BCローテーションバトル奮闘記





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大会編
第七十七話:キズナVSカナ

「あぁ、コロモ……ゼロの様子は?」
 アオイさんに負傷したゼロを運ぶ事を頼まれていたコロモは、出張ポケモンセンターの治療装置の前で、ゼロの治療を待っていた。コロモは、手話を交えつつ職員を指差す。
「あぁ、よかった……安心なんだね。詳しいことは、あの人に聞けばいいんだね」
 どうにも、コロモが言うにはゼロの怪我はそれほど悪くないらしい。さらに詳しい事をポケモンセンターの職員から聞いてみると、今日一日安静にしていれば問題なく復帰は可能との事。今日はもう後に行われる試合もないから、機械でゆっくり治療すればいいので、また明日の朝にこの会場に届けに来ますという。
 要するに、今日はもう一日中ボールの中にいてもらう事になりそうだが、命に別状もないし障害が残る可能性も少ないそうだ。それを聞いて俺はひとまず胸をなでおろし、心の整理をつける。
「そう言えば、バトルが終わってからレンブさんに挨拶もしないで……やっちゃったなぁ……」
 あの時、ハクとセメントの一騎打ちになったとき、俺は勝てると思っていた。けれど、実際は……まぁ、負けというわけで。それで悔しくて、涙が出そうなくらいだったけれど、そうだとしても挨拶一つなしに逃げてしまったのは良くない。
 ちゃんとレンブさんと挨拶をしなきゃなぁ……。
「ぬおぅっ!?」
 と、思ったら、振り向けばそこにレンブさんがいた。まったく気付かなかった……気配を消すのも一流か? 忍者じゃあるまいし。
「れ、レンブさん……先程の試合、ありがとうございました」
 驚き、口ごもりながらも俺は何とか応対する。
「うむ、こちらこそ。これほどの手練に予選からめぐり合えるとは思っていなかったが……それだけに惜しい。本戦で出会いたかった」
「そ、そうはいっても……本戦に出場したところでもらえる商品もそんなにいいものじゃないですし……今戦っても変わりませんって」
「気分の問題だ。貰える物の問題ではないよ」
 そう言って、レンブさんは微笑んだ。
「君の親から聞いた。君はあのストライク……ゼロが活躍できる場を用意するために、ローテーションバトルを始めたそうだな?」
「はい。俺、母親がろくでもない奴だったもので……子供が泣いても放っておくし、俺に話しかけてくれないから、俺は5歳になってもまともに喋れなかったり……そのまま母親は男遊びしたり、クスリに手を出したり。だから、そんな母親のようにはなりたくなかった……あぁ、今俺の母親になっているスバルさんとは、一切血が繋がっていないんです。
 それで、まぁ……ポケモンって、トレーナーにとっては子供のようなものじゃないですか? だから、俺は見本になれるような親になりたくって……俺も、人を輝かせる親でありたいんです」
「そうか……そんな気持ちで戦っていたのか」
 俺を見るレンブさんの目は、非常に穏やかな目であった。
「お前に敵う気がしないわけだ」
 先ほどの戦いで勝ったというのに、レンブさんはそんな事を口にする。何が敵わなかったのだろうか?
「断言する。君のポケモンはまだまだ強くなる。今回は私が勝利したが、次回はどちらが勝つか分からない……だからカズキ。その気持ちを忘れるな。ポケモン達のやる気はお前次第だ」
「はい」
 レンブさんは興奮すると二人称が『君』から『お前』になると聞いていたが、本当にそのようだ。
「あの、すみません。本当ならば試合が終わってすぐにするべきものだと思いますけれど、その……握手をしていただけませんか? あの時は、ちょっと悔しさで頭が一杯で、貴方の顔を見ていられませんでしたが……今は、大丈夫ですので」
「いいぞ、私は一向に構わん」
 俺が差し出した手に、レンブさんの手が重なる。恐らく今まで生きてきた中で、もっとも大きく逞しい手。ずっしり重厚な岩のようなその手を握り、感じた温かみ、ゴツゴツとした表面の感触を味わう。この人は自分のポケモンと殴りあうことで双方の体を鍛えているそうだが、それも納得できるほどの力が拳から感じられた。
 母さんも四天王並みに強いと言っていたが、身近すぎて実感がなかった。ギーマさんと戦ったときは、対等な状況ではなかった。大会という場面で、初めてまともに四天王と戦えたこと……それがシングルバトルではないとしても、いい経験だった。本当に、この人と戦えてよかった。
「ありがとうございました」
「うむ、改めてありがとう」
 俺達は握手を解く。

