第七十六話:強敵、レンブ
俺の構成はストライクのゼロ、バルジーナのトリ、そしてヘラクロスのイッカク。控えにはハクを入れている。
レンブさんの手持ちは……切り札であるローブシンと、カイリキー、チャーレム。やはりと言うべきか、格闘タイプ一色である。
この大会、必ず一匹は格闘タイプを入れなければいけないというルール規定があるが、それはこういうタイプにこだわりのあるジムリーダーや四天王にはある程度有利である。
例えば俺は、確実にヘラクロスを入れなければいけないから、パーティーが一つ割れているも同然である。それに対してキズナやオリザさん、そしてこの人は、同じ格闘タイプとはいえ、戦略も弱点もまるで違うポケモンをいくつも用意出来る。
それは、この大会では大きな強みである。
さて、どう攻める……ここは、王道で行くかな?
「イッカク、ゆっくりと前へ出ろ!」
「マハト、出番だ」
初手は……チャーレム。首にかけているのはエスパージュエルかな……さて、何で来る?
「まずは攻めたてろ、反撃の隙は与えるな!」
レンブさんの指示が飛ぶ。まず最初にマハトという名のチャーレムが繰り出す技は、サイコカッター。走り出す際にいきなり前転宙返りしたかと思えば、空中から三日月形の斬撃が飛ぶ。
桃色に輝くそれを、イッカクは冷静に避ける。攻撃を指示して、攻撃するつもりで向かわせていたらこっちが当たっていただろう。まだ火炎珠は発動しない……それなら
「イッカク! 十分に接近してからメガホーンだ」
「マハト! 思念の頭突きとうまく組み合わせて戦え」
図らずも、俺とレンブさんのポケモンで頭突き勝負。ただの頭突き勝負ならば、イッカクの長い角が有利。しかし、相手はレンブさんのポケモン……素直に喰らってくれるわけはないだろうな。
バトルフィールドの真ん中より少しこちら側、イッカクとマハトが互いに射程距離に入る。マハトがまず最初に右足で上段蹴りを放つ。左腕を上げたイッカクは、それを斜めに跳ね上げて威力を受け流した。マハトは蹴り足を折りたたみ、片足で切り替えして横に右足を薙ぐ。
今度は体の内側から外側へ。それをかわされてなお、マハトはバランスを崩すことなく片足のまま右足で前蹴り……マハト、チャーレムの脚は太いだけあってすさまじい下半身の力だ。
それすらイッカクにかわされたことで、一度マハトは右足を下ろし、腰を入れたキックの勢いそのままに回転。左足で後ろ回し蹴りを叩き込む。
その回し蹴りも、紙一重でかわされたが、マハトはそのまま追撃として間髪入れない炎のパンチ。効果は抜群であるその攻撃を、イッカクは冷静に見切って反撃の右パンチを返すも、それをさらに受け流されて、最初にマハトの左手で右手首をつかまれ、矢継ぎ早に右手で右手を掴まれる。
右手を掴んだ時点でマハトは左手を滑らせるようにして肘から上に移動させ、イッカクの関節を取る。関節を折られるか、投げられる前にイッカクはマハトの手にシャドークローを当てて、手首の腱を打つことで握力を弱まらせて相手の右手を引き剥がす。微妙にだが左手へと手傷も負わせているぞ、よくやったぞ!
そのまま、イッカクは右手でマハトに殴りかかるがしかし、それを上手いこといなしつつ左手で掴んだマハトが、そのままイッカクを引き寄せながら思念の頭突き。マハトが持っていたエスパー用のジュエルが消失したが、当たりが浅かったのが救いだ……効果は抜群だが何とか受けきることができた。
その際、怯みはしたもの追撃を受けることなく何とか距離を引き離すイッカクだが、まだ頭の中がグワングワンとゆれているうちに、マハトの手刀が空を切りサイコカッターが飛ぶ。イッカクはそれを避け損ね、かすったその右肩口が浅くとはいえ傷を負う。
追撃の拳がマハトから迫り、のワンツーを左右で一発ずつ、腹を狙った下段突きを見舞うも、イッカクはそれを捌ききる。反撃のためにイッカクが霊の力を込めた左抜き手を放つも、それは受け流されて、左手首を掴まれる。くっそ、さっきから掴まれてばかりだ……合気道でも使えるってのか?
