第七十二話:鍛錬の成果
キズナのポケモンは、エルフーンのセナ以外はほとんど無傷。セナ以外は参戦できるとして、コジョンドのアサヒ、ダゲキのタイショウ、ルカリオのセイイチ、ガブリアスのゴンゲン、そしてチラチーノのスズラン。
キズナの手持ちの中で特筆すべきは、ガブリアス。あいつは存在自体が恐ろしいし、先程の戦略を見る限りセイイチ・スズラン・セナの三人組は非常に恐ろしい。今回はセナが割とダメージを負っているためにそれができないのが朗報だ。
俺のポケモンはストライクのゼロ、ガマゲロゲのサミダレ、バルジーナのトリ、サンダースのミロク、ランドロスのハク。相手は全ての格闘タイプが元気一杯、それならば飛行タイプで相手をしたいところだが、どいつもこいつも岩タイプの攻撃を持っているからそれに注意しなきゃいけない。
ハクならば飛行タイプとはいえストーンエッジも弱点ではないが、あいつはあいつでろくな飛行技を覚えていない。ランドロスもブレイブバードでも使えればいいのに……だが、追い風が重視されるような戦いでもなさそうと言うことを考えれば、トリの重要性は薄いし、飛行技にこだわることもないか。
ならば、消去法でミロク、サミダレ、ハク、ゼロ……といったところか。ミロクはゴンゲンの地震が怖いが、他の敵に対しては概ね問題なし。サミダレはセナがいないから、あと厄介なのはアサヒの使う草結びくらいかな?
ハクは……まぁ、相手に氷タイプの技を使える奴もいないし、大丈夫かな? ゼロも使い方さえ間違えなければ大丈夫。よし、決まり。
「準備できたよ、キズナ」
「俺のほうも大丈夫。いくらでもいけるぜ」
キズナとは、しばらく戦っていなかったな。クリスマスの前に戦って以来だったか……俺が勝利したあれから、時間は少ししか経っていないけれど、どちらも、今まで以上に強くなろうと頑張ってきたんだ。
きっと、キズナはあの時より桁外れに強くなっているのだろうけれど、それはどちらも同じ……全力で迎え撃って、それで勝ちたい。素直にそう思えるくらいには、キズナはいいライバルだと思う。勝手に、そう思っている。
向き合った場所にいるキズナの方を見る。笑っている……不敵な笑みではなく、純粋に勝負を楽しみにしているような、そんな笑顔だ。
「それでは私、カナが審判を務めさせていただきます。勝負形式はローテーションバトル。交代は体の一部をタッチすることにより認められ、一度交代すると、10秒以内の交代及び交換は認められません。人数は4対4、ポケモンは個別に棄権させることが出来、4体すべてが棄権もしくは戦闘不能になった場合決着といたします。
また、場に出すポケモンは3体まで。4体目は、控えとしてボールの中へ待機していただきます。交換は、待機中のポケモンとのみ行えます」
カナさんの元気のない声であった。そりゃまぁ、先程のようなことがあったから、まだ元気を取り戻せていないのは当たり前か。だけれど、俺達の勝負には関係ない。練習試合とはいえ、ライバルの実力を測る大事な機会だ……頑張ろう。
「それでは、試合始め!」
俺は、最初の予定通りゼロとサミダレとミロクを出す。放っておけばゴンゲンの噛み砕く攻撃でセイイチを無限に強化されない事を警戒し、ゴンゲンを確実に仕留められるであろうサミダレを主軸として組み立てる。ミロクとサミダレにはまともな物理技を覚えさせていないので、ゼロのバトンタッチはほとんど意味が無いが、もしもどちらかがやられれば、ゼロは強化したその力をハクに回させることだって出来る。
無論、ゼロは素の状態でも十分強いから、それに期待しよう。
相手は……ゴンゲン、セイイチ、タイショウ。どいつもこいつも、一点の役割だけ見れば非常に厄介なやつらばかりである。タイショウは特に、頑丈の特性を活かした捨て身の特攻が厄介すぎる。あいつに対応できるとしたらゼロくらいだろう。
しかし、相手にガブリアスがいる……砂嵐の状況下でのゴンゲンは恐らく、手がつけられない強さを誇るだろうが、砂嵐の状況下でもいつも通りに戦えるサミダレとハクを警戒しなければいけない以上、砂嵐を起こすことはなさそうだ。
となれば……
「サミダレ、雨乞い!」
「ゴンゲン、ドラゴンクロー!」
まずはサミダレのためのフィールドを作っておかねば。相手はゴンゲン……首に何か木の実を下げているな。ヤチェの実か?