「さて、と」
 レンブさんの後ろにはスバルさんが待ち構えていて、どうやら俺はスバルさんと話さなければいけないらしい。キズナと話したいんだけれどなぁ……まぁ、仕方ないか。
「ほらよ、飲み物とジェリービーンズだ」
 近付きながら、母さんはスポーツドリンクと、卵の形の容器に入ったジェリービーンズを渡してきた。それを受け取ると、母さんは近くの席まで手招きして、隣に座れと促してくる。
「母さん。まず聞きたいんだけれど、試合に行かなくっていいの?」
 会場にはアナウンスが流れてる。『スバル選手、後3分以内に入場してください』と。試合開始の準備完了から、5分以内にバトルフィールドに入場しなければ、その試合は失格になってしまう。
「構わんさ。どうせ失格になるのはその試合だけで、大会そのものが失格になるわけではない」
 と、母さんは言う。まぁ、母さんのブロックは、母さん以外が潰しあっているから、一回くらい負けたところで大事ではないようである。だからといって、暢気というかなんというか。
「負けちゃったよ……見てのとおり」
「あぁ、アドバイスも特にしようが無いな。途中で選択をミスった場面もあるが、それは結果論であって、明らかに間違ったような選択はなかったし……レンブの機嫌次第では正解の選択肢。サイコロを振り間違がえたようなもんだ。まぁ、ポケモンと経験の差だったよ。
 そういうわけで、良く頑張ったとは思うが……勝っていないのに褒めるのもなんだし、私から言える事は特に何もないんだ。すまんな、お前の顔を見れば何か浮かぶと思ったんだが……」
 母さんは苦笑してそういった。
「でもまぁ、なんだ。いつしかお前は、四天王に届きかねない強さになっていたって事だ。今はまだお前の方が格は下だろうけれど、勝ちにかける想いは、きっとお前の方が上だったろうよ。レンブは、『戦いを楽しみたい。ついでに、あわよくばビリジオンが手に入れば良いな』くらいの気持ちで戦いに挑んでいた。
 やつが本腰を入れているのはシングルバトルだから、このローテーションバトルは半ばお遊びのつもりだったのだろう。それに比べ、お前はゼロのため、ポケモンのために全力を尽くしていた。勝ち負けすら気にせずに、ただ輝ける場所を用意しようと必死でな。楽しむことには変わりないが、お前は本気で楽しもうとしていたから。その気迫の差が、今回お前が食いつくことができた要因だよ」
 あぁ、なるほど。レンブさんが言っていた『敵わないこと』というのは気迫のことだったのか。
「だけれど、カズキ。たまにはお前、自分のために戦う理由を見つけてみたらどうだ? 褒められてみたい、注目されたい、勝ちたいって」
「い、いや……俺、母さんに褒められるのは好きだし、勝って優越感に浸るのも、注目されるのも好きだよ?」
「んー……そうか、そうだよな。まぁ、それでもいいか。剣を武器に選ぶか、槍を武器に選ぶかの違いでしかないな……ポケモンとの絆が強すぎるせいか、お前ってあんまり自分のために戦っているっていう感じがしないんだよなぁ……名誉にも金にも勝利にもあまり興味ないのかもな」
「全部に一応興味はあるけれど……でも、それほどじゃないような気がするな。そういう母さんだって、勝利には興味あるけれど、それ以外は俺と同じじゃない? あんまり、興味なさそうに見えるよ、俺は。
 母さんって、そんな感じ。金や名誉が好きなら、四天王になっているでしょ。それに、アオイさんの商売だって、シラモリ育て屋本舗の名前を使う代金は結構安いと思うし」
「私は、アオイやお前に育って欲しいから……育てたほうが、特になりそうだしな」
 母さんは、そう言って俺の言葉に反論する。
「だから、育つことが金よりも名誉よりも大事なんでしょ? 照れ隠し?」
 俺がそう尋ねると、母さんは目を丸くしていた。自分でも意外なことを言われたのだろうか?
「ふふふ、確かにな。私も、自分の為には戦っていなかったのかもな」
 そして母さんは、自分が自分のために戦っていない事を認めた。そういう気質を、なんとなく恥ずかしいとか照れくさいとでも思っているのだろうか……母さんは、自分の優しさを隠すために悪ふざけをしている節があるから、そうなのかもしれない。ギーマさんも大体そんな感じの印象だけれどさ。

