BCローテーションバトル奮闘記





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覚醒編
第七十三話:大きな一歩
1月13日 日曜日


 クラインは、メロメロされても動じない、エサを差し出されても動じない、多少のちょっかいを出されても反撃しない。排泄は決められた場所で行うなど、基本的に介助用のポケモンとして必要最低限の規律は完璧。その他にも、簡単な命令ならばそつなくこなし、オーナーの耳が聞こえなくとも、車椅子であろうとも、その介助に適正ありと判断され、晴れて多くの施設での自由な連れ歩きが認められるようになったのだ。
 スバルさんの店で販売を行う条件も、まずはこの検定に合格すると言うこと。国家資格を得たクラインは、介助を行うポケモンとしてあらゆる面で可能性が広がったと言うべきだろう。そんなクラインを売るに当たって必要なのは、まず最初にその魅力を伝えること。
 聴導ポケと介助ポケ(盲導ポケは訓練していないため出来ない)。そのどちらでも活躍できるクラインには、その両方の様子を実演して見せるのが一番分かりやすい方法だろう。
 例えば、机で物書きをしているときに、ペンや鉛筆が落ちたとして。
「お願い、クライン。取ってくれないかしら?」
 私のように下半身が不随である人が落ちたものを拾う場合は、それだけでも大変だ。少し重くなるが、ペンの素材を磁石にくっつくものに変え、小さな釘やネジを拾うための磁石の棒を使うとか、介護にも使えるようなきちんとしたマジックハンドを使うなどの方法があるが、やはり面倒だし中々思うようにいかないものだ。
 私自身、マジックハンドのお世話になることもあるが、こういうときにポケモンがいてくれると助かるもので、彼女は当然のようにペンを拾って届けてくれる。まぁ、これくらいならばわざわざ高い金を出してクラインのようなポケモンを借りたり買ったりするほどの魅力はないにせよ……もちろん彼女の魅力はそれだけではない。
 マジックハンドを使う時は、車椅子に取り付けていたそれのコードを伸ばし、地面の方へ体を伸ばして拾いあげるという作業が必要だ。それが足元に落ちただけならばともかく、障害物をどけなければいけないところ……例えばテーブルや椅子の下に転がってしまったときなどは悲惨だ。
 足腰が立たない状態では物をどけるのも一苦労。まぁ、椅子くらいならば、足が不自由でもどけられる。だけれど、机の下に落ちたりなどして、マジックハンドですら届かなかったり、隙間に手を入れるのが難しいと言う角度がある。それをどうにかできるとしたら、やっぱり誰かの手を借りるしかないのだ。
 当然、クラインはそういうところに落ちたものも、サイコキネシスで軽く拾ってくれる。もちろん、立たないと届かないような場所にあるものや、立っても届かないような場所にあるものまで手が届く。特に後者にいたっては、障害を抱えていなくとも嬉しいものだろう。
 箪笥の裏に落ちたネジや硬貨だって、クラインは手を透過させて易々ととってくれる。見えないものはサイコキネシスでは取ることが出来ないので、これはサイコキネシスを使えるコロモですら出来ない技である。役に立つのは介護だけではないと言わんばかりに痒い所に手が届く。

「ありがとう、クライン」
 手話を交えてお礼を言えば、きちんと『どういたしまして』と手話で返って来る。そのコミュニケーションのとりやすさは、私のこの魅力だと思っている。
「よし、今のばっちり撮れたぜ」
 こういった細かい動画を繋ぎ合わせて一つの動画にする。そのための練習はいくつもしてきたし、コシが爆走する画像を撮ったりなんかして登校した経験もある。焦らず、ゆっくりと、ポケモンの魅力が分かるところを撮影していこう。

