第七十四話:大切な人へ
2月13日
「いよぉぉぉぉぉっす!! カズキ、なぁ、カズキ!!」
俺は仕事中だというのに、ものすごく騒がしい人が来た。先程まで育て屋の上空をラティアスに乗って遊覧飛行していたと思えば、どういう視力なのか池沼エリアでガマゲロゲのサミダレと一緒に指導している最中の俺を発見されて、隕石のごとく空中から落下してきた。
「バンジロウさん……いきなりなんですか……」
その人物は、あのウルガモスのような髪型、見間違えるわけもない。バンジロウさんだ。
「おう、すまないな! ちょっと用があって来たんだけれど……」
「いや、それなら電話するとか色々……」
「あー……忘れてた。オイラ全然使わないからなぁ」
相も変わらずこの人は機械の操作が苦手なようである。
「しっかりしてくださいよ……俺より年上なんですし……」
「いやぁ、すまないすまない。でさ、カズキよぉ、カズキ」
「はい、なんでしょうか?」
何でこの人は何回も人の名前を呼ぶんだろうかな……理解できない。
「いやぁ、ほらあれだよ。明日はバレンタインデーだろ?」
「は、はい……」
それなら知っている。俺も、スバルさんに花を贈るつもりだし、キズナにはクリスマスに包丁をもらった(人の血がついてたけど)お返しに、肘から手首に掛け手を守るプロテクターを送るつもりだ。
パンチの威力も上がるし、ポケモンとのリアルファイトをするにも適しているから、キズナには喜ばれるはずだ。
「それは、大切な人に贈り物をする日だからなー。オイラのポケモンもその文化をきちんと理解しているらしくってさ、取りあえず近くにいる奴にだけでも贈り物をしたいらしいんだ」
「と、言うことは……バンジロウさんからもらったサンダース……じゃなくってイーブ――」
「そう、それだよカズキ! カズキ、カズキ!! お前に譲ったイーブイの母親がほら、俺のフレイヤだろ? だから、フレイヤはきちんとお前の子のために木の実を取ってきたんだぜ。ほら、フレイヤ、出てこい!!」
俺がまだ戸惑っている間に、バンジロウさんはリーフィアのフレイヤを外に出す。モンスターボールから開放された時に周囲の空気も漏れ出したのだろうか、リーフィアのさわやかな体臭が広がる。確かに、こうやって嗅いで見ると結構いい香りである。
「な、なるほど……でしたら、はい。出ておいで、ミロク」
バンジロウさん、そういうのには無縁だと思っていたけれど……案外イベントにはきちんと参加するんだな。そんな事を思いつつ、俺はミロクを外に出す。
外に出したミロクは、フレイヤを見かけると、飛び掛るような勢いで駆け寄った。フレイヤは葉っぱの尻尾をぶんぶんと振って甘えるミロクに擦り寄っている。やっぱり、親子だって事をきちんと覚えているようだ。
「おー喜んでる喜んでる。ほら、フレイヤ。あずかっていた木の実だぜ!」
バンジロウさんがよこしたのは、イバンの実。結構高級な木の実である。しかし、フレイヤはバンジロウさんと俺に目配せをするだけ。どうやら、俺に預かっておけということらしい。
「すみません、バンジロウさん。俺が預かっておきます」
「はは、そうした方がいいみたいだな」
そう言ってバンジロウさんが手渡すイバンの実を、俺は受け取った。
「しかし、こんなものどうやって手に入れたんですか? ホワイトフォレストで自生なんてしてませんよね?」
「あぁ、買ったんだよ。贈り物を用意したって言っても、金を出したのはもちろんオイラだし。でも、そのお金はこいつらのおかげで稼げたものだから、こうやって還元しているんだ」