「だとしたら、誰かのために戦うと言うのは案外悪いことじゃないのかもしれないな」
 自身の行動を思い返しながら、母さんはしみじみとそんな事を言った。
「そうだよ。自分のために戦うのもいいけれど、それだけじゃ疲れちゃう……って思うから、そうしているだけなのかもしれないけれど」
「まぁ、いい。それでお前が誰のために、何のために戦っているか、それは大体分かった。それで、今回負けたお前はどうしようと思う?」
「また、鍛えなおそうと思っている。なんにせよ、これから参加するかもしれない大会で勝ちたいし、勝たせてあげたいし。そのために色んな経験を積んでおくのも大事だからさ、アデクさんあたりに対戦を申し込んでみるよ。
 まぁ、大会の方も、せめて一敗だけにとどめるように全力を尽くすつもり」
「そうか。アデクはレンブ以上の強敵だろうが、勝算はあるのか?」
「いいや、まったく。ま、ポケモンがやる気ならやろうって所だね。まだ誰にも相談していないから、今日は家に帰ってみたらポケモンに相談をしてみるよ」
「お前、ポケモンと普通に会話するようになって来たよなぁ……うらやましい能力だ」
「……母さんも、そうなればいいんだけれどね。だれもがみんなポケモンと話せるようになるってのは難しいかぁ」
「私には無理だよ、才能と幼少のころの経験がなきゃ。お前にはそれがある。私にはない才能と経験がね」
「へへ、そう言ってくれると嬉しいよ……」
 母さんの声を聞きながら、俺は春のそよ風を感じる。あそこまで頑張って負けたのはショックだったけれど、もうそれも大丈夫だ。
「スバル選手は、時間以内に入場しなかったため、この勝負はサクマ選手の不戦勝といたします」
「あ……負けちゃったね」
「大丈夫。私は後の試合で全部勝利すれば問題ないさ」
「ははは……」
 強がりではなく、母さんなら有言実行するだろうから、俺は苦笑いだけでスルーしてしまった。
「それじゃあ、予選の成績は、俺と母さんで同点だね。何かご褒美頂戴よ」
「む……生意気な。まぁいい、今日は何か美味いものを食いに行こうか? 昨夜はお前を誘わずに美味いものを食べてきてしまったし」
「え、ずるい……母さんだけ美味しいものを食べたのはずるいし、それなら俺も当然行くよ」
 お祝い事のある日でもないのにそんな事をするのはなんと言うか変な気分だったけれど、たまにはこんな贅沢もいいもんだよね。

「それじゃあ、どんな店に行きたい? ブラックシティに行けばアングラな店から健全な店まで何でもあるぞ?」
「中華の美味しい店がいいな。脂っこくって、熱い料理が美味しいものを食べたい」
「了解。当たりをつけておくよ」
 会話を終えてから、俺は先程もらったスポーツドリンクのキャップを空けて、一口ほど口に含む。ポケモンバトルで興奮して渇いた喉をすっきりと潤す、甘い味が口の中一杯に広がった。
「なぁ、カズキ」
「うん、なに?」
「ギーマが言うにはな。良い勝負師というのは、負けて取り乱すでもなく、勝って浮かれるでもなく、勝負が終わったら次の勝利の事を考える奴だそうだ」
「へぇ、そうなんだ。アデクさんを相手にしたいと思っている俺は、ある意味じゃ敗北について考えている気がするけれど」
 俺の言葉を、母さんが笑う。
「まぁ、それはそれでいいんじゃないか? アデクとの戦いならば、負けても強者と戦った経験は必ず役に立つ。そういった経験を、次の勝負に活かせばいい。言うまでもないか」
「うん……分かっている。ボロクソに負けた経験、無駄にしないように頑張るよ」
「それでいい」
 微笑んで、母さんが俺の頭を抱き寄せる。首に腕を巻かれた俺は、母さんの体に寄りかからせられた。作業着に染み込んだ汗のいい香りがする。
「もしアデクと戦いになったら、負けてもいいから、全力で戦えよ。いい経験になるからな」
 俺は黙って、しばらくその感触を味わった。母さんが飽きるまでその身を委ね、腕を話してもらった、母さんは『行ってこい』という。お言葉意甘えて、俺はキズナの元へと向かった。