 続いて、車椅子からベッドに移る作業。子供部屋は狭いので、キズナは布団に眠っているが、私は普段は折りたためるベッドを使っている。まずそれを開いて眠れるようにするところからの作業であるが、これは車いすでも意外に楽チンである。下にに物が落ちていなければ、車輪が回って簡単に開いてくれるようなベッドなので、苦労はしない。
 そして、ベッドに移る際は、車椅子を斜めにベッドへ取り付けてから、ベッドと座席に手を付いて腕の力で向こうへと移る。そうしたら、動かない足を腕で伸ばしてまた寝転がるのであるが、その作業は当然全て腕の力で行う事になるため、女性の私には結構大変なわけで。まぁ、私は上半身はまともに動くからまだいい。これが、手の力もほとんどないような人であれば、その苦労は倍以上になるだろう。
 それに私自身はもう慣れたものだからスムーズに行えるけれど、最初はベッドに登れずに落ちそうになったりして苦労したものである。
 続いて行うベッドから車椅子へと移る作業。こちらの方は体を起こしてから脚を持ってきて、体育座りのような体勢になってから、ベッドと垂直に取り付けた車椅子に尻をスライドさせて乗り込む。まぁ、こちらは膝が曲がる方向の関係でそこまで辛くはない。
 それをクラインに手伝わせると、彼はサイコキネシスを使ってふわりと浮き上がらせてはベッドにそっと乗せてくれる。その手つきは、おどろおどろしい外見の割には繊細で、非常に心地がよいのだ。
 寝かせる時も座らせる時もスムーズ。しかも、そのサイコキネシスの重量はオノノクスですら軽々持ち上げてしまうほど。それを見せた後ならば、普通の人間くらいならば、どんな相手でもベッドに移すくらいは問題あるまい。
「うん、ありがとう……今日は無駄な動作が多めになっちゃうけれど、よろしくね」
 頭を撫でてあげると、クラインは嬉しそうに頭を寄せてくる。そういう仕草をしてくれるのはすごく可愛いと思う……見た目の可愛さなんて、瑣末な問題よね。
「さて、次行きましょう」

 次は、お風呂である。もちろん、裸になるわけにも行かないので水着を着用の上だけれど。去年の夏に着ていた真っ白な胸当てや、フリルのついた腰布。……水着を着て自宅の風呂に入るのは初めてだな、思えば。
 このシーンばかりはあまり見せたいものではないけれど、やはり色んな生活シーンがある以上、こういうのも包み隠さずに見せるべきだろう。変な人が沸かなきゃいいけれど……
 こればっかりは私一人ではいることは本当に困難である。ベッドで服を脱いで、車椅子で風呂まで移動、そこからは床を這っていかなければならない。湯船に入る場合には段差をスロープで超えたりしなければならないし、昇降機のようなものも必要だ。
 要するに、完全に1人の力でやるのはほぼ不可能だ。家族の力を借りるしかないのだけれど、その家族の力を借りるにも、家族だって毎日暇なわけではない……とくれば、やっぱり毎日暇があるポケモンの力が欲しくなるわけで
 クラインは服を脱がせてくれるのもずいぶんとスムーズになったし、触られるのが嫌でもサイコキネシスを使って脱がしてくれる。体が不自由になると家族に迷惑を掛けるのが嫌で、あまり風呂に入りたがらない人もいるようだけれど、私はポケモン達のおかげで毎日お風呂に入れている。
 この子が一緒ならば本当に楽だということ……それをきちんと、分かるようにしているつもりだ。まずはシャンプーから。壁際に座った私のためにシャンプーを持ってきたり、シャワーのノズルを渡してくれたり。水の量の調整は流石に私自身がやるけれど、そつのない行動はやはりありがたい。
 トリートメントをしたり、背中を流してもらったり。お尻を洗ってもらえるのは、人間には抵抗があるけれど、ポケモンならばまぁいいかな」……と、思える。

 お風呂から上がる時も、バスタオルをもって待ち構えてくれる光景が嬉しい。水着越しに体を拭かれると言うのはなれない感触だし、まったく水気が取れている感覚が無いのだけれど……まぁ、それはいいか。画面の向こうの人にも、きっと伝わるはずだ。