サミダレは、バトルフィールドの端っこで雨乞いをする。それに対して、ゴンゲンはものすごい速さで距離をつめ、ヒレの先にある爪でサミダレの体を抉らんとする。雨乞いを天空に放った直後に届いたゴンゲンの左爪がサミダレに突き刺さる。
「熱湯だ」
それを引き抜き右爪を差し込もうとするが、それはあえなく弾かれ止められた。爪を弾かれたゴンゲンは、つかまれる前にすぐさま腕を引き、そのあとの熱湯に備える。バックステップで距離をとったものの、放たれる熱湯はやはり、すいすいの特性のおかげで素早く量も多い。避けきることはできずに浴びてしまい、ゴンゲンは一度地面に転がってその熱を吸収してもらう。
「ゴンゲン、下がれ」
「追いかけながら凍える風だ!」
こうなってしまったサミダレは、非常に強い。まずは基本の追い討ちからだ。いかに氷タイプの攻撃に弱いガブリアスといえど、逃げていく相手にこの程度の凍える風では落ちないだろう。それに、今見たところ……ゴンゲンが首に下げていたドライフルーツが光を放って消えていっている。やはりあれはヤチェの実だったようだ。
「そのまま、砂嵐」
セイイチはゴンゲンに肩を差し出し、その噛み付きを比較的被害の少ない部位で受ける体勢を取ったのだが、ゴンゲンはセイイチを噛んで正義の心を発動させるよりも、そこで砂嵐を発動させることを優先した。追いかけて凍える風を放っていたサミダレも、砂嵐を止めることは出来なかった。ゴーグルつけとかなきゃ……
発動してしまった砂嵐。ゴンゲンの姿はその中に紛れて隠れ、サミダレのすいすいの特性も効力を失ってしまう。それでも、凍える風が通じているから動きの鈍ったゴンゲンが相手ならば、サミダレも一撃を加えることは不可能ではなかろう。
サミダレは、熱湯を撃っても避けられると判断し、そのまま凍える風を継続する。そこに、叩き込まれたのは地震。砂嵐の中で半ば崩れ落ちるように放ったその地震で、ゴンゲンは力尽きる。だが同時に、地震の兆候に気付かずまったく備えられなかったサミダレもまた、まともにその一撃を喰らって喰らって力尽きた。
「……ガブリアス、ガマゲロゲ。両者共に戦闘不能! 両者、次のポケモンに交代してください」
いつの間にかゴーグルを着用していたカナがそう宣言する。
「カズキ……やるじゃねーの」
「それは、どちらにも言える事」
まさか、相打ちとは思わなかった。さて、この場合……この状態でも有利に戦えるのは、相手の陣営では鋼タイプのセイイチだけ。セイイチは正義の心で強化されることが多いから、それが印象に残りがちだけれど……素の状態でも普通に強い。ミロク自身も雨乞いは使えるが、この状態ではミロクには少々荷が重いか……ならば。
「ハク、出てこい。それでもってゼロ、お前だ。ミロクはハクが興奮してバトルフィールドに乱入しないように制しておいてくれ」
「アサヒ、お前が行くんだ」
まず、ゼロで弱らせてからだ。隙があったら積ませて貰うし、相手が攻撃してくるのであれば、ゼロの素早さで翻弄してやる。ハクには、最低限のルールは仕込んである。まだ言葉はほとんど分からないけれど、『腹減った』くらいならば喋られるようになったし、意思の疎通は出来ている。
だから、まずはハクはバトルフィールドに出ないようにと、ミロクに注意を促してもらいつつ……
「ゼロ! まずは相手の出方を伺え。フィールドの真ん中あたりで様子を見るんだ」
もしも相手が出てこないようであれば、その時はゼロに剣の舞をさせる。相手が攻めてくるようなら、自慢の速さで封殺してやればいい。相手はアサヒ……そういえば、ゼロがかつて精神力の特性のせいでやられてしまったポケモンだ。
「アサヒ、お前の得意技を見せてやれ」
