BCローテーションバトル奮闘記





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大会編
第八十一話:ビリジオン捕獲


「それでは、決勝戦本戦である、ビリジオンへの謁見及び捕獲にはこれを使います。渡しておきますので、今のうちに重さに慣れておいてください」
 この街の歳時を仕切っているという陰陽師のワヅキから、模造刀を渡される。レプリカとはいえ、初めて手渡された武器の重量感に、俺は思わず息を飲んだ。ナイフより大きい分ずっと重い。斬る事は出来なくとも、鈍器として十分な威力が出せそうだ。
 忍者道場に通っているだけあって、手裏剣や吹き矢に触れる機会は多かったし、それに短刀なんかも持たせてもらったことはあるが……これが剣かぁ。刃渡りは70cmほど。手になじむ重量が心地いい。
 剣の形はサーベルと呼ばれるもので、柄には護拳と呼ばれる手を保護するための装飾がある。その装飾というのも見事なもので、相手の剣を絡めとって折ったり奪ったり出来るように、鳥かごのような流線型をしている昨日と美しさを兼ね備えたものだ。
「ありがとうございます」
「では、ご健闘を祈りますよ」
 ワヅキとかいう名前らしい陰陽師のお兄さんはそのまま森の奥へと去っていった。ビリジオンを迎えに行くのだろうか。

 剣の鞘をはらってみる。磨き上げられた刀身は、亜鉛合金のような安っぽい輝きではなく、濡れているかのように綺麗な切っ先をしているし、表れた波紋はまるで刀身が生きているようである。形状こそサーベルだが、使われている技術はランセでサムライが装備する刀のそれと変わりなく、素材もランセ地方で使われている技術と同じ方法で作られた二種類の極上の鉄を使っているそうだ。要するに、研げば普通に刀として仕えるというわけだ。
 やわらかい鉄は切れ味を持たせるべく切っ先に、芯となる中心部分は折れや曲がりを防止するために硬い鉄を使用している。切っ先こそ潰されているものの、極上の模造刀である。ちなみに、決勝戦まで勝ち進んだトレーナーはこれを家に持ち帰る事が出来るので、これはすでに俺のものである。やばい、ちょっと心が躍ってきた。
「ほぅ、この模造刀……刃が潰されているだけで作りはしっかりしているな。きちんと研げばポケモン相手にも使えそうだ」
 などと、横槍を入れてくるのはスバルさん。
「使うんですか、スバルさんは?」
「どうだろうな。使ってみてもいいが、これは人間用だしな……もう少し分厚くないと、大型のポケモンの表皮は切れないだろう。ドラゴンや岩、鋼タイプには使えなそうだ。だが、多少の毛皮なら切り裂いてくれるんじゃないのか? 機会があったら使ってみるといい」
「どんな機会だよ……狩りで使ってみるかな?」
 いや、そもそも狩りは森でやる事が多いから、こういう長剣はあまり相応しくないのだが。やっぱり家に飾っておくのが妥当だな……レンジャーに入っても使わなそうだし。
「うわぁ……いいなぁ、キズナ」
 やっぱり、ここは男として武器には憧れるのであろうか、カズキは目を輝かせている。なるほど、男はこういうのが好きなのか……いつかは買ってあげるとカズキも喜んでくれるかもしれないな。
「へへ、いいだろー? 一応、これは2位入賞までが対象として貰える賞品だからな、俺のものだぜ?」
「決勝戦終わったら、ちょっとでいいから貸してもらっていいかな?」
「ふふ、いいぜ! 自慢してやっからな」
 カズキ……やっぱりこういうところは男の子なんだなって思ったけれど。こうやって眺めたり振り回したり(もちろん人のいないほうに向けて)しているあたり俺もやっぱり男の子みたいなところがあるのかなぁ……あぁでも、なんていうか。こういう剣とか銃とかを持ったら、構えたり抜かずにはいられないだろう……うん。
 新しく手に入ったおもちゃで遊びたくなるのは、男女関係ねーよなぁ、うん。