 それからあとも、階段の昇降。乗り物への乗り込み。そういった基礎的な動きを見せて、それをキズナに撮影させる。流石にトイレの映像を流すことは出来なかったけれど、それはあとで補足としてトイレでもお世話になっていると付け加えて置こう。面白いもので、上手く撮れているのが確認できると、その嬉しさからキズナとハイタッチなんてしたりとか。
 妹が撮影に乗り気で、その上楽しんでやってくれる。幸せな一時であった。


 午後からの撮影には、カズキ君に協力してもらう事になった。理由は、私が撮影をしながら移動するのは難しいから。家の中でも野外でも、車椅子の私が操作の片手間に撮影と言うのは難しいし、だからといってヘッドフォンを装着しながら車椅子と言うのもどうかと思うわけだ。
 結果的に、キズナにヘッドフォンを装着して擬似的に難聴にさせ、撮影はカズキ君に任せる事に。私は普通の車椅子からコシの車椅子に乗り換え、2人の様子を見守る。キズナは周囲の音が聞こえないことが相当不安なのか、ちらちらと辺りをうかがっている。当然後ろからの音にも気付けないが、後ろから車が来た際は、クラインがそれとなくキズナの手を引っ張って気付かせてくれるのだ。
 自転車がベルを鳴らした際も、道の端に寄るように導いてくれる。クラインはきちんと教育しただけあってよく出来ている。最初はおっかなびっくりだったキズナも、そういうクラインの気遣いのおかげで、安心して外を歩けるようになる。

 けれど、本当に大事なのは室内での行動だ。
 まずは目覚まし時計。それが鳴り響くと、寝たフリをしているキズナを起こしに来てくれる。手を引っ張り音の発信源へ導くため、起こされた人は『あぁ、目覚ましがなったのだなと』分かる。
 家の中で煙を炊いて、火災報知機の警報を鳴らせば、きちんと彼女は天井を指差し火災報知気がなっている事を知らせてくれる。もちろん、呼び鈴やお風呂、キッチンタイマーも完璧だし、手話で『人を呼べ』と頼めば人を呼んでくることだってきちんとやってくれる。
 一通りこなしてみると……やはり、音が聞こえないのは相当生活に支障が出てくるものなのだなと思う。それを何とかするために補聴器やクラインのようなポケモンがいるわけだけれど……難聴だっていうトモキさんは、クラインを貸してあげたら喜んでくれるだろうか?
 一つ一つの動作を成功するたびにクラインは褒められて、全員が一緒に喜び合う。キズナもカズキ君も、撮影は終始のりのりで、終わったときにはみんなでハイタッチをしていた。
「今日はありがとうね。ウチの子のために撮影に協力してくれて」
「いやいや、俺にとってもいい剣件だったし。それに、母さんの育て屋で販売委託するなら、俺も無関係じゃいられないしね」
「そうだけれど、貴方ががんばる必要はなかったわけだし」
 私の言葉にカズキ君は謙遜したが、お礼くらいは素直に受け取ってもらえないとね。
 
 そんなわけで、その後の昼食時に私の奢りでカズキ君と一緒に外で食事を取った際は、興味深い話を聞くことができた。今日の撮影や、その後実際に解除する際のことを想定して行ってきた訓練は、当然今までも何回かやってきたわけだけれど、クラインはその行為の意味も分からずにやっていたのだ。つまり、クラインは『耳が聞こえない人がいる』とは思わなかったのだという。
 この前、トモキさんと会って初めて、クラインは自分がやっていることの意味を理解したそうだという事を、ポケモンの声を聞けるカズキ君だけがその知っていたようだ。
 そして、それを改めて撮影する意味もまた、彼女は知っていた。場合によっては長い別れにつながるということも、今は理解しているらしい。手話を交え、自分の言葉で語らせて、カズキ君の翻訳も加えて、彼女の声を聞いてみる。
 クラインは自分が何のためにこんなことをやっているか分からなかったが、難聴を患うトモキさんと知り合ってからというもの、自分のやるべき事を見つけることができて誇りに思っていると言う。ヨマワルのとき人間の元で暮らすことで安定して餌を手に入れようとした彼女は、どうにも人間につくす事に喜びを覚えていたようだ。


