第七十八話:最強の育て屋
最初はゴンゲンが良いかとも思ったが、ここでラッキーのアイギスに小さくなるをさせて、態勢を整える可能性は十分にあった。つまり、ここはセナに出てもらって、状態異常にでもさせて体勢を整えさせない方がいいか……?
あぁ、いい手があった。
「ゴンゲン、敵陣深くに切り込め!」
よし、何もさせるんじゃないぞ、ゴンゲン!
「……アイギス、行きなさい!」
来たか。バシャーモのレーヴァテインならそれはそれで構わないが……。ともかく、相手が毒々などで来るのであれば、地震やドラゴンクローで攻める。そしてもし、相手が小さくなるのであれば……有効な攻撃方法がある。
「小さくなる」
「喰え!」
なんか、豆粒のように小さくなった山姥を食ってしまう昔話があったな。ゴンゲンは、小さくなったアイギスに大口を開けて口の中に閉じ込め、噛み砕きにかかる。
まだ小さくなる途中のアイギスを寸前のところで捉えたゴンゲンは、爪の間に挟んだ彼女がもがいて抜ける前にその口に放り込み、ガリガリと。ふぅ、相手の行動が遅くてよかった。
『おぉっと、これは酷い! カナ選手のラッキーがガブリアスに食べられてしまいました!』
『キズナ選手は迷いがなかったので、指示が早かったのですね。同じタイミングでカナさんも指示していれば、まだガブリアスの攻撃をかわすことも出来たでしょうが……ここら辺はトレーナーとしての腕の差でしょうか?』
数回咀嚼したところで、ほとんど動かなくなったのを確認したのだろう。ゴンゲンは血まみれになったアイギスを吐き出した。
「……ラッキーがどう見ても戦闘不能。カナさんは最後のポケモンに交代してください」
元のサイズに戻ったアイギスは、顔を押さえて蹲っている。生きているようで何よりだ。
「あ、あ……すみません。降参します」
まぁ、そうなるよな。今の俺達に、カナのチームじゃ勝つことは不可能だ。
「分かりました。カナ選手、降参により、この勝負はキズナ選手の勝利とします!」
「ふぅ……楽勝だったな」
「くっ……」
今回、俺達のポケモンのダメージは非常に軽微。それに引き換え、カナは散々な状況だ。……もう、『いい勝負だった』とか、『強くなったな』とか、そんな言葉をかけたら逆に傷口に塩を塗るよな。相手が話しかけてこないのであれば、こっちは黙っておこうかな。
そう思って、ずっと相手を観察していたが、カナは本当に何も言わずに黙って立ち去ってしまった。まぁ、仕方ないか。
どうにも盛り上がりに賭ける試合だが、実況は面白おかしくはやしたてようと、『キズナ選手、圧倒的だ』なんて褒め称えている。俺が何もしなくても、実況が傷口に塩を塗ったか。まったく、罪作りなもんだ
「キズナ、やったね」
「あ、あぁ……カナはそんなにたいしたことないし……楽勝だよ」
結局、いつの間にか追い越してからは、俺達に追いつくこともなかったなぁ、あいつ。
「それより、次の試合はレンブさんが戦うし、その次はスバルさんだろ? どちらも、楽勝だろうけれど、今の試合で語ることなんて特にないから、一応見ておこうぜ? 偵察偵察」
「そうだねー……しかし、レンブさんとスバルさんの戦いの勝者と戦って、勝たないと決勝戦には出られないのか……キズナも大変だね?」
「なに、強い奴と1回戦って勝てばいいだけだ。楽勝だよ……楽勝ではないか。でも、不可能じゃない」
俺が注目しているスバルさん、レンブさん、バンジロウさん、師匠。ここら辺は、みんな上手くばらけていて、そのためか1回戦目は消化試合のようなものだ。
師匠は2回戦目でバンジロウさんとあたり、スバルさんとレンブさんも2回戦目で当たって、俺は3回戦目でそのどちらかと当たることになる。万が一上手く決勝戦まで行くことができるとすれば、恐らく相手はバンジロウさんだろう。
そんな事を考えながら観戦を続けていると、予想通りに試合は進み、二回戦の最初に師匠はバンジロウさんに4対1で負けてしまった。応援はしたけれど、流石に強いな……バンジロウさんは。俺は2回戦を余裕で勝利。スバルさんとレンブさんの試合の結果を待つばかりとなった。
「カズキ。どっちを応援する?」
「そりゃもちろん、母さんに決まっているじゃん」