誇らしげに言って、バンジロウさんがフレイヤを撫でる。フレイヤはバンジロウさんの手を気にせず、フレイヤとミロクはじゃれあい始めた。猫パンチをしあったり、もみ合って甘噛みしあったり。
「なんというか、母さんに会えた事のほうがよっぽど贈り物として嬉しそうですね」
「へへ、違いねえな。やっぱり、家族や肉親に勝るものはないって訳さ」
それはいいんだけれど、そろそろ仕事に戻らなきゃ……指導しているポケモンが待っている。
「あ、あの……バンジロウさん。そろそろ仕事に戻りたいのですが……」
「そういえば、仕事中だったのか……すまないな、カズキ。フレイヤもすまない、今はカズキさんが忙しいみたいだ」
その旨を伝えると、バンジロウさんはすまないと謝りつつ、フレイヤをボールに戻した。フレイヤはそのまま収納される事にしぶしぶながら従い、ボールの中に入る。
「ごめんな、ミロク……ところで、バレンタイン当日に来なかったのは何故……でしょうか?」
「あぁ、それなんだけれどな。オイラ、お前の家は知っているけれど、あのキズナっていう女の子の家を知らないんだ……だから、今日のうちにお前に会って、早いところコンタクトをとろうと思ったんだが……でも、電話して教えてもらえばすむことだったな、ハッハッハ」
「……そんなアホな」
「いやぁ、バレたか? まぁ、その理由もなかったわけではないけれど、本命の理由は明日家に帰るためだぜ。さっきフレイヤの件で見せたけれど、分かるだろ? 家族と過ごす時間こそが、最高の贈り物なんだよ。じーちゃんにも花を贈ったけれど、やっぱり直接手渡しが何よりも嬉しいだろー? オイラ両親に顔を見せたいんだよ」
「確かに……そうですね」
バンジロウさんは騒がしいけれど、こうやって明け透けに話してくれるのが好きだ。こういうのを嫌いな人もいるだろうけれど、俺は少なくとも嫌いじゃない。
「んじゃ、オイラはキズナの家に行って来るぜ」
「もちろん、連絡は取るんだよね……?」
「おうよ、決まってるじゃねえか!! マリーア! 出てこーい!!」
バンジロウさんは、ラティアスのアヴェ・マリーアを外に出す。
「んじゃなー、カズキ!! カズキ、それと言い忘れていたけれどカズキ!!」
「え、えーと……何?」
「オイラの爺ちゃん、ビリジオン捕獲祭りを観戦するからなー!! オイラの話を聞いてからお前に会いたがっていたから、一度話してやると喜ぶと思うぜー!」
「え……そ、そうですか!! 楽しみにしてます!!」
まさか、元チャンピオンが俺に会いたがっているとは思わなんだ。やっぱりあれかな、バンジロウさんが才能あるとか言っていたのかな?
しかし、もう大会の開催まで一か月半を切ったんだな……。ビリジオン捕獲祭りは、かつてビリジオンが旅立つ際に、誰か人間と共に歩んで世界を見てみたいと言った(テレパシーで)そうで。そこで、ビリジオンを連れ歩きたい剣士達が我こそはと剣の腕を競い合い、その候補は2人まで絞られた……のだが。
木刀で競い合った2人の腕は互角。互いに致命傷を与えることも出来ず、真剣ならば致命傷を与えた打撃を互いに入れたかと思えば相打ち。勝負をつけることが出来なかったのだ。それゆえ、最後はビリジオンに選ばせたというエピソードがある。
その歴史をかんがみて、『実際にビリジオンを捕獲できる年』も一応決勝戦は行うが、景品となるビリジオンの捕獲権は、一位と二位の二人に与えられるのである。もちろん、ビリジオンがどちらも選ばず、トレーナーの手持ちにならずに何処かへ旅に出る年もあったらしい。
