BCローテーションバトル奮闘記





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大会編
第七十五話:ビリジオン捕獲祭り、開催!
3月28日 朝

 ご主人は、朝から気合いが入っていた。前日は早くに眠りに付き、今日も日が昇り始めたと思ったころには起きていた。その時、俺達は眠かったから、物音で目が覚めたときも結局二度寝させてもらったが、その間精神統一でもしていたのだろうか、ご主人はずっと胡坐を掻いて座っていた。
 ボールの中からのぞいていたが、なんとも奇妙な光景である。まぁ、無理もない……あの日、俺がブラックモールでポケモンソムリエに鑑定してもらってからというもの、ご主人はずっとローテーションバトルで頑張ってきたんだ。
 今日はその総決算となる日。気合いが入るのも無理はない。俺を含めてポケモンは全員ボールの中に入っているが、カズキのあの様子を見ている奴はどれぐらいいるのだろうか? 覗いていると……こっちまで身が引き締まる想いだ。
『おい、ご主人』 
 そんな光景をずっと黙ってみているのもなんなので、俺はボールの外に出る。
「あ、ゼロ……」
『今日はどうしたんだ? いやに感傷的じゃないか』
「いや、ね。お前がどうやれば役に立つかを考えた結果、ローテーションバトルと言う結果にたどり着いたあの日から色々あったなぁって……そんな事を考えていたんだ。色々あったよ……スバルさんに出会って、キズナと再会して、母親を殺して、ママンが死んで……本当に、色々あった。
 そのきっかけがお前だと思うと……なんと言うか、感慨深いね」
 そういえば、元々ご主人がローテーションバトル始めたのもそういう理由だっけか。スバルとかいうやつに会いに行った理由は、トリを貰うため。そのついでに、カズキが俺のために進化の輝石を入手しようとしてお手伝いを申し出たりもしたな。
『確かに、感慨深いかもな』
「でしょ? 本当は、この場にママンもいてくれたら嬉しかったんだけれど……それは、贅沢だよね?」
『そんなことはないさ。もうママンがいない状況には皆も慣れているとはいえ……戻って来て欲しくないやつなんて一人もいないだろうよ』
「戻って来て欲しくない奴はいない……か。大切にされていたんだね、ママンは」
『……まぁ、実際大切だものな。あいつのおかげで、俺がゲットされてすぐに懐く事ができたわけだし』
「懐いたのはママンのおかげ?」
『あぁ……』
 本当にこのカズキという人間はすごい。俺達の言葉を簡単に理解している。

『トリも、お前に懐いていたママンの意思を継いでいる。お前に尽くすつもりで生きているよ。他の奴らだってそうだ……安全な住処と、安定したエサと、そして何よりお前の深い愛情がある。それに報いようと頑張っている……勝とうな、ご主人』
「うん……。ありがとう……それじゃあ、そろそろ食事を用意するよ」
『今日は特別な日だ。飛びっきり美味い奴を頼むぜ』
「分かってる。ポブレ……美味しく焼けてるから」
 ご主人は微笑んだ。こいつ、自信があるのやらないのやら、落ち着き払ったその表情からは読み取りにくい。ただ、今までこいつの指示に従って……少なくとも、あの日、ポケモンソムリエと出合った日から、間違ったと思ったことが無い。
 もちろん、細かく見れば指示のミスや読み間違いはあっただろうけれど、それは相手がご主人以上に間違っていない指示を出しただけ。これだけ落ち着き払っているんだ、ご主人のことは今までどおり信頼出来る。
『……俺もお前のために頑張りますよ。ご主人』
 ゼロはポケモンと、カズキにだけわかる言葉で言って、主人に笑みを向ける。カズキは無言でゼロを抱きしめ、頬を寄せて頷いた。

