第七十九話:戦いの決着
『おっと、これは非常にいい試合。ガブリアスとサザンドラ、互いに一歩も引かない接戦です』
いや、退いてるから。
『しかし、この状態……これはどちらも動けませんねぇ』
ゴンゲンとトリニティ。どちらも結構なダメージを受けてしまった。
今のところはほぼ互角の戦い……なのはいいのだが。
「両者、ポケモンの交代をお願いします」
2人とも、味方とのタッチ寸前で膠着状態になってしまった。ローテーションバトルに限らず、シングルバトルだろうとなんだろうと、ポケモンはじゃんけんと同じで後出しが有利である。なので、2人ともすぐにタッチできる状況になってしまうと、相手がタッチで交替してくれるのを待つしかなくなってしまう。
そして、どちらも考えることは同じなので、こうなってしまうと審判にコールをしてもらうしかない。2人で審判のほうを見やると、審判も頷いてコールをする。
「両者、後5秒以内にポケモンの交代をお願いします。5,4,3,2,1,0!」
「スズラン!」
「ケセラン!」
『0』のコールが為されたところで、俺はチラチーノ、スバルさんはエルフーン。何だ、何で来る? 身代わりは……チラチーノに使う奴はいないだろう。 攻撃に特化したチラチーノに挑発をする意味は乏しい、そうなるとコットンガード?
「電磁波だスズラン!」
「おい、ケセラン。あれはなんだ?」
スバルさんが俺の背後を指差すと同時に、ケセランも一緒に俺の背後の空を見る。
「スズラン、前に集中だ」
俺の注意も空しく、ケセランは背後を振り向き、隙を晒す。その間に、ケセランはしっかりとコットンガードをやっている。一瞬でもうしろを振り向いてしまったスズラン、ともかく指示を全うするべく駆け抜ける。
「もういい、スイープビンタ!」
こちらから近づくと言うことは、待っている間ケセランは何でもで出来るということ。すでに身代わりを完成させていたケセランは、電磁波への盾として自身の前方にかざしている。
そんなものぶっ壊してやる。ケセランのコットンガードは確かに厄介だが、それも後ろを向かせなければ問題ない。身代わりうを盾のように構えているということはすなわち、前を向いているということ。
そして、身代わりまでコットンガードの影響を受けると言うようなこともなく、スズランは右手や背中の真っ白い体毛を駆使して、ケセランの身代わりを破壊する。さすがチラチーノ、洒落にならない威力である。
勢いあまってケセランの頬まで一発はたいてやったが、その際にはケセランのヤドリギの種がスズランの体にへばりつく。そこをさらにスズランが殴りかかろうとしたものの、ケセランはさっと見を翻して後ろを向いてしまった。
こうなってしまえば、ケセランにダメージを与えるのは難しい。
「スズラン、下がって電磁波!」
「痺れ粉!! そして戻れ」
くっ……麻痺合戦か……しかし、スズランは念のため下がっている。これなら、くらわない……と思ったら風が吹いて麻痺粉を吸っちまった!!