 なんて事を考えながら、鞘から抜く音を楽しんだり、中途半端に抜いた剣が鞘の中に落ちて鍔が当たる音を楽しんだりと、ポケモンそっちのけで俺は剣に夢中になっていた。そんなことをしていると、ねーちゃんが『男の子みたいね』というセリフを吐いて来て、師匠やカズキ、スバルさん。両親など、全員がその感想に賛成していた。
 どうせ男の子みたいですよーだ。こんな俺でも、カズキは一緒にいてくれるわけだし、いいもーんだ。女らしさなんてくそくらえだし。
 こうやって手に持った道具で遊んでいるのは種の精神統一、もしくは現実逃避のようなものだったのかもしれない。決勝戦の事を考えれば否が応にも気負ってしまう。だから、それを考えないようにするために、ポケモンも人間もそっちのけで剣に夢中になっていたと。
 気付けば俺はポケモンレンジャーの係員2人に、決勝の準備ができましたと呼ばれていた。それまでずっと剣を弄っていたのだから、我ながら子供っぽいものである。差し入れにと貰ったままほとんど手を付けていなかった温泉卵は、急いで口の中に放り込んだ。

 ポケモンレンジャーの係員は、いつもと同じ朱色を基調としたスーツを身に纏い、森を守る存在としての落ち着いた様子を見せている。そして、その係員に連れて行かれた先、この森のヌシであるビリジオン。便宜上、レンジャーたちの間で『ヌシ』と呼ばれているその個体が静かに佇んでいた。
 元はメブキジカなどと同じ草食のポケモン。その威風堂々たる佇まいからは想像もつかないが、太古の昔、普通のポケモンとたもとを分かち特別な存在となる前は聖剣士達も食われる立場であったという。もちろんそれは、そこらへんのムーランドやレパルダスではなく、エンテイやスイクンと言った同じ等級のポケモン達に、だが。
 そのころに刻まれた遺伝子の記憶がそうさせるのだろう、あまり休む姿を見せないというビリジオンだが、こうして人間に守られている個体の宿命なのだろうか、レンジャーたちの警護にすっかり安心して、優しい木漏れ日を浴びながらのんびりと光合成をしている。
 俺とバンジロウさんの2人は、腐葉土で出来た柔らかな土を踏みしめて、その眼前に立った。

 しかし、俺や……並び立つバンジロウさんを見るや否や、すくっと立ち上がったその体から湧き出る威圧感は、20トントラックがエンジンをかけたかのような強大な力を感じる。そのしなやかな体、美しい毛皮に隠された筋肉から発せられる熱気、躍動。光合成をしているせいか、呼吸は穏やか過ぎて感じられないくらいなのに(むしろ二酸化炭素を吸ってる?)、その熱気だけはサイズに見合った分にプラスアルファーで伝わってくる。
 恐らく、メブキジカよりもはるかに『気配』の密度が濃いのだろう。そのヌシ様が、俺達を見つめている。自然と背筋が伸びるような、顎を引くような、視線を上げるような。誰に言われるでもなくかしこまってしまう。
 今まで、ヌシ様と顔を合わせたことは何度もあるが、こんな雰囲気、初めてだ。今日という日、見守っているレンジャーたちの視線、そして何より、ヌシ様は子供との別れを控えているわけだから、それに対する覚悟の想い。それらが、空気を張り詰めさせている。心地よい張り詰めかたというには少しきつい、ちょっとばかし重苦しい張り詰めかた。
 しかし、最後の舞台としては丁度いいのかもしれない。これが……バンジロウさんとの、決勝の舞台。
「それでは、最後の勝負。どちらがビリジオンをゲットするか、の戦いにはこのボールをお使いください」
 レンジャーの女性がそう言って渡してきたのは、1人3つのプレシャスボール。全体が真っ赤なボールであり、特別なお祭りやイベントなどで使われるボールである。捕獲にかかる労力は普通に市販されているボールの中でも最安値であるモンスターボールに劣るとされ、心を通じ合わせ、それこそ『このトレーナーにゲットされたい』と思っていなければ捕まってはくれないのだ。
「俺もそのボールに触ったのは初めてだ。人生で触れる機会なんて何回もあるもんじゃないから、大事に使えよ」
 レンジャーのお兄さんがそう言う。もちろん、ビリジオンを極限まで弱らせることでゲットすることも可能だろうが、その場合はポケモンを使うことも出来ず、剣と肉体だけでどうにかしないといけない。スバルさんやレンブさんやオリザさんが決勝に残っていれば恐らくそれも可能であろうが、今の俺とバンジロウさんじゃ到底無理だ。いや、バンジロウさんなら出来たりして。
 だからまぁ、やるべき事は俺達に仲間になりたいと思わせること。無理矢理はどうあがいても無理なんだし……ともかく、俺は3つのボールを縮小してポケットにしまう。
「それでは、勝負開始です。ビリジオンに声を掛けても、ビリジオンに勝負を挑んでも、マッサージをしても問題ありません。同意の上であれば、互いに剣の腕を競い合うことも認めますので、その際は防具をお貸しいたします。
 では、ごゆるりと……」
 ごゆるりと……この勝負、日が暮れようと、明日になろうと、二人の選手が音をあげるか、ビリジオンが去るか、それともビリジオンガゲットされるまでは終わらない。ゆえに、表彰式の類は一切なしというあたり、ハードな勝負である。
 応援に来ている人たちも、この勝負を見守っているポケモンレンジャーの連絡を待ちながら、徐々に屋台や特設会場が撤去されていくホワイトブッシュの表層にある公園で待っているしかないのだ。
 俺達は、その人たちの祈りを一身に背負いながら、ビリジオンを仲間にしようと働きかけるだけ。