 母さんと話を終えた後、俺はオリザさんが次に試合を行う会場で観戦の準備をしていたキズナを捕まえ、他愛のないことを話した。レンブさんと戦って負けてしまったけれど、後悔はしていないこと。本戦には出場できない可能性が高いので、その時はアデクさんにでも挑んでみようとしていること。
 そのために、明日も全勝で終えるつもりであると言うこと。キズナは、アデクさんと戦えるというのは羨ましいと語り、笑っていた。まだ戦うと決まったわけじゃないと苦笑しながら返すと、キズナは『あ、そうだった』と間の抜けた返答をした。

 そうして、レンブさんとの戦いに負けた一日が終わる。その次の日にアデクさんに戦いを申し込むと、アデクさんは快く承諾してくれた。条件は大会が終わるまで無敗でいる事。なんだ、楽勝じゃないか。


「なぁ、お前ら」
 夜、自室にてゼロ以外のポケモン達をボールの外に出しながら、俺は尋ねる。
「今日は楽しかったか?」
 ベッドの上で、ハクを膝枕に寝かせてヒゲをなで、傍らにはイッカク。トリは部屋の隅っこで佇んでおり、サミダレはベッドの下でくつろいでいる。ミロクは背もたれ代わりだ。
『んー……楽しかったよー。痛かったけれど、燃えたね。あのカイリキーを倒せたのは大きいわー』
 シャーシャーと楽しげにイッカクが鳴く。
「そっか。痛いばっかりで楽しくなかったらどうしようかと」
 イッカクはおっとりしているけれど、戦うのが好きだから助かる。
『我輩の攻撃で敵が倒れるのは至極愉悦だった。なかなか苦労したがな。いつかまたあいつらと戦うときは、全員を地に伏させたいものだな』
 地の底から響くような唸り声を上げて、ハクがいう。やっぱり、アタッカーは戦っていて楽しいみたいだね。
「うん、今日一番の活躍だったよね、ハクは。ありがとう。トリは?」
『全然活躍できなかったけれど、ボールの中でも手に汗握っていたわ。次があったらもっと頑張る……きっと』
 トリはクァァァと甲高い鳴き声を上げた。ふむ、俺の指示が悪かったかな……次はもっと活躍できるように頑張ろう。
「もっと活躍できるように俺も指示を頑張るべきだったね。次は気をつけるよ。サミダレとミロクは見物しててなんか感想ある?」
『俺も参加したかったな。そしたら勝てたのに』
 得意げにゲロゲロと鳴いて、サミダレが言う。
「どうかな? レンブさん強いから」
『大丈夫、あいつらみんな電気には強くないだろう? 雨の中なら俺もサミダレも強いだろ?』
 ワゥン、と小さく吠えてミロクが言う。
「うーん……上手く行けばいいんだけれど、バレバレの雨パで行くと、対策されちゃうからさ。そこは色々様子を見てね……ね?」
『えー……』
 ワォンと、不満げにミロクが言う。
「えー、じゃない。人間って指示しているだけに見えて結構大変なんだよ?」
 諭すように言って、俺は苦笑した。

 総括すると、俺のポケモンは皆戦いを楽しんでいたようだ。観戦組も戦えなかった事に対する不満はあるようだが、きちんと楽しんでいるようで何よりだ。
 それら全員に声を掛け、喉をなでたり濡れた鼻にキスをしたりで、存分に愛でる。負けてしまったけれど、自分の成長を実感できたのが嬉しくて、不思議と悔しさよりも充実感のある余韻に浸っていた。それは丁度、セッカシティで母さんに負けたあの日の夜のようだった。
「近いうちに、また負けるんだろうな……」
 アデクさんとの戦いでも、恐らく負けるのだろう。けれど、負けるのは怖くない。その負けを経験にして、こいつらならばもっともっと高みへと昇ってくれる。そう信じられる仲間がいるから。
 さぁ、レポートも書き終えたし、そろそろ寝よう。