セイイチで来ないのは予想外だったが……相手にとって不足なし。何か木の実を首から下げているから、一応警戒しないとな。アサヒは砂嵐に紛れて波導弾。流石のゼロと言えどこれは回避できない……だが、効果はいまひとつ。進化の輝石もあるため、今のゼロには大したダメージに入らない。
ならば、とゼロは剣の舞を舞う。呼吸を整え、体中の筋肉から脱力し、そこから繰り出される強力な攻撃で敵を叩き伏せるために。
そこを、アサヒが駆け寄る。アサヒの踏み込みが浅いから攻撃は喰らわない……そう思った間合いからしかし、コジョンドの腕から垂れ下がる体毛はその距離を届かせた。挟み込むように打ち付けられた体毛が、見事な猫騙しとなってゼロを相手に眼くらまし。
その一瞬、目を瞑った瞬間にゼロはバックステップで離脱しようとしたが、そこにアサヒのストーンエッジが飛ぶ。瞬間、翅をはためかせ、からだをねじってゼロが避けるが、それで崩れた体勢は簡単には戻らない。無様に不時着したゼロに、追撃の蹴り。
二回連続のストーンエッジをする暇もなかったアサヒの苦肉の策として出された蹴りだが、頭を蹴り飛ばした恩返しの一撃はそれなりに堪えたらしい。もとより、防御は壊滅的なゼロである……頭に等倍の攻撃を喰らってしまえば、進化の輝石込みでも結構痛い。
頭に星が散ったような状態でゼロは起き上がり、気を取り直してアサヒにすれ違いざまに翅を当てる。テクニシャンの正確無比な一撃がアサヒのみぞおちを叩き、それを追うアサヒのはたく攻撃も先端が掠めただけ。
ゼロはそのまま大回りして味方の元に戻る。あの素早いゼロに対してきちんと攻撃を加えているあたり、やっぱりアサヒは油断ならない。
アサヒは腹に残る痛みに顔をしかめながら、次に出てくるポケモンを見据える。
「ハクにバトンタッチしつつ交代!」
交代を要求していたゼロに指示を出す。砂嵐が待っている今、まだミロクには無理だ。
「アサヒ、無理をするなよ!」
ハク……ランドロスは飛行タイプを持っているとはいえ、飛行タイプの攻撃技なんて空を飛ぶくらいしかない、なかなかパンチの効いた特徴を持つポケモンだ。とはいえ、格闘の攻撃を半減してくれるありがたみは、キズナ相手には十分役に立つ。
ゼロのカマとタッチし、空を駆け出したハクがアサヒへと向かう。まずは、地ならし。たとえ地面を揺らした際の衝撃を避けられようとも、そのあとの地面の揺れまでは避けられない。軽快なステップを踏むアサヒには、地面の振動で浮き足立っている間に更なる一撃を叩き込む算段だろう。
ハクは、特に指示をしなくとも以外にそういうところに頭が回る、有能なポケモンである。予想通り、アサヒは飛んで衝撃を避けるも、そのあとも尾を引く振動に上手く対応できない。
そこに叩き込まれる地震。かろうじて避けようとアサヒも足に力を込めたが、地面から離れきる前に真下からの衝撃がアサヒの足を襲った。ハクの攻撃力は並みじゃなく、オノノクスにも匹敵すると言うが……流石だ。
半分は威力を殺したアサヒが、すでに足元がおぼついていない。アサヒは尻餅をついてオープンガードポジションを取るも、それは遠距離攻撃を使う相手には通じないぞ。そのアサヒに、ハクはじりじりと近寄っていく。いつでも飛びかかれるように唸り声を上げながら接近されては、アサヒも正気ではいられまい。
アサヒは相手の射程距離に入る前に猫騙し。一瞬だけ出来た隙に、走って仲間に交代するため踵を返す。それを追うハク、アサヒは自身の首に下げていたドライフルーツを握り締め……セイイチに投げた!? なんの実だったかは定かじゃないけれど、チイラとかカムラ……なんだろうなぁ。
あぁ、悪タイプの技『投げつける』という奴だ。それを終えたアサヒは、ハクに取り押さえられてあえなく降参。けれど、厄介なやつが……残っちゃったなぁ。