「なぁ、ヌシ。ヌシ、ヌシ様」
 バンジロウさんは、ビリジオンが相手でも話しかたは変わらないのだなぁ……と、俺は苦笑する。バンジロウさんは立ち上がり、ヌシ様を見上げる。
「隣にいる、キズナって女はスゲー奴だ。それは保障する。だが、オイラも負けじとスゲーやつだと言うことは、自負している……だから、どちらを選んでも、ヌシ様の未来は輝かしいものになると思うぜ!
 だからさ、ヌシ様。オイラは、お前が幸せになれると思う方を選んで欲しいと思っている。今の時点の単純な強さだけで言うのならば、多分オイラの方がキズナよりもトレーナーとして優秀だけれど、それは今の時点での話だ。こいつは、計りしれねぇ……だからさ、将来性も考えてくれよな!」
「へぇ……な、なんか、悪いな……バンジロウさん。いいのか、俺の事までアピールしちゃって?」
「言ったろ、キズナ? オイラは、ポケモンに幸せになって欲しいんだ! 世界一幸せにしてやれる自信はないけれど、それでもオイラはオイラのポケモンを幸せにしている自信はあるし、キズナ。キズナ! お前もだぜ、キズナ!
 オイラが譲ったフカマル。ガブリアスに進化して、お前のために必死で戦っていただろ? あいつが頑張るのは、我が身が可愛いからとか、エサを貰えるからとか、そんなチャチなもんじゃねぇ。お前のために、戦っていたんだ。キズナ、お前もポケモンも、幸せ者な証拠だぜ!」
「そう言われると、なんか照れるな……。ともかく、だ……ヌシ様。バンジロウさんが言っていた通り、多分……俺もすごい奴なんだとは思う。だから、俺とバンジロウさん、どちらを選んでも後悔はさせない……保障する。
 ただ、俺は……なんというかな。俺がヌシ様をゲットしたときは……あれだ。そう……あれになりたいんだ。ポケモンレンジャー」
 振り返り、ポケモンレンジャーを見やる。木の幹に寄りかかりながら、俺達の決勝戦の様子を見守っているレンジャーたちは、俺に見られると微笑を返した。