「さて、と……」
 撮影と、その後の食事会を終えた私は、パソコンのモニターを見ながら編集作業に入る。クラインが自分を介護する様子や、音に反応してキズナを呼び起こす様子。こういうのは客観的に見て、よく出来た子であると思われるだろうか?
 自分の水着姿を見て苦笑したり、寝ているキズナを起こすシーンがキスシーンに見えなくもないあたりを笑ったりしながら、やっていることの説明の字幕。ポケモンや自分たちの手話に対する字幕もきちんと入れる。
「そして、これは階段の昇降ですね。普通にやると、スロープを使しかないので、見ての通りものすごく時間が掛かた……やり直しか」
 自身の声でも解説をいれるのだが、上手く口が回らなかったり声色が気に入らなかったりで、何回も収録をやり直し。しかもそれを何十ものシーンでやるわけなので、終盤は舌も喉も疲れてへとへとになる始末。
 それでも、各シーンに入れる音声を作ってみると、やっとそれらしい感じになる。これを、周囲の音とかとバランスがよくなるように調整したり、タイミングも色々考えたりなんかして。
 素人である私には、感覚もまだ分からず難しいことばかりで、何回も見直しながら微調整を加えてゆく事に。削除してから上書き保存なんて悪夢が無いように、途中保存のデータをいくつかバックアップを取って、繰り返し繰り返し。
 目が疲れてきたら、電子レンジで暖めたタオルを使って眼球を休め部屋に引きこもる。見守っていたコロモも、退屈だったのだろう、いつの間にか部屋の隅で眠ってしまっていた。私は夕食もそこそこに、テレビの音を意識からシャットダウンしながら深夜まで続ける。

「出来たー……」
 何度も何度も試行錯誤しながら、ようやく完成した問い思えるような出来になる。
「まじか、ねーちゃん?」
 教科書を呼んで暇つぶし中の妹が早速駆け寄ってきて、画面を覗く。
「うん。不満な点とかがあったらバンバン言ってね」
「オッケー」
 なんて、軽い口調でキズナは言って、二人そろって画面に釘付け。キズナはしきりに感心したように声を上げながら、自分にはない私のセンスを褒め称えていた。そんなに、褒められたことでもないんだけれどね。
 誤字が一つあったところ以外は特に不満らしい不満も無いようで、あとはこの映像をスバルさんに見せて色々な手続きをしてもらうだけ。それについては明日になるだろう。改めて誤字が無いかを見返しながら、何度もループ再生をしてみると異聞が夢に向かってここまで歩いてきたのだと実感する。
 まだ、本格的な活動は後になるだろうけれど、これで上手く行けば私の夢もきっと叶うだろうと思えた。

 PVの完成に興奮して、何度もループ再生したあと、満足した私はお風呂に入ってからベッドに入るのだが、年甲斐も無く興奮してなかなか眠ることが出来なかった。
 そんな私に添い寝をしてくれたコロモは、先に気持ちよさそうに寝息を立てて眠りについている。自分もこういう風に眠れたら楽なんだけれど……まぁ仕方ないわよね、こういうときくらいは。彼の腕を抱き、彼の匂いを嗅ぎながら、私は深呼吸して落ち着こうと努力し、いつまでも醒めた意識の中で、ひたすら眼を閉じていた。こんなことなら、レポートを書いておけばよかったと、私は眠くならない意識の中で、密かに後悔するのである。