そんな質問をしてみて、帰ってきたのは当然こういう答えである。まぁ、カズキが応援する方を悩むなんて事があったら、スバルさんと俺が戦ったときくらいだろうな。
「私も、応援するのはスバルさんかな。ギーマさんが対戦相手だったら分からなかったけれど」
そして、ねーちゃんが応援する相手だけれど、イケメンが好きなねーちゃんにとっては、顔によって応援する相手が変わるらしい。そしてレンブさんはイケメンではないらしい。あの筋肉の美しさが分からないとは、ねーちゃんの美的センスはまことに遺憾である。
「ま、俺もスバルさんを応援するよ。カズキ、スバルさんと俺が闘う事になったら、どっちを応援するか決めておけよ?」
「その時はどっちも応援するよ」
カズキは即答する。カズキにとって俺は母親と同じくらいに大事という訳か。嬉しいねぇ。
「それは嬉しい。さて……」
バトルフィールドをみてみると、すでに審判のコールが始まっていた。
「それでは私、クラウスが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。両者、準備はよろしいですね?」
「問題ない」
と、スバルさんが言い、レンブさんは黙って頷いた。
「レンブ。カズキを叩きのめしてくれて、礼を言わねばならんな」
尊大な口調でスバルさんが言い放つ。
「ちょ、そこ礼を言うところなの? っていうか、俺が聞いているところで言うセリフじゃないでしょ!」
カズキが大声で叫ぶ。いや、カズキ。本当にその通り。
「あいつは、お前と戦ってきっと、もっと成長するよ」
「えぇ、私もそれを感じました」
「だが、それとこれと勝負は別だ。悪いが、勝たせてもらうぞ……お礼に勝利は与えられん」
「望むところです。貴方の試合を拝見してから、私は興奮が冷めやらなくてね」
2人が会話を終えると、そろって審判を見る。審判は2人の準備が要約できたのだと悟り、コールする。
「試合、開始!」
スバルさんが繰り出すのは、エルフーンのケセラン、シャンデラのサイファー、そしてズルズキンのジーパン。ギーマさんからもらったバカラとかいうズルズキンの子供だそうだ。
レンブさんが繰り出すのは、ローブシンのセメント、ドクロッグのホホバ、そして、カイリキーのジャスティス。好きだなぁ、セメントとジャスティス。
「ケセラン、コットンガード!」
「セメント、ビルドアップ!」
互いに、まずは自身を強化するところから。しかし、これでは埒が明かない。
「セメント、なし崩し!」
「ケセラン、下がりながらヤドリギの種! ついでに綿胞子だ!」
ケセランのコットンガードは、非常に強力な防御の補助技だ。しかし、セメントのなしくずしは、そういった強化技ではカバーできない部分を狙って攻撃する技だ。威力よりも狙い済ました一撃が要求されるため、いまいち威力は低いのだが、ビルドアップと根性を積んだローブシンの一撃ともなれば、それでも馬鹿に出来ない。
しかし、そこは素早いエルフーンのケセラン。セメントが柱を持って迫ってきても、つかず離れず逃げ回る。このすばしっこさ、やはりいやらしい。
セメントは片方の石柱を廃し、迫るセメントの拳。掴んだケセランを、セメントは頭突きで攻撃せんとするが、その前にケセランの綿胞子が顔面を覆う。せっかくの頭突きも、綿がクッションになってほとんど不発だ。
火傷とヤドリギによる、二重の体力消耗。これはたまったものではないと、セメントはまだ石柱を握っていた左手を離して顔についた綿胞子を取り去るり、もう一度頭突き。手ごたえがあったので何度も何度も頭突き。
「おいセメント! それは身代わりだ!」
頭突きをするのはいいのだが、視界がふさがっていたのがいけなかった。ケセランはいつの間にやら入れ替わったのか、本物のケセランがセメントの背後に忍び寄っていて、至近距離から暴風。レンブさんの声に気付いたころには、すでにケセランの技は発動していて、まったく対応できなかったセメントは前のめりに倒れて転がり、大きなダメージを受けてしまった。
