第八十話:バンジロウとの決戦
「それでは私、クラウスが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。両者、準備はよろしいですね?」
俺の師匠が定型句を口にする。
「問題ありません、師匠!」
「OK! オイラも問題ないぜ! キズナ、キズナ! 楽しもうぜ」
「えぇ、楽しみましょう!」
もう俺の手持ちは全てばれてしまっているから隠す必要もない。全員をボールから出して、その顔に滲む意気込みを確かめる。手話で意思疎通して、勝ちたいという意思を尋ねる。もちろん負けたい子なんていないし、全員が俺のために勝ちたいと言ってくれている。だが、相手との実力差もある。それに気圧されずにやってくれそうな子を選ばないとな。
バンジロウさんの手持ちは、ラティオス、ラティアス、ガブリアス、カイリュー、ウルガモス、リーフィア。格闘タイプのポケモンを一匹以上入れるという大会のルールに則るためにゴウカザルもいれている。晴れを主体として展開するパーティーだから、晴れ状態の時は本当に手が付けられなくなる。
そのために、俺もいろいろ考えてきたが……やっぱりこれだな。全員、勝つつもりも十分だ。
まずは、相手に弱点突かれにくく、いろいろできることに定評があるノーマルタイプとしてを起用だ。ストーンブラストで相手のウルガモスも狩りやすいので、チラチーノのスズランはまず確定。 第二に今回は晴れに対抗するべくこちらも天候パーティーを用いる。天候はもちろん、砂嵐。そのため、その恩恵を最も受けやすいガブリアスのゴンゲンは必須。同じく恩恵を受け、どんな砂の中でも正確に相手を探知できるルカリオのセイイチも必須。
今回はエルフーンのセナに頑張ってもらうことにする。こちらも相性はあまりよくない((とか何とか言っているうちにフェアリータイプが追加されてたりするのは内緒))が、場をかき乱したりセイイチの強化をしたりと、それなりの役割は果たせるだろう。何気に、相手に物理型が4体もいる事だし、コットンガードは役に立つはずだ。
あとは、審判のコールを待つだけ。
「それでは、試合開始!!」
まず最初に、スズラン、セナ、セイイチを繰り出す。バンジロウさんは……ガブリアスのグンジョウ、ゴウカザルのインフェルノ、リーフィアのフレイヤ。やっぱり晴れパだ!
「へへ、グンジョウの子供はいないみたいだな! フレイヤ、行け! 日本晴れ!」
「セナ、お前が先鋒だ! コットンガード」
幸運なことに、相手は今のところ全員が物理型。しかして、厄介なことにサブウェポン(インフェルノはメインウェポンだが)として炎技を持っている……しかも、フレイヤの日本晴れという事は、相手は炎タイプの攻撃で攻める気満々という事だろう。どこまで粘れるものやら……リーフィアには草タイプだからヤドリギの種は通用しない。ならば、どうするかと言えば決まっている。
フレイヤが体から疑似太陽を放ち、天空へと打ち上げる。強くなった日差しを受けて、彼女は葉緑素の特性を発動した。
「セナ、毒々」
「おっと、そうはいかないぜ、インフェルノ、お前の出番だ!」
もう10秒経って交代できる時間になっていたか。相手は物理型のゴウカザルだが、コットンガードを積んだ以上は、特殊で攻めて来る可能性も十分に考えられる。
「なら、相手がこっちに来る前に身代わりだ!」
「火炎放射!」
やはり特殊か! セナには身代わりを命じ、インフェルノの炎を受け止める覚悟で臨む。ゴウカザルのインフェルノは身軽な動きでこちらまで移動し、命中が確実な距離に静止して大文字を放つ。セナは、炎の熱波を身代わりのぬいぐるみで受け止めた後、焼失しかけたぬいぐるみを相手に投げつける。