体の外側からイッカクを掴んだマハトは、そのまま手首の関節を掴んで小手返し。自分から転びに行ったと思わせるような軌道で(と言うか、実際に自分から転びに行かないと腕が折られる)イッカクは地面に投げられ、地面に転がった彼女を、マハトはローキック。
だがそれを、イッカクは両手で受け止める。受け止めるといっても、そこは腐っても蹴り……非常に腕や手の平が痛そうだが。ともかく受け止めて、相手の右足を掴んで持ち上げた。右足をとられたマハトは当然転び、そのままイッカクに寝技へ持ち込まれかける、が……
その前にイッカクの肩を蹴り飛ばしてマハトは脱出。惜しい……あと少しイッカクが速ければ、足関節を極めて相手の関節を終わらせることも出来たのに。流石に四天王のポケモン、一筋縄ではいかない。
イッカクは不利を悟ったのか、ここは一旦引こうとじりじり後ろへ下がり始める。それに対し、マハトは後ずさりの進んでイッカクに飛びかかろうとする。まずいと本気で思ったイッカクは打ち落とす攻撃のための小さな岩を投げつけて牽制して、後ろへ振り返って逃げる。
それを追うマハトの技は気合いパンチだ……脱力から生み出された渾身の瞬発力、膂力。イッカクの今の耐久力ではとても耐え切れない……いや。イッカクは、守る技を用いて緑色の障壁を眼前に張り出した。元々、火炎珠が発動するまでの時間稼ぎの技であるが、このタイミングで使用してくるか。指示すらできなかったが、とっさによくやってくれるものだ。
それによって攻撃を弾かれたマハトは、拳の痛みに顔をしかめる。追おうとするも、イッカクはすでにマハトの射程外……となれば。
「ゼロ、行け!」
マハトの傷は、イッカクが放ったシャドークローによる左手首の傷のみ。だから、まだほとんど元気一杯である。タッチから繋がるは、目にもとまらないスピードで間合いをつめるゼロ。背を向けて見方の元へ戻ろうとしていたマハトは、その素早さに面食らいながら振り返りざまに裏拳を放つ。
当然のようにそれをかわしたゼロが、マハトの左すねに右蹴りを入れる。蹴りの威力は軽く、弁慶の泣き所にクリーンヒットしたそれもあまり大きなダメージは与えられない。痛みを堪えつつしっかり腰を据えて腕を振りぬきサイコカッターを放つも、ゼロは伏せてそれをかわすと、勢いそのままに駆け抜けすれ違いざま、翅で左わき腹を打ち据える。
後ろに回ったゼロを、マハトが回し蹴りで反撃しようと思えば、すでにゼロは蹴りの射程圏外、逆に軸足である右足を刈られてバランスを崩してしまう。転びこそしなかったものの、その一瞬をゼロは見逃さない。
左足を地面に置くまでのその一瞬に、ゼロは相手の喉を目掛けてカマを振りぬく。鋭い斬撃が喉を叩くも、右腕を上げた防御に遮られ薄皮一枚斬られただけで致命傷はない。いやしかし、右手はイッカクとゼロの二人に傷つけられてパフォーマンスはがた落ちだ。
マハトが左手でゼロのカマをつかもうとするも、それはかなわない。ゼロがバックステップで一歩下がって、カマを薙いで牽制。マハトはそれに付き合わずに岩雪崩でゼロを攻撃するも、岩の隙間をかいくぐったゼロのとび蹴りが顔面に突き刺さっただけである。
鼻血が散った。マハトがゼロを掴みかかろうにもそれは届かず、逆に手首をカマの峰で弾かれる。さすがゼロ……細かいダメージしか与えていないけれど、自分が無傷のままでここまで一方的にやれるのはあいつしかいない。
マハトは炎のパンチで掌底を繰り出すが、ゼロは折りたたんだカマでそれを受け流し、マハトのドスンと足を踏み潰す。その痛みで膝を折ってしまったマハトで、ゼロの峰打ちがマハトの顔面を打ち抜いた。そのまま尻餅をついたマハトに、ゼロはカマで追撃をかける。マハトは何とかそれをかざした腕で防ぐも、その腕には薄皮一枚のキズが数え切れないほどに増えてしまっていた。
マハトが腕と右足を軸に、左足で牽制のサイコカッター。威力の低いローキック気味のフォームから放たれたそれを跳躍してゼロが避けるが、彼はもう肩で息をするくらいに疲れている。そろそろゼロも限界だな……
「ゼロ、戻れ!」
ならば、無理せず戻して休ませるが正解。
「マハト、こっちもだ。戻るんだ!」
流石に、レンブさんも今のままマハトを戦わせるのは難しいと判断したようだ。無理をさせずに戻す事を指示した。しかし、ゼロは本当に攻撃力が低いな……ま、その短所は長所のための犠牲。俺が上手く使ってやればいい話さ。
「強さの推測はしていたつもりだが、流石だな……想像以上だ。それでこそ、心が躍る」
レンブさんが笑顔でそんなことを言ってくれるとは。光栄じゃないか!