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 3月30日。
 俺が『今日、全勝できたら』という条件で対戦を申し込むと、アデクさんは快く承諾してくれた。まぁ、俺は余裕で全勝したし、他の主だった知り合いも全勝してきたわけだけれど。キズナとか、カナさんとかもなんだかんだで全勝して本戦に進んでいる。他のブロックでも2人ほど全勝で終えている人物は居るようだ。
 結局俺のブロックからは、レンブさんが本戦へ通過。俺は予定調和のような大会の敗退であった。それで、今日は全勝出来たのでアデクさんは大会が無事終わったら、その時にバトルをしてくれるとのこと。復活祭(イースター)の日、3月31日に戦ってくれるそうだ。取りあえず、予選の日程が全て終わったことだし、観戦ばっかりで出来なかったトレーニングを軽くしておこう。

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 ◇

 今日は、ビリジオン捕獲祭り本戦の日。前日まではインナーがヨレヨレのTシャツなどで挑んでいたが、今日は気合いを入れるために、下着もインナーも比較的新しい(まっさらな新品だと違和感がぬぐえないので)勝負服で挑む。

 世間では復活祭(イースター)である今日と言う日、俺達は救世主の復活などどこ吹く風でビリジオン捕獲祭りに挑む事になる。オリザ師匠やカナさんにとっては大事な宗教のイベントと重なるので、カナが宗教的にあまりよろしくないとぼやいていたが、まぁ気にすることはない。
 とはいえ、ブラックモールでは、イースターに関係した催し物をやっているので、そっちの方も行ってカズキと一緒に楽しみたい俺としては身を裂かれるような思いであったりもするが……こっちの大会の方が重要だから、気にしてはいけないな。まぁ、両親も観戦しに来てくれたことだし、今日はこの大会に集中しなきゃね。

 そんなわけで、このイースターという日に思いを馳せる事は多々あるのだが、そんな事より重要なのは、緑音カナと何の因果か一回戦から当たってしまったということ。まぁ、決勝トーナメントは16人しか参戦しない。ありえない確率ではないけれど。
「しかしまぁ、まさか初戦からお前とはなぁ……」
 出会った当時こそ強敵だった気もするが、いつの間にか俺達は追い抜いてしまったし、今更って感じもするけれど、こいつだって前回より強くなっている可能性はあるから油断はできないな。
「いいじゃないですか。今まで練習試合で散々ぶつかってきたもの同士、決着をつける。早い段階のほうが、ポケモンのコンディションも良好な状態で始められます」
 ……妙に落ち着いているな。1月に戦って以降、カナは俺達に負けっぱなしだった気がするけれど、何か隠し球でも用意してきてやがるな? どんな作戦で来るかは知らないが、俺達のパーティーはトリックルームに弱いから、対策するとしたらそこらへんか、もしくは何かの天候パーティーか。いくらガブリアスに強いからといって、格闘タイプがひしめく俺のパーティにあられパーティーは難しいだろう。ジャローダやバシャーモがいるから、晴れというのは十分にありうるが。
「自信があるのはいいが、この機会を逃したら、お前はまたしばらくの間、世間の認識が『ボーカロイドに似た名前の女の子』になるぞ?」
「ぐ、この……」
 トリックルームを使う場合、装備を一目見れば分かる。トリックルームは重力を僅かに弱めることで、強烈な上昇気流を発生させる技。そのため、軽いポケモンは浮き足立ってしまうので、重いポケモンほど普段に近い感覚で動くことができる技だ。
 なので、パワーアンクルやパワーリストのような普段なら動きを制限するような道具も、このときばかりは体を安定させる力が生まれるのだ。今までの試合を見る限りでは、そんなものを使っている様子はなかったが。カナの手持ちから考えると、トリパで使いやすそうなのはミカルゲくらいか? 他はフリージオやら加速バシャーモやらジャローダやら、トリパには微妙に使いづらい奴らが揃っている