『おおっと、これは風の悪戯か! せっかく避けた痺れ粉がをスズランが吸ってしまった!!』
審判がそんな事を口走っているけれど、風の悪戯のわけが無い……風を起こすくらいケセランにはお手の物じゃないか。そして、追い風を得たスズランは……同じ麻痺をしてしまった同士だが、スズランはそのまとう風をより強力なものにして、交代する。スズランは敵陣深くまで切り込んでしまったが、相手であるケセランは自陣の真ん前このままじゃ、スズランがケセランの仲間になぶり殺しにされる。
交代相手は……
「ジーパン、潰せ」
「スズラン、怯むな! 電磁波で立ち向かえ!」
敵陣深くまで切り込んだこの状態では、スズランが逃げてもたかが知れている。ならば、とにもかくにもあいつを弱らせてやるしかない! 大丈夫、奴の特性は自信過剰だ……脱皮と違って麻痺はそう簡単に自然治癒もしない。
「とび膝蹴り」
「喰らえ!」
待ち構えていたスズランに、ジーパンは捨て身の覚悟で飛び膝蹴りを放つ。スズランの電磁波にしかし、ジーパンは怯むことなく膝を合わせる。結果、スズランの電磁波はヒットし、スズランもジーパンから飛び膝蹴りを受けてしまった。
スズランの体が軽いおかげで上手い具合に吹っ飛んで衝撃を受け流されたために一撃死とはいかなかったが、それでもスズランは非常に苦しそうな表情をしている。あ、スズランが座り込んだ……そうか、ヤドリギのせいか。引っ付いたヤドリギの種がスズランの最後の体力を奪い取ったのか。
「すみません、審判。スズランはもう……」
「分かりました。チラチーノ、戦闘不能! キズナ選手は次のポケモンに交換してください!」
フラフラと立ち上がりながらこちらへと向かってくるスズランを見ながら、俺はアサヒを繰りす。
『おっと、この戦い、先手を取ったのはスバル選手! 圧倒的な実力差を見せ付けてくれる、鮮やかな手腕です!』
『しかし、キズナ選手のチラチーノも、なかなかやってくれていますよ。ダメージはあまり与えられていないですが、2体を麻痺にしている以上は馬鹿に出来ない活躍といえるでしょう』
そうさ……逆転の可能性はまだまだある。こっちには無傷のタイショウが残っているし、あっちはキズだらけのトリニティに麻痺したケセランとジーパン。そうそう負ける相手ではない。
「アサヒ、出て来い。そしてタイショウ、行け!」
タイショウにはイバンの実を装備させている……役に立ってくれるといいが。
「ジーパン、龍の舞」
個性的な技を使いやがる……だが、俺はジーパンにトドメをささせる前にスズランを下がらせたから、自信過剰の特性は発動せず仕舞いのはず。それに今は、相手は麻痺している。竜の舞で攻撃力を上げまくられる前に、叩き潰してやる。
「インファイトだ!」
と、俺の指示。
「懐に入られたならば、それなりの戦いをしろ!」
それがスバルさんの指示であった。タイショウは走ってジーパンの元に向かい、肩をいからせて突進する。強烈なタックルだが、麻痺していても追い風があるためみすみす当たるほどジーパンも馬鹿ではない。相手の肩を押さえるように手を突き出していなさんとするも、タイショウは突然ブレーキをしてから、上半身を後ろにそらして足を狙った攻撃。
ヒットしたその瞬間、足を戻す反動で上半身を戻して正拳突きを放つも、ジーパンはいなしとかわしとバックステップのあわせ技でそれをかわす。それが終わると、今度は逆にジーパンのターンになってジャブとストレートのワンツーから左手で股間に向かって手の平で攻撃、腰を落として右ショートアッパー。以上の流れるような4連続攻撃をするも、ワンツーは弾かれ、股間狙いの一撃は膝に阻まれ、最後の一撃は顎を引いてかわされて、タイショウはノーダメージでやり過ごす。
接近戦に持ち込まれたタイショウがローキックを放つも、ジーパンにしっかり見切ってカットされ、お返しとばかりに放たれた左ストレートがタイショウの頬を掠めた。