「えぇ、私も……あそこまでイッカクが手も足も出ないとは思いませんでした。当たり前ですが、本当に……強いのですね。トリ!!」
レンブさんの答えを待たずに、どちらとタッチするかを決めあぐねていたゼロに答えを示す。
「……ジャスティス。次はお前だ」
バルジーナに対し、レンブさんが出したのは……カイリキー? 確かレンブさん、根性とノーガードのどちらのカイリキーも所有していたな。
ポケトレ大百科((ポケモントレーナーの功績や手持ちの情報など専門のwiki形式辞典サイト。誰もがログインすれば自由に編集できるため、熱心なファン同士で論争が起こることも多い))で確認した限り、ジャスティスの特性は『ノーガード』。
……くそ、そうなるとトリは相性が悪い。一度出した以上10秒以上は場に出ていないといけないし……仕方ない。
「トリ、ともかく追い風! 相手と目を合わせるな!」
「身代わりだ!」
む……そうきたか! ノーガードのポケモンゆえに、相手は避けない。急所にでも当たったら問題、となればそうするのも当たり前か。
「トリ、付き合うな! 一度上空に……いや、エアスラッシュ!」
ダメだった。目を合わせるなとトリへ警告したのに、トリはすでに奴の目を見てしまった。身代わりを盾に、突撃してくるカイリキーのジャスティス。その目は真っ直ぐに……槍のように鋭い視線を海のように深い瞳でトリを見つめている。
その眼力の強さは黒い眼差しの比ではない。目を離す事を許されない、目を逸らす事を考えさせない。ただ、相手とぶつかる事を望ませる魔性の眼力だ。その目に魅入ってしまったトリは、もはや逃げることはかなわない。
エアスラッシュをジャスティスに向かって放ち、次に繰り出されるであろう技を、微動だにせずに受け止める以外の選択肢は残されていないのだ。
「爆裂パンチ!」
その技がくるのはわかっている。けれど、まだ10秒経ってないし、交換はボールではなくタッチでやらなければ、ボールから出てくる際に赤い光に包まれているあの一瞬の隙に攻撃を受け、そのまま崩されてしまう。レンブさんのポケモンの攻撃力ならばそれが十分に可能だ。
ジャスティスは、エアスラッシュで切り裂かれた自身の身代わりが消えたのを確認すると、喉を守るように前腕を前に構えて突撃。後ろ腕を爆裂パンチのために振り上げた。これはいわゆる、相手に予備動作を教えてしまうテレフォンパンチ。
そのため命中率は低いが、この爆裂パンチは防御が無意味なほどの威力を誇っており、喰らえば脳震盪による平衡感覚の麻痺は避けられない。その強大な暴力の前に、トリはただ突っ立っている(突っ飛んでいる?)だけ。ノーガードの特性に魅入られて、真っ向から受けて立とうとしてやがる……。
彼女の分厚いはと胸に拳があたったとはいえ、カイリキーの爆裂パンチともなればそれでも計り知れない大ダメージだ。だが幸運かな、その時味方がいる方向へ吹っ飛ばされた上に、視線がジャスティスから逸れた。今ならノーガードの呪縛からは開放されたし、それにタッチで交代も可能。ならば……
「トリ、イッカクと交代」
「ストーンエッジ!」
胸に残る鈍い痛みに顔をしかめながら、地面に落ちていたトリは立ち上がり、跳躍して翼を広げるも――平衡感覚はやはり欠如していた。
「クアァァァァ!!」と、甲高く鳴き声を上げ、彼女は地面に再び転がる。それに狙いをつけたジャスティスのストーンエッジが、トリの背中を叩いた。
「ク、クォォォ……」
しかし、武士の情けとでも言うのか。ストーンエッジは威力を抑えられた状態でトリに当たった。そのおかげで、たいしたキズも追わなかったトリは、まだ戦いを続行できそうなコンディションではあるが、素直に負けを認めざるをえなかった。彼女は、追い風を味方に託して戦意喪失する。
「審判のお兄さん……トリはもう戦えません」
俺の言葉に審判は頷き、そして宣言する。
「了解です。バルジーナ、戦意喪失! カズキ選手は次のポケモンに交換してください!」
歓声とどよめき7対3ほどで会場に響く。3割はKOではないのが不満なようだが、残りは単純に試合が動いた事に興奮しているようだ。
「トリ、ご苦労様」
先手をとられちゃったか。まぁ、レンブさんが相手ともなれば、こうなるだろうとは思っていたけれど……。