「コジョンド、戦意喪失。キズナさんは次のポケモンに交代してください」
自主的に降参したアサヒから体をどけ、ハクはセイイチを睨む。
「ハク、戻れ」
セイイチを睨むと言うことは先程のアサヒの行動の意味を分かっているんだろうか、厄介な事になるのを予見しているようである。
けれど、こうなってしまったら、やはりハクだけでは心配だ。
「セイイチ、頼むぞ」
キズナの呼び声に応じて、満を持して登場するセイイチのお出ましである。
「ミロクに交代」
ゼロはアサヒの攻撃で結構ダメージを受けているし、まだ疲れも回復していない。となれば、ここはミロクに交代をするのが正解だろう。
まだ砂嵐は残っている。このままでは砂嵐に視界を邪魔されてまともに戦えない……だが、逆にキズナもこちらを見ていない。
「ミロク……俺の次の命令は無視して雷だ。適当に命令するからな」
小声でそう言って。
「リフレクターで味方を援護」
ダミーの指示を大声で出す。攻撃が出来ないなら、攻撃しなければいいという発想で、この選択肢を取るのはありえないことではない。だが、セイイチが相手だと、瓦割をされかねない……となれば、相手が近づいてきたところで、雷を打ってやる。
いかに砂嵐で命中しづらい状態とはいえ、無警戒で近寄ってきた相手を叩き潰すくらいは訳ない。ミロクは電気をチャージ、それに近寄ってくるセイイチの足音が聞こえる。
砂嵐の中でも性格に敵の位置を察知したセイイチの裏拳が、ミロクを叩こうとした直前、セイイチは突如急停止して後ろに跳び退った。セイイチの動きが速いな……さっきのドライフルーツはカムラの実か。
驚いたミロクは苦し紛れに10万ボルトにシフトし、打ち出す。
「どうしたセイイチ? 攻撃するんだ」
ミロクが苦し紛れに放った10万ボルトだが、セイイチは余裕を持って対応し、それを回避。ミロクはこのままでは強力な攻撃が来ると察知してか、逃げ回る。
そうこうしているうちに砂嵐も晴れてセイイチとミロクの追いかけっこが非常に見やすい状態になる。セイイチは神速を用いてミロクに飛び掛り、胸のトゲを相手の背中に突き刺しつつ、地面を転がり、首に腕を回してチョークスリーパー。
ミロクも電気でそれに対抗するも、脳への血流が回らない状態で放ったそれは威力に乏しい。だがしかし、一瞬力が緩んだ隙にミロクはその戒めから抜け出した。
「大丈夫かミロク? すぐに戻れ」
ミロクはふらふらになりながら、味方の元に戻る。
「セイイチ、戻らずに迎え撃てるか?」
キズナはまだセイイチを戦わせることが出来ると考えているようだ。確かに、荒い息はついているものの、まだまだ戦えそうだ。彼は頷き、ゼロに備える。
「ならば剣の舞だ!」
正義の心による効果も、あまりに時間が経てば薄れてしまう。そうなる前に、剣の舞で僅かにでも積んでおこうと言う算段らしい。ミロクは最後の力を振り絞っての電光石火、高速でゼロと交代し、前に出る。
ゼロは風のように素早く走り出し、神速で迎え撃つセイイチの裏拳を弾き上げ、前蹴り。セイイチは身をかわして体毛をすり減らすような紙一重でそれを交わし、接近して右肘うち。バックステップから、セイイチの肩口を蹴り飛ばすとんぼ返りでゼロは回避ついでの攻撃。
距離が一旦離れたところで、カマによる突き。ゼロの攻撃は左右の腕ごとに1発、計2発放つが、その突きはどちらもいなされ、反撃としてセイイチの足刀が、ゼロの胸と腹の継ぎ目を狙う。セイイチはそれを左膝をあげることで防ぎ、一歩下がって左カマでセイイチの首を薙ぐ。首をカマで狙われ、セイイチそれを弾き上げるも、そのあとに見舞われたゼロの蹴り腹にを受けてしまう。