「とはいえ、一応警戒しておくべきか」
 カナの奴、家がお金持ちとか言ってたし、場合によってはカビゴンとかそこらへんのポケモンを仕入れている可能性だってある。そうなると……こちら側の手持ちは、ガブリアスのゴンゲン、ルカリオのセイイチ。チラチーノのスズラン。重くて素早いガブリアスやルカリオといったポケモンならば、ある程度トリックルーム下でも問題なく動くことができる。
 そしてもう1人は、セナあたりだな。あいつは元から風に乗って漂うポケモン。トリックルーム下でもなんら問題なく動くことが出来る。イケメンの青組と、癒しの白組、どちらも半々で出す布陣で行かせてもらおう。
 試合開始までの時間も、もう数分だ。

「俺は出すポケモンを決めたぜ。カナはどうよ?」
「貴方に対し、秘策的な手持ちを引っ張り出してきました。ここ最近負け越していましたが、今回ばかりは勝たせてもらいますよ?」
 なるほど、自信あるじゃねーの。空振りにならなければいいけれどな。
「じゃ、そろそろお互い入場前の定位置について、使わないポケモンを預けようぜ。勝っても負けても恨みっこ無しで、さ」
「はい。負けませんよ!」
 試合の組み合わせは今日の朝に知ったものだけれど、カナの口ぶりからすると、俺やカズキのために温存してきた手持ちがいるらしい。口を滑らせたのか、それともフリなのか。戦いはここにいるときから始まっているというのがよくわかる。
 ともかく、戦うポケモンを決めた以上は、もう精神統一でもしておいた方がよさそうだ。セナはそういう事をしないほうが強いけれど、ゴンゲン、セイイチ、スズランあたりは気合を入れたほうが強いんだ。
「それでは私、クラウスが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
 また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。両者、準備はよろしいですね?」
「公平な判断、願いしますよ」
「もちろん、準備はOKだ」
 カナと俺の声が交差する。
「試合、開始!」
 と、同時に俺はセイイチ、ゴンゲン、セナを出す。
『さて、始まりました。決勝トーナメント第一回戦3試合目! 赤コーナーは、バトルガールの肩書きで参戦のミカワキズナ選手。プロフィールには、ホワイトジムのエースと自信満々に書かれております。先ほどインタビューしましたが、この肩書きはジムリーダー公認だそうですね』
 決勝トーナメントには実況と解説がつくから、臨場感も段違いだ。さぁ、盛り上げてくれよな。
『青コーナーの緑音カナさん、このボーカロイドみたいな名前の方はバッジを八つ全部持っている強豪だ! ジムのエースに対抗できるか、見る価値は十分にあるでしょう!』
さて、最近気付いたのだが、仲間のポケモンを送り出す際に触れるのはOKならば……イの一番にセイイチを悪タイプの攻撃で攻撃してもルール上問題ないということだ(我ながら最低のアイデアだが)。
 朝方、今日審判を勤めるクラウスさんに確認したから間違いではない)。
 相手の手持ちは、ミカルゲのエリクサー、ドータクンの……新顔か。名前は何だ? そして、ラッキーのアイギス。まさか本当にトリックルームで来るのだろうか……まぁ、問題あるまい。
「皆、セイイチを送り出してやれ。それでもってバレットパンチ」
 とにもかくにも、そのルールの穴を突いて、俺はセイイチを正義の心の特性で強化した状態で送り出す。セイイチの肩についた噛みつき跡、そしてセナに蹴られまくっている尻は、もはや立派な勲章である。
『キズナ選手、ルカリオの正義の心を強引に発動させたぁ!!』
 実況が叫ぶ。
「ヤタノカガミ、トリックルー……えぇぇぇ!? ちょっと審判さん、あれはありなんですか?」
「あ、ありです。仲間に技をかける行為は、場に出ているポケモンが行う場合は全く問題がありません。味方の回復や補助、味方を攻撃することももちろん問題ありません」
 そう、ありなんだよなカナさん。たとえこの私のやり方でルールが改正される事になっても構うものか。今回の大会以外で、めぼしい商品が出るような大会は恐らくそうあるまいから、この大会以降ローテで勝てなくなっても問題ないのだ。
 まず、セイイチのバレットパンチがヤタノカガミ(今は銅鐸だけど)にヒットする。それに怯みつつもトリックルームを発動したヤタノカガミだが、尖った杭の様な裏拳がヒットして、小さなダメージ。それに構わずトリックルームを発動するも、セイイチはブレイズキックで足払い。
「ギュッ!!」
 痛そうに声を上げたな? 効果は抜群、特性は浮遊か? ドータクン特有のツインテールのような腕をつかみ取ったセイイチは、バランスを崩したヤタノカガミを押し倒し、反撃を食らう前に馬乗りになり、冷凍パンチのラッシュ。
 ヤタノカガミはサイコキネシスで引き剥がそうとするも、セイイチの股でしっかり挟み込まれ、凍りつくような冷気をまとった手で腕をつかまれたヤタノカガミの体はその程度じゃ引き剥がされない。その冷凍パンチのラッシュの後、セイイチはただ一発の炎のパンチを放つ。ヤタノカガミの体にヒビが走った。
 そのまま、セイイチは片手でヤタノカガミを持ち上げると、中の空洞に手を突っ込んで、棘の付いた手首で中を掻きまわし、相手の戦意喪失を悟ってからカナの方へと投げつけた。まだトリックルームは発動中だというのに、余裕だな。