「ハク、出ておいで。そして、イッカク……お前が前に出て、空元気!」
「な、ランドロスだと!? くそ、ジャスティスは……退避する暇もなさそうだな。迎えうて」
へぇ、レンブさんも、俺みたいな子供が伝説のポケモンを持っていたら驚くのか。だが、そんなことよりも、イッカクはすでにボロボロ。恐らく、あと1発でもいいのをもらえば倒れてしまうだろうし、相手がノーガードのカイリキーともなればその『いいの』をもらう可能性は非常に高い。けれど、今なら追い風のおかげでほぼ確実に先手が取れる。
嬉しい事に『空元気』に、決まった型はない。ただ、がむしゃらに一撃を叩きこむだけだ。根性の特性と合わせて、強力な一撃を繰り出すその一撃は、例えばそれは蹴りかもしれないし、メガホーンばりの頭突きかもしれない。どんな方法でくるのかわからない恐怖が、受ける側にある。そして、今のように追い風で加速している時ならば、体ごとぶつかるような技が有効であることはイッカク自身よく学習している。
ノーガードの魔力に飲まれようとも、それを当てて反撃をもらわなければ……勝ち残れる。やはりと言うべきか、イッカクは頭突きを放ち、それがカイリキーのヘソあたりにクリーンヒット。カイリキーの手刀も当たったには当たったのだが、それはクリーンヒットにいたることなく、イッカクもなんとか耐え抜いた。
「カイリキー、戦闘不能! レンブ選手は次のポケモンに交換してください」
今度こそ文句なしのKOということもあって、場内には歓声が巻き起こる。
「カズキー! その調子だ、流れ掴めよ!」
キズナの声だ。ありがとう……
「カズキよ。これで、言い訳程度には善戦できたな。だが、もっとだ。どうせならレンブを破って見せろ」
母さん、その言い方はレンブさんに対して酷いよ。全くもう……嬉しいけれど。
「カズキ君、頑張って!」
アオイさん、分かってますよ。
「凄いね。どっちが勝つか賭ければ良かったよ。大穴狙いも行けそうだ」
ギーマさん、よそでやってください。
「ほー、やるのぅ。レンブ、足を掬われるでないぞ?」
アデクさん……そんなこといわれると、俺は掬いたくなってしまいます。
「勝つだけなら、時間を目一杯使って追い風が止むのを待つところだが……それではつまらないな。出てこい、マスター!」
マスター……といえばレンブさんのダゲキ。と、頭の中で思い浮かんだころには、ボールの中から出てきたダゲキは形を成していた。
「そして、次はお前だマハト! 何もさせるな!」
「イッカク、続けて空元気」
レンブさんの判断は俺の予想通り……やることはわかっていた。いま、イッカクの体力はもう尽きかけ。となれば、後一撃捨て身の特攻を仕掛けるしかない。そうなると、ただでさえ根性が発動している状態のヘラクロスが相手である。元気一杯のポケモンでも油断は出来ないと言うわけだ。
だから、イッカクにとどめを刺すよりも、さらに消耗させ、追い風の効果をなくしてしまうために時間稼ぎをしたほうがいいと考えたのだろう。時間稼ぎならば同じくボロボロのマハトが最適と考えたのだろう。マハトとイッカクは駆け出し、イッカクが敵陣深くでマハトの射程距離に入る。
マハトは、直前でブレーキを掛けて猫騙し……? いや違う。イッカクの決死の空元気に対し、マハトは見切る眼力を用いた。意識を集中させることで一時的に全ての景色がスローモーションになるとか言う、あの技を使ったマハトは、イッカクの拳を打ち払い、避け、蹴りをカットし、頭突きはいなして転ばせた。
そうして、無防備になったイッカクの背中に、腕から伸ばした金色の刃をイッカクの首元にあてがう。喉元に致命傷の一撃を寸止めされては、イッカクは当然動けなかった。
「ヘラクロス、戦意喪失。カズキ選手は次のポケモンに交代してください」
歓声が上がる。観客の皆から感心する声やら、俺の味方がガッカリする声やら色々聞こえる。
「……よくやってくれた、イッカク。ゆっくり休んでてくれ」
俺とレンブさんのどっちも頑張れといってくれる声も混じっていて、それが非常に嬉しい気分だ。それにしても、やられたな……時間稼ぎどころか、きっちりと倒してくるだなんて。まったく、四天王の名前は伊達じゃない。俺の残りのポケモンは二匹……大丈夫、あがいてみせる!