セイイチがゼロの足を掴もうとしても、ゼロが素早く脚を引いてしまったがためにそれは叶わず、ゼロは一度距離をとるためカマを大降りして牽制する。お互い2秒ほどの膠着、それを打ち崩すようにセイイチが肘を直角に曲げてゼロの元へ走り、捨て身のアックスボンバー。振りぬいた肘を跳躍からゼロの顔面に当てようとするも、ゼロは膝の力を抜いて頭を下げ、逆に翼で打つ攻撃をお見舞いする。
カウンターで喰らったこの攻撃に、たまらずセイイチは倒れてしまう。オープンガードポジションを取って対応するも、ゼロの射程の長いカマの前には、小さなセイイチの蹴り攻撃など意味はない。倒れていればそれだけ、カマを振りぬかれてちまちまと足を攻撃されるだけだ。
カマによる攻撃を一発受けたところでセイイチはそれを理解し、立ち上がる。そろそろ20秒か……
「セイイチ、神速!」
「電光石火でハクと交代」
きっとキズナも、ゼロの限界を見切っていたのだろう。ゼロの退避のタイミングを見透かしたような指示をセイイチに出す。しかし、ゼロは後ろから迫り来るセイイチの飛び掛りを、カマを地面に突き刺すことで強引に自身の機動を変え、翅による羽ばたきと合わせてかわして事なきを得る。
そこからゼロはハクに交代。ヘトヘトになっていたゼロは安心して地面に崩れ落ちた。
「セイイチ、退け!」
言われるまでもなくセイイチは神速で後退し、ハクの追跡を逃れ、ダゲキのタイショウに交代する。
タイショウはハクが行う、強靭な前脚による瓦割りを、上体を屈めてかわす。そのまま、転ぶように前へと飛び出してヘッドスライディング。タイショウは地面に滑り込んだ体勢からすぐさま立ち上がって正対するも、すでにハクの地震が彼を捉えていた。
ハクは瓦割を避けられた際、後ろを見もせずに地震を放った。それが、まったく無駄なくタイショウに突き刺さり、立ち上がりざまのタイショウを上空に打ち上げた。
手ごたえのある衝撃音に満足して、ハクはため息をつきつつ悠々と振り返る。
「油断するな、ハク!!」
注意したけれど、ダメだ……遅かった。頑丈の特性を持つタイショウは、一撃ならば耐えてしまう。悠々と振り返った瞬間、タイショウに口に蓄えた真っ白なヒゲをつかまれ、それを引っ張られながら叩き込まれる膝蹴り。タイショウの攻撃は、すでにボロボロの上体での捨て身のインファイトであるから、正気の沙汰ではない。
その一撃で脳を揺さぶられたハクが、平衡感覚を取り戻すまでの一瞬、タイショウはハクの耳に掌底、さらに平衡感覚にダメージを与え、最後の力を振り絞ってこめかみに肘打ちを見舞う。
その起死回生の一撃で、ハクは止めを刺されてしまった。度重なる頭部への攻撃は、たやすく意識を奪い昏倒させられる。その一撃でタイショウもまた力尽き、その場に倒れこむ。
「ランドロス、戦闘不能。ダゲキも戦意喪失……両者、次のポケモンに交代してください」
ハクが……やられてしまったか。こっちの残りはゼロとミロクのみ。しかし、これで相手もセイイチのみだ。
「ミロク、雨乞い」
ならばもう、これしかない。これは……これなら、セイイチを敵陣深くまで誘い込める。神速で攻撃をしにこなかったら、その時はその時、雷でトドメをさしてやる。ハクを回収して、準備万端だ。
「セイイチ、神速」
体中をゼロに引っ掻き回されたセイイチは、結構なダメージが残っている。それでも果敢に攻め込みミロクに攻撃を加える。ミロクの鼻面をセイイチの掌底が狙うも、ミロクは首を捻ってそれを肩で受ける。
雨乞いは見事に成功したが、もう一発の掌底が迫り、それでミロク鼻面をやられ、脳を揺さぶらされる。目の前に星が散り、訳がわからなくなりながらも、ミロクは雷を放つ。そのミロクに飛び膝蹴りがヒットしたが、同士にセイイチにも雷がヒットした。不完全な威力であったことがセイイチにとっては唯一の救いだが、それでもセイイチは膝を折ってしまうほどのダメージ。麻痺も喰らったようだ。