燃え盛る炎が残るそれを投げつけられ、思わず顔をそむけてサイドステップをかけ、回避するインフェルノ。しかし、大した距離を移動しなかったおかげか、そこにセナが毒々を叩きこむ。目に入らないようにとっさに腕で目を守り、そのまま体内で圧縮した炎を吐き出す。しかして、セナは間合いを詰めて相手の足元へと肉薄、インフェルノの股間にヤドリギの種を植え付ける。
「攻め続けるんだ、インフェルノ」
「セナはいつも通り、リラックスしてやればいい!!」
指示を受けたインフェルノは急いでバックステップで下がり、火炎放射を吹きだすも、セナはそれを守って防ぐ。インフェルノはセナの後ろに飛び越え、今度こそ防がれるまいと宙返りしながら炎を吹きだす。この攻撃にはセナもダメージを受けるが、所詮は攻撃にばかり偏重した鍛え方をしているゴウカザルだ。晴れの恩恵があろうとも、不安定な体勢から放った炎は薙ぐような軌道だっため広範囲に炎がばら撒かれはしたが、ヒットは一瞬しかしないカスあたり。ダメージなど些末で大したことはない。
セナは炎を耐えたその体で最後の力を振り絞って身代わりを作り出す。その身代わりを破壊せんと、インフェルノが放った火炎放射を、セナは身代わりで受け止めて、相手が体を引く前にインフェルノの足にしがみついた。
「振り落すんだ、インフェルノ!」
ヤドリギの種に自身の綿を絡めることで、セナはそう簡単には振り落とされない。この状態でセナを燃やせば、自分の脚も燃えてしまう。いくら炎タイプとはいえ、足が燃やされては、機動力が大幅に落ちてまともな戦闘は不可能だ。そうして、振り払おうとして悪戦苦闘し、徐々に体力を奪われていくインフェルノと、対照的にヤドリギで少しずつ回復していくセナ。必死でしがみついていたセナだが、足を振っても高速で加速と減速を繰り返そうとも、しがみつかれたまま踏みつぶされようとも、セナは剥がれなかった。そもそも、踏みつぶしたところで、コットンガードを背負うセナには、背中のクッションのおかげでダメージは皆無と言っていい。少しは圧迫される苦しみもあるものの、圧力は分散されて、満足にダメージを与えることはかなわない。
このままでは毒とヤドリギで、相手に削り殺されることが分かっているのだろう、インフェルノは意を決して、自分の足ごと燃やす勢いで炎を吐く。自らの足まで焼きかねないその一撃で、しかしセナはしがみついたまま守ることで緑色の障壁を張り出し、耐え抜いた。
ヤドリギもついでに炎から守られ、障壁からはみ出た一部の芽が焦げ付いただけである。ヤドリギは変わらずセナに栄養を、活力を送り続けていた。そこまで頑張って立っていたインフェルノも、泡を吹いて倒れ伏した。
「あぁ、インフェルノ!! くっやるじゃねーの!」
「ゴウカザル、戦闘不能! バンジロウさんは次のポケモンに交換してください!」
「おっしゃ、いきなり先制だぜ! この調子でいくぞ、みんな!」
まさかの先制に、俺は大声でポケモン達を激励する。ゴウカザルはまだバンジロウさんの手持ちの中でも新参とはいえ、まさか勝つとは思わなかった。
「まぁ、格上の相手に先制って結局は負けフラグなんだけれどね……」
「カ、カズキ……不吉なことを言うのはよせ」
……うぐ、痛いところを付きやがる。フラグを指摘することで、フラグを折るという話は聞くが、そうなってくれるといいのだが。
「キズナ! キズナ! やるじゃねえか! じゃあ、こっちも行くぜ、リクヒノカミ、出てこい! そして、フレイヤ! 今度こそ叩き潰してやれ」