「俺は、ポケモンレンジャーに憧れているんだ。そのために、必ずしも強いポケモンが必要って訳じゃないけれど……でも、ヌシ様がいてくれたら、物凄く心強い。だから、さ……俺はね。ヌシ様に仲間になってほしい。バンジロウさんはどうだ?」
「え、オイラ? えーっと……オイラは、正直言って大会を楽しむために参加したからなぁ。だから、仲間になってくれるのならば、それはそれで嬉しいけれど……でも、正直な話、大切にしてくれる奴。役立ててくれる奴の近くにいたほうが、オイラとしてはいいと思うんだ。
 だからよ、この決勝戦……キズナ。お前が優勝を掴んでやったほうが、やっぱりいいんじゃねーの?」
「うーん……それもそうなんだけれどなぁ……譲られる形って言うのは、やっぱりなぁ……」
「あ、キズナ! キズナ、それならよぉ!」
 俺がビリジオンをゲットするように進められる方向へ話しが持っていかれているときに、バンジロウさんは何かに気付いて声を上げる。
「お前自身が、ビリジオンに戦いを挑んでみろよ。アンタの熱意で屈服させてやれよ」
「無茶言うなよ……俺なんてヌシ様に取って見りゃ、幼子みたいなもんだって。まぁ、でも……それしかないか。ヌシ様……俺も、未熟なりに力を見せる。これから正義に使うべき力を、今の時点で出来うる限り、見せるから。だから、その……『つるぎあわせ』、だっけか? 俺と、して欲しいんだ……俺の剣と、ヌシ様の角を、擦りあわせるように。認めないのなら、認めてくれるまで俺が力を見せるから」
 俺は、サーベルの鞘をはらい、刃をつぶされた白刃を抜く。確かな重量感を腕に感じながら、それをヌシ様の眼前に持っていく。このつるぎ合わせと言う行為、聖剣士同士の友好の証とされている文化であり、それが人間の文化にも取り入れられたものである。聖剣士は角やせいなるつるぎを擦り合わせ、人間は刀剣の切っ先同士を擦り合わせるようにする。
 人間と聖剣士が行う場合でも、基本は変わらない。角やつるぎと刀剣を擦り合わせるようにすれば、それは聖剣士が人間を認めたという事になる。聖剣士と人間との間でこれをやったのは、記録の上ではアーロンと言うホウエン地方の英雄が最初であるとされている。
 つまり、先駆者がいると言うことは、俺も出来ておかしくないということ。自信を持って、俺はゆっくりと構える。高々と腕を掲げて伸ばせば、木漏れ日を浴びて鋼の刃が煌いた。あとは、ヌシ様がその気ならばあちらからつるぎを合わせてくれるはずだが。
 見守っていると、ヌシ様はいきなり頭を下げたかと思うと、俺の懐に入り込んで、胸から掬い上げた。投げ飛ばされると思った瞬間、俺は逆らわずに腹筋に力を込め、空いている手でヌシ様の角を掴みながら方向を調整。空中に投げ出された際に重心を安定させてバランスを取れば、そのまま後ろの木の枝に飛び移る。
「いきなり不意打ちとは、聖剣士様もやるねぇ」
 頭上の木の枝を掴んで片手で懸垂をして、俺はしっかりした木の枝に座る。

「すげー……キズナ君だっけ? 君、ポケモンレンジャーになりなよ」
「本当、才能あるわよ!」
「なるんだっての。俺はポケモンレンジャーになるために、日々修行しているんだ!」
 ポケモンレンジャーのお兄さんが俺をスカウトするが、俺はポケモンレンジャーになるってさっき言ったばっかりだろうに。
「ともかくだ……喧嘩を売られた以上は、買わなきゃな。それでいいんだろ、ヌシ様?」
 ヌシ様が頷いた。どうやら、ヌシ様は俺の力を測りたいらしい。
「コホン……」
 それも、トレーナーとしての力じゃなく、剣士としての力を。上等じゃねーの。俺は一度咳払いをしてから頭上にある木の枝を折り、ヌシ様に投げる。
 それを額から一角獣のように伸ばした聖なる剣が弾き飛ばし、視界をクリアにする。その瞬間には、咳払いで喉の奥からひねり出した俺のタンがヌシ様に飛んでいた。木の枝を弾き飛ばしただけで安心していたヌシ様は、その痰をくらって片目が塞がる。粘性のある液体だ、唾液と違って簡単には剥がれないぜ。

