、自転車やポケモンに乗って移動したりで、思い思いの移動方で10分ほど時間をかけてここにたどり着いた。父さんと母さんは家に帰ってお祝いの準備をしてくるらしく、このバトルにはあまり興味を示していないようだ。もったいないな、元とは言えどチャンピオンの試合が生で見られるのに。

「それでは私、オリザが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
 また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。両者、準備はよろしいですね?」
 俺達は、ホワイトジムのスモールフィールドの周りに座り、その両端にてにらみ合うカズキとアデクさんの試合を観察する。この戦いはまず勝ち目のない戦いだ……だが、だからと言ってカズキが無様な戦いをするわけもないだろう。このスモールフィールド電気タイプや飛行タイプなど移動力にすぐれたポケモンには非常に有利に働く。アデクさんの切り札であるウルガモスのコクテンなんかには苦手な場所であり、逆にカズキのエースであるゼロやハクにとって得な場所であるのが、どこまでカズキに有利に働くことやら。
「問題ありません」
「うむ、ワシもじゃ」
 向かい合う二人からは、緊張と期待、二つの感情が伝わってくるようだった。カズキは、静かに自身のボールを見つめ、アデクさんはそんなカズキを眺めて笑顔で見ている。
「少年よ。カズキよ……」
「はい、何でしょう?」
「お主は、確か……身を守るために、ポケモンを持った。いや、渡されたと言っていたな」
「えぇ。あまり大きな声で言えるものではないですが、虐待されながら育てられておりまして。内縁の夫って言うんですかね、結婚していないのに教育に口を出してくる男に、隣の人からもらったストライクを嗾けてしまいました」
「今はどうじゃ? 身を守るには、十分すぎる力を手にしているが……」
「育ての親……あそこに居る赤い作業服のお姉さんに、将来の就職先を決められていましてね。シラモリ育て屋本舗って名前の育て屋に。ですから、身を守るには十分すぎても、そこで働くにはまだまだいつ力不足です。
 ただ、レールを走らされているっていう気はしないです……俺は、ポケモンが好きだ。ポケモンと一緒に居る時間が……ポケモンが成長していくのが、俺を信頼してくれるのが、俺のために戦ってくれるのが嬉しい。戦いを楽しいと思ってくれるのも嬉しいし……何より、そうして競い合える誰かがいるのが嬉しい。
 この喜びを、他の誰かにも伝えられたなら、素晴らしい事だと思うんです。バトルじゃなくてもいい、ポケモンに懐かれたり、信頼されたり……そういうのでもいい。だから何も、強いポケモンを育てる必要なんてなくって……あちらに居る、サーナイトやロトムのように、介護のためのポケモンを育てる分野でもいいと思っている。
 けれど、俺にはまぁ……こうやって、戦うためのポケモンブリーダーが一番性に合っているような、そんな気がします。ポケモンによっては、通勤などの足に使う子も育てられますし。ともかく、あれですよ……ポケモンは、俺にとって……趣味であり、仕事であり。そして、かけがえのない家族でもあります。こんな若い俺が言うのもなんだけれど……ポケモンは俺の人生そのもの……に、なるかもしれない。
 趣味だからこそ、勝ちたい、もっと強くなりたいって、そんな欲求も生まれてきます。そうして、競い合える友達も出来た。あなたのような、偉大な人とも出会えた。ポケモンのおかげで、人生が輝いたような気すらします……母さんの育て屋には、身を守るためにポケモンを購入するお客さんがほとんどです。ですけれど、それだけじゃもったいない。ポケモンと一緒に出来る事を、できるだけやらないと人生が損です。その結果が、今の俺なんです。
 ポケモンと、一緒にいろんなことを楽しみたい。それが、今ポケモンと一緒にしたいことです」
「なるほど……ワシもなぁ。昔は物騒でな。強盗や傷害なんぞ、イッシュじゃ日常茶飯事じゃった……だからこそ、最初にもらったのは身を守るためにと持たされたポケモンじゃった。じゃが、友達と戦い合うようになってからは、それに勝ちたいと思うようになり、それが高じて、気付いたらチャンピオンになっておった。
 お主が、ワシと同じかそれ以上の高みに達するか……それは分からぬ。じゃが、願わくば……出来る限り、強くあって欲しいものじゃ。ワシが、そのためのきっかけとなれれば、元チャンピオンマスターとして。これほど嬉しい事もない。
 そのためにも、引退しても鍛錬は続けておるから腕は落ちておらんつもりじゃ……。そして、ワシの住処であるザンギタウンもまた、聖剣士ゆかりの地ゆえ、ローテーションバトルは得意分野。まだまだ負ける気はせんからばっちり来い、少年よ。お主のすべてをぶつけてこい」
「無論です!」
 会話を交わして満足したのか、アデクさんがボールを構えた。カズキもそれに倣ってボールを構え、そして審判である師匠の方を見る。
「試合開始!」
 師匠のコールとともにようやく試合が始まった。俺までワクワクしてくるぞ。
「頑張れよー! カズキ」
「無様な戦い方はするなよ、カズキ」
 俺と一緒に、スバルさんの声が聞こえた。
「カズキ君、キズナに格好悪いとこ見せちゃだめよー」
「カズキもじいちゃんも、がんばれよー!」
 ねーちゃんもカズキの事を応援しているし、バンジロウさんはどちらの事も応援している。そんな声援に、カズキ君は無言で微笑み、頷いた。
両者はボールを3つずつ投げて、その中身を繰り出してゆく。カズキのポケモンは、ストライクのゼロ、ランドロスのハク、そしてバルジーナのトリ。いくら虫タイプが多いアデクさんとはいえ、飛行タイプ統一とは……また無謀なことを。対するアデクさんは、バッフロン、アギルダー、ワルビアル。まだウルガモスは出さないか……カズキが全員飛行というのは驚いたが、バイバニラがいないから相性は悪くない。