バンジロウさんがインフェルノを回収し、代わりにリーフィアのフレイヤがぴょんと飛び出す。控えはウルガモスのリクヒノカミのようだ。晴れパは怖いぞ、やめてほしい。
「このままのさばらせておくわけにもいかない、相手はフラフラだ、攻め立てろフレイヤ!」
「毒々だ、セナ! 最後っ屁かましてやれ!」
フレイヤのシザークロスを捨て身で受けて立ち、その分回避不能なほど接近して毒々を放つ。さすがのコットンガードも格上の相手のシザークロスには撃沈して、セナは倒れる。だがしかし、一矢は報いた。
「エルフーン、戦闘不能! キズナさんは次のポケモンに交換してください!」
「よーし、フレイヤ。もう一発日本晴れだ」
「残念ですねバンジロウさん。ゴンゲン、出てきてそうそうだけれど、砂嵐!」
俺はモンスターボールからガブリアスのゴンゲンを繰り出す。そして、フレイヤの日本晴れを無効化してやる。
「おぉ、光の粉装備しているな? バレンタインのプレゼントじゃねえか! さっきの戦いでもつけてたが、今回も装備してくれているみたいだな! オイラ嬉しいぜ、キズナ!」
バレンタインプレゼントの光の粉。今でもゴンゲンのお気に入りだもの、外すわけにはいかないさ。というか、外させてくれない。
「そりゃどーも、ゴンゲン、剣の舞だ!」
「ともかく、調子に乗らせるわけにはいかねぇ! フレイヤ……お前も剣の舞だ」
……意外だな。フレイヤは下がらせて親子喧嘩にでも移行するのかと思ったが。
「よし、剣の舞を舞ったなら、次は身代わりだ!」
「それでいいのかよキズナ? ツバメ返しだフレイヤ!」
くっそ、その手があったか! ゴンゲンは砂嵐に紛れて攻撃をしているために、普通の相手ならば一方的に攻撃を当てることも可能だが、ツバメ返しで攻撃をされれば、確実に攻撃を当てられてしまう。ゴンゲンは迫ってくるフレイヤに向けて。身代わりのぬいぐるみを盾として構え、攻撃を真っ向から受け止める。眼前でわずかにブレーキを掛けてからの、前足についた葉っぱを伸ばして切り裂く飛行タイプの刃。
ゴンゲンは相手に体当たりをする勢いで身代わりを押し付ける。あわよくばそのまま組み伏せてしまおうという算段だ。
「押し返せ!」
「地震だ!」
しかし、リーフィアは力もそれなりにある種族。砂嵐で日差しの力がさえぎられているとはいえ、つかみかかられて四肢を封じでもしない限りは、重さで抑え込むなどできそうに無いようだ。ぬいぐるみを盾に押しつぶされ、仰向けにされながらも四つの足でゴンゲンのみがわり押しつけを跳ね除けたフレイヤは、少々バランスを崩しながら逃げおおす。しかし、そのまま逃がしてはもったいない。その、バランスを崩した体制では満足な回避も出来ないだろうと、ゴンゲンに攻撃させる。
剣の舞を積んだ状態での接近戦はこっちまで危ないので、ポケモンに合わせてジャンプしつつ試合の成り行きを見守ると、ゴンゲンの攻撃でフレイヤは吹っ飛んでいる。しかしながらフレイヤは、空中で体を捻ってすぐに向きなおる。追撃をしようとしたゴンゲンも、追撃はままならなかった。さすが、他のポケモンでは見たことない体捌きをしやがる。
しかし、地震は効果はいまひとつなわけだが……どうする? ゴンゲンとフレイヤはにらみ合ったまま動かない。
「ゴンゲン……待っていたら砂が晴れる。当たるか当たらないかは二の次だ、一度離れて地ならし。その振動で気配をごまかして、ドラゴンクローだ!」
「退けフレイヤ! グンジョウと交代!」