 握り手を守るツバの装飾をメリケンサック代わりにヌシ様に殴りかかるも、ヌシ様はそれを体をよじってかわす。俺が地面に着地したと思えば、間髪入れない草結びの応酬。裸足で熱されたアスファルトに降り立ったかのような足取りでそれらをかわしつつ、前から突進してくるヌシ様の体当たりを、サイドステップで飛び退いてかわす。
 その際、ビリジオンの肩から伸びる飾り毛をまるで翼のように伸ばして放ったリーフブレードが俺の体を切り裂きにかかってくる。サーベルを構えて何とか防げたものの、あれは……弱々しかった。恐らく意図的に威力を弱めて打ってくれていたな。
 それでも、手の平が痺れてしまいそうな威力。この剣ならば余裕だが、作りがしっかりした剣じゃなきゃ本気のビリジオンの攻撃を一回でも受ければ根元からぽっきりと折れてしまいそうだ。きっと、この作業着を着ていなかったら、血まみれになるだろうな。
「ふぅ……いいね。ビリジオンと戦える経験なんて、人生で出来る奴は稀だ……例え手加減と言えど、光栄だ」
「おー、闘牛よりも臨場感あるなー。キズナ、頑張れよー!」
「怪我したらいつでも言ってくださいね。レンジャーでは救護の研修もきちんと積んでいますので」
 気付けば、レンジャーもバンジロウさんも木の枝の上に避難している。流石に皆さん身体能力が高いようで。さて、どうするか……俺は周囲をうかがいながら、太い木を背にしてサーベルのツカを木の幹に押し付け、刃をヌシ様に向ける。俺に頭突きを加えようとしたら、自分からこのサーベルに頭を突っ込む事になるぞ……と脅したいところだが。
「やっぱりそうなるよな……」
 ヌシ様は額からサーベルよりもはるかに長い聖なる剣を伸ばして、そんなものは無駄だと脅しにかかる。そんなこと言われたって、今の俺に正攻法でヌシ様に勝つ方法なんて……。
 痺れを切らしたのか、ヌシ様がメェェェと鳴いて頭を振り上げてから間合いをつめる。間合いをつめて、どんな技で来るのかと思えば、すれ違いざまのリーフブレード。今回は手加減が一切無く、上に跳ね上げていなすことで何とか凌げたが……いなしたのに手が痺れる、うぅ、大人の筋肉が羨ましいよ。
 木の幹の丁度頭上辺りには、傷が刻まれていた。あれが俺の体についていたかもしれないと考えると、恐ろしい……っていうか、よく考えると作業着以外は防具もつけていないし!! くっそ、言えば貸してくれるのだろうけれど、勢いで挑んじゃったからもういまさら後には退けないぞ。
 考えている間も無く、幹の後ろに隠れた俺に草結びが襲い掛かる。俺は小さな跳躍から、木の幹を蹴って斜め上にジャンプ。木の枝を折り取って二刀流の構え。防御力がアップ……してくれればいいが、俺の親指4本分くらいの太さの木の枝じゃ、あまり攻撃を受け止める回数は期待できまい。
 首を振り上げ放ってきたヌシ様のエナジーボールは、小さく威力に乏しいものだ。ただ、その分だけ物量が半端じゃなく、5つも飛んで来ている。そのうち2つをまだ木の葉が大量についた木の枝で受け止める。爆発したエナジーボールの爆風で木の葉が舞い飛ぶ。サーベルの刀身で、野球のバントのようにエナジーボールを防ぎ、動かなければ当たらないボールは不動でやり過ごす……のだが、そんな事をしている間に、ヌシ様が突進を仕掛けてくる。
 エナジーボールを打ち落とすために、構えていた木の棒とサーベルを振りぬいて体勢が崩れているって言うのに……
「ぐあぁっ!!」
 何の属性もついていない、単なる頭突きだった。しかし、それでも威力は半端じゃない。俺が構えていた腕をいともたやすく押しのけ、俺の体の何倍もの質量を持った体での体当たり。とっさに頭を庇って肩から当たりに行ったが……あれがなかったら、しばらくは女として外を出歩けないような顔になったかもしれない。
 ヌシ様は急ブレーキをかけて俺に追撃を与える事をしなかったが……ヤバイな、こりゃヌシ様が本気なら殺されてた。流石はビリジオン……つっても、俺のポケモンは、今や全員俺よりも強いから同じようなものか。
「流石だな……ヌシ様は強いよ」
「そりゃ当り前さぁ。俺らレンジャーのポケモンとも戦い抜いてきたわけだし」
 俺の言葉に、レンジャー達はそう言って笑う。くっそ、こんなに強く育てやがって……。