 ◇

 ビリジオン捕獲祭りは、ブラックシティにあるホワイトブッシュ表層にて用意された特設会場で、日程を4日に分けて行われる。まずは予選リーグから。これは参加者の数を均等に16のブロックに分け、そのうちの上位1名が決勝トーナメントへと進出を決める事になる。
 今回の大会には述べ167人が参加する事になったらしく、10人から11人でリーグを争う事になる。この予選リーグの日程が、1日に1人あたり3〜4試合で3日掛けて行われ、最後の1日、復活祭(イースター)の日に、16人のトレーナーから最も優れたトレーナーを2人決める。
 そして、決勝戦を戦い終えた2人のトレーナーは、決勝戦の勝敗にかかわらずビリジオンの御前に立ち、ビリジオンへ自分に仲間になるように勧誘するのだ。優勝と準優勝を分けるのは、ビリジオンが選ぶかどうか。ビリジオンがどちらのトレーナーも選ばないのであれば、戦いの結果で決めるというわけだ。
 この大会では格闘タイプのポケモンへの敬意を払うために、この大会には手持ちに最低でも一匹は格闘タイプのポケモンを入れておくという特別なルールがある。この大会の特色と言えばその程度だろうか。
 それがこのビリジオン捕獲祭りである。ビリジオンとしては、ホワイトブッシュを守ってくれているポケモンレンジャーに恩義を感じているらしく、そのためこういったイベントにも付き合ってくれているのである。だから、わざわざ森を去る日を人間の都合に合わせてくれているし、恩義のある人間が相手だからと、ゲットされる事に対しても肯定的なのである。


「ギーマさん、おはようございます」
「やぁ、おはようカズキ君」
 会場についてみると、受付にはギーマさんがいた。退屈のなのだろうか、パイプとプラスチックのボードを組んで作られた特設の観客席の上で、彼はスマートフォンを弄っていた。何を見ていたかは知れないが、エロサイトじゃなければなんでもいいや。
「今日は……スバルさんの応援ですか?」
「いや、君も含めて色んな人の応援だ。知ってる? バンジロウ君とか、レンブとかも参加するって事」
「レン……バンジロウさんは聞いていましたが、レンブさんは初耳です」
「そう……あいつ、4足の格闘タイプに非常に興味を持っていてね。だから、この機会にって出場を決めたんだ……まぁ、本腰を入れて挑んだわけじゃないから、何とかなると思うよ。でも、バンジロウ君は……無理だと思うけれどまぁ、頑張ってね」
「……対策は、とってます」
「それで何とかなるのなら、私達四天王は弱いことになるよ? 私達は格闘タイプや虫タイプで固めてきた相手だろうと、屠ってきたわけだし。だからこうして、あまたのトレーナーの上に立っているわけだろ?」
 もっともなことである。ギーマさんを始めとする四天王は皆タイプが偏っているが、だからといって対策すれば弱いなんて事はない。バンジロウさんも、ドラゴンタイプ……もっと言えば氷タイプに弱いポケモンで固まってこそいるが、その強さはもはや疑うべくもなかろう。
 氷タイプの攻撃が得意なポケモンは、氷タイプはもちろんだが、水タイプのポケモンも同様だ。バンジロウさんはその相手へ対策するために、きちんとリーフィアを入れているし、晴れパとしてメンバーを構成することで、水タイプや氷タイプのポケモンが活躍しにくいように釘を刺している。シンプルだが、使いこなせれば強力だ。