「ならば追撃! 交代されたら、真っ向から打ち合え! 砂隠れを利用すると、ベテランのあっちの方が有利だ! 砂隠れも意味がないくらいに距離を詰めるんだ」
バンジロウさんは逃げるという判断をする。やはり、砂嵐の中での戦いは不利だ、10秒間は交代できないから仕方なくフレイヤで戦っていたが、満を持して交代するとグンジョウは、同じ種族でありレベルも劣るゴンゲンにはきつそうな相手だ。離れていく尻を追いすがり、ゴンゲンはフレイヤの尻を引き裂く。葉っぱで出来た尻尾ごと切り裂いて血液が飛ぶも、丈夫な種族ゆえか被害は少ないようだ。傷は浅く、かすっただけだ。
ゴンゲンがドラゴンクローを放ち終わったところで、フレイヤはグンジョウとタッチする。グンジョウはゴンゲンと同じく光の粉を持たせられているようで、二人の体は異様なほどにきらきらと輝いている。この場合、レベル差は不利だが今は剣の舞を積んでいるゴンゲンの方が有利ではある……経験や身体能力の差がどう生きる事やら。ガブリアス同士でも砂隠れは有効だが、砂隠れを利用した場合、どう考えても相手のグンジョウの方がベテランであるため有利になりかねない。そのため砂隠れも意味がないくらいの密接な接近戦を命じたが……勝ってくれよ、本当に。
すぐさま激しい打ち合いが始まった。低い姿勢から突き上げるようにして放ったグンジョウのドラゴンクローがまっすぐにゴンゲンの喉元を狙う。首に風穴を開けられてはたまらないと上体を逸らしてゴンゲンはそれをかわす。ゴンゲンは一歩、二歩と下がりつつ上体を逸らし、アッパーカット気味に放たれた爪をいなしてグンジョウの攻撃をかわし、自身は体ごと相手の間合いに入り込んで右爪で相手の肩を狙う。
腕をあまり伸ばさずに放った近距離のひっかきは、ただ単純に引っ掻くよりも素早く相手に届くが、グンジョウに左腕についたヒレをゴンゲンは爪で狙われて、とっさに手を止める。白く光るゴンゲンの爪が止まると、グンジョウは防御に使った左腕で円を描くようにして脇を締め、体を落として鋭い突きをゴンゲンの脇腹に向かって一閃。
ジャブのように放たれたそれがゴンゲンの鎖骨に突き刺さる。痛みで顔をしかめつつ、グンジョウが放つ右腕の追撃を、体を捩じってかわしつつ前に出る。相手の左腕の外を撮ったゴンゲンは、グンジョウの腹を狙いすまして突きを放つ。下ろした左腕を犠牲に何とか爪から腹を守り、グンジョウは尻尾を振りぬいてゴンゲンの足を引っ掛けようともくろむ。
しかし、ゴンゲンは尻尾に躓いてよろけるも、転ばせるには至らない。しかし、よろけて体勢を立て直すまでの数瞬の隙が生まれる。その間の反撃から身を遠ざけるべく、ゴンゲンは大げさに距離を取るために走る。
「一旦転べゴンゲン!」
ゴンゲンがすぐに振り向いて正対するだろうと高をくくっていたグンジョウの気合は空振りに終わり、少し距離の離れたところにていまだ逃げるゴンゲンを追う。そこで、ゴンゲンがわざと転ぶ。先ほどグンジョウがゴンゲンを転ばせるために自身の尻尾をドラゴンテールで引っ掛けたが、ゴンゲンそのものが地面に転がっていたらそれよりもよっぽど躓きやすいだろう。
ゴンゲンは、転ぶつもりで急ブレーキをかけ、地面との摩擦や足爪を地面にめり込ませて楔を打つことでで急ブレーキ。人間と違って分厚い鱗が護ってくれるため、こんな石が転がっているフィールドでも擦り傷は無いのだろう。転んだおかげで発生した急ブレーキに、グンジョウは対応しきれず転ぶ。