運がよければ、スバルさんやオリザさんとあたることなくその2人のうち1人になれるかとも思ったが、バンジロウさんも参加すると聞いてからは、まず優勝は無理だと思っている。なんとか、二位になるしか道はないよなぁ。
いやいや、そんなネガティブになっちゃいけない。運がよければバンジロウさんに当たっても勝つことができるはず。当たらない事を考えるのではなく、それを考えていなきゃいけないんだ。
◇
「キズナ! 久しぶりだな、キズナ! なぁ、キズナ!」
「お前も相変わらずの大声だね……」
機械弄りの苦手なバンジロウさんが俺の携帯に電話してきたことには驚いた。何でも、バレンタインの贈り物をポケモンがしたがっているらしく、俺の手持ちであるガブリアスゴンゲンの親、グンジョウからプレゼントがあるそうだ。
そんなわけで、バンジロウさんが俺の家に尋ねに来た。ロトムの雷を上空に放って目印にしてもらわなければいけないあたりはやはりアナログ人間なのだろう。ナビくらい買おうぜ……
「そりゃそうよ。大声で指示を出さないと、ポケモンが指示聞こえなくって上手く動けませんでしたなんて事になったら困るだろー? 大きな声で元気に指示をする、それが何よりポケモンバトルでは大事な事だって」
「それは否定できませんが、今はポケモンバトルじゃないので……ところで、今日はこいつに会いに来たみたいですね」
俺は、ガブリアスに進化したゴンゲンを繰り出す。思えば、もらった当初はフカマルだったこいつもすっかり俺の背丈を見下ろすほどに成長している。月日が経つのは早いものだとしみじみ思う。
「おー……でっけぇでっけぇ。あのころはちんちくりんだったフカマルがいい女に成長したじゃないか。オイラももらったポケモンをこんな風に成長させてもらって嬉しい限りだぜ、本当」
バンジロウさんは、ゴンゲンを見上げて大口開けて笑っている。
「そう言ってもらうと、こちらとしても助かります。頑張って育て上げましたので」
「だろうなぁ。この短期間でガブリアスまで育て上げるのは大変だったろう? よし、それじゃ父さんに成長した姿を見せてやれ」
バンジロウさんがグンジョウを繰り出す。
「ところで、ゴンゲンの母親って……誰なんですか?」
「あぁ、じいちゃんのところで育てられてるメタモンだ」
「め、メタモン……」
まぁ、本人が納得しているならばそれで構わないか。
「ちなみに、カズキのミロクはおれのフレイヤと、じいちゃんのワルビアルの子だぜ」
「へぇ……アデクさんとは仲がいいんですね。私は祖父とは住む場所が遠くってなかなか会えなくって……ちょっとうらやましいな」
「あぁ、オイラ自身もポケモンも、爺ちゃんとの仲は最高だぜ」
繰り出されたグンジョウは、同じガブリアスであっても俺のゴンゲンよりも体格が逞しく、一目で俺の子では勝てるものじゃないと納得させるだけの凄みがある。ここに来るための足として、今も隣でふよふよと浮いているラティアスもまた然りだ。
「それじゃあ、グンジョウ。こいつを渡してやれ」
グンジョウは娘であるゴンゲンを抱きしめてあげると、彼女はその胸にそっと顔を寄せる。どこか照れているようであったが、父親に会えて嬉しいと言う気持ちだけは俺にも分かるくらいに伝わってきた。
そのグンジョウに、バンジロウさんが巾着袋に包まれた光の粉を渡す。