倒れた彼から送られてくる宿木の栄養素にケセランが舌なめずりをしながら、ケセランは大いに笑っていた。セメントも、この態度には怒り心頭だったようで、再び握っていた左手の石柱を杖代わりにマッハパンチ。しかし、後ろを向いただけでケセランに防御されてしまい、ケセランはわざと吹っ飛ぶことで余裕をアピールしながら追い風をまとって空中を漂う。
そこにストーンエッジが飛び交うが、木の葉のように舞うケセランを、がむしゃらに撃つだけで当たるわけはなく、ストーンエッジ2発だけ撃ったら、諦めてセメントは岩雪崩を放つ。あれは、ゼロ相手にやった岩雪崩……当たったが、やはりコットンガードの強力な守りには歯が立たなかった。
「まずいな……一度戻るんだ、セメント!」
やはり、そうなるよな。これ以上ケセランと遊んでいる時間は、いくら耐久能力の高いローブシンといえど得策ではない。しかし、ここは選択を誤ると大変な事になるぞ。
「草結び!」
すごすごと逃げ帰るセメントをみて、スバルさんが命令する。あ、セメントが転んだ……痛そう。なんだかんだでタッチして交代したが、次は誰で行く気だろう?
「ジャスティス、行くんだ!」
「ほぅ、面白い。では、お前の出番だサイファー」
ケセランは、追い風に乗って仲間の下に逃げ帰り、代わりに現れるのはシャンデラのサイファー。
「うわぁ……出た、ノーガード野郎」
先日煮え湯を飲まされたカズキが、うへぇと舌を出す。
「カズキ、おとといあいつにトリをやられたもんなぁ」
どうやら、カズキはあいつが嫌いらしい。確かにまぁ、あいつは厄介なポケモンではある。しかし、厄介さで言えばあのサイファーも負けちゃいない。なんてったって、あのカイリキーは特性がノーガードということは、火傷したとしても攻撃力は上がらずむしろ下がるのみ。
つまり、当りさえすれば確実に相手を火傷に持ち込めるシャンデラの得意技、『煉獄』の餌食になってしまえばカイリキーは無力になる。からげんきも爆裂パンチもゴーストタイプのシャンデラ相手には使えないしな。
「ストーンエッジ!」
「煉獄! からのオーバーヒートだ」
ストーンエッジと煉獄が放たれるのはほぼ同時。例え火傷で攻撃力が下がっても、放たれたストーンエッジは慣性の法則で撃った時の攻撃力のまま当たるが……サイファーが首に下げていたドライフルーツが消失した。やはり、飛行対策に岩技を持っている事が多い格闘タイプには、岩対策にヨロギの実を持っておいて損はないな。
「まだまだ! ストーンエッジ!」
追い風を得たサイファーは、大量の酸素を得て素早くもう一発を放つ。それは、ジャスティスがストーンエッジを再度撃つよりも早く。カイリキーのバーベキュー一丁上がりだ。レンブさん、焦って判断をミスったな……四天王とあろうものが情けない。
「カイリキー、戦闘不能! レンブ選手は次のポケモンに交換してください」
しかしまぁ、カズキとの戦いではあんなに絶望的に見えたレンブさんだが、やはりスバルさんくらいの実力者が相手ではペースを握ったものの勝ちといった感じだ。
『おーっと!! スバル選手、これはすごい! リーグなどには参加していない無所属の選手だけに、その名前を知る人も少ないことでしょうが、四天王にまったく引けを取っておりません』
そう、実況の言うとおり、まったく引けをとっていないから安心して見ていられる。
「流石だな。あの子の師であり、親なだけはある。出てこい、ナオヤ」
最後の一匹はナゲキ。なるほど、あいつならコットンガードも関係なくヤマアラシという技が使える……けれど、炎の体のサイファーは、体を密着させなければ使えない柔道技とは相性が悪いぞ。ここでも判断ミスが命取りになりそうだ。ペースはスバルさんが持っていっているし、かなりきついぞ。
「そして、次はお前だ、セメント!」
石柱を一つぶち割ってしまったために、一本しか持っていない状態のセメントが立つ。根性状態だが、いまやもう疲労困憊。どこまでがんばれることやら。
「セメント、岩雪崩!」
やはりそれか。それしかないともいえるが。ノーガードのせいで敵陣深くまで切り込んでしまっていたサイファーに、岩があめあられと降り注ぐ。それを喰らい、流石にサイファーも戦える状況ではなくなってしまったが、これでセメントの石柱はなくなってしまった。要は、戦力激減、大丈夫なのか?