「サンダース、戦闘不能。カズキ選手は最後のポケモンと後退してください」
「ゼロ、行け」
ミロクを回収して、俺は命令する。それだけのダメージを負ったセイイチに、休みを挟んだゼロが襲い掛かる。立ち上がり、対抗しようとしたセイイチだが、正拳突きを放とうとした矢先に、カウンターの蹴りを顎先に入れられてあっけなく沈んでしまった。
セイイチは起き上がれない。
「……ルカリオ、戦闘不能。よってこの勝負、カズキ選手の勝利とします」
カナさんのコールが響く。負けるつもりはなかったけれど……ハクがやられたときは負けを覚悟してしまったな。
息をするのも忘れていたのか、俺は荒い息をついている事に気付いた。どうやらそれは相手も同じことが言えるようで、セイイチを回収した彼女もまた、荒い息をついていた。
「カズキ」
セイイチを回収するために、俺達のコートの近くまで歩いてきたキズナが俺の名を呼ぶ。
「いい勝負だった、ありがとう」
そう言って求めてくる握手に、俺はごく自然に応じた。
「うん、ありがとう……なんどか、負けると思ってひやひやしたよ。でも、やっぱりお前が頑張ってくれたから、勝てたな」
俺よりもずっと荒い息をついているゼロを見ながら、俺は言う。
「だな。よく労ってやれよ? 俺も今から、頑張ったポケモン達を褒めてくるから」
キズナは一度ゼロの頭を撫でて微笑み掛ける。負けたのに、すがすがしそうな顔をしているキズナの存在が妙に心地よかった。取りあえず、まだなんとか立っていられるゼロを抱き上げ、撫でてあげてから木の実を与える。
ミロクやハクはまだコンディションも回復していないので、起き上がれるくらいには回復してそうなサミダレにもオボンの実を与えてあげた。
「みんな、よく頑張ってくれたな」
キズナと戦ってみて改めて分かったけれど、ハクはともかく他の全員が大きく成長している。俺も、ポケモンたちと一緒にどうすれば強くなれるかを考えて、色んな道具を使って鍛錬してきたけれど……それに堪えてくれるポケモン達は本当にありがたいな。
今はまだコンディションが回復していないミロクやハクも、あとできちんと抱きしめてあげなくっちゃな。
キズナはキズナで、タイショウやアサヒ、ゴンゲンはすでにある程度回復しているので、撫でたり抱きしめたりと、存分に労っていた。特に相性も基礎体力の差をもひっくり返してハクを討ち取ったタイショウには、最大限の賛辞を送っている。
今回のハクは残念な結果だったが、しかし後の事を考えればこれほどのプラスもない……ハクはきっと、二度は同じ間違いをしないだろう。そもそも、頑丈もちのポケモンでなくとも、気合いのたすきで耐える奴だっている。速く言葉を覚えてもらって、勝ったと思っても油断してはいけない事を教え込めるようになってもらわないとな。
置いてけぼりのカナさんは、少々退屈そうにしていた。
「それじゃあ、今日はバトルしてくれてありがとうな」
「うん、キズナも」
「は、はい……」
結局、バトルが終わってポケモン達の交流会となっても、カナの態度は振るわなかった。やっぱり、ボコボコにしすぎた……かなぁ。
でも、それをバネにして強くなればいい話だし、そこは問題ないよね。
「んじゃ、またなー」
「さよならー!」
「さようなら……です」
夕暮れが早く訪れる冬の空気に震えないよう、体を温めるために必死で自転車を漕ぎ、家路を急いだ。
◇
「ただいまー」
外もすっかり暗くなってきたところで、キズナが帰ってきた。その声はものすごく弾んでいて、まぁ嬉しいことがあったのはすぐにわかるような声色だった。
「お帰り、キズナ」
「母さん、ただいま」