クリーンヒットをなんとか凌ぎ、それをチャンスと読んだタイショウは、肘えぐりこむようにジーパンに叩き込もうとする。しかし、その肘打ちをかわして、タイショウのわき腹にジーパンの諸刃の頭突きがタイショウの腹に入る……しかもゴツゴツメット付き。あれは痛い。
カウンターで決まった完璧な頭突きは、効果はいまひとつながら普段以上に上手く当たったために、相当なダメージとなっている。その上、メットのおかげで反動ダメージも微小なのだからやってられない。
そこからさらに、ジーパンはテイクダウンに持ち込むことで、タイショウを寝技に持ち込もうとしている。普通のポケモンなら、腹に走った痛みのせいでそのまま倒れてしまっていただろうが、頑丈の特性を持ったタイショウは、その一撃ではへこたれなかった。
腹の痛みに歯を食いしばりながら、イバンの実の効果が発動して、首にかけていたドライフルーツが光を放って消える。タイショウはジーパンのメットの顎紐を左手でつかみ取って、顎に向かって掌底を正確に叩き込んだ。ジーパンは当然、諸刃の頭突きで多少とはいえダメージを受けているし、その前のローキックもなかなかの痛手だ。
結果的に、ダメージが蓄積したジーパンがタイショウに倒れ込むように覆いかぶさる形になり、タイショウはジーパンを引き剥がすために彼の体を膝で蹴り飛ばして離れる。タイショウは痛そうな顔をしているが、何とか立ち上がる事が出来た……ふぅ。ひやひやするな……
「ズルズキン、戦闘不能! スバル選手は次のポケモンに交換してください!」
『おっと、ここでキズナ選手がスバル選手に一矢報います。流石に、ここまで勝ち進んできた2人だけあって、いい試合をしますね!』
『えぇ、ですが……流れとしてはスバル選手が優勢です。年長者の意地を見せ付けられそうですね』
いい試合か……嬉しい言葉だが一矢報いただけじゃ意味が無い。勝たなきゃ。
「タイショウ、一旦退け!」
「やりおるなぁ……出て来いよ、うな丼。そして、ケセラン……行くんだ!」
ケセランがまだ残っている追い風を纏いながら、逃げている最中のタイショウを追う。
「後ろを向きながら、ヤドリギの種」
だよな、コットンガードを最大限に生かすよな、そこは。俺は両手のひらを下に向けて、指先を相手側に向け、前方に出す。手話による『攻撃』の合図だ。それを受け、タイショウは渾身の力でブレーキをかけ、後ろから迫ってくるケセランに起死回生の一撃を仕掛ける。
破裂しそうなほど力を込めた脚から、鞭のようにしなる柔らかな関節が為しうる高速の回し蹴り。ただ普通に蹴ってもケセランは飛んで行ってしまうだけなので、地面に落ちるように踵落としで運動エネルギーの逃げ場をなくしてやる。
叩き落したケセランを、木の幹すら貫く鍛え抜かれた抜き手。腰を落として行う渾身の力を込めた槍の突きに匹敵するその一撃は、ケセランのモフモフの綿を貫き、本体に届く。しかして、やはり絡みついた綿は偉大であり、ケセランを一撃で落とすには足りない。
でも、ケセランは酷く痛そうな声を上げていた。タイショウはヤドリギにやられて膝を付いてしまったが、ケセランに大ダメージを与えたことだしよしとしよう。
「タイショウ、戦闘不能。キズナ選手は次のポケモンに交代してください」
『おっと、2体目もスバル選手が先制致しました。これで、スバル選手は3匹、アサヒ選手は2匹。これからは選出も難しくなりますし、キズナ選手も追い詰められてきましたね』
「タイショウ。よく頑張ったな……次はアサヒ、お前だ」
「ケセラン、少し休め。そしてうな丼がいくんだ」
アサヒが駆ける。
そして、ケセランとタッチしたうな丼はこちらへ向かわずにとぐろをも巻いて防戦の構え。アサヒは猫騙しでうな丼に仕掛ける。
それで目を瞑ってのけぞったところで、アサヒの腕の体毛が遅れてうな丼のまぶたを叩く。猫だましで目をつむった一瞬に、畳みかけるような目つぶしの一撃。出来た一瞬の隙に、アサヒの鋭い足爪がうな丼を蹴り、その反動でアサヒはとんぼ返り。一定の距離をとる。