「ところで、スバル君はいつ来るの?」
「受付が終わったら……ほら、あそこに」
「あぁ、本当だ」
 受付から離れた位置にいたために、ギーマさんは母さんも来ている事に気付いていなかったらしい。ただ、指を指している場所を教えれば、きちんとわかる程度の視力はあるようだ。
「今回の大会、私は参加せずに見守るだけだ。弟子に、同僚に、孫弟子に、上司の孫……君達の、誰が優勝を勝ち取るか。それとも無名の選手が勝ちあがるのか。今から楽しみだよ」
「ギーマさんは、誰か注目の選手とかいます?」
「……君とキズナちゃん。ただ、注目してるだけで優勝候補ではないけれどね。だれが優勝候補化は言わなくても分かると思うけれど」
 きっぱりと、ギーマさんは言い放った。
「あんまりプレッシャーを掛けるのはよしてやれ、ギーマ」
「おはよう、スバル。挨拶は基本だよ? 先に挨拶をして欲しいな」
 振り向けば、スバルさんはメガネを外しているおかげなのか、口調がすでにぶっきらぼうであった。
「おっとと、おはようギーマ」
「おはよう。調子はどうだい?」
「私もポケモンもすこぶるいいよ。今なら軍隊とだって戦える。試しに、ポケモンレンジャーでも現われてほしいものだ」
 ありえないといいたいところだけれど、ありえるんだろうなぁ……スバルさんなら。
「軍隊とでも戦えるのはいつものことだろう?」
 まるで当然のことのように返すギーマさんもギーマさんだ。
「まぁ、今もって来ている手持ちだけでは無理だがな。だが、そのくらいの心意気じゃないと……喰われるぞ、カズキ? 軍隊と戦うつもりで挑めよ? 特に、私のような強者にはね」
「あははは……いや、当然勝つつもりで来ているから安心してよ、スバルさん」
 軍隊と戦うと言うのがどういうことか知らないから、実感が沸いていないだけで、自信が無いわけじゃない。実際、俺のポケモンはホワイトブッシュで働いているレンジャー達が相手ならば、個々では問題にならないくらいで強い。乱戦となればそれを得意とするレンジャーに通じるかどうかは分からないけれど、今はそれは関係ない。ともかく、レンジャーだろうと負けないくらいの強さは持っているんだ。
 俺だって、数さえ揃えれば軍隊とだって戦える。
「カズキ。君は何度も負けを経験して来ているね。だから、いまさら負けてもそのたびに泣くほど愚かでもないだろう。だから、そうだね……負けるなら、全力を出し切って負けるといい。栄光も、満足も、実入りも得られないが、経験だけは少なくとも残るはずだ」
「分かりました!」
「予選リーグ、君の実力ならば簡単に突破できるだろう。健闘を祈っているよ」
「はい!」
 ギーマさんの言葉に背中を押され、俺は元気いっぱいに返事を返した。

 ギーマさんからの激励をもらってから、俺は予選リーグの表を見る。参加者は事前の予約が必要なため、167名と言う数は把握しているが、誰が出るのかは名前が表に載るまで分からない。現在やっと抽選が終わったということで、俺達は抽選結果が張り出された掲示板を見に集まる。
「キズナ、おはよう」
 この日のキズナは、黒い作業服にオレンジの上着という、彼女にとって一番使い慣れている勝負服で現れた。
「おはよう、カズキ。予選でお前らと当たらないといいな」
「うん……」
 二人並んで、トーナメント表を見る。スバルさん、オリザさんとは別のチームになったが……。