「どうしたの、キズナ? 声が弾んでいるわよ」
「いい事があったの、たくさん」
「そっか。どんないいこと?」
「ねーちゃんに話してから」
「あらあら」
キズナは、居間でくつろいでいた母親との会話もそこそこに、水を一杯飲み終えたら暖房が効いた子供部屋へと入ってくる。
「ねーちゃん」
「どしたの、キズナ? 嬉しそうと言うか、幸せそうな顔しちゃって?」
「いやまぁ、聞いてくれよ。俺さ、強くなってたんだ……」
「知ってる。貴方のポケモンの全員が、強くなっていることは。毎日、家の庭で激しくトレーニングしているもの」
「で、カズキも強くなってた」
当然よね、それは。
「そっか……やっぱりあの子も頑張っているんだね。で、どっちが勝ったの?」
「ギリギリで俺が負けたよ」
負けたというのに、キズナはものすごい笑顔だ。カズキの事を語るキズナは本当に誇らしげで、彼のことが本当に好きなのだと嫌でも理解させられる。小学生だと言うのに、こんなに燃え上がるような恋をするだなんて、うらやましいやら妬ましいやら。
「それでさ、ハクのやつが強いのなんのって。やっぱり、準伝説って呼ばれるだけあるよ、ランドロスはさ……今回は、油断してくれていたから助かったけれど、次回からは多分同じ手も通じないだろうし……」
「要対策って訳ね」
「うん。でも、対策したくらいじゃダメなんだよな。カズキはまだまだ強くなるし……それを上回るくらい俺も強くならなきゃいけない……でも、競い合えるのがやっぱり楽しいんだ」
「でしょうね。じゃなきゃ、負けてそんなに嬉しそうになるわけが無い」
「大丈夫……いつかは勝ってやるさ。カズキは俺の半歩先を行っているけれど。追い抜くことは出来るはず。最後の最後、大会で勝つのが俺だったら、これほどロマンチックなこともないしな。決勝で並び立つとか出来たら最高だよなぁ」
そんな、漫画みたいなことが起こるといいけれどね。現実はどちらかが敗退したり、準決勝とか中途半端な位置で当たることなんてザラだからなぁ。
「頑張りなさいよ。私だって、頑張りを認められているんだから」
でも、応援しないとね。姉として、家族として……キズナには幸せになってほしいもの。けれど、応援した分応援し返してもらわないと、不公平よね?
「おう! って……認められているってのは、もしかしてあれか?」
「えぇ、あれよ。今日の昼ごろのお話だけれど、正式な書状と一緒に、ボールが届いたわ。クラインの。で、これが……」
机に置いてあったクラインのボールを手に取ると、キズナはあんなところにあったのかと、自分の注意力が散漫になっていた事に苦笑する。
「生まれ変わったクラインよ! 見よ、この胸に輝くは介護用ポケモンとしての認定を受けた証、介護リボンよ」
コンテストで優秀な成績を収めたり、公式大会に勝利したりと、ポケモン協会が認める課題をクリアした際に配布されるリボンの一つ、介護リボン。それを胸につけたクラインは、これからは料理店、病院、駅構内、今まで入れなかった場所でも平気で入れるようになる。
しかも、彼女はサマヨールだから体毛が散らないから衛生的だし、力もあるしサイコキネシスも使える。いざとなれば結界のない壁くらいは簡単に抜けられるので、災害救助にも役立つ。これだけ商品価値のあるクラインだ……知名度の問題で、何ヶ月も売れないという事だってあるだろうけれど、どこかで誰かが必要とするはず。
そんな人たちのために、手足の、耳の、代わりになれれば。それは、私もお客様にも嬉しいことだ。
「そういうわけで……明日・明後日に、撮影を手伝ってくれるかな?」
「いいぜ。カズキの奴も誘ってみる」
きっと、カズキ君は来てくれるだろう。その時は一緒に、クラインの魅力を伝えられるように、PVの撮影を頑張ろう。