「シャンデラ、戦闘不能! スバル選手は次のポケモンに交換してください」
さて、ここでどう戦うのか。まだまだスバルさんの優勢は動かないぞ。
『レンブ選手も負けておりません、ここまで一進一退の攻防です!!』
実況の言葉を聞きながら、スバルさんは最後のボールを見つめながら物思いにふけっていた。なんだろう、似合わない仕草をして。
「すまんな、レンブさん。カズキと戦い、叩きのめしてくれたこと、感謝している……だからこそ、お前とは最後まで正々堂々と戦いたかった。だが、この勝負、とある理由でどうしても勝ちたくてな。だから、先に謝っておかねばなるまい……正々堂々戦えない事を。出番だ、テンペスト」
そう言ってスバルさんが繰り出したポケモンは、ルギア……フラッターを常につけていないと逮捕されても文句を言えない、個体100レベル超の化け物だ。そうでなくとも、ルギアは禁止伝説のポケモン……公式試合じゃ使用不可能で、しかも第1級トレーナー免許を持っていなければ所持できない第一級天災級隔離指定ポケモンだ。こういう非公式なお祭り試合でしか使用できないが、ルールで明文化されていないだけで良識のある人間ならば使わないポケモンである。
「な、そう……来ましたか」
「さぁ、第二ラウンドだ」
そうまでして勝ちたいって……スバルさん、そんなにビリジオンが欲しいのだろうか?
しかし、スバルさんはあくまでテンペストを出すことなく、残りの2匹でレンブさんを相手にする。ケセランとジーパン、2人も奮闘はしたがしかし、2人ではローテーションバトルの持ち味である取り回しも効かず、レンブさんのポケモンがあと1匹というところで、テンペスト以外のポケモンは全滅してしまう。しかし、そこから先はあまりに圧倒的すぎて試合にならなかった。禁止伝説と呼ばれるポケモンが禁止される訳がよくわかる。
結果的に、レンブさんの残りのポケモンは、テンペストに触れることすら出来ずに敗れ去ってしまう事になる。これには実況も解説も苦笑いである。
「らしくないな……母さん。負けても勝負を楽しむだけの器量はある人なのに……」
カズキがそう漏らすとおり、らしくない。というか、勝ち上がったスバルさん自身が、まったく楽しそうな顔をしていなかった。けれど、その行動の真意も、半分くらいは理解できる事になる。
「キズナ。次の試合、楽しみにしているぞ?」
勝利を得たスバルさんは、大声で叫びながら俺の方を見てにんまりと笑っていた。理由はどうあれ、スバルさんは俺と戦いたかったのだろう……そのために、反則に近いような禁止伝説を使ってまで。
「母さん……一体何のためにそんな事を」
「さぁな……? レンブさんにお礼を言っていたし、今度は俺にお礼を言いたいってところじゃねーの?」
そんなスバルさんの真意に少々恐怖を覚えつつ、俺はカズキの疑問に仮説を立てる。
「それにしたってやりかたが大仰すぎるよ。別に、お礼なんて季節の節目に集まったりとか、そういう時だけで十分なのに」
カズキの言うとおりだ。それじゃあ、スバルさんがこんな事をしたのは、この大会でしか出来ないお礼……と言うことか。
「まぁいいじゃない。四天王のレンブさんと戦うよりは気が楽でしょ、キズナも?」
「ねーちゃん……俺としては、いろんな人と戦ってみたいから、スバルさんよりもレンブさんと戦いたかったよ」
そのためにスバルさんに負けてほしかったと言うわけではないけれど、この勝ち方は流石に……あんまりだ。
「そっか……そうよね」
ねーちゃんも、その気持ちは察してくれたらしい。
「ちょっと俺、母さんと話してくる」
さすがにカズキももやもやしたのか、そう言って観客席を立つ。
「あ、あぁ……それは構わないけれど……」
立ち上がるカズキに、俺は一つ注意をする。