「まずは、ゼロ! 行って来い!」
「では、カワゴロモ! 行くのじゃ!」
 繰り出されたのはストライクとアギルダー。いきなり素早いポケモン同士の対戦だ。確かに、カズキのゼロは速すぎるほど速い……が、それもアギルダーほどのポケモンが相手では分が悪かろう。相性的にはカズキが優位だが、アデクさんのアギルダーを相手にどこまで立ち回れるのやら。カワゴロモは体の表面がキラキラと光を帯びていることから、おそらくは光の粉をアイテムとして持っているのだろう。ゼロは、いつも通り進化の輝石を持っている。
「ゼロ、まずは剣の舞。相手の出方を伺え」
「ほほう、では威張るがよい」
 カズキの指示に合わせるように、アデクさんの指示が飛ぶ。威張る……と言えば、相手を怒らせることで、動きに隙を作らせること。相手は力んだ攻撃をしてくるようになるが、その分付け入るスキがいくらでも出てきてしまうという技だ。この技、無視してしまえばいいのだが、無視できる確率は体感で1割ほど。無視できなければ痛い目に遭いかねない。とくに、アデクさんほどのトレーナーが操るポケモンに隙を見せるなど、あってはならないことだ。
 剣の舞のために体中の節をほぐし、脱力しているゼロは、生意気にふんぞり返るアギルダーをしっかりと目にとめている。危ないな……こりゃ
「く……攻撃だ、ゼロ!」
「カワゴロモ、相手の出方を伺うのじゃ」
 アデクさんは、カズキへの意趣返しのような指示を下す。後攻の方が有利になることはままあるが、こんないやらしい後攻はなかなか見れるまい。アデクさんのカワゴロモは、特殊アタッカーだが、素早さが高いだけあってこういう芸当も出来るのか……
 ゼロは、カズキに指示されたとおり、攻撃に奔る。ゼロが目にもとまらぬ速さで駆け抜け、長いカマを振り下ろし、カワゴロモの顔を一刀両断しようとしたところで、カワゴロモは自ら踏み込んで頭突きを喰らわせる。地面が抉れるようなあのカワゴロモの踏み込みは電光石火か……勢いよく踏み込んだゼロは、カワゴロモに攻撃のタイミングをずらされてしたたかに腹を打ち付ける。カワゴロモにもダメージはあっただろうが、それも微小なものだろう。
 カワゴロモは澄ました顔で、痛みをこらえているゼロを見やる。ゼロの集中は当途切れていないので、このままゼロの出方を待っていても痛みが引くのを手助けしてしまうだけだと悟ったカワゴロモは、目の下にある口(当たり前だけれど)から酸の爆弾を放つ。体をよじってそれを交わしたゼロは、痛みをこらえながら足をさばいて、今度はカマを振りぬこことなく連れ違いざまに翅を打ち付けようと、駆ける。
 カワゴロモは、腕を組んだような姿勢のまま、お辞儀をするようにそれを避ける。その際、鞭のように腕が伸びて、翅を跳ね上げる。いなされて不発に終わったその攻撃には、幾ばくのダメージも与える事くスルーされる。
「ふむ……すさまじい気迫。当たれば、すさまじいダメージじゃろうなぁ」
 そりゃそうだ。剣の舞に加えて威張られたおかげで、ゼロの攻撃力は格段に上がっている。けれど、それをものともしないカワゴロモ……性質の悪い。
「お互い当たらなきゃ……どうにもなりませんよ、アデクさん」
「その通りじゃ……さて、どう当てる? 少年よ」
「そんなの、決まってます。ツバメ返し」
「守れ!!」
 カズキの指示ごく一瞬だけ遅れて届くアデクさんの指示。ゼロの右カマで行ったツバメ返しは弾かれ、外骨格が弱いゼロのカマにはダメージが残る。
「少年よ。お主は自分の控えのポケモンを見なかった。だから、また攻撃してくると踏んだのだが……逆に、今度は交換するときに自分のポケモンを見なければ、行動が読まれにくいかもしれんぞ? 視線によるフェイクも、作戦のうちじゃ」
「相手の目線に注意……という奴ですか。むかし、注意されましたが……自分も、訓練したはずですが。それでも見きってしまうあたりアデクさんは、さすがチャンピオンってことですね」
「まぁ、駆け出しのトレーナーよりは得意なつもりじゃ」
 そんな会話を交わしている最中にも、ポケモン達はにらみ合いを続けている。膠着状態でどちらも手出しができないようだ。そうこうしているうちに威張られて熱くなった頭も冷められるとまずいので、アデクさんが先に指示に出る。
「どれ、今度はワシが攻めさせてみようかの。カワゴロモ、アシッドボム!」
「足を払え!」
 アデクさんが告げる。上体を傾けるようにしてアギルダーがアシッドボムを放つ。当然その程度、ゼロが避けることなど造作もない。カズキの指示に従い、ゼロは左カマを地面からさほど離れていない高さに振るって、足を薙ぐ。小さな跳躍でカワゴロモはそれをかわし、ドロップキックが前かがみになっていたゼロの顔を狙う。ゼロはそれををよけるために、左肩から地面に倒れ込んでやり過ごし、一回寝がえりをうちながら跳ねるように立ちあがる。
「避けろゼ……くそっ、退避だ! トリ、行くんだ!」
 そこに、カワゴロモのアシッドボムが叩き込まれる。カズキの避けろという指示も間に合うはずがなく、特防が大幅に下がってしまったゼロは退却を余儀なくされる。
「虫のさざめきをした後、お前も退却じゃ、カワゴロモ」
 そうして後ろを見せたゼロに、アデクさんのカワゴロモは攻撃を加える。効果はいまひとつながら。後ろを向けた相手への追撃としてはなかなかの威力であり、特に特防が下がっている状態のゼロには、きつかろう。足をよろけさせながら、トリとタッチして交代を果たす。
 後ろを見ればアデクさんはバッフロンと交代させていた。彼はゴツゴツメットを装備しており、バッフロンの得意技であるアフロブレイクをとことんまで強化して挑む算段のようだ。だけどアレ、アフロブレイクって言えるのかな……?