グンジョウは地面にヒレをついてなんとか土の味を味わうのは避けられたが、そこを容赦なくねらうのは、倒れた体勢のまま放たれるゴンゲンの放つ龍の波導。体を丸めてそれに身構え、鱗が焼かれる感触にグンジョウは苦悶の声をあげる。地を這うように退避しつつグンジョウが立ち上がり、ゴンゲンの腹に向かってドラゴンダイブ。ゴンゲンはグンジョウの肩と頭をヒレで押さえて、足で地面を削りる程に押し出されながらも防御する。静止する前に、押さえたゴンゲンの腕を狙うグンジョウのドラゴンクローに対し、ゴンゲンは相手を押しのけつつとっさに手を引いてバックステップで距離を取る。バックステップで後ろに体重がかかっているゴンゲンへ、グンジョウが大きく二歩踏み込んで、右腕から全体重を込めたドラゴンクローを放つ。ゴンゲンは一旦腰を落として左手でドラゴンクローを放ち、相手のヒレにそれを当てていなすことで傷を負うことを避けた。一方、ゴンゲンの余った右手による突きは、グンジョウの急所を的確に穿ち、彼の膝を折らせる。
しかして、勝利を確信してゴンゲンが油断した瞬間、グンジョウはもう一方の手でゴンゲンにドラゴンクローを見舞う。かろうじてヒレで防御したものの、ほとんど威力は減退することなく、ゴンゲンの腹にドラゴンクローが突き刺さる。それは彼女に致命的な一撃を与え。ゴンゲンもひざを折りかける。
「ガブリアス、戦闘不能! バンジロウさんは次のポケモンに交代してください!」
「ゴンゲン……もういい、ボールの中に……おい!!」
グンジョウが倒れ、もう相打ちだと思ったのに、ゴンゲンが大量の血を流しながらこっちに走ってくる。無茶な……。
「フレイヤ、電光石火だ! あっちのガブリアスが何を狙っているのか知らねーが……」
最後の力を振り絞ったゴンゲンの狙いは、セイイチに直接タッチすることであった。そういえば、今回は一度もセイイチに正義の心を発動させていない。ゴンゲンは、それを発動させるために自分からボールに入れられるのを待たずにこちらへと戻り、フレイヤの電光石火を受けながらもセイイチに噛みついた。悪タイプの攻撃……これで、セイイチの攻撃力はアップした、か。
「ガブリアス、戦闘不能! キズナさんはガブリアスを回収してください」
「ゴンゲン……ナイスだ。行け、セイイチ」
渾身の力で噛みついたのもあって、効果はいま一つだというのにセイイチの顔は苦悶に染まっているが、その分パワーアップは強烈だ。セイイチは俺に命令されるまでもなく、仇を打つように神速で棘のついた腕を振り下ろす。フレイヤは伏せの姿勢を取ることでさっと身をかわして、寝返りを打つようにして離脱しセイイチと対峙した。俺がゴンゲンの回収をする間にも、二人は激しく争い合っている。せっかくの砂嵐ももう晴れてしまっているじゃないか……もうセイイチのアドバンテージも無しか。
すれ違いざまに切り裂かんとするフレイヤのツバメ返しを避け、そのままぐるりと回ってフィールドの真ん中へ逃げる彼女の尻を追うように神速。蹴りでフレイヤをどつこうとするも、フレイヤは急旋回してかわしリーフブレードを構えて威嚇。お互いが横から攻めてやろうとでも画策しているのか、円を描くようにゆっくりと回る。やがて堪え切れずにセイイチが一歩踏み込み、インファイトを仕掛けようとフレイヤの耳を掴みにかかる。しかし、フレイヤは額のリーフブレードを伸ばしてその手を払い、おまけに手傷を負わせる。
鋭い葉に弾かれて、とっさに手を引いたところで、フレイヤがセイイチに突進を掛ける。腹から上に抉りこむような頭突きを喰らわされて、踏ん張る事すらできずに空中へと持ち上げられ、体勢を立て直す前にフレイヤのリーフブレードがセイイチの足を切り裂いた。その際、フレイヤも波導弾のお返しを喰らうも、被害は軽微。