「スバルさんが理由を話そうとしなかったら、無理に聞くなよ?」
「その辺は大丈夫。分かっているから」
何か理由があるのは間違いない。けれど、言っても構わないような理由ならば、なんというか、こんなやりかたはしないと思うのだ。
とにもかくにも、試合は続く。第3回戦の第1試合は、バンジロウさんが無名の選手と戦う半ば消化試合気味な試合が行われる。もちろんそれをバンジロウさんが勝利して、それが終わると、俺の番である……いまだスバルさんの真意は測れないが、何であれ全力でぶつかっていくしかあるまい。
カズキもスバルさんにルギアを出してまで勝ちたかった理由を聞いてみたものの、結局それは分からずじまい。ただ、入場を前にして待機していると、スバルさんは俺のそばに寄ってきて、少々間を置いて口を開く。
「キズナ、お前のことだがな……最初に出会ったときはオリザの弟子で、なんか面白い事をやっている女の妹くらいの認識しかなかったよ」
「酷いなぁ……スバルさん。師匠は俺のこと自慢していなかったの? 期待の新人だとか、そういう感じでさ」
「してたさ。ただし、それはポケモントレーナーとしてではなく忍者としての腕前のことだ。あいつも、お前のポケモントレーナーとしての才能は、まだそこまで注目していなかったらしい」
なるほど。確かに、スバルさんと初対面だったあの時はまだバッジにして3つ分くらいの強さしかなかったっけ。
「けれど、お前がカズキと共に競い始めてからと言うもの、お前とカズキ、どちらも強くなったもんだ」
「あぁ、ライバルがいると気が引き締まるし、それに何よりカズキがいなくたってポケモンレンジャーになるという夢のためにはポケモンを強く育てるに越したことはないからな」
「いうなれば、カズキの4分の1くらいはお前が育てたと言うわけだ」
「残りの4分の3は?」
「私が4分の1くらいで、あとはあいつのポケモンが半分くらいさ。……まぁ、言いたいことはつまるところ、カズキをここまで育て上げてくれた事に感謝をしたい」
「そんなの、感謝なんていつでも出来るじゃないですか……」
俺は呆れ気味にスバルさんへと突っ込みを入れる。
「雰囲気が大事だろう? 同じプレゼントを渡すでも、鼻くそをほじくりながら渡したら台無しだ。今ここで、言わせてもらうこと……お礼を言う舞台装置に、この大会は丁度いい」
「そうですか。確かに、俺もカズキもこの大会に出るためにローテーションバトルをやってきましたからね。カズキの目的は大会そのものじゃなくって、大会でポケモンを活躍させることだけれど……」
「うむ。だから、この大会までにお前がカズキを成長させたという事を、私は感謝したい。そして、その想いを試合でぶつける」
「スバルさんが相手なら……殺すつもりで挑ませてもらいます。殺しても死ななそうな人なので」
「いい心がけだ。度の過ぎた精神論や根性論は嫌いだが、根性が無きゃ無いで勝てる試合も勝てない。殺すつもり……私とお前なら、それくらいが丁度いい」
「そりゃどうも……」
「あと、キズナ。今回はルギアを使ったりとかしないからな。それだけは安心しておけ」
「……貴方じゃなかったら、それで安心できるんですけれどね。俺のポケモンじゃ、貴方に勝つのは難しいですから、コイキングでも連れてきてくれないと安心できないですよ」
「大丈夫さ。お前の思うがままに、いつもどおり挑め。お前ならば、私は勝てない相手ではない」
確かに、カズキも低確率ながらスバルさんに勝った経験がある。それに俺だって、師匠にはローテーションバトルならば何度も勝っている。