「トリ……まずはゼロが休む時間を作れ!」
「なるほど、そう来るか。ならば、タケリノウシよ。遠慮はいらん、ストーンエッジだ」
 アデクさんの指示に応じ、タケリノウシは上体ごと前足を持ち上げ嘶き、地面を砕けよとばかりに叩き付ける。その衝撃がそっくりそのまま地面から岩として突き出される。ホバリングしている最中のトリの足元を狙ったその一撃、トリが高くまで退避していたので、届く前に『守る』の発動が間に合う。
 地面から突き出た岩の槍がトリの緑色の障壁を叩くが、そのすべてが激しい音を立てながら弾き飛ばされるだけ。『守る』の発動のために動きを止めたトリは地面に降り立ち、再度飛び上がるために足に力を込めて翼をはためかす。そこを、すかさず狙うはタケリノウシのアフロブレイク。トリはとっさに翼を翻し、タケリノウシが被っていたゴツゴツメットを叩き落とす。
 その際、翼を翻すタイミングが合わずに、ゴツゴツメットへの当たりはクリーンヒットとは言えず、メットを叩き落とすことができない。しかしながら偶然にもうまい具合にタケリノウシの視界を塞ぐ形で顎紐とうまく固定され、翼に傷、頭突きを喰らって鳩胸にもダメージを喰らったものの、後は目隠しされているバッフロンを攻撃し放題だ。
「でかしたぞトリ! 飛び回りながら悪巧み! その後エアスラッシュ!」
「なんじゃと……くっ、戻れタケリノウシ!」
 タケリノウシは首を振ってゴツゴツメットを外そうとするも、しっかりと外れないようにきつく装着されたメットは、こういう状態になっても簡単には外れてくれなかった。バサバサとホバリングしながら、トリは精神を集中させ、おぼつかない足取りでアデクさんの元へと向かうタケリノウシの後ろ両足をエアスラッシュで切り裂く。その一撃で倒れたり怯んだりするほどやわな相手ではなかったがしかし、足に大ダメージは確実。やるじゃんトリ。
「いいぞ、追い風をしながら戻れ!」
 しかしながら、ゴツゴツメットで傷ついた翼からは血が滴り、羽ばたくたびに赤い点が地面に飛び散っている。あまり無理はさせられないと判断したのだろう、カズキは彼女を呼び戻した。
「よし、次はハク! お前だ!」
 ここで出てくるのは、ハク。威嚇の特性があるから物理型を振りに追い込むことが出来る……アギルダーが来なければ正解の判断だ。
「ならばお主じゃ、カワゴロモ」
 しかし、そこはローテーションバトルにおける『後だしの法則』の発動だ。追い風の発動時間が惜しいのは分かるが、カズキも焦ってやがる……さて、どう戦う? ハクは、どうやら木の実を持たせている……ヤチェの実か?
「岩石封じ!」
「電光石火じゃ!」
 両者、ほぼ同時に命令を始め、どちらのポケモンも言い終わる前に動作に入る。ハクは追い風を味方につけて、翼もナシに浮かんでいた状態から地面に手を付く。瞬間、カワゴロモの行く手を塞ぐように岩の柱が5本横並びに出現し、止まり切れずにカワゴロモが顔面を打ってしまう。そのままハクは地面をドラムか何かのように叩き続ける。岩の柱は不規則に出現し、その隙間を縫うようにして抜けるのも困難だ。カワゴロモが、出現した岩の柱の上に立てば大丈夫と踏んで、それを実行するが、一安心した途端に今までより一回りは長い岩の柱が油断した隙に叩き込まれた。カスあたりだったのが残念だが、あんな攻撃今まで見たことない。伝説のポケモンはなんだかんだで格が違うようだ。
 それによる痛みで顔をしかめながらも、カワゴロモは今攻撃せねばと、今度こそ岩の柱が届かない場所まで跳躍しつつ、上空からアシッドボムをハクへ向かって放つ。敵の方をしっかりと見据えていたハクは、追い風の恩恵を受けながら冷静にそれを避ける。飛沫が数滴顔にかかったが、その程度は問題なかろう。岩石封じで繰り出した岩は、空気に溶けるように消滅していった。
 ハクは地面にくっきりと跡がつくほど踏み込んだ後、追い風と自身の起こす風を纏いながら、アシッドボムを終えたばかりのカワゴロモへととびかかる。野生のポケモンの狩りと同じ、全速力で敵をめがけて襲い掛かるその攻撃、瞬きする時間ほど前にカワゴロモがいた場所に、ハクの前足がめり込む。かわら割りか! そのままハクは地面を滑り、軽く跳躍して空中で向き直る。向き直りつつも上昇して、カワゴロモが放ったアシッドボムを上にかわし、上空から勢いをつけてカワゴロモへ突進しつつ、岩雪崩。鋭い踏み込みと岩雪崩の速度が組み合わさり、突然の範囲攻撃にカワゴロモも対応しきれない。
驚愕に目を見開きながら、しかし腕をかざして防御しようとあがくも無駄である。岩がヒットしただけならまだ耐えることも出来た。しかし、足を取られたカワゴロモは、そのままハクにとびかかられ、のしかかられた。せっかくの素早さも、押さえつけられては非力なアギルダーではいくらレベルが上であろうとも抜け出すのは困難だ。
 完全に覚悟を決めた目で、アギルダーは最後までハクから目をそらさない。アシッドボムで最後の抵抗を試みて、それはのしかかられた体勢から放たれたものだけあって、威力は二の次だが、思いっきり液体を浴びてハクは特防がガクンと下がる。
「もうよい、カワゴロモ。お主は棄権じゃ」