 肩の痛みを堪えて立ち上がり、利き手に持ったサーベルを構える。もう、左手に持った木の棒は持ち上げるのも辛いくらいだ……いってぇ……。
「子供相手なんだから、もう少し手加減してくれよな……まったくよぉ」
 せっかくなので、左手の木の棒は捨て、呼吸を整えながらサーベルを構える。今度はヌシ様は動かずにこちらの動向を見守っている。
「そおりゃ!!」
 掛け声と共に、左足で腐葉土の地面を蹴り上げる。柔らかな土くれが飛んで視界を塞ぎ、そこへ矢継ぎ早に右手でサーベルを投げつけ、俺は完全に前傾姿勢となる。土くれに視界を奪われながらもサーベルを弾き飛ばしたヌシ様だが、最後にアンダースローで投げた棒手裏剣。ハサミの片割れを利用した飛び道具だけは、まともにヒットした。
 そうとも、ボクシングでは下から振り抜いたフリッカージャブと言うパンチは見えないパンチとして有名だ。極端なアンダースローから放たれたあの棒手裏剣が見えるはずが無い。あの棒手裏剣には麻痺毒が塗ってある……痺れちまえ。
 アンダースローはかなりの前傾姿勢だったため、そのまま立ち上がるまでに、僅かながら隙が出来る。その隙を狙おうと伸びてきた草結びを、ジャンプして避けるも、それで完全に体勢が崩れた俺は地面に転ぶ形になる。
 受け身をとって立ち上がり、踏みつけようとするビリジオンの体とすれ違うように避ける。
「強い……わかっちゃいたけれど、どうあがいても勝てる気がしない」
 そうだろうな、とばかりにヌシ様が俺を見下ろしている。またも草結びが伸びてきたので、俺は樹上に回避。今は武器もない……どうするべきか。ヌシ様は俺にストーンエッジを投げつける。木の枝につかまったまま体を捩じってをれを避け、俺は地上に降り立つとともに木の幹の後ろに隠れオレンジの上着を脱ぐ。俺が下半身のポケットから財布を取り出している間に、ヌシ様は俺の側面に回り込み、大きなエナジーボールを叩きこむ。予備動作からそれが来ることを予見して、俺は前方受け身。矢継ぎ早に額から伸ばした聖なる剣を振り下ろしたヌシ様の攻撃は、上着を使って受け流した。あぶねぇ、イトマル製糸工業製品じゃなかったら死んでたかも。地面を抉ったその攻撃の威力に驚く暇もなく、立ちあがった俺はヌシ様の側面に回り込む。やはりビリジオンは体の構造上方向転換もしづらく、さらに大柄なだけあって小回りも効かず、側面に回られると攻撃しづらいらしい。
 そのためか、側面に回ってやると草結びをはじめとした特殊攻撃での攻撃が多い。後ろに回り込むと、今度はきっと二度蹴りが飛んでくるので、あくまで側面を維持しつつ、財布を胸ポケットに入れる作業も終了する。じれったくなったのか、ヌシ様は電光石火で離脱。俺と正対する。いや、じれったくなったんじゃない……麻痺し始めているのだな。麻痺が全身に回らないうちに蹴りを付けようってか……
「仕切り直しかい……ならば俺も行くぜ。光也院流忍術、風呂敷包み、喰らいやがれ!」
 技名なんて大した意味はない。ただ、正面の敵に対して上着をかぶせて視界を奪うだけの技である。この森に、布や何かの膜をかぶせて視界をふさぐようなポケモンはおるまい。ならば、居間から俺がやる行動は、ビリジオンにとっては初めて体験する攻撃になるはず。ならば、対応も出来まい。
 ヌシ様は肩からリーフブレードを突き出して、突撃する。俺は身を伏せつつすれ違いざまに上着をかぶせてやる。財布を重しにしたから上着は安定して相手にかぶさり、それでヌシ様の視界がふさがる。木の枝を拾いつつ、ヌシ様の背後から駆け寄り、急所である肛門を蹴り飛ばしつつ、背中に降り立って首を絞める。
 細身の首に左手と両足で抱き付き、振り落とされないようにしながら木の枝を角に擦りあわせる。激しく体を揺らすヌシ様だが、麻痺しているおかげで動きが鈍いのが幸いした。片手と両足で首に掴まり、余った手では強引に剣合わせをさせるべく、角に当てようと必死である。しかし相手が激しく動くので、木の棒はカチカチと揺れてはぶつかるだけで、擦りあわせるように入ってくれない。
 そんな意地の張り合いを十数秒ほどするが、ヌシ様も冷静さを取り戻したのか、木の幹に近寄り、俺の体を叩き付けて引きはがそうとする。ヌシ様が寄りかかるように木の幹へ叩き付けると、体の芯まで響くような衝撃が左足と左腕に走り、力が緩む。
 そうして力が緩んだところで、再度ヌシ様が暴れて俺を引き剥がさんとする。こんどこそ俺は根負けし、振り落とされて地面に転がった。それと同時に体中に草結びがからみつく。くっそ、ここまでか……体中が痛い……すぐにでも家に帰って休みたいくらいだ……。