そこから先はめまぐるしい攻防である。うな丼の雷パンチを手で弾き飛ばし、アサヒが短い足を賢明に伸ばして腹に蹴りを届かせる。踏み込みが足りず、威力も乏しかったそれをうな丼が耐え、巻いたとぐろを解きながらのドラゴンテール。まるで体が伸びたのかと錯覚するようなその一撃に、アサヒは足を打たれないまでも、無理に避けようとしてバランスを崩してしまう。
尻餅こそつかなかったが、たたらを踏んだ退け腰の体勢は隙だらけなことには変わりない。岩雪崩を放ってうな丼が攻撃すると、その奔流に揉まれてアサヒが抵抗できないままに流される。追撃のワイルドボルトをアサヒは跳ね起きていなすも、電流の余波でダメージを受ける。
しかし、いなした瞬間はチャンスである。ワイルドボルトは勢いのある体当たり。急には止まれないから、この瞬間ならば波導弾も撃ち放題だ。
普段は浮いてるうな丼が急ブレーキをかけるために地面に降り立ったところをアサヒの波導弾が襲う。波導弾を追いかけるようにしてアサヒはうな丼に迫った。手をかざして真っ向から波導弾を受け止めたうな丼は、アサヒの攻撃を待ち構えるためかざした腕は下ろさない。
ならば、とアサヒは相手の手を自身の手から垂れ下がる体毛で、うな丼の腕をはたきにかかる。防御するために腕を上げるのであれば、その腕をまず攻撃すればいい。スタンダードな発想だ。うな丼が叩く攻撃を2発ほど喰らって、その状態がまずいと判断したのか、上げた腕で顔を隠しつつギリギリまで粘ってからの火炎放射。
物理型のうな丼がタイプ不一致の火炎放射を放っても威力はたかが知れているが、しかしそれも相手が避けたりそれなりの防御を出来ればの話。思いがけない行動に対応出来ず、まともに喰らってしまったアサヒは、左腕が火傷で機能を失ってしまう。その失った左手を皿に痛めつけるように、うな丼は右ストレートの雷パンチ。
腕がもう上がらないと判断したアサヒは、膝の力を抜いてから頭蓋のもっとも硬い部位、額で雷パンチを受ける。目の前に星が散るような痛みと痺れをもらってしまうも、額に当てれば相手の拳だって痛い。そして、相手の拳にダメージを与えたところから一気に繰り出されるとび膝蹴りの威力は並ではない。
相手が拳の痛みに呻いている間に放った膝蹴りがクリーンヒットしたところで、うな丼が10万ボルトを放つ準備をする。それを見てアサヒは後ろに下がり、10万ボルトをかわした。一旦のこう着状態となり、うな丼は後ろに下がり始めた。
「アサヒ、波導弾! 下がりながらだ」
ならば、アサヒにはそれなりの仕事をしてもらおう。うな丼の攻撃は、離れれば離れるほど命中率は下がるが、この遮蔽物のない空間では波導弾ならばほぼ必中は間違いない。
うな丼の10万ボルトとアサヒの波導弾が交差するも、結果は目論見どおりである。アサヒの波導弾はヒットし、逆にうな丼の10万ボルトは当たらない。
『おっと、キズナ選手のコジョンド、いい動きをしておりますね。これで、キズナ選手も希望が見えてきたといったところでしょうか!?』
実況がアサヒをはやし立てている……そうだといいけれどな……。息も絶え絶えの状態で、うな丼は仲間へと交代する。その相手は……
「アサヒ、トンボ返り!!」
「トリニティ、守れ!」
どっちが相手でも関係ない。ケセランもトリニティも、どちらも虫タイプは弱点じゃないか。
そして、スバルさんの指示は……守る、だと? やばい、守られたら……アサヒはトリニティが張り出した緑色の障壁に向かって、虫タイプの力を纏った足で蹴り飛ばす。アサヒの蹴りを障壁が弾き返すが、その障壁に踏ん張ってその場からいったん距離を取る前に障壁が消えて、アサヒは尻もちをつく。
「アサヒ、任せた!」
アサヒに向かって、俺は叫ぶ。このまま避けるか、攻撃に向かうか。どちらがいいか、もはや指示が追いつくレベルの戦いじゃない。そして、アサヒは攻撃に向かう事を選んだ。自身の急所を守るべく、顔の前に腕をかざしての捨て身の攻撃。とっさに放たれたトリニティの竜の波導が当たるが、1発では怯みはしない。