「まぁ、あれを手に入れるために金を出したのはオイラなんだけれどさ。その金を稼げたのもグンジョウのおかげってことで」
受け取った粉を、グンジョウがゴンゲンに渡す。光の粉……バトルのときに常に持たせられるわけではないが、キラキラとした光が相手を幻惑して攻撃が甘くなり、避けやすくなる道具だ。何もないときは取りあえず持たせておけば間違いない。そういう道具である。砂嵐の時に使うと、さらに効果が高いものだ。
そして、何よりガブリアスは進化前のガバイトのころから光物が大好きだ。それを受け取ったゴンゲンは嬉しそうに尻尾を振って駆け寄りながら、俺の元に頭を下げてくる。
「はいよ」
それで何をしたいのかを察した俺は、紐をつまんでゴンゲンの首にそれを下げてあげた。光の粉を首から下げると、次はまた嬉しそうにグンジョウの元へと歩いてゆく。なんというか、あんないかつい見た目なのに乙女だなぁ。
「なぁ、キズナよう、キズナ」
「はい、なんですか?」
「あれだあれ。お前らが言っていたビリジオン捕獲祭り。爺ちゃんが観戦しにくるぜ。キズナの事も一目見てみたいって言っていたよ」
「え……元とはいえチャンピオンが俺のことを?」
俺って、そんなに注目されるようなバトルの腕なのだろうか……平均よりかなり速いスピードで成長している自覚はあったけれど。
「オイラさ、頑張っているお前たちを見ているとこう……ワクワクしてきてな。だから、その気持ちを爺ちゃんに話したら、ワシもワクワクしてみたいのぉって」
「……そうですか。光栄ですね」
「だろ? 爺ちゃん、強いトレーナーを育てるのが好きなんだ。オイラしかり、ザンギやヒオウギの子供たちしかり。キズナはもう、十分強いトレーナーだけれど、もっと強くなるって確信がオイラにはあるからな。それを、爺ちゃんは見届けてみたいのだとさ」
「俺、そんなにすごいトレーナーか?」
「オイラが知っている限りじゃ、メイって女くらいかな。白の樹洞で、オイラを打ち破ったトレーナーなんだけれど、そいつと同じ……とまではいかないけれど、いい線行っているぜ」
「本当かよ……」
「爺ちゃんより経験が薄いから、オイラの目が節穴な可能性は否定できないけれどな。でも、オイラもそれなりの目は持っているつもりだぜ!」
自信があるのだか無いのだかわからないことを言って、バンジロウは笑う。
「でも、オイラのポケモンを、きちんと育ててくれているじゃねえか。オイラのゴウカザルにも、きちんと格闘技の指導をしてくれたしよ。ほら、見てみろよ。キズナが強いトレーナーって証拠に、お前の子も結構やるもんだぜ」
見てみると、ゴンゲンとグンジョウは相撲をとっていた。押し倒された方が負けというルールのようだが、ゴンゲンは押し合わずに一度いなして勝利している。勝てたのはその一回だけだが、まぁ……それだけでも上出来と思える程度には体格差がある。
「確かに、バンジロウさんのポケモンといい勝負できるってのは、強いトレーナーじゃないと無理だよな……」
「だろ? うぬぼれでも何でもなく、オイラは強いんだ。頑張れば、オイラ余暇強くなれるさ、キズナなら」
俺に言いたい事を言い終えたバンジロウさんは、立ち上がって自分のガブリアスに声を掛ける。
「おい、グンジョウ! 次はライモンのデンジさんのところに行くからな。そろそろ遊ぶのも終わりだぜー」
その言葉に納得したのか、名残惜しそうにしていたものの、グンジョウはバンジロウの元に近寄る。
「よし、いい子だ!」
そう言って、彼はグンジョウをボールの中にしまった。