スバルさんのポケモンはまず、シャンデラのサイファー、ラムパルドのバリスタ、エルフーンのケセラン、ズルズキンのジーパン……こいつは格闘タイプだから出場が確定だ。そいつに加えサザンドラのトリニティ、シビルドンのうな丼、ポリゴンZのふじこ、アイアントのユウキ。
俺のポケモンは、ダゲキのタイショウ、コジョンドのアサヒ、ルカリオのセイイチ、エルフーンのセナ、ガブリアスのゴンゲン、チラチーノのスズランだ。
この手持ちの特徴としては、格闘タイプに弱いやつが4種もいると言うこと。無論、ルールで格闘タイプのポケモンを一匹以上いれなければいけない事になっているので、元から入れるつもりだが……これなら二匹以上入れるのが得策かもしれない。
さて、相手だけれど……セイイチはサイファーの相手が怖い。以前、黒い霧でせっかく上げたセイイチの攻撃力を全て無にされたうえに、自身がオーバーヒートで減少した攻撃力をそれで補うという戦略を以前見せられたからだ。
黒い霧に紛れて何度もオーバーヒートを放たれるなんて悪夢は、あまり味わいたいものではない。とはいえ……奴には岩タイプがよく刺さる。だから、ストーンエッジを持たせている俺達のポケモンならば十分に対応可能だし、ゴンゲンならば地震で対応は可能だ。シビルドンが浮遊の特性を持っているとはいえ、相手の電気が無効という点も考えればうな丼相手にも立ち回れるし、バリスタ相手も行ける。苦手な氷タイプを使ってくるポケモンもいない……あ、ふじこが冷凍ビームを使えるな。
でもいいや、弱点相手に出さなければいい話だ。それに、ガブリアスは穴を掘って味方のところまで退避できる。それはローテーションバトルにおける最大にして最高の強みだ。よし、ゴンゲンが確定。
そして、ノーマルタイプでは苦手な相手が……ジーパン、サイファー、バリスタと多いのでスズランはダメかな……? いや、そうでもないかな……ロックブラストやタネマシンガンを使えばどちらにも効果抜群与えられる。ということはこいつも一旦保留。格闘タイプの3人も一旦保留として……
セナはどうだろう? 正直な話、どんな相手にも対応出来るあいつではあるが、コットンガードが通じない相手が結構多い。バリスタやジーパンが相手なら問題なくケセランで倒せるだろうが、サイファー、トリニティ、ふじこは特殊アタッカー……ユウキはハサミギロチンがあるし、同族対決になればほぼ確実に負けるから、正直きつい。こいつは無しの方向でいかせてもらおう。
では、格闘タイプだけれど……正直セナを出さないのであれば、攻撃力を上げづらいのでセイイチを出すのは厳しいかな。つまり、ここはアサヒとタイショウを出して……よし、決定。相手が何を出してくるかは分からないけれど、なるようになるさ。
そうして、俺達は試合場に立つ。この3回戦準決勝……これが実質、ビリジオンゲットの切符の行方を決める戦いとなる。ビリジオンの捕獲権は、かつての剣士達が剣での決着がつかなかったために、最終的にビリジオン本人に選んでもらったという逸話になぞらえ、試合の結果に関わらずビリジオンに決めてもらう事になっているためだ。
つまり、この戦いで勝った方が、バンジロウさんと人柄勝負である。勝てればの話だが。
「それでは私、クラウスが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。両者、準備はよろしいですね?」
「はい」
「問題ない」
俺とスバルさんの声が響く。カズキや師匠がどちらに向けているのかも分からない『頑張れ』の声。そして、アオイねーちゃんは明確に俺へ向けて声援を送ってくれている。
「それでは、試合開始!」
開始のコールが鳴り響き、緊張が走る。
「行くぞ!」
「行かせて貰うぞ!」