いつもの癖なのだろう、もしもトリニティが3発まとめて竜の波導を放ってきたならばまずかった。二発目の竜の波導が当たる前に、よろめきつつも懐に入り込んだアサヒは、その巨体に向かって飛び膝蹴りを放つ。その瞬間、腹を押し出されたトリニティが、竜の波導を勢いよく吐き出してしまう。
それはアサヒの背後に着弾したが、四散した波導はアサヒの背中と踵を焦がす。その結果、最終的には、仰向けに倒れるトリニティに覆いかぶさる形で、アサヒも力尽きていた。最後に彼女はトリニティの胸の羽毛を掴んで思いっきり引っ掻いてささやかなダメージを与えている。それがトリニティにとっても止めとなったらしい。
相打ちか……
「コジョンド、戦闘不能。キズナ選手は、最後のポケモンに交代してください。そして、サザンドラも戦闘不能。スバルさんは……もうされていますか」
『おっと、これはなんという結果! 相打ちです! これでキズナ選手に残されたポケモンはガブリアスのみ! しかし、長い時間休んでいたおかげでスタミナや痛みは大分回復しているか?』
『スバル選手に残された2体も、どちらもすでに傷を負っている事を考えれば、キズナさんにもまだまだチャンスはあるかもしれませんね。あとは気力の勝負でしょう』
実況も解説も、分かりきった事を言いやがる……俺は、最後のポケモン、ゴンゲンに託すしかなくなった。そしてスバルさんの次のポケモンは……うな丼か。お互いメインウェポンを無効化されるもの同士……どちらももうフラフラの状態だ。
まず、ゴンゲンは自身の力を最大限まで高めるべく、剣の舞。うな丼もうな丼で、とぐろを巻いて待ちの構え。と、ここで俺はある事に気付いた。とぐろを巻いていると、当然のことだが相手は移動しにくい。浮遊しているからジャローダほど移動しにくいわけではないが、それでもこちらに来るのは遅くなるはず。
「ゴンゲン、砂嵐!」
ゴンゲンには、光の粉を持たせている(と言うか、気に入り過ぎて離してくれない)。運がよければ、うな丼の攻撃をかわして一方的に……という展開もありうる。
「まずいな……下手すると攻撃を外す。すまない、うな丼。私の判断ミスだ。相手の気配を感じたら、何でもいい……その時出せる攻撃をしろ」
そして、砂嵐に紛れてゴンゲンが攻撃を仕掛ける。ゴンゲンは、砂嵐になると、その体に砂を吸着させて砂の色と同化する。それに加えて、光の粉はゴンゲンの数瞬前の位置で光を放つ。
光の粉は、カビゴンのように極端に遅ければ恐らく意味のない道具だが、それがゴンゲンほどの素早いポケモンが相手ともなれば話は別だ。その数瞬の間に、ガブリアスは獲物の命を絶っている。
砂嵐によって足音も空気を切り裂く音も誤魔化される状態で、ゴンゲンはうな丼を真っ直ぐに見据え、そしてヒレの爪を首に突き刺した。半ばやけくそに放ったうな丼の裏拳(ドレインパンチ)がゴンゲンの頬に当たったらしく、ゴンゲンはうな丼から離れる際に、足をふらつかせ、血の混じった唾を吐き出していた。
「シビルドン、戦闘不能! スバル選手は最後のポケモンに交代してください」
「ケセラン、頼む」
「ゴンゲン、ドラゴンクロー! 大文字と織り交ぜるんだ!」
ともかく、もう力任せに殴るしかない。だが、振りぬいた腕には綿が絡みつくくらいで、ほとんどダメージは無し。それどころか、その際に放たれた麻痺の粉をまともに吸ってしまったし、ヒレに絡みついた綿には光の粉がまぶされていないからいい目印だ。それを地面に擦り付けてゴンゲンがとろうとするが、その隙にケセランはヤドリギの種をゴンゲンに貼り付ける。
まずい、うな丼に殴られた今のゴンゲンじゃ……もうどれほど耐えられるかもわからない。麻痺もきちんと喰らっているから、麻痺しているケセランとは同じ条件になってしまった……厳しいなんてもんじゃない。
「フハハハハ……キズナ。強くなったな」
高笑いをしつつ、スバルさんが言う。
「そんな話は後だ! ゴンゲン、とにかく攻めるんだ! 急所に当たればお前が勝つ!」
「……そうだ、キズナ。こうなったらもう作戦なんてないんだ。それが正しい、だが……! 審判、私の降参だ!!」
今、なんて言った……スバルさんは?