「ほう、私は第12ブロックか。カズキは……あぁ、四天王のレンブと同じブロックか。重い相手が来たな」
 エントリーナンバーを振り分けるくじ引きの結果、俺と同じブロックにレンブさんが名を連ねた。
「うそ……だろ」
 日程的に、彼との戦いは明日になる。四天王レンブと言えば、鋼のように鍛えられており、しかして飾りなど一切ない機能的な筋肉、髪の毛と一体化した金髪眉毛が特徴的な、格闘タイプ使いのあの人だ。彼は、自身の名前が貼り付けられたボードを見ながら、物思いにふけっている。
「大変だね、彼は強いよ。タイプ相性で有利とか不利とか、それを度外視しても、強いよ」
 その時、後ろから届く声。ギーマさんだった。
「やぁ、レンブ。待っていたよ」
「わざわざ応援に来てくれるとは、嬉しいことだな、ギーマ」
「そうでもないさ。別に君のためだけに応援に来たわけじゃないし……むしろ、私が見たいのは……君と同じブロックにいる男だ」
 ギーマさんは、俺にもはっきりと聞こえる声でそう言った。
「それは誰だ? さっき君が話しかけていた少年か?」
「あぁ、それは……」
 と、ギーマさんが振り向きざま――
「多分、俺です」
 ギーマさんが振り返る前に、俺は自分から名乗りをあげる。
「初めまして……レンブさん。ホワイトシティに住んでいるポケモントレーナーの、シラモリ=カズキと申します」
「こちらこそ、初めまして。どうやら、ギーマさんからの期待があるようですが……」
「えぇ、まだ無名のトレーナーですが――」
 と、俺が言いかけたところで、
「この子の強さは戦ってみれば分かる。強いよ」
 俺が答える前に、ギーマさんが口を挟む。
「お前がそういうのならば、そうなのだろうな……ふむ」
「あの、レンブさん……戦うとしたら、貴方とは2日目の日程になります。その時は、どうかよろしくお願いします」
 レンブさんはしばらく何も言わなかった。
「君の戦いを見て考えさせてもらう。弱いポケモン相手に本気を出して大けがをさせるつもりはないからな」
 非常に重みのある口調で、レンブさんが一言発する。
「本気で強くなろうとしているのならば、戦い方で分かる。もちろん、私は未熟者ゆえ深いところまでは分からないが、それでも……少しは分かる。君がどれだけ苦労してその域まで辿りついたのかも、戦えば垣間見える」
 やはり拳で語るタイプなのかな、レンブさんは。言うことが脳筋っぽい。
「ですか……ならば、見せられるよう頑張ります。いや、見せます」
 俺が、意を決してその言葉を発すれば、レンブさんは途端に笑顔になった。今までは武人の表情だったそれだが、今は……戦うことが心底好きな、まるで子供のような……
「いい心意気だな。心が躍る」
 笑顔だった。

「相変わらずだね、君は」
 呆れた様子でギーマは苦笑い。
「ギーマ、本当にあいつは強いのだろうな?」
「あの子が戦ってる動画でも見る?」
「そんなものがあるのか? 試合が始まる前に見てみようじゃないか。俺も対戦動画はテレビ中継をされているのだ、卑怯ではなかろう」
 そこまで言って、レンブさんは俺に振り返る。
「ギーマがお前にかける期待は相当の物のようだな。楽しみにしているぞ」
「……怖いけれど、俺も楽しみです」
 それっきり、レンブさんはギーマさんと話をしていた。同僚ということで、親睦もあるのだろう。
 試合が始まるまでの間、周りを見てみる。孫であるバンジロウや部下の顔を見に来た、元チャンピオンマスターのアデクさんの姿も見えた。キズナはバレンタインの日に言ったとおり、バンジロウさんにお礼を言っているが、バンジロウさんはたまたま助けただけだからお礼なんていらないと笑って返していた。
 それに対しアデクさんは、こんないい女性に恩を売れたなら、一つナンパぐらいしたらどうだとか、勝手な事を言っていた。あれ、女の子だってばれてる? 今日も男の子みたいな恰好なのにな。
 いい女性だと褒められたキズナは、ナンパについては適当に流しながら照れつつもアデクさんと和やかに話している。
 カナさんもきちんと出場していた。色んな戦略を試しているとメールをもらったことはあるが、今回はどんな作戦で来るのだろうかな……と、色々気になるところなんだけれど、なんというか、今は話す気になれない。強くなっているかな?