「戻れ、フレイヤ!」
「セイイチ、戻れ」
機動力の大半を失い、片足で踏ん張っているセイイチを尻目に、フレイヤは逃げる。普段ならば、神速を使えるセイイチの方が戻るのも早かろうが、しかし今は足を怪我している。フレイヤは尻に浅い傷と、小さな波導弾。そして全身に効果はいま一つの地震の衝撃を喰らったくらい。まだまだ戦えるコンディションだ。お互いがフィールドの真ん中あたりにいる時点でその二人が味方にタッチして交代しようと思ったなら、歴然な差が出るのは当然だ。
フレイヤがウルガモスのリクヒノカミと交代する際は、余裕をもって日本晴れを発動させることすらできている。その頃になってようやくセイイチはスズランと交代する。こいつはロックブラストを覚えさせていて、リクヒノカミにとっては天敵の岩タイプだから、当たれば倒すことは難しくないはず。当たれば……だが。
晴れ状態に加えリクヒノカミは蝶の舞も舞ってしまった。スズランが技を当てられる距離に近づくまでに、すでに手が付けられない状態というわけだ。
「スズラン……直撃させようと考えるな! 技をわざとばらけさせて避けにくくさせろ!」
この指示を下すと、連続でヒットさせることは難しくなる。だが、代わりにどれか一発でも当たればいいという状況ならば効果はある。命令通り、スズランはわざと正確さを欠いて攻撃する。それすらも隙間を縫うようにして、リクヒノカミはかわし、そして放つのは熱風。
前方に広範囲で広がる技。俺も焼けてしまいそうなので急いで伏せ、審判は胸に忍ばせておいたバチュルに光の壁を使わせ、自身は機械式のフォースフィールドを広げて、二重の防壁で身を守っている。スズランは駆け回ってその風の来ない方向へ逃げようとするが、前へ接近して下から後ろに回り込もうという勇気はなかったのがまずかった。ウルガモスから見て反時計回りに逃げようとしたところで、蝶の舞によって強化されたリクヒノカミの瞬発力で追うことは容易い。皮膚が焼けただれそうな熱波に抱かれ、スズランは動けなくなる前に目を閉じてストーンブラストを放つ。さすがに熱風を放っている最中に避けるのは難しかったらしく、リクヒノカミは一発まともに喰らってしまうが、なんとか持ちこたえられ、そのままスズランを焼き払った。
「チラチーノ、戦闘不能。キズナさんは最後のポケモンに交代してください」
「最後のったって……」
もう、残っているのは足を怪我したセイイチのみ。これじゃあ、ほとんど固定砲台になるしかないわけで……例え一矢報いても、そこまでが限度だろう。フレイヤを倒すことはきっとかなわない。セイイチをむやみに危険にさらすことも無かろう。
「……無理です。セイイチがこの状態では。相手がぼろぼろなら試す価値はありましたが、相手はまだ戦える。さすがに今回は……100パーセント勝てません。棄権します」
「わかりました。キズナ選手の降参により、この勝負はバンジロウさんの勝利とします!」
やはり、予想通り過ぎる結末に、周囲で見ていた人たちから歓声が上がるという事はなかった。分かっていた結果とはいえ、負けるというのはやっぱりきついものがある。
「はぁ……負けちゃったかぁ」
思わずため息が漏れ、肩を落とす。
「よう、キズナ! キズナ! キズナ!」
「あ、はい……なんですか?」
「お前もカズキも、オイラがポケモンを譲った時と比べると、スゲー強くなったなぁ! オイラが渡した子が成長して、しかも大活躍してくれて嬉しいぜ! オイラ、昔言っただろ? 強いポケモンを育てたポケモントレーナーがスゲーように、強いトレーナーを育てる奴らもスゲーんだって!