「な、え……?」
審判も戸惑っている。
「だが、ケセランもゴンゲンも、戦いは続けろ。それは命令だ!!」
「馬鹿……な、何で降参なんかするんだよ、スバルさん!! あんた、ビリジオンを欲しがっていたじゃねえか!!」
「私にはもうテンペストがいる……だから問題ない。それよりいいのか、決着を見届けなくて」
「あ……」
ケセランとゴンゲンの方を見てみると、ケセランの背中の綿が少々焼け焦げていたものの、彼の本体はほとんど無傷。対して、ゴンゲンはと言うと……膝をつき、荒い息を吐いていた。
ケセランはもう動く気力もないゴンゲンの尻尾に、ギガドレインを放つ。振り払おうとしてゴンゲンは尻尾をぶんっと振りぬくも、そのままバランスを崩して横向きに倒れてしまい、もう立ちあがることも出来ない。ケセランは元気そうに座りふわりと地面に降り立つ。
「……ガブリアス、戦闘不能。この勝負……スバル選手の勝利と……」
「何を言っている、審判。私が先に降参しただろう?」
「あ、はい……スバル選手、降参により、この勝負……キズナ選手の勝利とします……?」
審判すら自信が無い。こんなことってありえるのかよ……?
「待てよ、スバルさん! どうして、こんな……」
「言ったろう? 私はお前に感謝をしているんだ……だからこそだ。お前の才能を最大限に生かす方法を考えた。キズナ……お前は、ポケモンレンジャーになりたいと言っていたな。その夢、今でも変わらぬか?」
「当たり前だ!」
「ならば、お前にこそあのポケモン。ビリジオンがふさわしい。だから私は負ける事を選んだんだ」
「……なんだよ、それ」
確かに、勝ちたいとは思ったけれどこんな勝ち方じゃ納得行かない。
「……それと、もう一つ。これから行われる戦いでは、決勝戦でのポケモンバトルによる勝敗よりも、ビリジオンがどちらにゲットされるかの方が重要なのだ。その勝負、私ではバンジロウに勝てる自信が無い……まったくといっていいほどな。だが、お前ならば……私はそう思った。お前ならば勝てる! お前の正義の心があれば、きっとビリジオンはお前に仕える事を選ぶはずさ」
だからって……そんな理由で……。
「まだ納得がいかないという顔だな。それでいい」
スバルさんの言葉に、俺は顔を上げる。
「勝ちを譲られたと思うのが嫌だと思うのならば、今度は私に勝ちを懇願させるほど強くなって見せろ。不満を解消させたいという想いは、成長につながるはずだ」
「はい……分かりました……」
今まで生きてきて、恐らく最悪の勝利だったと思う。勝利したこっちが握りこぶしを解くことも出来ずに歯を食いしばり、顔を上げた時に見たスバルさんの顔は誇らしげ。なんとも後味が悪い。こうやって、勝ちを譲りたいがために、レンブさんとの試合でルギアを使ったのか。
……だけれど、スバルさんが言う決勝戦の内容について。確かに、俺はヌシ様と顔見知りだし、バンジロウさんはすでにラティアスなどに懐かれているあたり、強敵だというのが分かる。ビリジオンも、変え逃げっとされるなら拒みはしないだろう。
勝てるのか……俺が。あの、化け物トレーナーのバンジロウに。ポケモンバトルではないとしたって、勝てるのか……あれに? ビリジオンに俺を認めさせることはできるのか?
『えーと……これはどういうことなのでしょうか?』
『は、はい……なんというか、これは……もう言葉通りなんじゃないですかね? スバル選手とキズナ選手は顔見知り同士のようですし、スバル選手が勝ちを譲ったという……』
実況も切れがなくなっているし、観客もどん引きだ。まったく、スバルさんは何度観客をどん引きさせるつもりだ。
そんな事を考えながら、とぼとぼとバトルフィールドを出て、カズキやねーちゃんが待つ場所へ向かう。
「……キズナ。なんというか、俺の母さんが……ごめん」
「いや、いいよ。多分、このやるせない気持ちは時間が経てば治まるし……それに、多分スバルさんの言うとおりなんだと思う」
俺の言葉に、ねーちゃんが意外そうな顔をする。
「言う通りって……ビリジオンに選ばせたら、キズナを選ぶかもしれないって事?」
「そうだよ……バンジロウさんとスバルさん。どちらも素晴らしいトレーナーだけれど……バンジロウさんのほうがオーラと言うかなんというか……まとう雰囲気が違う。俺も、その2人とは違うけれど……一番の違いは、伝説のポケモンがほしいって言う雰囲気かな。
カズキも、スバルさんも、バンジロウさんもすでに伝説のポケモンを持っているから……なんか、俺だけ持っていないのが仲間はずれみたいで嫌じゃん? だから、俺はヌシ様を仲間に迎え入れたいなー……なんて思っているけれど。その気持ち、ヌシ様は見抜いてくれるかね?」
「うーん……どうだろうねぇ。俺が見る限りじゃ、ヌシ様はキズナの事を気に入っている様子だけれど。それでも、ヌシ様にとっては一生を左右しかねない問題だからね、一時の情に流されず、才能が上と判断すればバンジロウさんのほうになびくこともあるだろうし……
でもまぁ、あれだよキズナ。普通は謙遜するべきところかもしれないけれど、誰がなんと言おうと俺達って才能あるじゃない? 一年足らずで、ポケモンをここまで育てているのだもの、弱いはずが無いじゃん。世界一強いわけじゃないけれど、誰にも弱いとは言わせないでしょ?