 お返しに、霊獣となったランドロス強靭な牙が突き立てられる前にアデクさんがアギルダーの棄権を宣言した。
「……アギルダー、棄権により戦闘不能! アデクさん、新しいポケモンに交換してください」
 師匠の声も驚いていた。まさか、まさか……カズキが、先制するだなんて、なぁ。まぁ、俺もバンジロウさんに先制したけれどさ。
「油断も、手加減も、一切しておらん。だが……なぁ。やるのう、少年よ。えーと、その……フルネームはなんじゃったっけ?」
 アデクさんは、控えが入っているボールを掴み、カズキに尋ねる。
「……シラモリ、カズキ。シラモリ=カズキです。アデクさん……貴方の名前は有田(アールダー)=アデクさんで、よろしいですね?」
「あぁ、それでよい。ヌシの名前……心に刻ませてもらおう。そして願わくば、ワシに敗北も刻ませてみるがよい!」
「是非とも!」
「良い声じゃ! さぁ、お主の尽きぬ闘志、見せてみよ! 行けい、黒点!!」
「……ウルガモス。アデクさんの……切り札か」
「そうじゃ。こいつと、その親は……子供の時からのワシの相棒じゃ。じゃが、まだお披露目には早いか……その前に、スナガミ。行くがよい」
 ボールの中から繰り出されたウルガモスではなく、指名されたワルビアルのスナガミが前に出る。

 ウルガモスのニックネームであるコクテン。黒点と言えば、太陽の表面の温度が低い場所が、肉眼では黒く見えるためにそう呼ばれている。ウルガモスは、そのあまりの熱量の強大さゆえに、太陽から剥がれ落ちた一枚のカケラがポケモンの形を成したとすら言われるポケモンだ。夕暮れなどの太陽を直視できる時間帯に見える大きな黒点。いわゆる肉眼黒点は、ウルガモスが剥がれ落ちた傷痕だという伝説が、イッシュのリゾートデザートにある。
 アデクさんのウルガモスは、世界だただ2匹その名を名乗ることを許されたと言ってもよいポケモンだ。今まさに戦場に出たウルガモスと、今は亡きその母親のみが、それにあたる。バンジロウさんのウルガモスも、それはそれは強かった。だがしかし、アデクさんのウルガモスにはかなわないだろう。
「すまんな、カズキよ。ワシの無駄話のせいで追い風が消えてしまったな。後出しを許すから、掛かってくるがよい」
 計算ずくなのか、それとも本当に純粋に会話を交わしたかっただけなのか、アデクさんはそう言ってカズキが行動するのを待つ。カウンターでも仕掛けて来るんじゃなかろうか……。
「ワルビアルのタイプ一致は通らない、ならば決まっている! ハク、トリに交代だ!」
「良いじゃろう、ならば敵の交代と同時にストーンエッジじゃ!」
「守れよ!」
 アデクさんが指示を下すも、ハクとタッチしたトリは、カズキの命令通りきっちり守っている。守るために翼の動きも止めていたので、地面に降り立ったまま。素早く動くことはできない……それはつまり、今の状態ならば、地面タイプの技も当たるという事。
「地震!」
 アデクさんの指示を待つまでもなく、ワルビアルが放ったタイプ一致の一撃。バルジーナは耐久能力の高いポケモンだが、さすがにタイプ一致の一撃はそう甘くない。先ほどゴツゴツメットで翼を傷つけてしまったのもあって、そろそろ彼女の体力もきつくなってきたってところか?
「トリ、毒々だ! その後、追い風」
 ただ、彼女は一発は耐えた。恐らく、次の一発はもう耐えないだろうが、スナガミに向かって放った毒々が、砂まみれの体にしみこんでゆく。毒液で眼を潰されるのを防ぐために、腕をかざしていたスナガミは、毒液を振り払うように腕を振るうと、跳躍してから追い風を纏おうとしているトリへ向けてストーンエッジを放つ。結果は、トリの追い風が不発に終わり、彼女は傷だらけになりながら落ちていった。ストーンエッジは外れやすい技だ、トリも何とかかわそうともしたのだが、弱った体では難しかったようだ。
「バルジーナ、戦闘不能! カズキさん、新しいポケモンに交換してください!」
 師匠が宣言する。あぁ、これで一対一……条件は同じか。
「よし、一度タケリノウシと交代じゃ、スナガミ!!」
 カズキが次を繰り出す前に、アデクさんがそう命じる。ずれたゴツゴツメットは、すでに元の場所に戻されていた。

「ウルガモスが来ることは……分かっていました。だから、こいつに託します……サミダレ、行って来い!」
 カズキの手持ちは、サミダレ……ガマゲロゲだ。湿った岩を装備しているあたりからもわかるが、雨乞いをする気満々のようだ。雨状態にすれば非常に素早く、そして有利に立ち回れるものの、その反面でウルガモスの技の一つである防風を強化してしまうデメリットもある。そんなデメリットの事なんてカズキは言うまでもないだろうし、それを踏まえても雨状態で戦うつもりだろう。雨状態にするのはカズキは炎タイプのポケモンを持っていないし、悪くない選出だ。ちょうどワルビアルもいる事だし、アギルダーも倒せたことだし……な。
「行くぞタケリノウシ! アフロブレイク!」
「雨乞い!」
 まずは、試合場の端から動かさずに雨乞いを命じる。バッフロンのストーンエッジは岩が弱点なポケモン達には怖いものの、サミダレは岩タイプの攻撃に強いために、まるで問題なく受け止める事が出来る。ならば、アデクさんとしてもバッフロンに突撃させるしか選択肢はない。