1月14日 月曜日

 育て屋に行くと、カズキ君がバリバリと働いていた。自分のポケモンと一緒になって、他人から預かったポケモンを教育する姿は小さいけれど大人と比べて遜色ない。遠くにいたのを見ただけで、まだあちらはこっちに気付いていないらしく、邪魔するのも悪いので私は受付へと直行した。
「こんにちは」
 暖房の効いた受付室内に入ると、作業着にメガネのスバルさんが私を迎えてくれる。
「こんにちは、キズナさん。メール、読みましたよ。例の動画が完成したそうですね」
「えぇ、妹と見返しながら、編集したんです……スバルさんのお眼鏡にかなうかどうかは微妙ですが……」
「かしこまらずに、見せてくださいな。私も素人ですよ」
 確かに、スバルさんもブログに動画をアップしているが、それも特に編集などしていないし、字幕もつけていない。ならば別に気負うこともないかと、私はデータが入ったSDカードを渡す。スバルさんは他の従業員に受付を任せ、ノートパソコンを持って応接室に移動すると、それをパソコンに挿入して、SDカードの最初のページに表示される動画ファイルをクリックする。
 始まった動画を見る間のスバルさんは、キズナと比べれば静かだが、たまに声を上げるくらいの事である。
「悪くないと思いますよ」
 全部見終わったあとで、スバルさんはそうコメントし、その後は私の目を見て語り始める。
「さて、ここで確認です。貴方は、これから私の育て屋の名を借りて……その子、クラインを商品としてレンタル、もしくは販売しようと考えております」
「えぇ、はい」
「つまるところ、貴方の商品であるクラインさんが、何か問題を起こした場合、私達育て屋の名にも傷がつくこととなってしまいます。それはよろしいですね? それだけの責任を伴うと言う事を……貴方は理解しておりますね?」
 そう。私は、この育て屋の名前を借りて商売を始める。そうでもしないと、いくら国家資格を得たポケモンであろうとも、たかが中学生の育てたポケモンを誰も見向きはしないだろう。
「わかっています。ですからこその、国に認めてもらった証という国家資格です。そして、私と交流があり、信用できるお客さんを選んだのです……」
 そうとも。少なくとも、モニターとなってもらうトモキさんは、コロモが打ち解けるくらいにはポケモンが好きな人だ。サーナイトは本能的に自分を嫌っている人には近寄らない……あの人ならば大丈夫と確信できる。
 そして、国家資格については言うまでもない。もしもクラインが問題を起こしたら、私も問題とはいえ資格を与えたポケモン協会のほうにだって責任を追及せざるを得ない。
「ポケモンのほうは万全。お客様もクレーマーというのはありえない。そういう風にきちんと出来ると、そう言えるか?」
 スバルさんはメガネを外してそういった。
「ポケモンのほうは、健康診断も含めて万全です。それに、あんな見た目で怖がられていますが、サマヨールは意外と優しいポケモンです。ですから、大丈夫……」
 私の言葉に、スバルさんは微笑み、メガネを再び装着する。
「……まぁ、こんな意地悪な事を尋ねはしたが。私とて、『この育て屋の名が傷ついた』とか難癖をつけて、お前から慰謝料をむしりとりたいと言うわけではない。ですがね、誰かの元で商売をさせてもらうと言うのは、そういうことなのです。
 貴方は商売を始めることで責任を伴います。客に対しても、会社に対しても。今中学生である貴方には、その責任の重さは分からないかもしれません……しかし、貴方の不備で損害を出せば、誰かが不利益をこうむる。その事を、きちんと覚えていてくださいね?」
「はい……!」
 スバルさんの言葉に、私は力強く頷いた。