「……どうした、カズキ?」
「あ、母さん……」
 声に振り向いてみれば、母さんはお茶の入ったペットボトルと、塩コショウを添えられたゆで卵を持って、俺の前に座る。
「レンブのことかな?」
「それ以外ないでしょ……微妙に啖呵切っちゃったからなぁ。無様な戦いはしないように注意しないといけないな……」
「問題ないだろ、お前ならば。こと、ローテーションバトルに限れば、お前の実力は四天王にも劣らないはずだと思っている」
「そうかなぁ……?」
「私に、2回も勝ったじゃないか、お前。私は、ギーマとほぼ互角の腕前なのだぞ?」
「2回勝つために何十回も負けてるし……まぁ、何十回のうちの2回を今日……いや、明日持ってくればいいわけだけれど、そうそう上手くいくものじゃないさ」
「簡単に勝てないことも、それでも勝てる可能性があることも、きちんとわかっているじゃないか。頑張れよ、カズキ」
「分かってるよ……それでも、漠然とした不安は消えるものじゃないし……」
「不安なんて必要ないだろ。お前は負けたところで傷つく名誉も、汚れる名前もあるまい。むしろ、それがあるのは……レンブの方だ。いくらでもプレッシャーをかけてやれ」
「負けても失うものは何もない、か……まぁね」」
「だから気楽に行け。まさか、少年漫画じゃあるまいし、決勝戦で会おうぜなんてキズナと約束しているわけでもあるまい?」
「してない……まぁ、決勝で会えたらいいなとは言っているけれど」
「ならば問題ない。胸を張って負けてこい。出来れば勝て。私が言える事はそれだけだ」
「うん、分かった……」


 実際のところ、初日は皆、何の問題もなかった。レンブさんやスバルさんなどは、全員が相当な実力者である(ついでにカナさんも)。だから、ストレート勝ちだって当たり前のようにするし、負ける気はしなかった。
 レンブさんは俺の戦いをまじまじと見物し、作戦を練っているようで、俺もそれを警戒して、切り札であるランドロスのハクだけは最後まで出さなかった。ギーマさんはこちらの情報を無駄に漏らすようなことはしないだろうし、ハクの事はまだ動画を一般公開していないから、情報が洩れていないはず。
 だから、死んでしまったママンの情報をひた隠しにして、ランドロスで奇襲する。そしてそのランドロスにも、強力な技をきちんと仕込んである。相手が、戸惑っているうちに……叩く。それ以外は真っ向勝負しかない。
 泣いても笑っても、負けるときは負けるし勝つときは勝つ。気合い入れて挑まなきゃ。

 ◇

 3月28日 試合を終えた夜

 カズキのやつを家に置いてきてしまったが……あいつアドバイスを欲しがっていないだろうか? まぁ、もう私からあいつに教えられることもそんなに多くはない。個々の技や立ち回りくらいならば教えられるが、それは一日程度でどうにかなるわけでもない。
 レンブに弱点があるなら私が教えて欲しいくらいだし、あってもそれは『誰かから見た弱点』であって、『誰から見ても弱点』なものをレンブほどのトレーナーが放っておくわけもなかろう。
 だから、私が弱点を見つけたとして、その弱点はカズキにとっての弱点ではない可能性が極めて高い。自分で探すしか方法は無いのだ。