「ゼロ、立ち向かえ」
「マハト、一度引いてセメントに交代だ!」
セメント……確かローブシン。あいつはレンブさんの切り札だ。
「ゼロ、お前に任せるが、岩雪崩だけには注意しろ」
こいつの岩雪崩だけは、本当に怖い。
「知っていたか……岩雪崩を狙っていること」
「貴方の試合は何個も見せてもらっています。その技を持っていて、ストライク相手に使わない人はいないでしょう」
「ならば、受けてみろ。セメント、岩雪崩」
レンブさん……まさか、真っ向から勝負を仕掛けるとは……
「近寄るなゼロ!」
俺の指示を聞いて、ゼロは極端な前傾姿勢から、翅を用いて急ブレーキ。相手のセメントは、上空に投げ上げた石柱を、その巨大な拳で張り手を放つ。その際、砕けた岩雪崩があめあられとゼロに襲い掛かった。普通の岩雪崩と比べて物凄く細かく、また初速も速い。そのため、いかにゼロでも避けようのない攻撃になるのだ。
だが、ゼロは寝転がるように地面に突っ伏すことで、それを辛くも避ける。
「やるな! そのストライク、見事だ!」
レンブさんのお墨付きだ、ゼロも流石だな。立ち上がるまでのタイムラグに、相手が防御する隙を与えてしまったものの、そんなの関係ない。蹴って、斬って、薙いで、叩いて。セメントの足を重点的に傷つけたところで退避。
セメントは追ってこない(と言うより追っても無駄と分かっているのだろうが)ので、タッチする前に剣の舞を、舞わせてバトンタッチ。セメントは、ビルドアップをしていた……そして、あいつの持ち物はイッカクと同じ火炎珠。根性が発動して……攻撃力が上がったか。それだけ攻撃力が上がったら、もう手がつけられないレベルだぞ……。
終わってみればゼロは最初の岩雪崩で喰らったかすり傷一つ程度。やっぱりゼロの回避能力は、桁違いだ……そして、もう選択肢は無いわけだから、交代の相手は必然的に……
「ハク、行くんだ!」
ハクの特性は威嚇。レンブさんを相手にするに当たって、実に都合のいいポケモンである。
「セメント、マスターとタッチだ。マスターは……捨て身で向かえ!」
本当ならこいつは、トリが生き残っている状態で使いたかったが仕方ない。
「まずは砂嵐!」
さて、このレンブさんのダゲキ、マスターだけれど、こいつの特性は厄介な事に『頑丈』である。その恐ろしさを、キズナのポケモンでいやというほど味わった俺としては、やはりそれを潰しておきたいと思うわけで。相手が放ってくる技が『捨て身』という言葉から推測して起死回生かインファイトだろう。
マスターの首に下がっているドライフルーツが、イバンやカムラなのか、それとも別の何かなのかも分からないが。しかし、頑丈の特性なくしてそのコンボは成立しにくい。マスターが放った技は、どうやら起死回生だったらしい。
己の内側に潜む生存本能をフル稼働させ、ダメージを負っていればいるほど協力になってゆく技であるが。今の元気一杯のマスターが放っても、腑抜けた一撃しか放てない。
剣の舞をバトンタッチまでしておいて、ハクがとった行動はただ砂嵐を巻き起こすだけ……そんな肩透かしを食らったマスターは、ハクの頬の拳を叩き込むもほとんど不発といって差し支えない。元々ハクの威嚇で下がった攻撃力がさらに下がったマスターは、これはまずいと一旦退避。
バックステップするのではなく、ハクの側面に回りこむように動く。だが、無駄だ。ハクは、地を走る獣ではなく空を飛ぶ鳥でもなく、空を走る獣だ。ハクがレントラーやウインディであればマスターのように側面に回り込むのも有効であろうが、しかし。