 まず、バッフロンが届く前に雨乞いは終わるも、さすがにまだすいすいの効果が出るほどではない。だが、相手も後ろ足にトリのエアスラッシュで浅くはない負傷をしている。それが招いた威力の減退と勢いの減退は致命的だ。サミダレはアフロブレイクの衝撃を防御し、吹っ飛ばされながらも余裕を持って耐え抜いてから、再度の追撃を逃れて熱湯を放つ。雨水を吸収するようにして放った熱湯がバッフロンに存分に浴びせられると、悪巧みからのエアスラッシュのダメージが残っていたこともあり、タケリノウシは倒れ伏した。
「バッフロン、戦闘不能! アデクさんは次のポケモンに交代してください!」
「……なんとまぁ、天晴れなものよ。じゃが、こういうのはどうじゃ? 行け……コクテン!」
「……サミダレ、熱湯だ!」
 ついに、アデクさんの切り札が登場する。一筋縄ではいかない……などという言葉でも足りないレベルの強敵だが、カズキはどう立ち回る? とりあえず、弱点の攻撃を放とうとしているようだが……波乗りは上空に上がられると簡単に避けられてしまうのが分かっているからなのか、使わないようだ。
「蝶の舞じゃ!」
 一方、アデクさんの指示は何のことはない。素人でも思いつくような積み技から戦況を組み立てる型のようだ。よく言えば、基本に忠実ともいえるその戦い方……だが、恐ろしいのは、このアデクさんのコクテンは、耐久に特化しており、蝶の舞さえ間に合えば特殊技くらい2発も3発も耐えられてしまうという事だ。
 もちろん、物理岩技であるストーンエッジや岩雪崩を喰らってしまえばどうしようもないものの、それを喰らわないように場を整えるのもアデクさんならば難しい事ではないのだろう。タケリノウシを倒した際に、フィールドの端に居たサミダレは、接近しつつ熱湯を放ったが一発目は距離が離れていることもあってか、かする程度に終わって実質不発。
 2発目、まだ舞を続けているコクテンは、ひらりひらりと錐もみ回転をしながら上昇。重力を味方につけて、下から放たれる相手の攻撃の勢いを減退させんとする。すいすいの特性を持つサミダレの攻撃ならばある程度の高さは問題ではなかろうが。そう、1発は問題じゃなかった。最初の一発は外されたので、2発目の熱湯でようやくコクテンにクリーンヒットしたと言ったところだが、それすらも耐えきってしまったコクテンの能力は、もはや計り知れない。
 特攻も、特防も、素早さも、十分に高まったコクテンが暴風を放つ。ダメージはもとより、性質が悪いのは、その攻撃が周りにいる人間にも被害を与えるレベルだという事。バトルフィールドに砂利が敷き詰められたこのジムは、暴風によってその砂利が機銃掃射のごとく吹きすさび、しかも雨で水を吸っている為威力は重くなり、雨の飛沫も散弾銃のように痛い。その威力には思わず師匠もカズキもその待機中のポケモンも地面に伏せてそれをしのごうというありさまだ。俺もさすがに伏せないと死ぬし、ねーちゃんはきちんとコロモがテレポートで避難している。
 故意によるトレーナーや審判へのダイレクトアタックはもちろん反則事項だが、こればっかりはどうしようもなく、むしろこんなことが日常茶飯事のチャンピオンクラスの戦いでは、生身でポケモンと戦えそうな審判や、ポケモンレンジャーでも着ないような爆弾処理用のパワーフレーム付き強化装甲を着る事だってある。こればっかりは、審判が師匠でよかったと言わざるを得ない。他の審判だったら最悪死んで保険会社と相談する事案だ。
 その暴風はサミダレに対し撃たれたものなので周囲の者には直撃ではなかったが、余波でさえも人が死にかねないありさまだ。それに直接狙われるサミダレは、空気の刃で切り裂かれ、吹き上げられ、細かな破片に体中を切り裂かれて無残な姿になって吹っ飛んでいる。まだ戦えそうではあるものの、感情の読みにくい瞳で、無言でホバリングしているコクテンを見て、攻撃に移るだけの気概があるはずもなく。
「ガマゲロゲ、戦意喪失! カズキさんは次のポケモンに交代してください!」
 ……正直、今のカズキの手持ちであの切り札を破れる気がしない。思えば、バッフロンは殆ど運で倒したし、アギルダーも今のところカズキのメンバーの中で最強のランドロスの力に頼った形で勝利しただけ。しかし、ここにきて文句なしに強い、普通に強いだけのウルガモスが出てきてしまったわけだもの。ウルガモスはとくに癖があるわけではないから、だからこそ弱点の岩タイプを使ったりでもしない限り、勝つのは至難の業だ……カズキに勝ち目があるとしたら、ハクのストーンエッジを当てるくらいだろうか。

「ハク、逆鱗!」
「押し返せ、コクテン!」
 しかし、ハクにストーンエッジを当てさせようにも、コクテンの被害は軽微。このままではまともにヒットしないだろう。それをどうかいくぐるというのか……。さすがのゼロも、雨状態の暴風ではどうしようもあるまい。だからこそ、ここでハクがどうにかできなければ、負けはほぼ確定と言ってよい。とはいえ、ハクはランドロス……暴風ならばトルネロスやボルトロスを相手に、嫌というほど経験していることだろう。