「忙しいというか、慌しいご主人を持ったな、お前さんも」
ふよふよと浮き上がりながらその様子を見守っているラティアス、アヴェ・マリーアに話しかけると、マリーアは微笑んで肩をすくめた。
「バンジロウさん。グンジョウをここまで連れて来てくれてありがとうな」
「気にすんなよ。俺が会わせてやりたかっただけなんだから!」
自分としてはマリーアに対してありがとうと行ったつもりなのだが、バンジロウさんはなぜか自分が言われたものだと勘違いしたらしい。
「でも、お礼は言わなきゃいけないでしょう、バンジロウさん?」
「へへ、確かにそれがマナーかもな。それじゃ!」
慌しく、騒がしく、バンジロウさんは行ってしまった。
「ゴンゲン……お前の父さん……グンジョウは強かったか?」
俺の問いかけに、ゴンゲンはうんと頷く。
「そっか。だけれど、一回はその強い父さんに勝ったんだな?」
その問いかけにも、ゴンゲンは頷いた。
「負けるのは仕方ないさ。強い相手と戦えば負ける。当たり前の話だ」
言いながら、俺はゴンゲンを抱きしめる。
「でも、お前は立ち上がった。そして勝った。俺の誇りだよ」
……まぁ、あんなお遊びでの勝負なら、立ち上がれるのは当然かもしれないけれど。
「俺が不甲斐ないせいで、俺はチーム全体を何度も転ばせてしまっている。だけれど、そのために何度も立ち上がっているつもりだ……ゴンゲン。一緒に、頑張ろうな」
ゴンゲンは俺に頷いてくれた。うん、大丈夫……きっと勝てない。けれど、勝てなくとも俺は大丈夫。立ち上がってゆける。
「……大丈夫だ。ポケモンと一緒ならば」
去ってしまったバンジロウさんを見て、キズナはふとある事を思い出した。そういえば、彼の操るポケモンが助けてくれたから、俺はブラックモールでパルキアを退治することができたんだ……
一応電話でお礼は言ったが、改めて、面と向かってお礼を言うのを忘れていた。大会の時に、改めてお礼をしなきゃな。
2月14日
「カズキ……これ、俺の気持ちだから」
「お、なんか重いね……何は言っているのか期待しちゃうな。開けちゃってもいい?」
「いいけれど、カズキは何をくれたんだ?」
バレンタインデーの当日、俺達はプレゼントを紙袋に入れて2人でホワイトブッシュにて待ち合わせしていた。バレンタインの贈り物をした後に狩りという予定のため、服装はムードもくそもない作業着同士だけれど、別にそんな事に細かくこだわる必要もないだろう。そういう間柄だし。
ちなみに、ポケモン達にはすでに贈り物は済ませている。何を与えればいいのかよくわからなかったので、取りあえず間違いなく喜んでもらえるように各々が好きな木の実を適量送ってあげる事にした。もちろん、夢中で食べてもらえたし、それを話すと自分の方も同じような感じだとカズキは言っていた。
「……俺は、いいものが浮かばなかったからさ。無難だけれど、ハズレのないものにしたくって……これ、ビオラの花束」
カズキがそう言って差し出してきたものは小さくてかわいらしい、色とりどりの花であった。
「これさ、パンジーの仲間でね。花言葉は、『誠実な愛』、そして『信頼』。君への気持ち、そのものだよ」
「へ、へぇ……」
なんというか、無茶苦茶照れる。素直に、喜べないじゃないか。
「なーにー、その反応? 俺、結構悩んだんだよ? そもそもキズナに花なんて似合うのかって言うところから。でも、キズナってほら自分は女の子らしいことが出来ない割には、女の子らしい事に憧れてもいるじゃない?