「……畜生。降参だよ、ヌシ様」
 ビリジオンの拘束から抜けるには、俺の筋肉じゃまだ無理そうだ。潔く負けを認めると、ヌシ様は俺の足を縛っていた草の戒めを解き、自由にさせてくれる。

 そのまま、俺は正座の体勢になって痛めた腕をさすりながらため息をつく……後でポケモンに冷やしてもらおう、うん。体中土だらけになってしまってるし……はぁ、良かった、作業着を着ておいて。
 しばらくそうしていようと思ったら、ヌシ様は俺が投げたサーベルを拾い上げて、俺の眼前に置いてくる。
「ヌシ様……いいのか?」
 どうやら、つるぎ合わせをしようということらしい。問いかけた俺の言葉に、ヌシ様は目を逸らさなかった。
「いいんだな。やっぱり木の枝じゃつるぎ合わせには不満かぁ……」
 俺は、サーベルを手にとり、立ち上がって天高くそれを掲げる。肩が痛いが、あともうひと踏ん張りだ。
 そのつるぎを見据えながら、ヌシ様は額から聖なる剣を伸ばした。闘気を練り上げ、刃の形に成型した波導の塊……膨大なエネルギーの渦巻くそれが、木漏れ日に揺れる白刃と触れ合う。超音波を出す機械に指を触れたような心地よい振動が剣を通して俺の手に伝わってゆく。
 見上げた刃が触れ合うその瞬間から、呼吸を忘れるほどの厳かな気分になる。いや、正確には息をゆっくりと吐いていて、吸うのを忘れていた。腕を下ろし、刃を放すときになって、ようやく俺は息を吸ってすぐに吐く。少しだけだけ荒い息をついた後、俺は呼吸を落ち着けた。
「では、ヌシ様……行きます」
 左のポケットに入れたプレシャスボールを、痛む肩に顔をしかめながら取り出す。それを右手に握りなおして、使用可能なサイズになるように肥大化させる。それを、そっと相手の首に持っていく。ヌシ様が、ボールの中に収納されていった。
 手の中でボールが振動する。その振動は、徐々に徐々に小さくなって、手の中でボールは静止した。
「……あぁ。やったぜ」
 ボールを胸に当てて、ゲットしたという事実を反芻する。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
 レンジャーの男女から賞賛の声を受ける。
「キズナ! よう、よくやったなキズナ! すげえぞキズナ!!」
 やかましいバンジロウの声が、叩きつけるように俺を賞賛する。俺はただ、まだ優勝という事実が現実のものとも思えず、ずっと立ち尽くす。

 静かな呼吸をしながら、十数秒。
「レンジャーさん……応急処置、お願いできますか?」
 やっと搾り出した言葉がそれであった。なんにせよ、決勝戦はビリジオンを捕獲することで勝者が決まると、言葉で言うのは簡単だが……伝説のポケモンに認められるって大変なんだな……俺は身体能力が高かったから良かったけれど、そういえば普通のトレーナー……カナみたいな奴や、ねーちゃんが決勝戦に進出していたらどうなっていたのやら?
 案外、今回のヌシ様のあれは、一種の悪ふざけなのかもしれない。なんにせよ、よかった……本当に、良かった。