 それだけ伝えて、私はギーマに誘われるままに夜のブラックシティのお店に繰り出した。ここ、ブラックシティは東西南北のあらゆるものが金の力で手に入る場所。酒や料理がおいしい店は、違法合法問わず星の数ほど存在する。
 現在渡したとは未成年の子供を連れているし、明日に二日酔いを持ち越すわけにも行かないから、ギーマは酒よりも料理メインに楽しめるようなお店をチョイスする。その道すがら、私はギーマを介してアデクに自己紹介し、バンジロウの口から、アデクに以前戦った感想を語ってもらう。
「ほう、そいつはすごいのぅ。ワシの孫をしてそこまで言わせるとは……お主の試合を見ていても相当な手練であることは分かったが、そこまでとは……」
 アデクは私の顔をまじまじと見ながら、そう唸る。
「本当なら、四天王の座を目指してもらいたいところなんだけれどね。スバル君、人やポケモンを育てるのが好きだからって、ジムリーダーをやりたいって聞かないんだ。四天王には興味ないのだと」
「あるいは、そうして四天王の座に収まっていれば成功したかも知れませんがね。けれど、私は育てる喜びに目覚めたのですよ」
 それもこれも、ギーマのおかげでな。
「育てる喜びと、言うのはどういうことじゃ?」
「あぁ、それはですね……私、昔は不良少女でしてね。ギーマさんの財布を盗んで逃げようとしたことがありまして……」
 アデクさんの質問に、私は笑いながら答える。しかし、懐かしい話である。
「その時、私がスバル君を妹と言う事にして、盗んだ事を咎めることなく、食事を奢ってあげたんだ」
 と、言ってギーマは笑う。
「ギーマさんはその時、『こら、マリー! 兄ちゃんからふざけてサイフをとっても分かるんだからな!?』って、私を拳骨で軽く殴ってきてですね。そのあと、私の身なりを値踏みしてから『お腹がすいているなら、今から行くからちょっとは待ってろよ?』って私の頭を撫でて来たのですよ。ついさっき殴ってきた頭をですね」
 思い出話をして、私は思わず顔がゆるんだ。
「へー……ギーマ、ギーマお前プレイボーイだなぁ!」
「おや、お褒めに預かり光栄だね。バンジロウ君も女性を誘うときに試してみたらどうだい? プレイボーイはモテるよ?」
 私が話したギーマの振る舞いに、バンジロウは感心してそう呟き、それに対してギーマは役に立ちそうにないアドバイスをする。
「ギーマ……それはいくらなんでも試せるシチュエーションが貴重すぎやしないか」
 レンブが突っ込みを入れる。
「おやおや、レンブ。そういうものでも覚えておけばそんはないよ? 実戦じゃどう役立てればいいのか分からないような型稽古だって格闘技ではきちんと練習するだろう? それと同じだ、基礎が出来て、初めて応用が出来る」
「そ、そう言われると……確かに……と、言うべきなのか?」
 このレンブという男、筋肉ばかり鍛えているわけではなく、強くなるために学問にもそれなりには精通している。馬鹿ではない上にまじめだから、『そういう問題でもない』とでも返すべきギーマの一言を真に受けてしまっている。なんというか、仲の良い2人である。

 レンブが首をかしげたところで、ギーマは血のように赤いワインを一口放り込む。
「それでね、その当時からスバル君は、手懐けたチョロネコに注意を引かせて、その間にスリを行うって言う狡猾なものでね……」
「その逆もやっていたぞ? 私が物乞いをしている間にチョロネコに盗ませるとか」
 ギーマの奴も、懐かしい話をしてくれるものだ。
「そうそう。それでその時、スバル君はボール無しでポケモンを手懐けていたんだ……そんな彼女に興味を持って、旅に同行をさせてみたら、最終的にはこんな感じなんだ。今では、四天王と比べても遜色のない実力と、イッシュでもトップクラスの育て屋としての腕前がある。
 まったく、いい拾い物をしたものだよ……運を使い果たしたんじゃないかと心配になるくらいにね」
「ほーう……スバルさんは強いお嬢さんだとは思ったが、ギーマにそれほど言わしめるとはたいしたものじゃのう」
「チャンピオンであったアデクさんからその言葉とは……恐縮です」
 と言って、私も酒を一口飲む。
「そういった過去がありますから、私はギーマさんへ非常に強い感謝の念を抱いているのです。そして、逆に自分も感謝されたいと思うようになりました。それが、育て屋をやりたいと思ったきっかけなのですよ……感謝されることで、自分の存在意義を実感できる……
 子供の頃に誰にも必要とされていないと思って、すれた日常を送っていた私としては……その実感はとても大事なものなのです。そして、その実感が育てる喜びとなるのです。いいものですよ、自分が育てた子に感謝されるのは」
「ほほう、若いというのにもうその域まで達するか」
 アデクは孫がいるおかげか、そういう実感はきちんとあるらしい。私の話を聞いて唸り声を上げていた。
「オイラはそういうのよくわかんねーけれどよ。要はあれだろ? 自分が大事にしていたものが評価されるのは嬉しいし、それが生き物ならばそいつ自身からも感謝されるから一度で二度美味しいってこったろ? 絵とか彫刻が評価されても、絵や彫刻が感謝することはねーからなー」
 ほう、バンジロウのやつめ、上手くまとめるものだ。パソコンが扱えないというから勘違いしてしまいそうだが、このバンジロウという男、決して馬鹿ではないようだ。
「ま、そういうことだバンジロウ。一度で二度美味しいのだよ、育てるという行為は」
 そんな話をしているあいだ、明日にカズキという大事な試合が控えているレンブは、少量の酒を飲みながら私の言葉に対して特に耳を傾けていた。カズキがどういう奴なのかを、私の人格から推測しようということだろうか。
 正直なところ、私の事を見てもカズキという人間のことは計れないが、時折レンブは遊園地や海水浴を待ち望む子供のような笑みを浮かべていた。『こいつに育てられたカズキという少年はどのように戦うのか』それが楽しみで仕方が無いようだ。