姉さんにお洒落を見繕ってもらうのとかも好きだし……だから、こういう可愛いお花も喜ぶんじゃないかって思って」
「あはは……女の子らしい事に憧れかぁ……あるよ、そういうの。だからさぁ、カズキの事好きなんだよなぁ……女らしい俺も、男みたいな俺も、どちらも受け入れてくれるから。お前は、どっちの俺も、受け入れてくれるからな」
「当たり前でしょ。全部キズナだ。男でも女でも変わらない部分が、君にあるから好きなんだ」
うわぁ、カズキの奴、嬉しい事を言ってくれるやつだ。本当に、胸をくすぐられる気分じゃねえか。
「っていうか、すまないな、カズキ。俺、プレゼントのセンスが無いからさ……そんなクリスマスプレゼントみたいに豪華な包装紙とリボンがついたプレゼントだけれど……中身が砥石、なんだよな……それ」
「へー。クリスマスの時は包丁だったからねー。家には安物の砥石しかなかったから、これでまともな研ぎも出来るかな」
花言葉まできちんと考えてくれた、カズキの嬉しいプレゼントに比べ、俺のは砥石。直方体の塊である。そんな飾り気のないものを渡した自分がなんだか恥ずかしかったのに、どうにもカズキはまったく気にしていないようだ。
「そんな……プレゼントのセンスをいまさら気にするやつでもなかったか」
俺はそう言って、笑ってごまかすことにした。
「そんなことないよ? キズナは実用的なものを渡してくれるから、もらって不満なんて事もないし……包丁だなんて思いも寄らなかったけれど、思えば必要なものだったね。
どんなにいい包丁でも、使い続ければ結局切れ味は落ちるんだものね。それとね、あと2つ、プレゼントがあるんだ」
「え、なんで……? 俺一つでいいのに」
「クリスマスのとき、キズナには何も買っていなかったからさ。だから、その分のこれ……実用性重視のプロテクター。ポケモンと組み手をするときにでも使いなよ、便利だから」
カズキが渡してくれたのは、腕や足、顔をガードするプロテクター。ポケモンと組み手……そういえば、ポケモンが俺達よりも強くなってからは、ポケモン達は一度も俺を本気で殴ってくることはなくなったっけ。スバルさんやオリザさん相手には、全力出しても負けるから本気で攻撃しているそうだけれど。
「ありがとう。これがあれば手荒などつきあいも出来そうだ」
プロテクターは、アイテムボールに収納され、モンスターボールとほぼ変わらない大きさで手渡された。出すとかさばるので、広げるのは家に帰ってからにしよう。
「それで、最後のプレゼントだけれど……」
「え、あ……」
カズキは、俺の顎を軽くつまむように引き寄せ、軽く口付けを交わした。
「今のは……なんだよ? 何のつもりだ?」
カズキにいきなりキスされて、どう……反応しろって言うんだよ。もっと言い雰囲気の時にやってくれないと、不意打ちすぎてどんな反応すればいいかわからなくなっちゃうじゃないか。
「キズナ。いまさらキスぐらいで戸惑う仲でもないでしょ?」
くそ、カズキ。卑怯だ、卑怯だ!
「い、い、いや……確かに戸惑いはしないけれどさー……もう少しシチュエーションをだな」
「えー、最高のシチュだと思ったのに」
……俺を照れさせるためのか?
「だって、キズナ。たまには女の子になりたいんでしょ?」
「……なりてーよ。俺、女に生まれて損ばっかりしてるから。だから、男になりたくてもなれないのなら、開き直って女に生まれて得をした気分になりてーし……」
「得したじゃん? 本当なら、俺とのキスは有料だよ? キズナと、母さんだけが無料なの」
確かにお前、男に金で頼まれて変態とキスをしたって言っていたけれど……それが、無料で……いや、恋人同士だから当たり前だけれど……
「そうだ! それはプレゼントじゃないだろ。お前がキスしたいだけなんだろ?」