俺のポケモンは、タイショウとゴンゲンとスズラン。控えにはアサヒを入れている。スバルさんは……エルフーンのケセラン、ズルズキンのジーパン……ゴツゴツメット装備してやがる。サザンドラのトリニティ。格闘タイプが豊富な俺に対してわざわざ悪タイプをぶつけてくるか……いやまぁ、サザンドラは弱いものいじめに特化しているから、上手く使えば何とかなるが。
「まずは、ゴンゲン、蹴散らしてやれ!」
「まずはトリニティ、喰らい尽くせ」
ドラゴン対決……レベルが高い相手だが……いや、これでいい。素早さならばギリギリで俺のゴンゲンの方が勝っているはずだ。懐に入り込んでやれば……。
「む、その場で龍の息吹だ! ドラゴン同士とは面白いじゃないか、キズナ」
「引っ掻けゴンゲン! 体ごと突っ込むんだ!」
スバルさんは待ちの姿勢……流石に遠すぎれば簡単に避ける事が出来るが、何も攻撃しないで逃げ回ったりなど、消極的な戦いを長く続けるとシングル・ダブル・ローテなどルールを問わず反則扱いになる。近付いて攻撃するしかない。
恐ろしいまでの瞬発力で、ゴンゲンは走る。それをトリニティが竜の波導で捕らえんとするが、1発、2発はゴンゲンが張りつめた太ももを最大限に酷使して問題なく避ける。しかし真ん中の頭から放たれる3発め、ゴンゲンが体を捻って交わしたつもりが、一回り大きな余波を避けきれずに腕をかざして顔に当たる波導を左手で防ぐ。
「それが終わったら尻尾!」
ともかく、ポケモンの勝負は一瞬だ。技が終わる前に指示をしていなければとても指示が追いつかないので、早めにドラゴンテールの指示を下す。
弾き飛ばすようにかざした左手を、弓を引くように構えなおしたゴンゲンが、トリニティの前でブレーキをかけつつドラゴンクロー。右首に弾かれてそれは防御されるも、最低限のブレーキのあと再び加速したゴンゲンはそのままドラゴンダイブ。
音速の飛行を行うガブリアスの加速力はギャロップにだって負けない。翼と強靭な脚で加速されたそのドラゴンダイブの頭突きを喰らって、トリニティは明らかに苦しそうな顔。
トリニティは噛み付いて掴みかかってやろうとしたようだが、ゴンゲンはドラゴンダイブの頭突きの後に左手でトリニティを押しのけて胴を回転。その動きについてゆけず、トリニティはゴンゲンの体を掴み損ねて、上顎と下顎の牙同士ががぶつかる音が空しく響いた。
そこに叩き込まれる、ゴンゲンのドラゴンテール。右首がかろうじて尻尾の重い一撃を防御するも、非常に痛そうな音だ。だが、真ん中と左の首は痛みに歯を食いしばりながらもなんとかゴンゲンを睨んでいる。真ん中の首は衝撃を逃がすために首を大きく揺らして狙いがつけられそうにないが、左の首は真っ直ぐにゴンゲンを見据え、龍の波導。まともに喰らった!
サザンドラは一発一発の威力は低いけれど、あれは痛そうだ。
トリニティとゴンゲン、ドラゴンテールで互いに距離を取り合い、一時膠着。やっぱり、指示が追いつかないな……。
「なるほど、よくやるな」
「余裕ぶっている暇はありませんよ! ゴンゲン、大文字だ、ほれ!」
「かわして竜の息吹」
いや、言われなくてもかわすだろうよ。ゴンゲンは牽制のために大文字を放つと、そのままサイドステップやブレーキで竜の息吹を3つかわして、最後に安全確認してから穴を掘って逃げる。『ほれ!』と言うのは、穴を掘る指示の隠語である。
「そうきたか……ならば……出てくる場所を予想して竜の波導を撃っておけ」
「え……くっそ、ゴンゲン気を付けろ!」
スバルさんのその作戦の方が、よっぽど『そうきたか』じゃないか。3発放たれた竜の波導は、タッチする場所のギリギリに着弾する。直前で顔を覗かせたゴンゲンはきちんと安全確認をしていたおかげで慌てて顔を引っ込めたが、もう少しタイミングが遅かったら危なかった……ふぅ。
さ、仕切りなおしだ。まずは……