 風を読むエキスパートのあいつなら……行けるはず。カズキはそう踏んだのだろう。ハクが駆け抜ける。それを押し返すような暴風がコクテンから発せられるも、ハクはアシッドボムの影響が残っていてなお、それをものともしない。ただ猛然と突き進み、とびかかるのみだ。地面の石が危ないのなら、それが届かない上空へ行けばいいと言わんばかりの戦法だ。
 そのとびかかりを、コクテンはひらりと交わしたものの、その回避の動作のために暴風は中断。
 さらに切り返したハクは続けて襲い掛かり、鋭い爪を振り上げてコクテンの翅を切り裂きにかかる。暴風を放とうにも、その時点では距離が近すぎ、無理である。仕方がないのでさっと身をかわしたコクテンは、ハクへ向かってサイコキネシスを放つ。そのサイコキネシスがが、ハクを縛りつけ、地面へ叩き付ける前に、ハクの爪がコクテンの翅を切り裂いた。
 それに一瞬遅れて、サイコキネシスでハクの体が地面に叩き付けられる。その一撃でハクは戦闘不能になってしまったものの、もはやコクテンに機動力はほとんど失われ、固定砲台にしかなるまい。
「ランドロス、戦闘不能……カズキさんは、最後のポケモンに交代してください」
「……ゼロ。負けると思う。でも、行ってくれる?」
 カズキが語り掛けると、ゼロはしっかりと頷く。勝つ気はあるってわけか。
そう、ありがとう」 
 カズキの言葉にゼロはしっかりとうなづいている。そうだ、確かに……もうここからの勝利はきついだろう。
「ゼロ、電光石火!」
「コクテン、後退しながらサイコキネシスじゃ。近づかれたら熱風!!」
 すでにゼロは手負い。同じく、コクテンも手負いとはいえ、サイコキネシスの強力さは言うまでもない。コクテンのサイコキネシスがゼロを捉えんとするも、その見えない手がゼロを包み込む前に、ゼロはそんじょそこいらのポケモンではできないような方向転換でサイコキネシスより逃れ、そこからコクテンの後ろに回り込む。小さな脚でちょこちょこと後退していたコクテンは、その回り込みに対応する事が出来ず、ゼロが思いっきり体重を込めて振り下ろしたカマの一撃をもらってしまう。
 雨で濡れてせいもあり、その一撃でゼロが炎の体の特性による火傷を負うことはなく、ゼロは畳みかけるように攻撃に入る。しかし、俺も失念していたが、今のコクテンは飛べなくとも羽ばたくことはできる。アデクさんが命じた『近づかれたら熱風』という言葉。その命令通り、コクテンは地面にはいつくばりながら熱風を放つ。
 さすがのゼロも、逃げ場のない攻撃までは避けられない。バックステップで熱波から離れるも、やはり蝶の舞の効果は偉大で、雨の中でもその熱気はすさまじい。必死で避けようとしたゼロだが、カワゴロモとの戦いで受けたアシッドボムの影響もあったのだろう、酷い化学火傷を負った彼は、そのまま地面に座り込んでしまった。
 あぁ……終わりか。
「……ストライク、戦闘不能! よってこの勝負……アデクさんの勝利とします!」
 師匠が宣言する。当然の結果だ、誰も歓声は上げなかった。
「負けたか……」
 カズキはゆっくりとため息をつく。どうやら、落ち込んでいるような気もしたが、しかししっかりと顔を上げてから深く礼をする。
「アデクさん……ありがとうございました」
「なに、こちらこそじゃ」
 遅れてアデクさんも頭を下げ、カズキへと歩み寄る。
「良い勝負であった。お主の思いが伝わってきたぞ!」
「えぇ、私も思った以上に立ち回れて、すごく……胸がドキドキしました。本当に……負けてしまいましたが、良い経験でした」
 そう言って、カズキが手を差し出す。育て屋で作業を繰り返しているうちに、ゴツゴツとして男らしくなった手だ。けれど、それを受け止めたアデクさんの手は、さらに年季の入った大きな手。単純な力比べなら、レンブさんにも劣らないという彼の手に包まれたカズキの手は、まだまだ小さく見えた。
 握手を終えたカズキは、無言で一礼したのちに俺の方へと向かってきた。
「……負けちゃったよ、キズナ」
「なに、気にするこたないさ。当り前だ……まだ、成長の余地はある。有り余ってるはずだぜ」
「うん……キズナも、頑張って」
「分かってるって」
 俺の言葉に微笑んで、カズキは、スバルさんの元へと向かっていく。
「母さん、負けちゃった……」
「問題ない。次戦うときはもっと喰いつけるように精進しろ。もはや、お前にアドバイスを与えるには、短い時間でさっと与えるには足りない。アドバイスは、家に帰った後にゆっくりだ。だから何だ……今はゆっくりと心を落ち着けろ」
「うん」
 スバルさんにうなずいて、カズキが俺の方を振り向いた。
「キズナ。お互いに負けて、しかも2対4と同点同士。似た者同士だね、俺ら」
「良いじゃねーの。仲がいいってことでさ……ま、なんだ。二人とも、まだまだ強くなる余地はあるはずさ。天井が遠い世界と思っていたポケモンバトルだけれど、案外天井も遠くはないのかもしれないな。いつかは、俺達もあの二人を倒して、イッシュのトップを狙おうぜ!」