ハクは、空中で滑るように滑らかに回転して、その太い前足でマスターを捉える。肉球のある前足でマスターの側頭部を叩いたハクは、そのまま体を沈ませて地震。まだ、頭が揺れているマスターはそれを喰らってしまい、砂嵐のダメージで頑丈の特性も発揮されることなく、落ちた。
「ダゲキ、戦闘不能! レンブ選手は、次のポケモンに交代してください」
「これでレンブさんの手持ちはあと2体……行ける!」
「いい眼だ! 勝利を見据えている……これほど幼いというのに、全てをぶつけるに相応しい相手は初めてだ。セメント、行くんだ」
来た。最も厄介なポケモンが。
「ハク、ゼロに交代だ」
ビルドアップと根性の特性が発動した以上、厄介なのはマッハパンチやドレインパンチ……だけれど、 ゼロ相手には効果の薄さも相まって、あまり心配はないだろう。だけれど、問題は岩雪崩だ。
ローブシンは普通の岩雪崩も出来ないことはないのだけれど、先程やって見せた、あの石柱を砕いて巻き起こす岩雪崩は、素早く飛んでくるため避けるのが本当にきつい。先程のゼロの動きを見て学習もしているだろうし、本当にゼロでも喰らいかねない。
「セメント、岩雪崩」
しかし、レンブさんとしても、ゼロの攻撃の恐ろしさは十分に理解している。セメントはさっきそれで脚を重点的に攻められたので、もう素早い動きは不可能だろう。この一撃でゼロに攻撃を加えられなければ、負けは決定したようなものである。
ゼロは、間合いを計りながらじっとセメントを見据えている。一瞬たりとも気を抜いてしまえば、その途端に岩雪崩が襲い掛かってくる。見つめあった気まずい時間が流れるも、セメントのほうは火傷のおかげで、にらみ合っているだけでも体力が減ってゆく。そのため、先に仕掛けるべきはレンブである。
セメントの視線が少し揺らいだところで、ゼロは時計回りに移動してセメントの右側に曲がりこまんとする。しかして、セメントは投げ上げた石柱を、テニスのサーブでもするかのように打ち下ろす。ゼロが避けている方向に僅かに先回りする形で砕き、降らせる。
それを受けて、ゼロはカマを体の前に構え、何とか急所だけは守ろうとする体勢。先程よりも細かく砕けた石柱は、よけるという選択肢を許さず、ゼロに降り注いだ。
「ゼロ!!」
効果は抜群。ゼロは、当たらなければどうと言うことはないという偉い人の言葉を忠実に表すポケモンだ。逆に、当たってしまえばこれほど脆いポケモンもそうそういまい。岩雪崩を喰らってしまってボロボロなゼロは、最後の力を振り絞ってカマを振りぬこうとしたが、重い石柱を捨てたセメントは、さっと避けてその一撃をやり過ごした。
「ストライク、戦闘不能! カズキ選手は最後のポケモンに交代してください」
「くそ、酷い怪我だ……」
ただでさえ撃たれ弱いゼロが、攻撃力を無尽蔵に上げたローブシンの4倍効果の攻撃を喰らう。言うまでもなく重傷である。
「カズキ、私に預けて。コロモに運ばせるから」
ボールに収納しようと思った矢先、声を掛けてくれたのはアオイさんであった。
「あんまり揺らしちゃいけないから……コロモ、お願い」
そう言って、彼女は付き添ってくれているコロモに、ゼロをテレポートで運ばせる。ルール上、審判によって戦闘不能、戦意喪失などでバトルからの除外宣告を受けたポケモンを、こうして外部の誰かに預けることは認められている。
任せるのがコロモなら問題はないだろう。あまり患者の体を揺らすことなく治療器具まで運んでくれるのはありがたい限りだ。そしてごめん、ゼロ……あとで一杯甘えさせてあげるから、今は待っていて。
「ハク、いけるな?」