「では、話を続けましょう。この子の値段は、私が鑑定した値段に則り150万。その管理にかかる費用及び人手は、全て貴方達が負担する事を条件に、私は販売価格の5%。つまり、7万5千を名義使用料としていただきます。よろしいですね?」
 ここではいと答えれば、私は……自身の夢へ、大きな一歩を踏み出すこととなる。
「はい。お願いします」
「……では、この動画を店のホームページとブログに埋め込んでおきます。ついでに、どこかの動画サイトにも埋め込んでおきますか?」
「お願いします。私が、自信を持ってお勧めできるポケモンなので」
「その自信。打ち砕かれることが無いよう祈っていますよ」
 スバルさんはそう言って、キーボードを叩き始めた。動画をWEB上に移し、そしてこの育て屋のお客様や、ブログへの訪問者の目に触れるように。今日アップすれば、今日のうちに注文が来ることもありえない話ではないけれど、期待はしないほうがいいだろう。
 まぁ、当面はクラインと生活した時の感想をトモキさんからもらい、そのレビューを参考に客を呼ぶしかない。元々、客の少ないビジネスなのだ。どれだけ売れなくとも、気にしてはいけないのだ。


 帰り道。このときの練習のために、初めて動画サイトへ投稿した時の事を思い出す。その時は、妹が撮った爆走するコシのビデオを、投稿して『これ欲しい』とか、『高性能で素敵デザインすぎwww』などというコメントがつくのを見て、それが嬉しくて笑顔になったものである。
 今は、少しだけ怖い。何が怖いって、あの時はただ投稿するだけだったが、今回は値段をつけた商品として、クラインを売り飛ばすのである。酷評がつくのは怖いし、過度に期待され過ぎるのも怖い。その期待を裏切られたらどうしようかと思う。
 そして、よしんば上手く買われたとして、大事にしてもらえるかどうかも不安だ。普通の人間ならば、あれだけ高いポケモンを買うともなれば、きっと大切にするだろう。スバルさんは言っていた……無料でもらったものは大切にされないと。だから、障害者に対してああいった介助用のポケモンは値段を割り引く必要はあるが、盲導ポケなどを始めとする介護に従事するポケモンは無償で渡すべきではなく、有料にするべきだという。
 有料だから大事にする……なんとも単純で、説得力のある話ではないか。自分が愛着を持ったポケモンだから、誰かに譲るのが怖い。きっと、どんなにいい人であっても、譲り渡す日は不安で眠れないだろうし、涙するかもしれない。
 願わくば、動画サイトやブログに溢れるコメントの中に、悪意あるものがいないでいて欲しい。そして、オーナーになった人には大事にして欲しいものだ。

 家に帰ると、早速スバルさんからメールが届き、動画がアップロードされた事を知る。早速そのページを覗いてみれば、クラインのスペックがさらされ、胸に輝くリボンの写真を証拠として、介護用のポケモンとして国から認定を受けている事を示している。
 当然、まだ閲覧者らしい者はほとんどおらず、コメントもついていない。今日は静かに、コメントが付くのを待つしかないようだ。取りあえず、私も通意他にこの記事を拡散しておこう。
 願わくば、介護用のポケモンを必要としている人に、クラインという存在が認知されますように。


 家に帰ってからは、母親や父親と色んな事を話す。まだ中学1年生の身分でこんな事をしている私に、働くということの意味をどうにか教えようと必死なのが伝わってきた。必死といってもそれは、怒っているわけでも悲しんでいるわけでもなく、自分の道を突き進む私の道のりをひたすら心配しているような口ぶりであった。
 その心配は分かる。私自身、心配なことはいくらでもある。けれど、こんな私でさえまだ、私のはるか先を行く先駆者の背中を見ているような気分なんだ。先駆者と言うのはカズキ君。あの子は、キズナが認めているように、強いポケモンを育てる力がある。そして、それは大人にも引けをとらないようである。
 だから彼は、学校をズル休みしているとはいえ、ポケモンブリーダーへの道を着実に歩んでいる。その彼を見て、遅れて歩き出した私は、カズキ君を見ているとほっとする。自分の行動が早すぎる事なんてないと。
 まぁ、その背伸びと言うのも、スバルさんがいるからこそ出来ること。あの人はいい加減なのか器量があるのか、小学生に育成を任せている。何か問題があったら、その責任を取らなければいけないというのに。そのリスクを知った上で、カズキ君を働かせているのだ。
 そんなスバルさんが私を導いてくれているのだから、私は大丈夫。母親と父親にはそう伝えた。
 良い人に出会ったのねと、二人は私に言ってくれた。
「そう、あの人はいい人なのよね、本当。変わり者ではあるけれど……赤の他人の子供を引き取って育て上げるくらいには。育てるのが好きなんだって、人もポケモンも」
 最初は、ポケモンと当たり前のように戦うと聞いて、どんなテラキオンみたいな女性化と思っていたけれど、彼女はむしろクレセリアのような人だった。それは、いつしか自分のことのように誇れるくらい素晴らしい人。両親と話しているうちに、それを言葉にしてみれば、何があっても大丈夫な気がした。