「うん、そうしよう。そのためには、大会が終わっても、日々修行だね。付き合ってよ……キズナ」
 カズキとキズナは顔を合わせて微笑み合う。
「おうよ、カズキ。こんどからはシングルバトルでお互い頑張ろうぜ。今までの戦略が通じなくってポケモン達も戸惑うかもしれないけれど、俺達ならやってやれないことはないはずだ」
「目指すはチャンピオン、だね! キズナ」
 カズキが言って、俺達は互いに笑いあった。

「話は済んだか、お前ら」
 少し照れくさくてはにかんでいると、スバルさんが俺達に話しかけてきた。
「あ、うん。何かな、母さん?」
「オリザの奴がお茶と茶菓子を用意しているそうだ。ポケモン用の物もあるから、バトルで疲れた子達をねぎらってやれ」
「そうだね、まだポケモンの治療していなかったし」
「事務だから回復装置もある。操作方法は教えてもらっているから、行こうぜ」
 見れば、アデクさんはすでにポケモン達にオレンの実を与えている。ああいうところできちんと気遣いで来ているからこそ、強いんだろうな。見習わなきゃ。俺は、空を見上げる。天井がぽっかりと空いたジムの闘技場からは澄み渡る紫色の空が見える。雲の上だと思えるような存在だったチャンピオンのような強者も、今ではあと少しで手の届きそうな位置にいるのだ。
 いつかそこに届いて見せる。誰にでもなく自分に誓って、俺は一人頷いた。


 そうしてポケモンの応急処置が終わると、みんなで茶菓子を食べたり、話をしあっているうちにすっかり外は真っ暗だ。そんな中、俺達は二人だけ抜け出して、夜空を見ながらジムにある大樹のアスレチックにて、語り合う。二人で頂上まで登るのは時間がかかるので、今回はポケモンに掴まって登らせてもらった。

「ふー……ようやく2人っきりになれたね」
 額に浮かんだ珠のような汗を拭って、カズキが言う。
「だな……はぁ、こういうシチュ、一度でいいからやってみたかったんだよなー……2人っきりになるために人気のない所へ行く。うーん、ロマンチック。男同士じゃなくって、俺の隣は美人が良かったけれど」
「俺はキズナなら男同士でもいいかな……って言っておけばいいのかな。キズナって男なんだか女なんだか、ややこしいね」
「済まんな、こんなややこしい性格と性別で」
 2人でふふふ、と笑い声が漏れた。
「……それにしてもさ、カズキ。俺も、ローテーションバトルを始めたころは、1年もかけずにここまでいけるとは思わなかったなー。カズキは予選落ちだけれど、四天王と戦ってあれなら、実力としてはかなりのもんだ」
「だね、俺も、ゼロを活躍させるためだけにローテーションバトルを始めたはずなんだけれど……いつの間にか、こんなポケモンが隣にいるし、人生って分からないものだよ」
 まだ荒い呼吸をしているランドロス、ハクの頭を撫でてカズキが笑う。
「それに、ヌシ様……今はもうトウショウって名前だけれど……まさか、貴方がこうして近くにいてくれるとは……これからは、キズナに毛繕いをしてもらえるね」
 カズキに声を掛けてもらうと、俺の隣のトウショウは嬉しそうに鳴き声を上げる。ちょっと泡が飛び散ったけれど……ここは我慢だ。
「嬉しいって……言っているのか、カズキ?」
「うん、言ってる」
「そうか……俺もだよ、トウショウ。えっと……なんにせよ、きっとここまでこれたのは……大体お前のおかげだ、カズキ」
「うん、俺もそう思う。4分の1くらいは、キズナのおかげ……君と出会って、君とバトルして。同年代で、互角のバトルだから……すっごく楽しくって」
「互角って言っても、カズキのほうが勝率は高かったけれどな。でも、勝ったり負けたりって言うバランスは丁度良かったよ……それに、負けても、お前が相手なら悔しくなかったし」
「うん……気持ちよく勝負できていたよね、本当。多分……君が唯一の友達だったんだと思う。俺にとっての、唯一の」
「それは俺も同じだぜ、カズキ。俺も、友達がいなかったから……お前に夢中になっていたよ。気付けばね……俺はお前以外は見えていなかった」
「そうだね。いつも一緒に遊んでいたし……」
 俺の右手にカズキの左手が触れる。 
「以前、俺言ったよな? 俺は女の子に生まれて損ばっかりしてきたけれど、お前のおかげで女も悪くないって思えるようになれたって」
「言った言った。今でもその気持ち、変わらない?」
「当然。今でもお前が大好きだよ。レンジャーになったら、お前を守ってやるからな!」
「その必要ないように頑張るよ、君がもっといろんな人を守れるように、俺は俺の身を守れるようにさ」
「ふふ、そりゃ結構!」
 言いながら、俺はカズキの手をぎゅっと握り締める。汗ばんだ手が、滑りながらしっかりと互いを圧迫していった。。
「いつか、夢を目指すために……俺達一緒の場所にいられなくなることもあるかもしれないけれどさ。それまでは……ずっと一緒にいたいな、カズキ」
「俺も……こうやって、いつでも手を繋いでいたい……君と一緒に、歩いていきたい」
 どちらとも無く肩を寄せる。もう見守っているのが飽きたのか、呆れているのか、ハクは伏せの体勢になっていて、トウショウは大樹に茂る木の葉を食べている。……お前ら、気遣っているわけじゃないよな?