「だめ? 俺、確かにキズナにキスしたかっただけだけれど、キズナは得しなかった? 俺とは嫌だった?」
意地悪な笑みを浮かべて、カズキは俺を見る。なんだかすごく悔しい。
「……しねーよ! やるならこれくらいやれ」
どうせ人もいないんだ。俺はお返しに、カズキの唇を奪って、強引に舌をねじ込んでやった。
「ぷはっ」
カズキが目を見開いている。そりゃ、驚くよな。
「男ならこれくらいやれよな」
俺はカズキに得意げな顔を向けてやった。驚かされたなら、驚かし返せばいい。
「やっぱ、キズ男の中の漢だわ……男なんてレベルじゃない」
「褒められているんだかけなされているんだか……」
「どっちも。でも、キズナが好きなのは変わらないよ?」
「……その言葉。嬉しいんだけれどさ。俺だって、照れるくらいのことはするんだぜ?」
俺も隠すつもりもなくカズキに告白したけれど……それって、言われる側も結構恥ずかしいものなんだな。
「はーっ……」
お互い、プレゼントを渡しあった後、話題は自然とバンジロウさんの話題へと移ってゆく。
ポケモン達をそのまま仕舞っておくのもなんなので、外に出しておき、それらが戯れる様子を見ながら話は進む。しかし、戦闘となれば容赦なく殴りあい、噛み付き合いになる奴らだが、こいつらはそんな事を感じさせないくらいに仲がいい。
「もうすぐ大会だけれどさぁ……昨日会って思い出したが、バンジロウさんも参加するんだよなぁ。カズキは勝算あるか?」
「ないよ。でも、やるしかないし……」
「だよなぁ……対策するならどうするべきかなぁ?」
「冷凍パンチとか? タイショウとかセイイチなら使えるんじゃない? あとは、正攻法で、ガブリアスにお膳立てしてあげるとか……いや、バトンタッチを使えるポケモンがキズナにはいないか」
「そういうカズキは、ミロクとゼロがバトンタッチを使えるのか……なるほど、そういうのもありだな」
「ただ、冷凍パンチが通るのは精々ガブリアスのグンジョウとカイリューのバハムートくらい。それ以外は、自分が得意なタイプで立ち向かった方がむしろダメージを与えられる可能性があるね」
「と、いうと……アサヒの飛び膝蹴りとかか。確かに、長所を活かさない事にはどうしようもないだろうな」
「うん、そこは適材適所が必要だと思うし……」
そんな感じで、俺とカズキはバンジロウさん対策を話し合う事になる。バレンタインの贈り物を贈りあうために集まったはずなのに、どうしてこうなったのかと思いつつも、自分達が根っからのポケモントレーナーであるのだと納得できる部分もある。
その間、ポケモン達はちょっと退屈させてしまったかもしれないが、この話し合いが終わったら、皆で一緒に森に乗り込んで、捕らえた獲物を囲んで宴会でもしてやれば気分も戻るだろう。
「……あれ、何人か足りない」
「え?」
さて、皆で出発するかと言う段階になって、ゴンゲンとトリがいなかった。
「ね、ねぇ、みんな……どこに行ったか知らない?」
カズキが慌てて尋ねると、まずはタイショウが俺達の前に一歩踏み出す。
「花、だな……くれるのか?」
タイショウが用意していたのはナズナ……ペンペングサであった。真っ直ぐに伸びた茎に、ひょろひょろとした葉っぱがついた独特な形状のこの草は、てっぺんに小さな白い花が付いている。まぁ、雑草だ……食べることは出来るけれど、雑草である。
ただ、昨日から俺達がやっている事を見て、今日は贈り物をする日、そしてそうすれば喜んでくれるのだと、なんとなく理解したらしい。
ビオラの花束と違って一色だし、華やかさもないけれど、ポケモン達になりにこの日のイベントの性質を理解し、そしてこうして贈り物をしてくれるというのは、とても嬉しいしありがたい。
カズキのほうも、似たような感じで、ポケモンから贈り物をもらっていたのだが……で、ゴンゲンと、トリはどこへ行ったんだ?