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昨日はクラインのPVを作りました。
キズナやカズキ君と協力して、クラインの魅力が伝わるように、精一杯頑張って。
手話の字幕をつけたり、やっていることの説明のために音声や字幕をつけて、それはとっても大変な作業だったけれど、完成したときの達成感はそれに見合ったものである。

そうして出来上がったものをスバルさんに渡して、私は本格的にクラインを商売に『使う』こととなる。いつだったか、スバルさんは言っていた。
『ポケモンは人間にとって道具であり、奴隷であると』そう、確かにそうなのだ。ポケモンは自分で何をしたいかを決めることはなく、人間に何をさせられるかを決められてしまう。もちろん、ポケモンがわがままを通すことはあるだろうけれど、基本的には人間の意向が最優先だ。
奴隷とは、自分の職業の選択の自由が無いもの。広義で言えばポケモンは奴隷であると、スバルさんが口にした言葉が蘇る。

けれども、スバルさんはこうも言ってた。奴隷と言うのは、場所によっては珍重され、価値のあるものとして大切にされたと言う。
人は道具に対して、時に同じ人間よりも愛着をもって接することがあると言う。
『奴隷と友達になってはいけないわけではないし、家族と思ってはいけないわけではない。そもそも道具は、大切に使うものだろう? ポケモンが道具と言うと、ろくでなし扱いされるが、私はポケモンの事を道具だと思っている。その上で、家族であり友人であると思っている』
細かいことは覚えていないけれど、そんな事を言っていた。

今、私はクラインを道具扱いしているし、奴隷扱いもしている。スバルさんに言わせれば、そんなところだろう。
けれど、まぎれもなく家族であり、愛着もある。だから、クラインが例えお金と引き換えに誰かの手に渡ったとして、その人の下で大切にされて暮らして欲しい
まだそれを考えるには知名度が低すぎるけれど、いつかはきっとそれを真面目に考えなければいけない気がした。
なぜって、私と同じ車椅子の人や、拡散された動画を見た人たちから寄せられたメッセージに、早速『あの子が欲しい』という旨の言葉があったからだ。
いつ引き取られてもいいように、心の準備だけはきちんとしておこう。

1月14日


 日記兼レポートを書き終えて、私はクラインをボールから出した。
「ねぇ、クライン」
 インターネットの動画サイト、ニヤニヤ動画を見ながら、寄せられたコメントを眺める。
 『俺、車椅子じゃないけれどこれはすごいわ』『是非頑張ってほしいね』と言うような応援のコメントや、それに混じって私が水着で入浴するシーンで『レロレロレロレロ』とかコメントする紳士もいた。私を始めとする人間に対してつけられたコメントは置いといて、クラインを褒めるコメントを抜粋して読み上げる。その度に私は、彼女に対して『すごいね』とか、そんなありきたりな褒め言葉を与えて頭を撫でて揚げた。
「クライン。貴方は期待されているのよ、頑張って」
 クラインの事を柔らかに抱きしめて、ささやく。クラインは私を抱き返して微笑んでくれた。
「来週には、貴方をトモキさんに預ける事になる……大丈夫ね?」
「『もちろん』」
 クラインは手話で、自信たっぷりに答えた。頷く私の心は、感謝に満ちている。


Ring ( 2014/06/20(金) 23:51 )