本当は、ゼロに声を掛けてやりたいが、それをするのは後にしよう。ハクと、やれるところまでやってやる。まだ、剣の舞の効果はかすかに残っている。だが、今のセメントはビルドアップの効果なんてほとんど残っていないだろう。それでも根性の特性で攻撃力が上がっているのは厄介であるが。
「ランドロスに望みをかけるか、カズキよ」
レンブさんが俺に問う。
「無理だと思いますか?」
「その質問に対しての答えだが、無謀とは思う、だが無理ではなかろう。さて、……マハト、行くんだ。喰らいつけ!」
レンブさんは俺の質問に対し答えて、マハトを繰り出す。チャーレムのマハトが繰り出せる有効な攻撃……岩雪崩とかサイコカッターあたりがランドロス相手なら現実的か。
「ハク、地ならし!」
幸い、まだ砂嵐は続いている。ハクに持たせたさらさら岩の効果で砂嵐の技も長く続くようにしておいたおかげだろう。その状態なら。ハクの姿も上手い具合に紛れて地震を当てるのにもそう苦労はしないだろう。強力な技だけれど、ジャンプするだけで簡単に避けられてしまう自陣だが、こうやって地ならしなど複数の技と組み合わせれば、先程のマスターと同じように当てることはそれほど難しいことではない。
マハトは、ハクの地ならしを……避けない!? 避けずに、そのままこちらへと走って向かってくる。一発、地面からの振動で突き上げられたマハトは地面から少々吹っ飛んでしまったものの、すぐに体勢を立て直して真っ直ぐにハクの方へと向かった。
ありえない……もうマハトはボロボロだったはず。あれか、『堪える』か!? そして、ハクに肉薄したマハトは、その拳に冷気を携えて……ハクの頬を打ち抜いた。冷凍パンチ……それとほぼ同時にハクの爪がかすり、マハトは倒れた。
でも、顔半分が凍りついたハクのダメージは見るからに痛々しい。
「チャーレム、戦闘不能。レンブ選手、最後のポケモンに交代してください」
「互いにラスト1匹か! 例え負ける事になっても後悔はするな? 私はそのために、残りの力を振り絞る所存だ!」
最後に残ったのは、レンブさんの切り札であるローブシンのセメント。彼のダメージは、ゼロが執拗に攻め立てた右足のみ。しかし、トレードマークである石柱はもう二つとも失われている。そこを何とか弱点とみなしてつけ込む隙があれば、ハクでも何とかする手立てはあるだろう。
そう、例えば……ローブシンのマッハパンチは、石柱を持った手を第三の脚に見立てて物凄いスタートダッシュを発揮して攻撃する技だ。石柱を一本持っていなければ出来ない技である。
と、言っても。もうやることなんて一つだ。ハクはいま片目が塞がっていて、距離感がまともにつかめない。となれば地震で攻めるっきゃない。
「ハク、地震!」
「セメント、空元気!」
脚に傷を負ったセメントの張り手がハクに迫る。セメントの跳躍は勢いがなく、地震もかろうじて威力は減退できたが避け切れていないし、接近するスピードも遅いためにハクに逃げられてしまう。だが、それも2回は続かない。再度地震を放とうとしたハクに、セメントは転ぶこと覚悟でヘッドスライディング。ハク決死の攻撃により、セメントはハクに肉薄。ハクの横っ面をひっぱたいた。
それがトドメとなった。ハクが倒れ、セメントがバトルフィールドに立っていた。
「ランドロス、戦闘不能。よって、この勝負……レンブ選手の勝利とします」
高らかに上がる審判の声。
「ハク……くそ、やられて……そうだ、ゼロ」
俺の独り言を無視して沸きあがる歓声の中、俺はハクをしまうと、現実逃避のようにゼロの事を思い出して、挨拶もせずに出張ポケモンセンターの治療用マシンの元へと走っていた。