結局、ポケモン達から花をもらい終えても帰ってこなかったので、大声出して呼んでみると、ゴンゲンは空を音速で翔けながら帰ってきた。その口には、ビー玉が咥えられていた。
「これは……」
そういえば、ガブリアスは光物が大好きで、雄もそれを使って雌の気を引く性質があるんだっけか。
「お前の宝物なんだな……ありがとう」
雌であるはずのゴンゲンが雌である俺に対してそれをするのはどうかと思うが、それだけ慕ってもらえているということで解釈しておこう。
「あ、トリ。お前どこ行ってたんだ!?」
それからもしばらく名前を呼び続けていると、送れてトリが到着する。
トリは足爪に立派な頭骨を持っており、それをあげるといってくる。あれは多分メブキジカだ……死んでからあまり日にちもたっていないのか、結構匂いがきついし、そもそもクチバシに食べかすが付いているじゃないか。喰ってきたのかこいつ……大胆な奴だな。
「あ、ありがとう」
多分、トリにとっては親切心なのだろうけれど、頭蓋骨を装備するポケモンなんてカラカラとバルジーナくらいしかいない。もらっても魔よけにするくらいしか使い道が無いのではなかろうか? カズキもこれには苦笑いだ。
「……俺達、愛されてるね」
「だな……」
プレゼントしてもらったものをリュックに仕舞い終えて、俺達は自身のポケモンについてそうコメントした。その言葉で、俺達は幸福を噛み締めた。
◇
「あれ、母さん。それは何?」
「あぁ、これか?」
家に帰ると、母さんは見慣れないナイフを手に持っていた。錐もみ上にねじれた刀身に、血を流すための穴が開いた、物を切るには不便そうなナイフである。
「綺麗だろ? ギーマから貰ったんだが、ツイストダガーという物らしい。バレンタインだからって……送ってきたんだ。あいつはいつも家にいないから、こっちから何も送ることができないというのに、勝手なことだよ」
なるほど、あの人か……相変わらず刃物が好きなんだな、ギーマさん。
「ねぇ、母さん……」
「どうした?」
「誰かに愛されるって、すごく幸せだね」
脈絡なくそんな事を口にすると、母さんは何言っているんだこいつ? と言わんばかりの表情をする。
「……何かあったか?」
「人間からプレゼントを貰ったのはまぁいいとして……ポケモンからも貰ったんだ。だから、俺達愛されているなって……」
「あぁ、なんだ。そんなことか……お前はもうとっくにわかっているかと思ってたぞ?」
「もちろん、母さんから愛してもらったことも、幸せだよ? ポケモンからも愛されているって改めて感じて、改めて幸せを実感したのさ」
俺のこの言葉に、母さんは笑う。
「……ギーマの奴が、お前くらい感受性が豊かだったらな。今頃私はオリザと付き合っていなかったかもな。ギーマはきっと生涯独身だよ」
そう言って、母さんが俺の頭を撫でる。
「まぁ、いい。ポケモンからのプレゼントも私からのプレゼントも、大事にしろよ? ほれ、受け取れ」
母さんからは、昔ホウエン地方のチャンピオンであるダイゴさんから貰ったらしい、マスターボールを無造作に投げ渡された。包装が何もない、あまりに適当な渡し方だったが、渡すものが高級品なあたり、無造作なのは母さんなりの照れ隠しなのだろう。
「こんなの貰っちゃっていいの?」
「良いのさ。あのクリスマスイブの日、ルギアをゲットするために使ったボールのお返しだ」
と、母さんは微笑んだ。俺も、貰ってばっかりだな……母さんからは。俺が上げられたのは花束くらいだったから、もっといいもの……贈れるようになりたいなぁ。まぁ、いいか……レポートを書こう。そうでもしないと、顔がにやけてしまって恥ずかしい。
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今日は、キズナと一緒にバンジロウさんの対策を練っていました。
バンジロウさんの強さはあらゆる点で別格だけれど、それでも付け入る隙はある。
まず、ドラゴンタイプの攻撃が通るポケモンが4体、氷タイプの攻撃が通るポケモンが5体。
ハクの逆鱗や、サミダレの凍える風で対策できないことはない。それに、ウルガモスはストーンエッジでなんとでもなるだろう。
もちろん、それを当てるために、相性のいいポケモンで戦えるようにするために、やるべき練習はたくさんある。
それをきちんと考えて、思い通りに運べればきっと勝てるはず。
あのセッカでの大会のとき、俺もキズナも手加減しないスバルさんから先制を取れたじゃないか。
あの偶然を、必然に変えてやればいい。それが俺達の勝機になるはずだ。
2月14日
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