「あ、キズナ!」
 カズキは、スマートフォンを弄っていた。あいつのスマートフォンはふじこと繋がっているところをみると、充電中なのだろうか。カズキは俺の姿を確認すると、駆け寄ってくる。
「よぉ、カズキ! なぁ、カズキ! キズナが、優勝したぜ!」
「おー前は黙ってろ! カズキ! そういうわけで、俺優勝したよ!」
 カズキと抱擁をかわそうとしたときに、うざい具合にバンジロウが妨害してきたが、それを遮るように俺はカズキに駆け寄り抱擁をかわす。カズキは俺の左肩に巻いた包帯と当てられた冷却用のパックを気に掛けてか、低い位置で抱きしめる。ちょっと腰が近くて、いやらしい気分だ。
 そんなカズキの抱擁も嬉しいが、皆が皆拍手で祝福してきてくれて嬉しい。アデクさんもレンブさんも、ギーマさんも、カナも、父さん母さんも、スバルさんも、師匠も……。


「……よくやったわね、キズナ。お姉さん、誇らしいわ」
 カズキが背中に回した腕に触れないように、ねーちゃんが俺の肩に手を置いた。
「キズナ、おめでとう」
「おめでとう」
 母さんと父さんが拍手をしながら近付いてきた。俺はカズキを振り払ってそれに笑顔で答える
「ありがとう……父さん、母さん。それと師匠!!」
 この中で一番目立つ師匠を見て、俺は小走りで駆け寄る。
「俺、優勝しました! 師匠の指導のおかげです」
「私は手助けしただけに過ぎません。貴方の努力が、一番の功労者ですよ」
「それでも、お礼を言わないわけには行かないでしょう……師匠。本当にありがとうございました!!」
 頭を下げ、感謝の思いを伝えきってから顔を上げる。

「そして、スバルさん」
「ふむ、私か?」
「えぇ……貴方のおかげで優勝出来ました。本来ならば、あの時……準決勝の勝利は自分の力でもぎ取りたかったですが……ですが、貴方のおかげで何とか優勝できました。スバルさん、感謝します」
「私も、以前はビリジオンを欲しかったが……本当に、テンペストを手に入れてしまうと、それもしょぼくれて見えてな……それに、あれだ。お前の夢、私も応援したいんだ。ポケモンレンジャー……頑張れよ、キズナ」
「はい、頑張ります……えっと、それでさ。皆に言いたい事があるんだ……この子」
 言いながら、プレシャスボールよりビリジオンを出す。
「ヌシ様の新しい名前だけれどさ。えっと……『東照(トウショウ)』って名前にしようと思うんだ……だから、その……新しい家族として、よろしくな」
「へぇ……トウショウ、かぁ」
 カズキはトウショウを見上げ、顔を撫でる。
「これからは、ヌシ様じゃないんだね……よろしく、トウショウ」
 やっぱりカズキとは仲がいいのか、トウショウはカズキに撫でられて鳴き声を上げていた。そして、一人と一頭はそのまま会話を始めてしまう。相変わらずカズキはポケモンと普通に会話をしてやがる。
「ふぅん……じゃれあってみたらつい熱くなっちゃったって……それでこの怪我? 遊びすぎは程々にしなきゃだめだよ……? キズナが強いから大丈夫って……トウショウねぇ、人間は怪我が治りにくいんだから無茶はダメだって……」
 しかし、トウショウにとってあれはじゃれあっているつもりだったのか……おそろしや。
「『むしゃむしゃしてやった。今は反芻してる』って? 誰が上手いこと言えと……」
 本当にトウショウはそんなこと言っているのか……? さすが伝説のポケモン、予想外のセリフを口ずさむ。
「さて……アデクさん。大会の優勝者が決まったところで、早速ですがこの後少々付き合ってもらえますでしょうか?」
 トウショウを撫でるのに満足したらしいカズキは、アデクさんに向けて言う。
「あぁ、もちろんじゃ。どこでやる? もう会場の設備はあらかた撤去されてしまったが、ここでやってもいいし、他の場所でも一向に構わんぞ?」
 例のバトルの約束とやらを果たすことに、アデクさんもまた積極的だ。どんな戦いになるか今から楽しみだ。
「それじゃあ、場所は……オリザさん、ホワイトジムを使ってもよろしいでしょうか? あそこなら、周囲に迷惑をかけることもなさそうですし、周囲に迷惑かけそうなレベルなので……」
「構いませんよ、存分に暴れてください」
 カズキの提案に師匠はそう応える。ジムでバトルか……まぁ、俺とバンジロウさんの戦いも(主に熱風が)危険だったし、それがいいかもしれない。



Ring ( 2014/08/10(日) 21:05 )