だからさ、バンジロウさんに気後れせずに、堂々と、自信を持ってヌシ様の前に立てれば、きっとヌシ様もキズナを選びたくなるよ」
「……だと、いいんだけれどな」
「なんにせよ、キズナ。あんたはビリジオンが欲しくってこの大会への参加を決意したんでしょう? 決勝戦、頑張りなさいよ」
「うん。分かってる。それはじゃあ、ちょっとバンジロウさんにも挨拶をしてくるよ」
「よう、キズナ。キズナ……キズナ!!」
「いや、分かったから……名前を連呼するのはやめてくれ、うるさいから」
「なんというか、納得いかなそうな勝ち方をしちまったようだな、おい?」
「まあ、な。不完全燃焼だよ、本当……あそこまで行って、勝ちを譲られるだなんてさ」
早速愚痴を零してしまった自分に、俺はちょっとだけ後悔する。バンジロウさんに手の内、心の打ちを見せてどうするのだと。
「でも、スバルさんの気持ちも分かるぜ。才能ある奴に強くなって欲しい、自分と対等に戦えるようになって欲しいって。そういう気持ち。だってよ、たのしいぜ、ポケモンバトル!! だから、もっとお前と楽しみたいんだよ、きっと。んなぁ、キズナ! キズナ!」
「かもな……まぁ、それだけじゃないと思うけれど。あの人の場合」
「そーか! でもどうだっていいじゃねーか? お前だって欲しいだろ、ビリジオン? あの毛並み、頬ずりしたら気持ちよさそうだしさ」
「あー、実際気持ちいよ。結構汚れた状態でもそうなんだから、きちんと洗ってあげた後に触ったら絨毯みたいになるんじゃないかな?」
「へー、キズナ。キズナ、お前ビリジオンに触ったことあるのか?」
「あるよ。舐めてもらったり乗せてもらったこともある。カズキは俺よりも仲がいいぜ」
「そっかぁ! じゃあ、ビリジオンはお前を選ぶかもな! 名前はもう決めているのか?」
「いや、まだだ……候補はあるけれど……」
「それが無駄にならないように頑張れよ! オイラも頑張るからさ! じゃ、決勝戦に呼ばれるまで待とうぜ!!」
……嵐のように話しかけられたと思うと、バンジロウはそのまま走って祖父の元へと駆けて行った。
さて、決勝戦まで来てしまったか。正直、出場するメンバーを聞かされたときは、絶望的過ぎてここまでこれるとは思っていなかったけれど……何とか、希望がつながったんだ。
ヌシ様……カズキいわく、人間の仲間になるのも悪くないそうだけれど、俺の仲間になってくれるのかな? 考えても仕方のないことだけれど。決勝戦までの時間は刻一刻と迫っている。
決勝戦での勝敗は、今大会の目玉である商品。ビリジオンの捕獲権については関わりがない。ローテーションバトルで勝利しようと、敗北しようと、どちらかがビリジオンに認められれば、ビリジオンはそちらの僕となる。つまり、バンジロウさんに負けても、ビリジオンをゲットできる可能性はある。
なんだか実感がないけれど、スバルさんにその権利を託された以上、ゲットは全力で臨むべきだし。それに、バンジロウさんを失望させちゃいけない。全力で、殺すつもりで。いや、親の仇だと思って戦わなきゃ、バンジロウさん相手なら、それくらいの気持ちで挑まなきゃ!