「おっと、ドータクン、戦闘不能。カナ選手、次のポケモンに交代してください」
「流石だ、セイイチ。その調子で頼むぜ。剣の舞で攻撃力を上げて、次に備えろよ!」
 俺の声援に、セイイチはガゥと鳴いて頷きつつ、手話でOKとこちらに意思を伝える。
『あーあっという間に一人倒されてしまいましたねぇ。というか……解説の石田さん。キズナ選手のあれ、ありなのでしょうか?』
『はい、ありです。例えばブーバーンや、バシャーモが仲間の背中を叩いて送り出す時に、その張り手が炎のパンチのようになってしまう事だってありうるでしょう。ピカチュウやマッギョのようなポケモンがエレキブルやサンダースを送る際に静電気が発動することもあるでしょうし……そうなると、仲間を送り出すためのハイタッチルールを禁じざるを得なくなります。
 そのため、厳密なルールの規定がなされていない今、キズナさんの行動は問題ありません。ルール上待機中のポケモンが味方の回復や補助を行う以外は反則ではないので、問題はありません。今後貰い火や貯水といった特性へのルール改正が行われる可能性はありますが……』
『なるほど、ありがとうございました』
 ほほう、いい解説してくれるじゃないか、石田さんよ。さて、この大会のルール上、格闘タイプのポケモンは必ず入れなければいけない事になっている。つまり、次の手持ちは……炎。格闘タイプのバシャーモ。レーヴァテインしかいないわけだ。
「くっ……レーヴァテイン、出てきなさい。そして、エリクサー! 行きなさい」
 カナが次に出すポケモンはミカルゲのエリクサーか……奴は催眠術や鬼火を使ってくる厄介な相手だ。セイイチは物理型だから、鬼火を使ってくる可能性も高いが……まぁ、どちらにせよ。
「来たか。ご丁寧にバシャーモにパワーアンクルなんてつけちまってまぁ……」
 トリックルーム状態でも戦えるように、下半身を安定させたといったところか。まぁ、今の俺達ならば問題なかろう。
「行くぞ、セイイチ。目を瞑ってストーンエッジ」
 どちらにせよ、ルカリオは目をつむったままでも戦うことが出来るポケモンだし、鬼火だろうが催眠術だろうが、対策は目をつむるに限る。
「催眠じゅ……く、サイコキネシス!」
 はは、手玉に取るってのはこういうことだ。セイイチはルカリオ、一瞬で戦況をひっくり返してくるような催眠術は、目を瞑って避けるのが一番だが、戦闘中に目を瞑っても大丈夫なポケモンはそういない。ルカリオはその数少ないポケモンの一つだ。
 一瞬遅れたエリクサーへの指示。セイイチにはその一瞬だけで十分だ。トリックルームもこれじゃ形無しだな。

「勝ったな」
「ミカルゲ、戦闘不能! カナ選手は、次のポケモンに交代してください」
 セイイチが放ったストーンエッジは、ミカルゲの顔面を上手いことクリーンヒットする。その後に放たれたバレットパンチの一撃で、セイイチの決着はついた。
「セイイチ、下がれ。少し休むんだ」
 さて、次は……ゴンゲンあたりなら問題ないかな。このまま、一匹も失わずにストレート勝ちしてやる!



Ring ( 2014/07/25(金) 22:16 )