 ◇

3月29日

 一夜明けて、俺は部屋に散らばっているポケモン達の寝顔を覗く。俺がスバルさんから与えられた部屋はとても広く、持っているポケモン全てを外に出していても、スペースが残っているくらいである。そのスペースを余すことなく使用するため、俺は全てのポケモンをボールの外に出していた。
 虫の匂い、泥の匂い、鳥の匂い、獣の匂い、土の匂い。そんな、色んな匂いが充満するこの部屋でポケモンの寝顔を確認すると、流石に気配を察知したのかみんな起き出して来てしまった。
 皆がもう朝か? という表情で俺を見るので、俺は朝食の準備を始め、朝食を終えたら庭に出てポケモン達の調子を確認する。今日は全員良好、試合もなんら問題なく戦えるだろう。
 問題があるとすれば、今日の第3試合で当たる四天王のレンブさんだ。ギーマさんとの戦いで、四天王の強さは十分に味わったし、スバルさんも四天王並みの強さだというから、正直な話勝てるかどうかは運次第だ。
 ……でも、負けたって良いんだ。俺の目的は、役立たずと罵ってしまったゼロが活躍できる場所を与えてあげること。ビリジオンの捕獲ももちろんやりたいことの一つではあるけれど、伝説のポケモンならばすでにハクがいるし、ビリジオンにそこまでの執着はない。
 ゼロは、試合に出せば大抵は活躍してくれる。楽しそうに戦ってくれる。勝てば、俺と一緒に喜んでくれる。かつて俺が『役目ゼロ』、『役立たずのゼロ』などと呼んでいたころの、少々不貞腐れていたゼロの姿はそこにはない。活き活きとして俺のために、そして何より自身のために戦うゼロだ。
 レンブさんは強敵だ。多分負ける……けれど、それでも。俺は後悔しないように全力を尽くし、そしてポケモン達を満足させてあげよう。それが、この大会における、俺がするべきことだ。