「キズナ、俺さ……母さんにね。10月から、旅立つ用意をしてもらっているんだ……」
「10月……っていうと、カロス地方か?」
「うん、カロスとの輸出入が解禁されるから、あっちの地方のポケモンを、育て屋に送って来いって。でさ、良ければ……キズナ。君も一緒に来て欲しいんだ……」
「俺が?」
 ねーちゃんの介護は……まぁ、もうポケモンだけで十分か。勉強の方も、何気にカズキは学校行っていない割にはよくで来ているし。
「わかった、俺も行く」
 考えるまでも無いことだ。
「母さんに頼んでみる。ダメだったら、勝手に行くよ……賭け試合でお金も溜まってるし。無理ならなんとかしてお金を用意してみる。バンジロウさんに頼んで白の樹洞でも働くさ」
「ふふ、そうこなくっちゃ!」
「じゃ、誓いのキスだ!」
「えー……キズナ、大胆」
 カズキは肩をすくめ、大げさにおどけてみせる。
「いいだろ?」
 似合わない上目遣いでカズキを見つめ、問う。
「しょうがないな、好きにしなよ、キズナ」
 カズキは、一切照れることなく微笑んでいた。口が触れ合うまで、3秒とかからず、開きっぱなしの口に舌を遠慮なく突っ込んで。目を白黒させている間に、カズキは俺を十分に味わい、舌なめずり。
「これでいい?」
 答えを待たないで、カズキは俺の顔を胸に寄せて、頭を撫でる。
「え、えと……いいよ」
 溶けてしまいそうなくらい、幸せだった。こんな性格だからか、撫でられるような経験も少ないもんで……カズキのこの包容力の高さは、貴重だ。
「キズナ、女の子みたい」
「馬鹿、俺は男だって。男をこんな風にかわいがるだなんて。カズキはどうかしてるぜ」
「それ言ってしまうと、男同士でキスするのもどうかと思うけれど……」
 こんな、馬鹿みたいな会話を出来るのもカズキとだけ。幸せって言うのはこういうことなんだろうなぁ。
「ふー……」
 大きくため息をつく。
「カズキ。もう戻ろうか。あんまり姿を消すのもまずいし」
「うん……行こう、キズナ。ハク、上まで連れてきてくれてありがとう……帰りは頂上の滑り台で行くよ」
 カズキがハクを、俺がトウショウをしまうと、俺の顔がぎゅっとカズキの胸に押し付けられる。あぁ、幸せ。こいつと一緒なら、どんなことだって出来そうな気がしてくる。気がするだけ、なのは分かっているけれど……でも、どんなに辛いことも、こいつとならば乗り越えられる気がした。

 そうして、みんなと解散して、俺とねーちゃんの二人きりの帰り道。すっかり暗くなってきたのでレディ2人でうろつくのは少々危険だが、まぁ俺は無論の事ねーちゃんのポケモンも何気に強力だし、問題なかろう。
「ねぇ、キズナ」
 帰り道。コシが憑依した車いすに乗りながら、ねーちゃんが自転車で並走する俺に尋ねる。
「ん、なんだねーちゃん?」
「カズキ君から聞いたんだけれど、貴方たち2人って、今年の10月にカロス地方に旅に出る予定なんだって?」
「うん、まだ詳しい話を聞いていないから、言っていないけれどな。あいつと二人で見知らぬ土地を旅するとか……楽しそうで、今からワクワクするよ」
「そうなんだ。でね、私なんだけれど……」
「うん、何々?」
「私も、どこかに旅に出てみようと思うの」
 まさか、ねーちゃんからそんな言葉が出るなんて……。
「いいんじゃねーの? 俺は応援するぜ。いや、でもなぁ……」
 少し驚いたけれど、驚き以上に……
「キズナ、泣いてる?」
「うん、少しだけ……」
 感動っていうのかな、この感情は。
「ねーちゃんが下半身不随になるって医者から聞かされた時、スゲー悲しかったからさ。それに、ねーちゃんがふてくされていた時も、何もできない自分が不甲斐なくって……辛かった」
「えぇ、そうね。でも、私の心は、アサヒが救ってくれた。それからずっと、いろんなことがあったけれど……貴方達を見ていたら、私も夢に向かってやれるだけの事をやってみなきゃって思うようになったの」
 そう言ってネーチャンが俺に微笑みかける。
「こんな言い方はあれだけれど、俺はねーちゃんの下半身が動かなくなって良かったな……ねーちゃんはそれまではただのダメ人間だったし」
「本当、こんな体にならなくっても同じ道を歩めたなら良かったのにね。私は馬鹿だから、こんな体にならなきゃ自分の才能に気付けなかったのね……だからこそ、下半身の感覚を失って良かったと思えるくらい、私の才能をみんなに知らしめないと。以前の、クラインを売却する際の映像作りとかもいいけれど……私は、そう。
 私は、私と、私のポケモンとで旅をしたいの。障害者抱えても一人旅が出来るポケモン達だって、みんなに知らしめたいの。コシと、コロモと、アクスウェルと……この子達だけで旅をできる。それって素晴らしい事じゃない? 私のような、こんな足でも、一人旅が出来る。私のポケモンの売り文句に、これ以上の宣伝は無いわ!」
 そう語るねーちゃんの顔は、維新に満ち溢れて鼻息も荒かった。
「……ねーちゃん」
「うん、何? 何でも言って、キズナ」
「俺、ねーちゃんの弟でよかったよ」
 本当に、心からそう思う。あの時、クリスマスのあの日に、ねーちゃんとそのポケモンを救えてよかった。それだけでも、俺がここまで生きてきた価値はあるって、そう思えるほど。
「あら、気が合うわね。私も、貴方の姉でよかったわ。スバルさんと出会えたのも、アサヒに励ましてもらえたのも、貴方のおかげ。誇りに思っている……右手を貸して」
「右手……?」
 ねーちゃんはそう言うなり、握っていたロトムの角をニュートラルに戻し、停止した。俺は何をするのかと思いつつも、自転車を停止して右手を差し出すと、ねーちゃんは俺の手を取って口づけする。
「ば、ねーちゃん! 姉弟でそんな……」
「コロモから教わったの。手の甲にキスをするのは、敬意を表す動作だって。カロス地方に行くんでしょう? 覚えておいて損はないわ」
「え、あ、はは……そういうこと」
 そういえば、そんなことをどこかで聞いたような気がする。だのに、そんなことで俺は焦ってしまって……恥ずかしくって、耳が熱くなる気分だ。
「私は貴方を尊敬しているの……キズナ。やり方はあれだったけれど、ブラックモールで私を救ってくれたのだもの。
 だから私も、誰かを救える人になりたい。別に、そのために必ずしも旅に出る必要はないけれど、いろんな場所に行っていろんな人を見て。それで、いろんなことを知っておきたいの。きっと、損にはならないと思う」
「そっかー……いいと思うよ。ねーちゃんも、夢に向かって歩くんなら……俺は応援する」
「うん、ありがとう。カズキ君と旅の件が正式に決まったら、一緒に話しましょう、キズナ」
「うん、わかった」
 ねーちゃんの言葉に、俺は力強く頷いた。



Ring ( 2014/08/23(土) 22:47 )