オイラ、そのスゲー奴になれたかなって期待していたんだけれどよー。予想通りだぜ! お前ら強いし、スゲーじゃん! オイラとこれだけ戦えるんだ! いつか、公式試合で殿堂入りだって出来るぜ! その時は、オイラが譲ったポケモンを使ってくれよな!」
さっきまで、少し落ち込んでいたつもりだったけれど……やはり、この人にはかなわない。
「えぇ、頑張ります。こんどは、ローテーションバトルではなく、シングルバトルで……また、戦いましょう」
負けたのに、ここまで爽やかな気分居させてくれるのだもの。戦えてよかった。
「おう、いつでも待っているからなー、キズナ! キズナ!!」
「はい、バンジロウさん!」
バンジロウさんは、握手でなくハイタッチを求めてきた。なので、おもむろにあげた手に合わせるように俺も手を構え、痛みを恐れずにバチンと小気味よい破裂音を響かせる。痛いくらいの平手打ちに、手の平にはジンと痺れが残った。……まだまだ、強くなろう。強くなって、例えどんなポケモンでも、例えどんな敵が相手でも、恐れず立ち向かえる強さを……今となってはあの時、パルキアから逃げ出そうとした自分が恥だとは思わない。
けれど、いつかはパルキアと真っ向から戦わなければいけない立場に身を投じようとしているのだ。バンジロウさんの想う方向性とは違うだろうけれど、強く……強く! 願わくば今の戦いも、その糧とならんことを。
「師匠、すみません……負けてしまいました」
次に、見守ってくれた師匠へと話しかける。
「いえいえ、問題ありませんよ、キズナさん。正直な話、恥ずかしながらトレーナーとしての実力は完全に私よりも上を行っている。誇って良いとおもいます。ですので、負けたことを恥じるよりも今日の自分に負けぬように、研鑽を重ねて行ってください。そして、忍者道場で、自身の身を守るすべを獲得していくことも忘れずに。こっちの方は、まだまだ私の方が強いですからね!」
支障はこれ見よがしに力こぶを作り、笑顔で言い放った。
「はい! 学べることがあるうちは、きっちりと学んで生かしていこうとおもいます」
師匠の目をまっすぐに見て頷き、俺は微笑む。
「カズキー!」
ねーちゃんにも話しかけたいところだけれど、そろそろカズキに話しかけたい。
「キズナ、残念だったね」
ゆっくりと歩いてゆくと、カズキは俺を見つめてそう言った
「はは、結局フラグ通りになっちまったな。結果も2対4で黒星……頑張ったけれど、負けちゃったな。けれど仕方ないさ、次を頑張ろう」
「うん、次に参加するときは、俺達で一緒に優勝と準優勝を奪い取ろう」
俺達は互いに頷き合い、微笑んだ。
「……約束だぜ?」
俺が小指を差し出すと、カズキもそれに小指を絡ませて指を振る。そっと指を離すのが名残惜しい気分だ。
「おーおー、お暑い事で」
俺達のやり取りを見て、ねーちゃんが口にした感想はそんなものであった。
「ねーちゃん、冷やかすなよ。俺ら、真剣なんだぜ?」
「キズナ、その言い方なんか誤解を招きそう……まぁ、いいけど。その誤解もきっと不正解ではないだろうし」
おいおい、カズキも言ってくれるぜ。俺達が何に真剣になるっていうんだか……結婚とでもいうのかね?
「そうね、なら私は誤解しておくことにするわ」
ねーちゃんは肩をすくめて苦笑した。俺達、周囲の人からどう見えているんだろう。そしてねーちゃんが意図的に誤解している内容は何なのか、気になって仕方がない。
さて、優勝は決勝戦のバトルの勝敗では決まらない。ビリジオンに認められ、ビリジオンをゲット出来るかどうかで優勝が決まるのであって、バトルはおまけ、もしくはビリジオンがどちらのトレーナーも選ばなかった時の保険でしかない。決勝戦のメインイベントとなるビリジオン捕獲のパートでは、俺達は模造刀を手に、レンジャーや陰陽師が案内してきたヌシ様の前に立ち、剣を構えて『つるぎあわせ』をしてもらうだけだ。つるぎあわせとは、構えた剣に、ビリジオンが自身の
角を合わせてもらうこと。そうやって認めてもらったほうが勝利というルールだ。
確かに、勝てなくはない。バンジロウさんが相手ではポケモンバトルも勝てるはずがない……けれど、そのルールでなら勝てる可能性がある。スバルさんがいったその言葉、信じてみよう。