 最高のコンディションを保ってもらうために、ぼんぐりで作ったジュースも用意した。ポケモン用のサブレ、ポブレもたくさん作った。勝利のあとのご褒美も用意した。あとは、戦うだけ。
 今日の試合は、第1試合も第2試合も、手持ちを1人も失うことなくストレート勝ちを成し遂げた。調子は十分だった。レンブさんはそれなりに実力のある相手と当たっていて、昨日俺も一体だけだが不覚を取った相手に、同じく一体の不覚を取っている。
 他の参加者達も、苦戦らしい苦戦はしていない。母さんは、大会のルールにある格闘タイプのポケモンとして、ギーマさんからもらったズルズキンの子供に当たるズルズキンを据え、立ちはだかるポケモン達を蹴散らしていた。
 バンジロウさんも、ゴウカザルを手持ちに加えてその炎の力で氷に弱いパーティーを上手く支えている。ウルガモスの翅のような髪型の彼がゴウカザルと並ぶと、なかなか見栄えがよろしいものである。
 それ以外、キズナやカナさん、オリザさんは特に目新しい手持ちもなく、しかしその圧倒的な強さで問題なく相手を蹴散らしている。強い相手と当たらないというのは、うらやましいものであった。
 昼食を挟んで、いよいよ俺とレンブさんが当たる試合が近付いてくる。出撃を待つ俺のそばにはキズナと母さんがいた。

「なぁ、カズキ。いつもどおり、落ち着いて行けよ」
 キズナが俺の肩を掴んでぎゅっと握りしめる。
「分かっているよ、キズナ」
「カズキ。負けても気にするなよ? 次なんて考えず、全力で戦う事だけを考えろ。どうせお前らのブロックはお前とレンブ、2人の試合だけやればいいようなものだ」
「それは言いすぎだよ、母さん」
 実際、確かに俺とレンブさんが圧倒的すぎて母さんの言う通りではあるのだけれど。でも、流石にそれは言葉に出して言うのは尊大すぎる気がする。
「番狂わせだってあるかもしれないじゃない? ないかもしれないけれど」
「お前は」謙虚だな」
 俺の言葉に、母さんはそう言って微笑んだ。
「そういう問題でもないと思うよ? 大口を叩きすぎても、反感を買うだけじゃない?」
「だよなー。カズキの言うとおりだと思うぜ、スバルさん」
「おやおや、キズナは手厳しい」
 俺の言葉にキズナが追従し、それに対してスバルさんはおどけて笑って見せた。
「ま、なんにせよだ。勝てばいいんだ……母さん、キズナ。行ってくる」
「おう、行ってこいよ、カズキ」
「行ってらっしゃい、我が子よ」
 2人の助成の声に後押しされて、俺はバトルフィールドへと歩みを進める。向こう側では、アデクさんとレンブさんが話しをしている。他のトレーナーに対してあんな光景は見えなかったことだし……アデクさんも俺の事をそれなりに評価しているのだろう。
 ギーマさんは中立の立場できっちりと見守っていて、卵の形をした容器に入っているミミロル型のチョコレートをもぐもぐと食べている。カナさんやアオイさんがちゃっかりその隣にいるのが抜け目ない。まるで、決勝戦のような観客の豪華さじゃないか。バンジロウさんだけは同時に試合が行われるので見ていないけれど、よく見ればオリザさんも観戦しているようだ、

「レンブさん。今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 レンブさんは、拳を合わせて深く礼をした。俺もそれに合わせて深く礼をする。
「お前を初めて見たとき、その強さは知れなかった。だが、お前の戦いぶりを見て……そして、お前と関わったものがお前を語る言葉を聞いて。戦うのが楽しみで、心が震える気分であった。
 もはや、お前の強さを疑う余地はない。共に、全力でぶつかろうか。そしてその強さ、実際に叩きつけてくれ!」
 レンブさんが、まっすぐにこちらを見据えて言う。
「えぇ……勝ちます! 例え無謀な確率でも、そのつもりで行かせてもらいます」
 俺達は前口上を終えると、申し合わせたように審判の方を見る。この試合に対する異常な盛り上がりを感じてか、審判は生唾を飲み込んでいた。
「それでは私、エイトが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
 また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます。両者、準備はよろしいですね?」
 俺とレンブさんで共に頷く。
「試合、開始!」
 四天王と戦ったことは一応あるけれど、小細工もハンデも無しの1対1の戦いは初めてだ。さぁ、何が来る!?



Ring ( 2014/06/29(日) 00:16 )